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タックさん

すべての人に、少しでも近づけるように。

出没地
趣味 読書 サッカー観戦 楽器演奏 音楽鑑賞
職業
性別 男性
将来の夢
座右の銘 明日の自分に期待は持たない。

投稿済みの記事一覧

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見つからず

17/07/31 コメント:1件 タック 閲覧数:160

一年前、母を亡くしました。やせ衰えた病死で、私を育てた苦労が体を蝕んでいたのだろう、そう思わせる末期でした。父を亡くし、母一人、娘一人の寂しい家庭でしたから、半身を千切られたような思いがし、目を腫らして日々を過ごしました。私は三十三になりますが、友人もおらず、恋人もおらず、苦痛を明かせる親しい人もいません。そのために人生をともに過ごし、心を許せた唯一の相手だった母を亡くした衝撃は、計り知れないほど・・・

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五分遅れたら、遅れても。

16/12/28 コメント:0件 タック 閲覧数:405

たかが、五分の遅刻だった。その五分が、まさかあんなことになろうとは。
その時の俺は、想像だにしていなかった――。

……。

「……遅い、遅刻」
待ち合わせに遅れた俺に、ユカが言った。小さな背からするどい視線を投げ、普段通りのジト目がジットリ加減を増していた。
ユカは、そういうヤツだった。遅刻だけは許さないヤツだった。他のことは、割と無頓着なくせに。

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空の下のクリスマス

16/12/19 コメント:0件 タック 閲覧数:379

少女が、雪を転がしています。
ひとりで、道のはしっこで、少しだけ積もった雪を丸め、徐々に大きくしています。
少女のかぶる毛糸の帽子からは長い金髪がこぼれ、赤くなった頬に何本かくっついています。
息も白く、鼻水も出て、とても寒そうにしています。
それでも、少女はしゃがんで雪を集め、ひとりで丸く、転がしているのです。

クリスマスは少女の住む小さな町にもおとずれ、町・・・

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絵画閲覧お断り

16/12/05 コメント:2件 タック 閲覧数:353

美術館に入ろうとする私の足を止めたのは、一人の男だった。
その男はニコリとかすかに口角を上げると私のTシャツの右肩を抑え、その場に留まらせた。驚き、狼狽したものの、私は姿勢を正し、男に尋ねた。
「……あ、あの、なにか。私が、どうかしましたか」
「…………」
私の言葉にも男は苦く笑いをこぼし、圧力を弱めようとはしなかった。
その無言の制止に私は再度進もうと試みるも男の抵・・・

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笑い

16/10/24 コメント:0件 タック 閲覧数:422

中学校以来の同窓会では変わった顔も多かったが、彼の素性は面影のあったために想起するのは容易なことだった。
およそ二十年ぶりの再会にも表面に彼の陽気さの失われていないことに僕は学生時代を回顧し、周囲と歓談しつつ、彼の様子を右斜め前に眺めていた。
経年による離別に、同窓会の面子は三割ほど欠けていた。
そのために座敷には彼の大音声が響き、特に交友のなかった僕の注意を自然に引きつけていた・・・

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本質

16/10/23 コメント:0件 タック 閲覧数:388

――自分の笑い声はどこから出ているのか、と徹平は考える瞬間が増えていた。
演者、スタッフ、観客。番組の収録はつつがなく進行し、誰も損をしない笑いが今日もスタジオを温かく包みこんでいた。つまらないわけではない。無意味でもなかった。――それでも、と徹平は顔の筋肉を笑みに固定しつつ、半ば自動的にその時も考えていた。芸暦十八年目にして、湧き出でるように表出した、それは思いだった。

■<・・・

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本屋大賞

16/09/26 コメント:0件 タック 閲覧数:479

「本屋くん、店、継いだんだ」
「ああ。昔からの、夢だったからな」

書店の内装は昔と変わらず、記憶通りの風景を残していた。
十余年ぶりに再会した僕たちは驚き合った後に気恥ずかしく笑い、狭い書店内において旧交を温めた。
書店奥のスペースに視線を送れば、そこにはコーナーが派手なポップと共に展開されていた。
変わらぬ風情に僕は苦笑し、懐古に二人は、小さく声を漏らした。・・・

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勝ちの価値を求める男たちの激闘

16/08/26 コメント:0件 タック 閲覧数:770

「……ふわあ、はああ〜」
「……おい、なんだよ、人の家で。その、気味の悪いため息は」
「……ああ、ごめん。ただ、先週も競馬で大負けしたこと、思いだしてさあ」
「なんだ、またかよ。こりねえな、お前も。いい加減あきらめろって。向いてねえんだよ、競馬。お前さ、おととし競馬はじめてからまだ、一度も勝ったことないんだろ?」
「うん、ないんだよ。……なんでかなあ。毎回、断トツの一番人気・・・

