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沓屋南実さん

音楽、表社会系、詩、エッセイなど書いております。 よろしく、お願いします。

出没地 名古屋、または19世紀の北ドイツ
趣味 クラシック音楽鑑賞、音楽のない人生は考えらえません みんなと聴く鑑賞会も楽しい 音楽史・歴史関係は何度も繰り返し読みます PTA部活など学校問題の本も読みます
職業
性別 女性
将来の夢 小説家。 音楽を聴きながら、一日中本を読んで、小説を書く生活。 行きつけの音楽カフェで、皆とおしゃべりすること。
座右の銘 諦めさえしなければ 良いことは待っている

投稿済みの記事一覧

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赤とんぼコンツェルトシュテュック

17/09/25 コメント:1件 沓屋南実 閲覧数:119

「耕筰、謝れよ、向こうに行ったら、ロベルト・シューマンに」。
 これが奴との今生の別れの言葉だった。
 いい年をして、したたかに酔っていた。俺は愛人と別れたばかりで投げやりになっていたのか、うっかりと「おう」と応えた。
 奴は「約束だぞ」と言い、嬉しそうな顔をして高価なブランデーのボトルを俺の名前で入れてくれた。
 彼が謝れと言っているのは、巷で騒がれている「赤とんぼ」のこ・・・

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解けなかった数式

17/08/28 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:109

 品の井駅に続く家々が並ぶ道を智之は友だちとのんびり歩いていた。叔母から頼まれて、畑に花を摘みに行くところだった。
 飛行機が向かってくる、低い音が耳に届いた。ふたりは、足を止め空を見上げた。何機か旋回しているのは、味方ではないことに気が付いた。
 なぜこんな田舎に? 智之がそう思ったとき、駅の方向に爆弾が落ち、火と煙が上がっていた。
 友だちは、駆け出していた。智之も駆け出そう・・・

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PTA役員選挙

17/08/28 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:108

 教室にいる母親たちの視線は、黒板に向かうPTA選出委員の手にあるチョークに注れていた。
 4年3組の教室は、見晴らしの良い南側校舎の3階。良く晴れているのに、どよんとした重い空気が充満しているのは、PTA役員選挙の結果がもうすぐわかるからだ。
 すでに、それぞれが2名を選び、担任に提出を終えている。ここ一週間というものの、親たちはこの話題一色だった。
 
上田 8票

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次男坊カール

17/08/14 コメント:2件 沓屋南実 閲覧数:192

ピアノレッスンの待合室には、祐介と隼太、それに歩実 。高校一年生で帰宅部、音楽大学を目指さないのにピアノを続けているという3人である。
 そして、レッスンの順番待ちの間、本を朗読するのが前回の発表会以来の彼らの習慣だ。

 歩実は、待合室の本棚から「アンナ・マグダレーナ・バッハ 思い出の日々」を取り出し、読み始めた。鈴を振るような心地よい声が、部屋全体に響く。

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楽園

17/07/17 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:183

 電話が鳴った。
 夫の出勤を見送り、朝食の後片付けをしながら、ラジオから流れる変拍子のワルツに耳を傾けていた。実家の母からだった。
「琉が、琉が……」嗚咽のような声だった。
「琉が交通事故を起こしたよ。すぐ風間病院へ行って」
 琉とは、私の4歳年下の弟だ。驚いて母に詳細をたずねるが、要領を得ない。命に別状がないことだけはわかった。取るもの取りあえず車で病院へ急いだ。

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ハンデルとヘンデル

17/07/03 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:217

 イギリス・ハノーファー王ジョージゲオルグ2世のための豪奢な帆船は、順風に守られるように海路を進んでいく。船のデッキの長椅子に座る私は、ぼんやりと海を眺めていた。夏空の向こうの大陸は、まだずっと先らしい。
 イギリスにいるときは、ジョージ・フレデリック・ハンデルと称している。海の上に国境線はない。どこかでゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデルに戻るのだろうけど、どこだろう? 愚にもつかぬことを孫を・・・

