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Fujikiさん

第90回時空モノガタリ文学賞【祭り】入賞          第92回時空モノガタリ文学賞【沖縄】入賞          第94回時空モノガタリ文学賞【曖昧】最終選考        第95回時空モノガタリ文学賞【秘宝】最終選考        第96回時空モノガタリ文学賞【奇人】最終選考         2015年大阪ショートショート大賞【行列】佳作         第99回時空モノガタリ文学賞【失恋】最終選考         第105回時空モノガタリ文学賞【水族館】最終選考        第110回時空モノガタリ文学賞【雨】最終選考          第112回時空モノガタリ文学賞【弁当】入賞         第114回時空モノガタリ文学賞【パピプペポ】最終選考      第117回時空モノガタリ文学賞【本屋】最終選考         第118回時空モノガタリ文学賞【タイムスリップ】最終選考   第120回時空モノガタリ文学賞【平和】入賞           第126回時空モノガタリ文学賞【304号室】入賞       第127回時空モノガタリ文学賞【新宿】最終選考   第137回時空モノガタリ文学賞【海】最終選考        にふぇーでーびる!

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投稿済みの記事一覧

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ガソリンスタンド

17/06/14 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:144

 ぼくが働くガソリンスタンドはちょっと変わった場所にある。海の上だ。面積十平方メートル程度の小島で、本島から離れた沖合いに浮かんでいる。もちろん自動車は一台もない。車がないのにガソリンスタンドだけあるってのも変な話だけど、ここは最初から離れ小島だったわけではない。ずっと昔に地殻変動が起こってガソリンスタンドだけ本島からちぎれてしまったんだって。もう何年も前に死んだチーフが教えてくれたことだ。ぼくが・・・

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一次元マインドコントロール

17/06/13 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:110

 あいつが勝手に俺の頭の中に入ってくるんだ。俺にはそれをどうすることもできない。まぶたを閉じれば目は見えなくなるけど、耳の穴はいつも開きっぱなしだからね。手のひらで耳を覆っても、洞窟の中で響くこだまみたいにあいつは鼓膜の内側を暴れ回って三半規管を揺さぶりやがる。そんな時、俺の手足は弛緩してあいつの思うがままになってしまう。糸で引っ張られて踊るだけの操り人形さ。
 腰を振れ、とあいつは俺に言う・・・

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週末に会えない女

17/06/04 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:109

 あかりとは社会人になってから合コンで知り合った。二五歳、大卒、アンティークショップの店員。服装や話し方が落ち着いていて、一目で気に入った。
 合コンは目的が明確なぶん、友達同士から男女関係に発展する時のような気恥ずかしさがないし、互いの心の探り合いに延々と時間を費やす必要もない。あかりと連絡先を交換して後日メールを送ったらすぐに返信があり、あっという間に体を許す仲になった。ホテル代は僕が持・・・

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異星人襲来!

17/05/22 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:110

 彼らが異星人だと聞かされたのは高三の秋だった。
 人類に擬態した彼らはコチンダ君とグシチャン君と名乗っている。変な名前。おまけに二人ともちょっときつめの地方訛りで話す。どうせ擬態するなら、目立たないように佐藤とか田中とか普通の名前にして標準語を使えよ。コチンダ君の告白を聞いた時、僕はそう思った。地球に着いて最初に降り立った場所がまずかったのだろう。
 星がよく見える夜、僕らは二人でビ・・・

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独り言が止まらなくなった機械じかけの新入社員

17/03/27 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:159

 ピカリくんの調子が悪くなったのは半年間で二回目だ。今度はパソコンに向かいながら独り言を言うようになった。聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声なのでうるさくてかなわないというほどではないが、一日中ひたすらブツブツ言っているので次第に鬱陶しくなってくる。隣の席の具志堅さんが注意したら「ごめんなさい。何か言ってましたか?」と一応謝った。でも気づけばまたすぐに独り言が始まっていた。
 私たち同僚・・・