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便所飯同好会

16/07/18 コメント:2件 タック 閲覧数:606

小生ら便所飯同好会は、会員五名で構成される有意の会である。
設立も浅く活動も屋内に限定しているが、全員が個室を持ち、プライバシーと安心の供与されている高踏的の組織である。
名は体を表す通り便所飯に対する気兼ねを無くし、孤独を孤独で無くす目的を志向している。
疎外の代名詞である便所飯を相伴の域にまで高め、閉鎖的かつ自由な摂食を実施するため組織された、許容ある至極の会である。
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酸としての雨

16/06/20 コメント:2件 タック 閲覧数:634

粒としての雨が海を打ち、砂浜を打って、先輩を打ちつけていた。
先輩は傘を差すこともなくしとどに濡れそぼって立ちすくみ、長く美しい髪を背中や肩に張りつけて、直線に海を見続けていた。
紺の制服と黒髪は調和し、制服と一体化した肢体は、一つのそそり立つ思考のようにも窺えた。雨に濡れたまま砂浜に佇む女子生徒という構図は感情を惹起させるには十分な様相を持ち、傘の下、微動だにしない先輩に、背後から声・・・

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もふもふ恐怖

16/04/25 コメント:0件 タック 閲覧数:554

――こんな話もあるんだ。聞いてくれる?
この前の夜、ひとりで、ホラーを見てた時の話なんだけど。

「……」

――わたし、怖いのは苦手だけど、その日はなぜか無性にホラーが見たくてね。借りてきたんだ、レンタルビデオで。
映画じゃなくて、一般人のビデオを集めた、シリーズの投稿もの。
それをね、見てたんだよ。光も音もなるべく遮断した部屋で、ひとりでね。
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水上の光

16/04/11 コメント:2件 タック 閲覧数:532

水底からのライトに照らされた水槽内は海底のように静謐な空気をたたえ、色彩豊かな魚の回遊が、目の先には見られていた。
触れれば冷たそうなガラスの向こう側は見通せないほどに奥深く、注視しても幾匹かの魚の行き交う姿が、印象にはただ残るだけだった。
首を巡らせても、他の客の姿は見当たらず、水槽を眺めながら狭い通路を歩くのは、僕と小夜の二人きりだった。
その中で、
「……見ることので・・・

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家族映画

16/03/28 コメント:0件 タック 閲覧数:536

映像にしか残らないものがあるというのが、父の信条だった。
そのために家には数多くのホームビデオが保管され、いつ何時でも家族の年月を回顧できるよう、DVDの形で階段横の物置に、それは今でも綺麗に並べられていた。
その、年代別に並列された記録は両親の結婚から生活、兄の誕生から僕の高校卒業に至るまでを余さずに収録し、僕たち家族の歩みを顕示していた。
記録として残された中には家族の切り取・・・

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無反応の同衾(欲望の代替物)

16/03/14 コメント:2件 タック 閲覧数:595

「さあ、服を脱ごうか、美晴ちゃん」
そう言うと彼は薄手の上着に手を掛け、優しく脱がしはじめた。
腕の中では物言わず、色白の女性がその背をもたせかけていた。



とかく、人は孤独を恐れるものである。自分は一匹狼だ、孤独など恐れるに足らずと咆哮してみたところで、結局はそれは数少ない燃料を消費しての惨めな鼓舞に過ぎず、いずれは燃料の枯渇をまねき、精神の枯渇をまねく・・・

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他山の石を見つけて

15/12/14 コメント:0件 タック 閲覧数:608

人生には分岐点というのが存在する。
僕にとってそれは中学三年生の夏であり、突発的な、あの言葉によるものだった。
普通だったはずの、あの夏の日。僕の人生は変化し、想定もしていなかった方向に、舵は切られたのだ。
 
運命は、放課後に訪れた。
その日、担任に呼びだされた僕は、みっちりと説教を食らっていた。たしか、提出物を忘れたとか、そうした理由だったように思う。
担任・・・

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桃色の恋に溢れた灰色の世界

15/10/19 コメント:6件 タック 閲覧数:908

 自分が、恋愛ゲームの主人公であることに気づいたのは最近のことだった。それまでの僕は不自然に周囲に集まる女の子たちとの交感を楽しみ、恋を育む、ひとつの人形だった。凡庸だが特別な、主人公に他ならない存在だった。
 
 しかし、真実を知った今、すべての景色は、偽の風情に思われた。目に映るもの、耳に届くものは何者かによって形作られ、操作された、恣意の光景に過ぎなかった。また自分自身もその「ひ・・・