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フラウ・バッハ

17/06/19 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:174

 わたしはとても悩んでいます。楽長先生の結婚の申し込みに「はい」と返事をして良いものか。
 彼は、ケーテンという小さな宮廷の楽長でありながら、ドイツ全土はおろか外国の著名な音楽家から尊敬されています。新しい作品、それも良いものばかりどんどん生み出されるのですから、音楽の神から選ばれた輝かしいお方に違いありません。そんな方から妻として求められることに、たった19のわたしは驚きと戸惑いでいっぱい・・・

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推薦ワクを巡る黒い噂

17/03/13 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:210

「そんなの都市伝説さ、啓介」
 この学校だけではないらしいが、PTA会長の息子用の指定校推薦ワクがあると囁かれている。名門・慶安大学の推薦は数年その伝説を裏付ける結果となっていた。僕の父親もPTA会長。だから、このワクに手を挙げるべきか迷っていた。
 しかし、翔はそんな僕を励ましてくれた。彼は気弱な僕にとって、頼りになる友だちだ。おかげで迷いを振り切り、目標に向かって頑張ることができた・・・

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PTA安全パトロール   

17/02/26 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:222

 当たりくじを引けば普通なら喜ぶところだけれど、それがPTA役員となれば、ガッカリである。断固拒否して、保護者間でトラブルになることもあるらしい。私には拒否するほどの勇気はない。非難されるなど、よけいに面倒なことになるだろう。
 覚悟してはいたものの、役員決めで当たりを引き、さらに委員長も当たってしまったときには、自分のくじ運を呪った。周りの安堵のため息や冷笑のなか戸惑う私に、本部役員の・・・

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法学者ティボー教授 R.シューマン、若き日を語る9

17/02/02 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:281

※第8話はシリーズ名が抜けていました。未読の方は、「ハイデルベルクへ」を先にお読みくだされば幸いです。
http://jiku-monogatari.jp/entry/?modedisp&key9638&lid&sort&word&page1



 ぼくの生涯の恩師の一人である、アントン・フリードリヒ・ユストゥス・ティボー教授に出会ったのは、ハイデルベルク大学である・・・

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小さな音楽会

17/01/30 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:270

 私が304号室の荒木の妹さんを最初に見たのは、葬儀会場だった。同じマンションの老夫婦の奥さんが亡くなったので、喪服を着てまだ履きなれない27センチの皮靴を履いて参列した。
 妹さんは葬儀に似つかわしくない、きらびやかな曲を弾いていた。何でも、故人が好きだった、ショパンの「華麗なるワルツ」と誰かが教えてくれた。
 それにしても、上半身を揺らして演奏する姿は、違和感がある。それに、なぜ三・・・

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ハイデルベルクへ

17/01/13 コメント:1件 沓屋南実 閲覧数:372

  ぼくは、母と後見人を説き伏せて、ライプツィヒから早くも移ることにした。
 その前に、ヴィーク先生とクラーラが旅立った。まだ、風が冷ややかな春のはじめの頃だったか。1828年11月のゲヴァントハウスデビューから何ヶ月か経ち、演奏家としてのキャリアを積むべく演奏旅行に出たのである。ザクセン国の都ドレースデンがその最初の地であった。ザクセンで名声を得れば、プロイセン国のベルリン、やがてウィーン・・・

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クラーラの実母マリアンネ R.シューマン、若き日を語る7

17/01/03 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:352

 ぼくの短い最初のライプツィヒ時代は、カールス家とともにヴィーク家は大切な場所だった。法律の勉強は、だんだん身が入らなくなった以上、音楽は大きな救いだった。お酒も飲んだけどね。そして、ヴィーク家に行けば、必ずクラーラの演奏に触れることとなった。
  クラーラのことで、この頃の数少ない思い出のひとつを語ろうと思う。
 ある日、ヴィーク先生の家で、レッスンを受けて帰ろうとすると、クラーラが・・・

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最上の演奏

17/01/01 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:347

「一番心に残るコンサートはどれですか? 特別心に残るものは?」
 定番の質問だ。老指揮者イアン・べインズは、すぐに的確に答えるつもりが、言葉に詰まった。記者の「特別なもの」という言葉が浮き立って聴こえてホリー・トムズのことを思い出したからだ。
「それは……。ほんの五分だったが、素晴らしい時間を過ごしたよ。うまく言えないが、最高だった。あの演奏は、私の心の支えだ」
 聞き手はいぶか・・・