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電脳都市の時空のすきま

17/02/27 コメント:6件 Fujiki 閲覧数:278

 僕が時空モノガタリに2000字小説を投稿し始めて約一年半が過ぎた。投稿はこれが40作目、入賞回数は5回。落選が続くとさすがにモチベーションが下がるけど(今のところ連続落選記録は18回)、書くのをやめた時が負けた時だと自分に言い聞かせてしつこく書き続けている。誰に対する負けなのかは不明だ。そんなスポ根式努力が実を結んだのかどうかは知らないが、ありがたいことに去年の冬に出版された『時空モノガタリ文学・・・

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悪意が疾走する

17/02/24 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:242

 クラスメイトの長田の死体は通学路沿いにある土手に転がっていた。喉笛がパックリ裂かれ、夏服の白いシャツが血液で真っ赤に染まっていた。警察は彼を連続通り魔事件の新たな犠牲者と断定した。鋭利な刃物を用いた手口も、夜更けの犯行時刻も一連の事件と一致していた。通りの防犯カメラには自転車に乗って走り去る黒ずくめの男が映っていたらしい。
 全校集会で校長が長田の死を報告し、僕らは一分間の黙祷を捧げた。黙・・・

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桟橋の名を持つバーで

17/01/20 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:269

 一見客に敷居の高い店も少なくない中、フランス語で「桟橋」を意味する店名はよそ者でも入りやすそうな印象を与えた。たとえ長年の知己のように受け入れてはくれなくても、桟橋は旅に疲れた船を拒絶しない。遥か彼方から航海を続けてきた船乗りに一時の休息を与えてくれる場所だ。
 店名の書かれたアルミのドアを開け、暗くて狭い階段を上ると二階の入口には古い映画のポスターがベタベタと貼られている。中は五人座れば・・・

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三線を弾く部屋

17/01/16 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:383

 出版社を辞めて県庁で働き始めてから和馬はモノレール通勤になった。電車も地下鉄もないこの島では一路線しかないモノレールが唯一の鉄道である。バスよりも正確に運行し、渋滞に巻き込まれる心配もない。家がある丘の上からは二十分で職場に着く。
 モノレールの中で和馬は毎朝車両の右側を向いて立つ。帰りは左側に体を向ける。自宅の最寄駅が終点なので朝は席が空いているが、あえて座らない。車窓から朝夕同じアパー・・・

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優男のこと

17/01/11 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:250

 はじめに断っておくが、優男の読み方は「やさおとこ」ではなく「まさお」である。でも僕らは彼を「やさお」と呼んでいた。
 やさおという呼称のきっかけは、ポテトヘッドというあだ名を持つ文学教授が担当した大学三年次のゼミだった。最初の授業でポテトヘッドは登録簿の氏名と教室にいる学生の顔を交互に見ながら丁寧に出席を取った。
「仲宗根リカルド君……西野松子君……西銘やさおとこ君? ほう、君はあの・・・

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夢に遊ぶ時間

16/12/30 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:253

「夢の中では意識がすばやく機能しているから時間が遅く感じられる。現実の五分間は夢では一時間くらいになるんだ」
 またか、映画の受け売り。大きな瞳をキラキラ輝かせながら語る慶斗は、完全に現実とフィクションを混同してしまっている。しかも映画から仕入れた知識であることをすっかり忘れて自分のものにしてしまっているから余計に始末が悪い。夢の時間の話が出てくるディカプリオの映画は一緒に観にいったじゃない・・・

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優しいサンタさん

16/12/19 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:241

 人形の子どもに延々とプレゼントを手渡し続ける電気仕掛けのサンタクロース。その隣は、雪の降らない島に青白い照明と人工雪で作り上げた銀世界の庭。そのまた隣は、屋上から色とりどりの電球を垂らした光の洪水……。リュウの運転する車に乗った益美の前を趣向を凝らしたイルミネーションが次々と流れていく。丘の裾野に並ぶ外人住宅はクリスマスの時期になると地元の若者の人気ドライブコースになる。軍属が多く住むこの地域で・・・

