1. トップページ
  2. 宮下 倖さんのページ

宮下 倖さん

宮下 倖です。 楽しくたくさん書いていきたいです。

出没地
趣味 読み、書き、創る
職業
性別 女性
将来の夢 誰かの心にひとつでも響く言葉が紡げたら幸せです。
座右の銘 臨機応変

投稿済みの記事一覧

0

セイギ女子の明日

17/05/22 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:34

「みんなをいじめたらあたしが許さないから!」
 腰に両手をあててぐっと胸を反らすと、目の前にかたまっていた男子たちがおもしろくなさそうに頬を膨らませた。睨みつけるとぶつぶつ言いながらランドセルを背負って教室を出て行く。
「杏子ありがとう! やっぱり頼りになる〜」
「正義のヒーローみたい!」
 周りの女子がわっと沸いた。あたしの肩よりも小さな女の子たちが一心に見上げてくる。<・・・

5

雄叫びスイーツ

17/05/08 コメント:4件 宮下 倖 閲覧数:127

「イエェアアアアアアッ、メッエエエエエエエン!」
「コテェエエエエッコテコテコテエエエエッ!」
 奇声である。悲鳴である。しかも女子の。
 素足で床に踏み込む音、竹刀同士がぶつかる音、かけ声の高低もさまざまで騒々しいことこの上ないけれど、こんな声や音が絶え間なく響いていても何の不思議もない。なぜならここは剣道部だから。
「次! 結城!」
「はいっ! お願いします!」<・・・

0

浜辺のうた

17/04/24 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:78

 たまたまつけたカーラジオから「浜辺の歌」が流れてきた。途端に懐かしくもどこかせつない感情が胸の中に渦巻く。歌や匂いは想い出を引き寄せると言うけれどその通りだ。
 煙草を灰皿に押し込みハンドルをきった僕は、ゆっくりと子どもの頃のことを思い出す。

 僕は海辺の町で育った。海水浴客を多く呼ぶほどではないが、きれいな砂浜が続く町だ。 
 その浜に「ウラシマさん」がいた。
・・・

1

父を迎えに

17/04/10 コメント:1件 宮下 倖 閲覧数:116

 おとうちゃん! と叫んで美加が改札のほうへ駆け出していく。その背中を私はかろうじて抱きとめた。不服そうに手足をばたつかせる美加に「だめだよ」と言うと「おねえちゃんのケチ!」と舌を出される。改札を抜けてくる人にぶつかったら、小さな美加が危ないのに。 
 ため息をついたとき「千鶴子、美加」と私たちを呼ぶ優しい声がした。
 父が改札を抜けてこちらへ来る。「ふたりで来てくれたのかあ」と笑顔で・・・

0

春の翅

17/03/27 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:107

 意識して伸ばした背筋がぴりっと痛んだ。静かに息を吐きながら、目の前で肩を落とす夫を見る。開けた出窓から入ってくるあたたかな春風も、この重苦しい空気を入れ替えてはくれなかった。
「どうしても……もうだめか?」
「うん」
 呻くような声を絞り出した夫に短く答えて、私はふと窓のほうを見た。
 一昨年、三回目の結婚記念日に買った細身の白い花瓶に、黄色のガーベラを一本活けてある。花・・・

1

光る葉

17/03/13 コメント:2件 宮下 倖 閲覧数:143

 幽霊が見えるようになる方法っていう都市伝説、知ってるか?

 学校の帰り道、ソウタが声を潜めてそんなふうに言うのをミツルはその場では鼻で笑った。
 オカルト好きのソウタの熱弁によると、神社の境内の木に光る葉がついていることがあって、その葉でまぶたを擦ると幽霊が見えるようになるというのだ。それにまつわる怖い話も聞かされたが、ミツルは「興味ない」と一蹴した。
 しかし今、ミツ・・・

10

自転車とたんぽぽ【エッセイ】

17/02/27 コメント:4件 宮下 倖 閲覧数:342

 春の草が土手をやわらかな緑に染めている。そこに自転車が一台横倒しになっていた。
 赤いフレームに添うようにたんぽぽがいくつも咲いている。
 緑と赤と黄色のコントラストを見下ろしながら私は唇をつよく噛んだ。
 もしこの自転車が話せたなら、私になんと声をかけるだろう。