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お祭り改革委員会

15/09/06 コメント:6件 タック 閲覧数:1307

嘆かわしい! 
実に、嘆かわしい!
なにがって、決まってるでしょう! 
わたしはね、あなた方の危機感の無さ、想像力の無さに、怒り心頭なんです! プンプンなんですよ!
まったく、なんなんですか、あなたたちは! なに普通に、お祭りなんかしちゃってんですか、普通に屋台なんか、出しちゃってんですか! 不道徳ではないですか! そうは、思いませんか!
だからね、今日はこの場をお借・・・

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偶像

15/08/24 コメント:4件 タック 閲覧数:798

 ある中学生の詩が、世間の耳目を集めていた。
 その詩はいわゆる正規の手段を持って発表され、世間に広められたわけではなかった。中学生の病死という不幸の事象が引き出しに篭められていた精神を表出させ、一人の詩人へと、少女を変貌させたのだった。中学生は夭折した早熟の天才として才覚を人々に感嘆され、また多くの人々に、その非業の死を悼まれていた。その注視は主に、陽へと傾いていた。中学生の残していた数少・・・

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檻の自由

15/06/29 コメント:2件 タック 閲覧数:866

 休日の動物園は、ひどく混んでいた。
 灰色の道をたくさんの家族連れが行き交い、思い思いの場所へと、向かい続けていた。
 当たり前のようだが、動物園にはどこかしこにも動物がいた。
 それぞれが檻に入り、入園者へとその身を、さらけだしていた。
 世界中から集められた、それらの幾種類の、動物たち。
 ある者は休み、ある者は動き回り、ある者は愛想を、振りまいている。
・・・

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どうぶつさん、あーん♪

15/06/25 コメント:2件 タック 閲覧数:879

――――――――――――

――――――――――――プツリ。

――――――………………。



ど、う、ぶ、つ、ぶっつぶつ。
ど、う、ぶ、つ、ぶっつつぶっつつ。
たのしいどうぶつ、ぶつぶつ、ぶつぶつ♪
たのしいどうぶつ、ぶつぶつ、ぶつぶつ♪
どうぶつ、どうぶつ、どうぶつぶつぶつ。
どうぶつ、どうぶつ、どうぶつぶつぶつ。・・・

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拒む魂、伸ばされる手は透明

15/06/01 コメント:0件 タック 閲覧数:788

(永遠を知る者、蒼穹の青さに、ただの関心もなく。期限の付いた者、蒼穹の青さに、思うは?――)

「――う、うう、う……、あ、あは、みんな、ごめんね、わ、わたし――」
「――お、お姉ちゃん、お姉ちゃん! ……ぐす、いやだ、いやだよぉ、ソフィアお姉ちゃぁん!」

――時が止まる、錯覚を覚えた。覚悟は、していたつもりだった。僕も、僕よりも幼い子供たちも。僕たちの性質はそうし・・・

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番える君たちに、この水を。

15/05/18 コメント:2件 タック 閲覧数:838

 海に、黄金水を垂れ流した。
 
 太ももの付け根が柔らかく温まり、半身を冷やす水温との差異に、思わず母に抱かれたような、無抵抗の温もりを感じた。頬が、絶え間なく緩んだ。周囲が閑散としていることが、自然との多大なる調和を思わせ、精神を豊潤に、好ましくした。黄金水は海水パンツを経て、海へと還っていった。生命のスープに、また、新たな栄養素が加えられた。生態系保持への、一助となるやもしれない・・・

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新宿世界天国化団体『幸福の梯子』

15/04/13 コメント:0件 タック 閲覧数:861

 相談屋、などという職業と関わる機会なんて、私でなくても絶対に、少ないに決まっている。
 それだけに相談屋として相応しい態度、というものを私は存じないし、この一種の珍妙さこそが、相談屋の特質なのですと、そう言われれば否定する術はそれに関しては、私は持ち合わせていない、のだけれど。――それでも、これだけは、言える。むしろ、言いたくも、思う。

 この、目の前の人。このケイジロウとい・・・

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姉上の着物

15/03/23 コメント:4件 タック 閲覧数:982

ねえ、お静ちゃん。お姉ちゃんね、お静ちゃんに、――嫉妬している。羨ましい、憎らしい、この瞬間もずっと、思い続けたままでいるの。ごめんなさいね、駄目なお姉ちゃんで。どうぞ、笑ってちょうだいな。お馬鹿なお姉様ねって、平素のようにくすくすと、どうか、笑ってちょうだいよ。全部を、幻と、してしまえるように。