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神なき世界の大聖堂

16/12/05 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:269

 そこに神はいなかった。それでも人は祈りを捧げに集まった。土地や財産が借金の担保になるように、信仰は彼らにとって人生の担保だった。
 死後も続く作者の名声と、人間の技が生み出した永遠の価値。そんな価値を信じて人は入場料を喜捨し、熱い視線を送る。信仰の対象は神の子キリストと聖人たる弟子たちではない。ましてやその背後に控える全能の神でもない。この世界の聖人は人間――偉大な作品を遺した巨匠たちだっ・・・

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笑い金魚

16/10/10 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:598

 夏の昼下がり、ガラスの水槽の中を金魚がふわふわと泳いでいる。南に面した窓から射しこむ光が水槽の中を明るく照らし、たえず口をカプカプと動かして笑い続ける金魚は揺らめくローソクの炎のように輝いて見える。開け放たれた窓から入ってくる心地良い風はかすかに潮の香りをはらんでいるものの、部屋から海は見えない。外に広がる景色は、住宅街に茫漠と連なるコンクリートの屋根と青空だけである。ひきこもり男はガラスを指先・・・

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コンビ解消

16/10/09 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:361

 進学のため島を出て一人暮らしをはじめた時、内心ほっとしたのを憶えている。認めたくはなかったけれど、一番の理由は毎日兄の顔を見なくてすむことだった。
 兄が嫌いなわけではない。ずっと兄の収入に頼って生活してきたし、高校三年生になってからの一年間はアルバイトを辞めて受験勉強に専念するのを許してくれたわけだから、むしろ感謝しているくらいだ。ただ、僕と兄には似ている部分がほとんどなかった。十歳年が・・・

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百年後に会おう

16/09/12 コメント:4件 Fujiki 閲覧数:677

 人生で一度だけ小説を書いたことがある。十六年前の二〇〇〇年、大学二年の夏休みを目一杯使って書いた。僕は文学青年だったわけではなく、読む本も新書や実用書ばかりだった。小説を書くのは後にも先にもこの一度きりになると思う。
 執筆のきっかけは、高校一年の時から五年越しで付き合っていたガールフレンドだった。名前は宮里遥夏。自他共に認める活字中毒者だった。常に文庫本を持ち歩き、空いた時間にはページに・・・

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ラヴェンダーの香り

16/09/06 コメント:6件 Fujiki 閲覧数:789

 四月に引っ越してきて以来、海岸の散歩が文子の習慣になった。土曜日の朝、音楽を聴きながら二時間ほど砂浜を歩く。白い砂の模様や海の表情、常に形を変えていく雲にはいつも新鮮な発見があった。海辺の町にあるマンションを買って本当に良かったと実感できるひと時だった。
 散歩から帰る途中、本を載せたワゴンを表に出している古めかしい二階建ての家の前をいつも通る。学術書や小説が並べられ、本の合間には豚の貯金・・・

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アカウント

16/09/04 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:644

ニライ・カナイ
「下手くそ」はともかく「死ねばいい」とか、何様だろう?

名無しのくじら
見てきた。確かにひどいね、あれ。

ニライ・カナイ
批判には慣れてるけど、一方的に名指しで中傷されるのはやっぱり不快だな。

名無しのくじら
大丈夫。カナイちゃんの実力に嫉妬してるだけだろうから、気にしちゃダメ。

 「名無しのくじら」こ・・・

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ありがとう大作戦

16/08/01 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:362

 霊感があって得することは、ほとんどありません。血まみれで体の一部が欠損している幽霊は見ていて気持ちのいいものではないですし、トイレや浴室に幽霊がいると虚ろな視線が気になって服を脱ぐのにも落ち着きません。特にこの島では先の戦争で熾烈な地上戦があったせいで、幽霊の人口過密が深刻です。総死者数二十四万余、島民だけでも当時の人口の四分の一が死んだわけですから、文字通り石を投げれば幽霊に当たります。