 * * * 

 東日本大震災において、私は中途半端な被災者だった。
 私の実家・・・

3

早春エール

17/02/12 コメント:2件 宮下 倖 閲覧数:237

 高三も二月になるとほぼ自由登校になる。俺が通うのは東北の田舎にある県立高校だ。週一で登校日が設けられてはいたが、それも強制ではないので、自宅学習を続けたり受験日程関係で登校しないヤツもいる。だから二月下旬の今日の登校日、いつもの五人が集まったのは久々だった。
「なーんか帰んのもったいねえな」
「なんかして遊ぶ? トランプとか?」
「そんなん持って来てねえよ」
 トランプを・・・

0

ギジベヤ

17/01/30 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:172

 大変申し訳ありませんお客さま、304号室はあいにく予約で埋まっておりまして……。
 平坦な声でそう言うと中年の男が慇懃に頭を下げた。いつも通り、一言一句違わず淀みない台詞である。ハルオは苛々と受付カウンターに身を乗り出した。
「三十分……いや十分でいい。ナツミと話したい。会わせてくれ」
「……ではナツミ本人に訊いてまいります。そのままここでお待ちください」
 男は恭しく一・・・

5

見る目のない私たちの強かな未来

17/01/14 コメント:3件 宮下 倖 閲覧数:344

 香帆のブレスレットがグラスに触れて澄んだ音をたてた。私と律子の視線が余韻を追って香帆の手首に注がれる。彼女がわざとグラスに当てたであろうことは、「あっ、ごめん」と言いながらまるで悪びれず、むしろ見せびらかすように手首を上げたことで察せられた。
「わあキレイ! 香帆、それ新しいやつ?」
 律子が声のトーンを上げて訊いた。そうやって香帆の欲しい言葉をすぐに放れる律子はすごい。私が喉元でご・・・

5

誰かの五分間

16/12/31 コメント:4件 宮下 倖 閲覧数:384

 男は帰宅の途中、夜の住宅街で唐突に立ち止まった。場所を間違えたスポットライトのように、街灯が男の体を半分だけ照らしている。くたびれた中年サラリーマンの代表のような仕草で男は深い溜息をついた。

 ようやく休日出勤を終えたが家に帰りたくない。朝、妻と交わした会話がよみがえる。
 どうして休みがないの。たまには家にいてほしい。早く帰ってきてあの子と話をしてやって。
 自分が家・・・

6

クリスマス・ニャロル

16/12/17 コメント:6件 宮下 倖 閲覧数:525

 カイは助走をつけることなく軽やかにブロック塀に飛び乗った。背負いなれないリュックが不安定に揺れる。急に開けた視界に目を細め、しなやかに四肢を伸ばして夜空を仰ぐと、満天の星が瞬いていた。カイは鼻を動かし、キンと冷えた空気を吸い込んだ。

 知る人は稀だが、日本において聖夜にサンタクロースの手助けをしているのは野良猫たちである。その昔、初めてサンタが日本に来た際、あまりの忙しさに「猫の手・・・

1

カシフカシ

16/12/05 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:223

 不可視の前に不可視がいる。それがぼくから見える日々の風景だった。 

 ぼくは美術館の看視員をしている。
 展示フロアを見廻せば、目立たない隅のほうに存在を沈めるように座る人がいることに気づくはずだ。それがぼくたち看視員である。
 お客さまが館内で声高に話したり、携帯電話を鳴らしたり、展示品に触ろうとしたりといったマナー違反に対し注意をするのが主な仕事だ。座っているだけの・・・

0

妹からひとこと

16/11/21 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:260

 かすかな身じろぎと小さな欠伸に続いて、ふとんから抜け出す遠慮がちな気配がとなりで生まれた。こちらを窺うようなわずかな間があったけれど私は眠ったふりをする。淋しげな吐息を背中で聞いたときは少し胸が痛んだけれど、私は動かなかった。
 身支度をする密やかな空気の流れを全身で感じる。戸口に向かう足音が止まり、「薫、あとでね」という柔らかな声を残して部屋のドアが閉まる音がした。私はふとんの中でぎゅっ・・・