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名教師ヴィーク先生 R.シューマン、若き日を語る6

16/12/14 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:440

 ザクセン王国の一寒村に生まれたヴィーク先生が、いかにして著名な音楽教師になりえたかを述べておきたい。クラーラを巡る争いでぼくは大変傷つけられ恨みもしたが、時を経てその荒々しい振る舞いの理由が、彼の生い立ちからだんだん分かるようになった。
 まずもって、フリードリヒ・ヴィークという人がお金に執着したのは、父親が商売に失敗した貧しい家庭環境だったことが大きく影響している。義父は両親の意思で安全・・・

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神童ピアニスト クラーラ・ヴィーク R.シューマン、若き日を語る5

16/12/07 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:435

 クラーラとの出会いは、その後の劇的な恋愛からしたら、あまりにも淡く印象の薄いものだ。何しろ、彼女は9才の子どもだったし、ぼくは当時医師カールス氏の妻で、美貌のソプラノ、アグネスにぞっこんだった。ライプツィヒで再会したときのアグネスは25才。花のように美しく教養の高い彼女への憧れは、しばらく続く。彼女がシューベルトを歌い、ぼくが伴奏するときの喜びといったら。彼女が誰かの伴奏で歌うときは、うっとりな・・・

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未完成美術展

16/12/05 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:440

 駅からわりと近い場所に、その美術館はあった。「美和、若手芸術家たちの展覧会だそうよ」と言われても。母は、若手というところにアクセントを置いていた。私がヴァオイリニストを目指している、母はまだそう思っていた。 
 秋の初めのヴァイオリンコンクールの予選。いたたまれず、私は会場を飛び出した。ヴァイオリンは私を圧迫するモンスターになっていた。ひとりで私を育ててくれた母に、なかなかそう言えない。だ・・・

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姉と父の死 R.シューマン、若き日を語る4

16/12/02 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:358

 前回いよいよクラーラがぼくの人生に登場した。続く長い長い物語に入る前に、ぼくの身の上に起きた大きな出来事に触れておかねばなるまい。ライプツィヒに行く2年前のこと、多感であり音楽や文学に没頭する多感な年頃。1826年、16歳の一年は今思い出すのも辛い、なんと悲しい年であったことか。愛する姉と父をあいついで失ってしまったのだ。
 それまでのぼくは、夢も希望も両手にいっぱいの朗らかな少年だった。・・・

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恋と憧れ R.シューマン、若き日を語る3

16/11/25 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:428

 前回の終わりに少し触れた、医師カールスの夫人について語る前に、ぼくが心惹かれた女性たちを懐かしもう。
 自然と詩を愛し、女性を愛することは当然の流れ、「愛」は魂の高揚であり、創作の源である。ぼくは内気で行動力に欠けるところがある、とくに女性に対してはね。この点は、フレデリック・ショパンに近いかもしれない、もし近くに住んでいたらこの点で間違いなく話があっただろう。彼と同様、好きな女性に対して・・・

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ぼくの故郷ツヴィッカウ R.シューマン、若き日を語る2

16/11/12 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:398

 10歳を迎える1820年の3月に、ぼくはツヴィッカウのギムナジウムに進んだ。生まれてからライプツィヒ大学に入るまでの18年もの間、自然豊かなこの愛すべき故郷で過ごすことができたのは、本当に幸運だった。生涯、求めてやまなかったことの一つは、ぼくの魂を抱きとめてくれる美しい自然だったのである。
 故郷のツヴィッカウという街は、前回も触れたように、ナポレオン軍の通り道となったためにさんざんな目に・・・

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1810年生まれ ロベルト・シューマン若き日を語る1

16/11/05 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:469

 ぼくたちクラーラとローベルト・シューマンは、どういうわけか世紀のロマンスの末の結ばれた夫婦だとか、クラシック史上最高のカップルだとか、後々の世ではとても大げさに言われるようだ。
 それは嬉しくもあるけれど、かなり恥ずかしい。クラーラもぼくも世に知られた存在ゆえ、それだけの理由で、大げさに扱われてしまうのではないかと思うがどうであろう。
 ぼくにはすべてが用意されていたように自然な流れ・・・

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