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初恋、リビドー、パピプペポ

16/07/18 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:539

 パピプペポ――五つの両唇破裂音、腹話術師の悩みの種。口づけを求めるように唇を突き出し、頬に溜めた呼気を勢いよく出す。顔に降りかかる唾液の飛沫。熔岩のごとくたぎる罪深き股間。接吻の予感に発憤した僕は、眠れぬ夜に秘密の呪文をひとり唱える。
 パ。パトスによって理性を眩ませ、
 ピ。ピアスの光る耳たぶにかぶりつき、
 プ。ぷっくりとした膨らみの間に顔をうずめ、
 ペ。ペン先を深・・・

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他人の肌

16/07/04 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:403

 軽い夕食の後、マックスは立ち上がって博貴の手を取った。
「ほら立って。踊ろう」
 マックスが住むこの部屋は、夏季出張中の留守番と猫の世話を彼に任せた大学教員のものである。床の上に乱雑に積まれた研究書の間から黒猫が博貴の顔をじっと見ている。部屋のステレオからはゆっくりとしたブルースが小さな音量で流れている。差し出された華奢な手首には包帯が巻かれていた。博貴は反射的に手を引っ込め、首を横・・・

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塩味のフライドポテト

16/06/25 コメント:8件 Fujiki 閲覧数:832

 月二回のお弁当持参の日、由香の弁当箱にはまたしてもフライドポテトがぎっちり詰まっていた。蓋を開けば黄土色の一色で、他にはごはんもおかずも入っていない。
「お、ポテトうまそー!」隣の席のワタルが目ざとく覗き込む。
「由香、少し食べさせて。私のラフテーと交換しよう」と、向かいに机をつけて座っている美帆が言った。
「大丈夫、ポテト好きだから」
 由香は両肘をつき、弁当箱を腕の中・・・

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メドゥーサの目薬

16/06/06 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:538

 待ち合わせのそば屋に着いてみたら、悪魔は既にソーキそば定食を食べているところだった。午後にもアポがいくつか重なっているので先に注文することにしたのだという。さっそく差し出した署名済みの契約書を書類かばんに入れた悪魔は、小さな瓶をテーブルの上に置いた。
「目薬があるからといって、あんまり目を酷使したら駄目だからね。昔ある哲学者が言ったみたいに、あなたが深淵を覗き込む時、深淵もあなたのことを覗・・・

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傘で空を飛ぶ

16/05/23 コメント:4件 Fujiki 閲覧数:635

 台風八号の強風は絶好の機会である。放課後、次第に勢いを増していく風雨から逃げるように他の生徒が下校していく中、翔吾はクラスメイトの博文と運動場の朝礼台に立っていた。二人の手には雨傘が握られている。翔吾がこの日のために用意した傘は六八〇円のセール品だったが、おろしたてである。
 風の強い日に傘で空を飛ぶ実験をするつもりだとおそるおそる打ち明けた時、博文は二つ返事で一緒にやろうと言ってくれた。・・・

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石垣くん、インドを旅する

16/05/09 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:585

 石垣くんは黙ってさえいれば美男子だと思う。背は高く、顔の作りも整っている。彼の薄い茶色の虹彩は日光の下で金色に見える。本人は目の色を気にしているのか、外ではサングラスをかけることが多い。せっかくのきれいな瞳がもったいないと僕は言ったのだけど、聞く耳を持つ気配はないようだ。
 最初に知り合った場所は桜坂のゲイバー、彼はカウンターの端の席で壁に体を向けるように座っていた。マスターとは知り合いら・・・