5

花と雪の幻想

16/11/07 コメント:3件 宮下 倖 閲覧数:413

 幾重にも重なる灰色の雲から雪片が落ちてきた。勿体をつけたようにゆったりと降りてきては、目を細めて鈍色の空を見上げる男の肩で透き通っていく。薄い外套の襟を掻き合わせ、男は真っ白な息を太く吐き出した。
 冬を越すためには少々厳しい場所かもしれない。無意識に死に近くなる選択をしたようにも思えるし、ここで乗り切れれば今までとは違う春を迎えられそうな気もした。だが越冬のための充分な準備も蓄えもない。・・・

5

泣き笑いの窓際

16/10/24 コメント:2件 宮下 倖 閲覧数:466

 背中でガタガタと抗議するランドセルをものともせずに走って帰ってきたアツシは、家の玄関を開ける前に須藤さんの家を振り返った。
 あ、今日も笑ってる。
 須藤さんちのおじいちゃんは、たいてい道路に面した窓際に座って外を見ている。そしていつも笑っている。それはもうにこにこと楽しそうに。その笑顔を見ると、アツシも何だか嬉しい気もちになる。
 けれどアツシの母は言うのだ。須藤さんのおじい・・・

3

女たちの咆哮

16/10/10 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:313


 女は俯いていた。細い肩が力なく落ち、時折小さく震えている。 

「親として無責任だとは思いますけどね、いつかこんな日がくるんじゃないかって考えてましたよ。自分の産んだ娘がわからないんです。あの子が何を考えてるのか、まったく理解できない。だからいつかこんな日が……娘が犯罪者と呼ばれる日がくるんじゃないかって、ねえ。そんなこと思うなんて酷い親ですよ。ええわかってます。……あれは小・・・

1

不器用トラベラー

16/10/10 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:274


 タイムスリップなんて、そんないいのものじゃないよ。
 エリは顔をしかめて鼻の頭に皺をよせると、大仰に首を左右に振った。

「そうなのか? 考えるだけで楽しそうだけど」

 目を輝かせるタクに視線を向けたエリは、呆れ顔で肩を竦める。公園を吹き抜ける春風に目を細め、エリは買ったばかりのクレープに齧りついた。
 黙々と口を動かしている間タクがじっと見ているの・・・

1

月光レール

16/09/26 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:353


 書店員ならば「満月手当」を楽しみにしている人も多いと思う。ぼくもそのひとりで、勤務表をもらうたびに一喜一憂している。
 今夜は久しぶりの満月夜勤。群青色に艶めく天空には薄雲すらなく、空に穿たれた穴のように白く月が輝いていた。
 深夜十二時かっきりに、ぼくは店のいちばん大きな窓を全開にした。店内の照明はすべて落としてある。店にはぼくひとりきり。ほどよく田舎の風景が残る町に建つ店・・・

1

ふたりでゴール

16/09/11 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:609

 
 すこし前にはいくつか見えていた背中が、公園を過ぎるころにはまったく視界に入らなくなった。さっきから、脇腹でキツツキでも飼っているみたいな痛みが増している。
 私は上がらなくなった爪先をアスファルトに擦りながら天を仰いだ。恨めしいくらいの澄んだ青空だ。

「もうやだ! マラソン大会なんて大嫌い!」
「まあまあ千夏ちゃん。もうすぐ学校だよ」
「悠理〜、置いてか・・・

2

たいへんよくできました

16/08/29 コメント:2件 宮下 倖 閲覧数:496


「はい。たいへんよくできました」

 問題集の余白に花丸をつけると、志穂ちゃんは「小学生じゃないんだから」とくすぐったそうに肩を竦めた。胸元で揺れる柔らかそうな細い髪を指にくるくると巻きつけている。

「次までに残りのページ解いてしまいなさいね。はい、じゃあ今日は終わり。お疲れさま」
「はぁい、涼子センセーありがとうございました」

 二時間枠の家・・・

2

彼の地で待つ

16/08/12 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:379


「呼ばれてしまいました」

 きのう染めたばかりの髪を気恥ずかしそうに耳にかけながら妻が傍に立った。栞を挟まぬまま読み止しの新書を閉じた私は、眼鏡を外して彼女を見る。

「そうか」

 後になんと続けたらいいのかわからず、私は座っていたソファの隣をぽんぽんと叩いた。ちいさく笑った妻がそこに腰を下ろす。ゆっくりとした動作と染め残った鬢の白髪に、ともに過ごし・・・

3

てのひらの舞台

16/07/26 コメント:2件 宮下 倖 閲覧数:896

 
 正直、踊らされてるって感覚が強い。

 一ノ瀬はそう言うと、ポテトの塩がついた唇を端からぐるりと舐めて、あたりをきょろきょろと見回した。それを横目で捉えた二宮が、紙ナプキンのホルダーを一ノ瀬のほうに押しやる。口元を拭きながらの「サンキュ」はもごもごと紙ナプキンに吸い取られた。

「タイトル変えろって言われてさ。いま流行りの“○○が××して△△しちゃいました”みた・・・

6

私と父と母の味

16/07/17 コメント:4件 宮下 倖 閲覧数:410


 昨年、父が母になった。
 二十数年勤めた銀行を早々と退職し、病床に伏した妻を看取り、娘である私の就職に歓喜した直後のことだ。 

「美登里。父さん……母さんになってもいいかな?」
「お母さんの代わりに家事を頑張るってことなら気にしないで。私だって家のことやれるし」
「そうじゃないんだ……そうじゃなくて……」

 思い詰めたように首を横に振った父は・・・

6

夏、流るる

16/07/04 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:364

 寝てないなんて言い訳にならない。明日の会議に完璧に備えなければ。
 岩崎は血走った目を瞬かせると、資料の詰まった鞄を持ち直した。

 湿気を含んだ夏の風が襟足で遊んでほどけていく。首筋に滲んだ汗を撫でるそれを、心地よいと感じる余裕さえない。早々に帰って資料の見直しをしようと足を速めた岩崎に耳に喧騒が届いた。靴先ばかりを見ていた視線を上げると、商店街の端の広場に煌々と灯りが燈って・・・

6

雨菓子

16/06/20 コメント:5件 宮下 倖 閲覧数:593

 
 雨季が終わり、街に大きな市が立った。
 馬車が横に三台も並べるほどの幅の大通りは、人々の熱気と喧騒に包まれている。陽光に晒され埃っぽくなりつつある通りの両側には、さまざまな売り物を積み上げた商人たちが呼び込みの声を張っていた。

 他国へ向かう交通の要所、また交易の要であるこの街には旅人の姿も多い。
 市の外れで、この南の地には少々そぐわない厚着をした若い旅人が・・・

8

終の残響

16/06/06 コメント:5件 宮下 倖 閲覧数:658

 
 かたつむりがいなくなった。少し目を離した隙の逃亡だ。のたりのたりと気が遠くなるような歩みのくせに、こういう逃げ足は速い気がする。

 昨日からの大雨がようやく上がり、眩しい陽射しに目を細めながらカーテンを開けたら、窓ガラスを這っているかたつむりを見つけた。下から上にぬめりと光る筋が延びていて、その先にコートのボタンくらいの大きさのかたつむりがいたのだ。空気の入れ換えに窓を開・・・

4

アマナツ!

16/05/23 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:457

 
 渾名のつけかたとしては、かなりポピュラーなものだと思う。苗字と名前の初めの音をつなげる系だ。マツジュンとかタカミナとか、そういう感じ。 

 うまくほかの言葉になったり、呼びやすかったり、可愛い響きになったりすると採用に至ることが多い。使う使わないは別にして、面白半分にゼミ生の名前をそんなふうに書き出していたら「おっ」と目を細めてしまうようなやつがいた。

「ア・・・

7

秘しても色あふるる世界

16/05/09 コメント:6件 宮下 倖 閲覧数:922

 
 「お似合いですよ」と絶妙な曲線で口角を上げた店員に僕は苦笑した。袖を通したジャケットの襟元を直しながら妻を振り返る。目線だけで「どうだ?」と問うと、彼女は小首をかしげた。