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ラップ男

16/05/01 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:475

 五月のある晴れた午後、近所の公園の溜め池でスケッチをしていたらラップ男に出会った。ラップ男は常にラップを口ずさんでいるので一目ですぐに分かる。私は鉛筆を持った手を休め、通りすがりの人々に歌いかけるラップ男を観察した。色褪せた虹色のTシャツを着た彼は、ひょろ長い体格をしていて周りより頭一つ抜きん出て見える。日に焼けた顔は年齢が分かりにくいが、少なくとも三十は越えているだろう。
「……惰性で生・・・

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おつとめ品

16/04/30 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:441

 加奈子が自転車で隣町のスーパーに来たのは午後八時を過ぎた頃だった。虫の死骸が溜まった蛍光灯の看板の下をくぐって自動ドアを抜けると、薄暗い売り場が広がっている。作業服姿の男が奥の惣菜コーナーで弁当を漁っている。髪を赤く染めた若い母親が同じ髪色の子どもが乗ったカートを押して漫然と歩いている。四つあるうち唯一開いているレジでは、大学生のアルバイトとおぼしき店員が精算に来る客を退屈そうに待っている。防犯・・・

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猫の墓場

16/04/24 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:505

 雨上がりの森は湿り気を含んでむせかえるようだった。足を踏み出す度に苔に覆われたぬかるみの中に沈んでいきそうになる。中身の詰まったリュックサックがマヤの両肩に食い込んだ。
 しばらく歩くと、手前の木の枝に白いビニール袋がぶら下がっているのが見えた。薄暗い森の中でビニールの白さは格段目を引いた。固く縛った口の部分にはハエが何匹もたかっている。袋の中身は黒々として、濁った水に浸っているようだった・・・

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水槽人間

16/04/11 コメント:6件 Fujiki 閲覧数:657

 涼介はこの十年間水槽の中で暮らしてきた。五歳の頃に風呂場で溺れかけて以来、水の中から出たことは一度もない。泣きながらガラスを叩く母親が警官に連れて行かれた場面は今でも夢で見ることがある。不注意から起こったただの事故だったと聞かされてきたが、彼が母親の姿を見たのはそれが最後だった。
 水槽の中の生活は単調だった。ガラスの向こうに見えるのはブラインドの下りた白い壁の部屋。絶え間なく聞こえてくる・・・

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ダニューブの漣

16/03/03 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:539

「四年前にサイゴンで観たあの映画を憶えているか? あれは美しかった」
 長参謀長は、ふと思い出したように八原高級参謀に言った。長が突然柄にもなく映画の話を持ち出したので八原は一瞬戸惑ったが、すぐに『ダニューブの漣』のことを言っているのだと思いあたった。
 一九四一年、八原は第十五軍参謀としてインドシナ南部の都市サイゴンに駐留していた。あてがわれた宿は軍の御用達となっている西洋風の高級ホ・・・

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二人の時間

16/02/29 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:486

 健人と共に過ごす一瞬一瞬が限りなく貴重なものに思えてくる。
 別に特別な瞬間でなくていい。並んで道を歩いていると何も言わずに指先を私の手に絡ませてきた時。私が作った料理を「おいしいね」と言って笑顔で食べてくれた時。テレビのお笑い番組を見て二人で涙が出るほど笑った時。若い筋肉のついた腕に抱かれ、甘酸っぱい汗のにおいを胸いっぱいに吸い込んだ時。彼の厚い胸板を一直線に縦断する手術痕を指でなぞりな・・・

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ある契約

16/02/29 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:496

 昼休みに職場近くのそば屋に入ると、悪魔がてびちそばを食べていた。
「あいっ、政彦くんね? 久しぶりだねー」
 悪魔と会うのは高校生の頃以来である。酔いつぶれた親父を迎えに行ったスナックで、背中を丸めてカウンター席に腰かけてウイスキーをちびちび飲んでいたのを時々目にしたことがある。何度か言葉は交わしたものの、よく名前まで憶えていたものだ。
「ああ、はい。ご無沙汰してます」
・・・