「うーん、いいんじゃないかな」

 艶やかに彩られた妻の唇をちらりと見やり、僕はまた苦笑した。あまり有用な意見はもらえないようだ。生地もそこそこ、値段もそこそこ、ベーシックなデザインで色はグ・・・

1

黒猫の一存

16/04/25 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:494

 
 夜空を切り取ったような艶やかな毛並みの黒猫が我が家に迷い込んできたのは、急逝した夫の四十九日の朝だった。 

 お経をあげてもらうだけの簡素な法要の準備だったけれど、それなりに早朝から忙しい。あれこれと家の中を片づけていたとき、茶の間の座布団の上に黒い塊を見つけた。一度行き過ぎた廊下を二、三歩戻り首を伸ばすと、塊は「にゃあ」と鳴く。「猫?」と呟き、私は箒を持ったままぽかんと・・・

4

赤と黒のおはなし

16/04/11 コメント:6件 宮下 倖 閲覧数:609

 
 おかしいなと思ったのは両手が使えたからだった。
 奈々は自分の背よりも遥かに大きいガラスの扉に両手をぺたりとつけている。先程まで左手は絵本を抱え、右手は母の柔らかい掌に包まれていたはずだ。周りにはたくさんの人がいたのに、今は誰もいない。声も聞こえない。しんとした空間、触れたガラスの冷たさに奈々はぶるりと肩を震わせた。 

 母に連れられて初めてやってきた水族館は、色と・・・

3

迷宮シネマ

16/03/28 コメント:2件 宮下 倖 閲覧数:543

 
 貴弘の予想は見事にはずれていた。

『絶対あのふたりは親子! 迷宮のいちばん奥で涙の再会を果たすと思う!』

 二年前大ヒットを飛ばした海外映画の続編を観に来た。巨大迷宮を舞台にした謎解き満載のファンタジーだ。二年前の本編の後、貴弘が推理したふたりの関係は今回の続編で描かれていたが、親子どころか親の仇同士だった。涙の再会など欠片もなく、顔を合わせた途端に斬りかか・・・

6

妖の庭 鬼灯の空

16/03/14 コメント:4件 宮下 倖 閲覧数:536

 
 庭の鹿おどしがカコンと尻をついた。竹の切り口はすぐに顎を上げ夕空を仰ぐ。灌木の間や石灯籠の後ろに潜むいくつもの気配は、庭に臨む座敷の中を心配そうに窺っていた。
 座敷に並んでいるのは、口を真一文字に引き結び緊張した面持ちの鬼火の青年と、背筋を伸ばし凛とした様子の文車妖妃である。彼らの前で渋面をつくっているのは、妖怪の総大将ぬらりひょんだった。 

「じじさま、彼と一緒・・・

5

ビールと雑誌と塩からあげ

16/02/29 コメント:6件 宮下 倖 閲覧数:587

 
 ひとりぶん進んだスペースを二歩で詰める。香ばしい匂いが鼻先で遊んで、ふっと風に散った。人々の背中が重なる先には『塩からあげ』の幟がはためく。「絶品」と評判の惣菜店を目指す列に埋もれた私は、爪先立って前方を窺った。
 きっと無理だ。こんなに並んでいるんだもの。人気のからあげは、きっと自分の番がくる前に売り切れてしまうだろう。
 そう思ったのに順調に列は進み、結局なんの問題もな・・・

2

意地茶

16/02/15 コメント:2件 宮下 倖 閲覧数:586

 鳴らなくなった笛吹きケトルが、息切れにも似た苦しげな音で沸騰を知らせてきた。老体に鞭打つようなその様子に、買い替えないのかと訊くと、姉は「使えるからね」と笑ってガスを止めた。
 久しぶりの実家は嫌になるくらい変わらない。家電も食器も、ケトルと同窓会が開けるくらいに年季が入っている。変わらないことに半分苛つき、半分ほっとした。
 こちらに背を向け、お茶を淹れながら姉が問う。

8

玻璃の中

16/01/27 コメント:7件 宮下 倖 閲覧数:731

 
 いつもの書店を出て、いつもの角を曲がったのに、ふと目を凝らすと見覚えのない路地が延びていた。月のない夜空はのっぺりと艶がなく、頼りない街灯の瞬きは奥の闇をいっそう濃くしている。おかしいなと訝しんだものの足を止めなかったのは、ほんの十数メートル先に白い提灯を下げた屋台がぼうっと浮かび上がっているのが見えたからだ。 

 おでん屋かラーメン屋か……。なんにせよ酒でも呑めるなら一・・・

  1. 1
ログイン
アドセンス