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茉莉子、さんぴん茶、僕

16/01/19 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:486

 茉莉子の汗は、さんぴん茶の香りがした。もちろん茉莉子はさんぴん茶に使われている茉莉花にちなんだ仮名だし、汗のにおいから安直に名前を付けられるなんて本人にしてみれば心外かもしれない。それでも、彼女の汗のにおいが一番印象に残っているんだからこれはどうしようもない。今は付き合っていないから本名を使うわけにもいかないし。
 それに本人にも少しは責任がある。僕の記憶にある限り、茉莉子は常にペットボト・・・

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赤い魚のあざ

16/01/10 コメント:6件 Fujiki 閲覧数:718

 初めてアンディの裸を見た時、彼の胸には赤いあざがあった。一週間くらい前に上官から銃床で殴られたのだという。海兵隊が訓練所上がりの新兵を迎え入れる目的で行う、手荒い通過儀礼である。
 あざは左肩から胸にかけて広がっていて、彼が腕を動かすたびに筋肉のついた厚い胸板の上でピクピクと動いた。釣り上げられた赤い魚が灼けたコンクリートの上で跳ね回っているようだと美沙は思った。
「新入りを一列に並・・・

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ポテトヘッドの死

16/01/06 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:640

 ここ二、三年ばかり、何をするにもやる気が起こらない。
 頼まれていた原稿は締め切りに間に合わず、返信が必要なメールも返すあてのない債務のように溜まっている。先日は卒業した教え子と会う予定だったのに風邪だと嘘をついてキャンセルしてしまった。以前ゼミで卒論指導を担当したその学生は現在アメリカの大学でスタインベックについての博士論文を書いている。彼が島に帰ってくるのは十年ぶりだった。
 大・・・

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暴動の街の子どもたち

16/01/03 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:584

 エリカのふるさとは、かつて暴動の起こった街である。
 彼女の生まれるずっと前の、クリスマスも近い師走のある夜、圧政に耐えかねた人々は軍人の歓楽街として知られるこの街で路肩に並ぶ自動車を次々とひっくり返して火を放った。通りは明け方まで煌々と輝き、火炎びんに詰められたガソリンの臭いと機動隊が群衆の鎮圧に用いた催涙ガスが至る所に立ち込めた。死人こそ出なかったものの武装蜂起まで一歩手前のぎりぎりの・・・

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奇人狩り

15/11/02 コメント:6件 Fujiki 閲覧数:662

「化け物と呼びたければ呼ぶがいい。お前達に何と言われようと知ったことか!」
 そう叫んだ直後、音楽教師は胸に散弾銃の弾を受けて絶命した。
 私の村には奇人狩りの風習が残っている。村人はよそ者を注意深く観察し、奇人かどうかを確かめる。誰かの報告を受けて奇人が入り込んでいると判断が下ると、男衆を集めて対象となる人物を排除する。これは村の秩序を保ち、それぞれの家が代々守ってきた先祖の位牌が汚・・・

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浜に下りる

15/10/19 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:669

 その少女が浜に現れたのは三月のある夜更けである。満月に照らされた砂浜を見渡し、誰もいないことを確かめる。ずっと昔、父に連れられて潮干狩りに来たことはあるものの、夜に一人で来るのは初めてである。
 少女は乾いた一角を見つけ、園芸用のショベルで砂を掘り始める。腕が肘まで入る穴ができ上がると、リュックサックからビニール袋にくるんだ包みを両手で抱き寄せるように取り出して穴の底にそっと横たえる。

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夕樹が女装した日

15/10/05 コメント:6件 Fujiki 閲覧数:686

 遼平が夕樹と仲良くなったのは転校してきた初日から隣の席になったのがきっかけだった。夕樹は無口だったが、何も揃えていない遼平に新しい高校の教科書を見せてくれた。授業中の夕樹は頬杖をついて入道雲を眺めてばかりいたので、教科書を使うのはもっぱら遼平だけである。窓の外を見つめる夕樹の横顔は彫りが深く、前髪がわずかにかかる二重瞼の目は澄み透っていて覗き込むと吸い込まれそうなほどだ。日に焼けた肌はワイシャツ・・・

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看板娘は笑う

15/09/26 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:752

 観光バスガイドは島の看板娘。白と空色の制服を手渡された日に先輩から言われた言葉だ。島を駆け足で通り過ぎていく団体ツアーのお客様にとって、ガイドは旅の間に言葉を交わす唯一の地元の人間になることも少なくない。だから、良い印象を持ち帰ってもらうためにガイドは常に朗らかに笑って明るく振舞わなければならない。お客様を楽しませるためであれば、琉装を身にまとって民謡も歌うし、空手の型やクジラの声帯模写も披露す・・・

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不発弾

15/09/16 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:956

 久しぶりに町に出てみると表通りが通行止めになっていた。不発弾処理を行う旨の看板が立っている。バイクを路肩に乗り付けて看板を読んでいた背広姿の男が「またかよ」と独り言のようにつぶやいて走り去った。俺は別に急ぎの用事があるわけでもないからのんびり裏道を歩いて迂回すれば済む話だ。
 土産物屋のけばけばしい看板ばかりが目立つ表通りには趣のかけらもない。最近では地元の人間が経営する店は少なくなり、ヤ・・・

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コウノトリ再配達

15/08/25 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:674

「はい、○○市役所子ども家庭課でございます」
「うちの子がコウノトリにさらわれました。すぐに返してください」
「はあ、なぜさらったのがコウノトリだと?」
「そりゃ分かりますよ。羽が部屋じゅうに落ちてるんですから。ガラス窓まで割って、子どもがケガしてたらどうしてくれるんです?」
「まあ落ち着いて。コウノトリは理由もなしに子どもを連れ去ったりはしません。まずは状況を聞かせてくだ・・・

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友里子の初恋

15/08/10 コメント:4件 Fujiki 閲覧数:974

 日美子の遺体が見つかったのは翌朝だった。長い黒髪を静かな波にたゆたわせ、仰向けの姿で防波堤に打ち寄せられていた。最後の息を出し切った口元は緩み、薄く開かれた眼は青白い空を反照している。はだけた薄紅色の浴衣の衿からは白い乳房が顔を覗かせていた。
 旧盆の時期に海に入ると成仏できない霊たちに足を引っ張られると言われている。帰省中の娘の死に日美子の両親が言葉を失う中、年寄りたちは首を振りながらほ・・・

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マナブ君のマブイ

15/07/29 コメント:2件 Fujiki 閲覧数:779

 マナブ君は先週から学校に来ていない。一応病欠届が出されていたが、噂によれば彼はマブイを失くしたらしかった。「マブイ」とはこの地方で「たましい」を意味する言葉である。しかし、不注意な人が時々やってしまうように何かの拍子にうっかりマブイを落としたわけではないようだった。悪魔に売り渡したらしいというのが私たちの間では最も有力な説である。マナブ君が悪魔と一緒にスターバックスにいるところを何人かが目撃して・・・

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星砂の浜辺

15/07/27 コメント:0件 Fujiki 閲覧数:694

 彼が愛した星砂の浜辺に落とし穴を仕掛けておいた。好んで寝転がると言っていた地点に直径一・五メートル、深さ二メートルの巨大な穴を掘り、ソテツの葉を編んで作った薄い覆いをかぶせて砂で隠した。彼が新しい女を連れてこの浜辺に戻って来れば、二人ともアリジゴクの罠にかかった昆虫のようにひとたまりもないだろう。
「ここは子どもの頃から知っている俺だけの秘密の場所。今でも仕事で疲れた時や、つらいことがあっ・・・

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