ねえ、お静ちゃん。天国のように安らかな、私達だけしか知らない、この原っぱ。ここでこうし・・・

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嫉視(意識過剰)

15/03/21 コメント:12件 タック 閲覧数:1688

ふざけるな、と呟く言葉は、白い画面の目前に消えた。
画面には六人の名前が称号を添えられて輝き、サイトの名を冠した賞が、今度は六人に与えられたことを示していた。
自分の、名前は無かった。自分の作品は隅の方に蟠り、なかば廃棄されていた。
二千字に全力を尽くした作品には善悪のコメントも無く、ただ目汚しの、恥の作品となっているようだった。つまりは、価値が無かった。自身を嘲笑されるより、そ・・・

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『わたし、特技ありまして……!』

15/02/04 コメント:4件 タック 閲覧数:864

――フレデリック・ショパン――   
 

「ねえ、ケーキ作ってきたんだけど、食べてみてよ!」
「えー? やだよ。お前、料理へたじゃん。美味かったこと、一度もないじゃんか」
「今回は自信、あるんだって! ちゃんと、分量も量ったしさ」
「ホントかよー? 全然、信用ならねえんだけど」
「ダイジョーブだって! ほら、一口、一口!」
「わかったわかった………・・・

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空の箱

15/01/26 コメント:4件 タック 閲覧数:881

お母さん、と、
幼い声が左耳から通り抜けた。
俯けていた面を上げれば女児がピンクのスカートを翻して、
短い脚を動かし、駆けているところだった。
視線を向けるとそこには女児の親と思われる若い男女が待ち受けて、
辿りついた小さな体を挟むように抱きとめ、出発ロビーへと歩いていった。
ひどく、温もりのある速度に見えた。

 家族旅行、だろうか。
 あの・・・

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虐待音声

15/01/12 コメント:2件 タック 閲覧数:920

 隣室から怒声が響くのを私は聞いている。その後に子供特有の甲高い叫び声――痛みを放出するような男児の悲鳴――が続けざまにやってくるのも明確に私は、意識して聞いている。
 
 うるさい、こんな夜更けに、なんだ――。

 そう思ったのも、最初期だけのことである。隣室で起きている事件を、確かに理解するまでの短い時だけのことだった。壁の薄いアパートは隣室の情事を漏れ伝わせる期待もあ・・・

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母親への光

14/12/29 コメント:4件 タック 閲覧数:1044

 ねえ。あなた。
 
 下腹部に差し入れられた手を、男は弱く払った。子作りを目的とした女の手は、無言のうちに元へ戻された。 
 薄闇に包まれた夫婦の寝室にはその日も、男による拒絶が澱のように立ち込めていた。



 女が子供を産んだのは、三十歳を迎えてまだ新しかった晩秋のことだった。男が仕事に忙しくしていた、その淡白な性生活のなかに、僥倖のように授かった・・・

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私の飛んでった人さし指

14/12/29 コメント:0件 タック 閲覧数:897

 朝起きると、私は目をこする。人さし指で、目一杯にこするのだ。しっかりと、目覚めるためである。小学三年生からの、癖なのだった。
 その日も私は、そうやって起きようとしていた。その日は夏休みの中ほどの日。一応の女子大生である私には午後から友だちとの約束があり、それがなんと、私の恋路に関わるかもしれないという「大切な」約束でもあったので、私はゴシゴシと目をこすって起きようとしていたのだ。いつもと・・・

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突然の逃避

14/12/15 コメント:2件 タック 閲覧数:826

「…………」
「お嬢様、まだ起きていらっしゃったのですか。もう、随分と遅い時間に思われますが」
「…………」
「……お嬢様? 聞いておられますか? いかが、なされたのです?」
「……別に。なんでもないわ。ただ、月が綺麗だなあって、見てただけ。執事のあなたに心配されることなんて、なんにもないんだから。……そう、なんにも」
「……お嬢様」
「…………」
「……・・・

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在りし日の風景

14/11/17 コメント:0件 タック 閲覧数:824

(身近に、私の絵を褒めた人は誰もいなかった)
(両親は私が絵を描くことを嫌い、両親によって選ばれた友人は、私の付属品を称えるばかりの人々だった)
(そのなかで唯一、私の絵に笑顔を向けたのは、クレア・ハレーソン、ただ一人だった)
(私に上下なく接し、澄んだ瞳を向けてくれたのは、クレア・ハレーソン、ただ一人だったのだ)

「ノエル、これはあの山ね。とっても、素敵な絵だと思・・・

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卒業の背中

14/11/03 コメント:8件 タック 閲覧数:966

「颯太! もう時間ないぞ! ティッシュは? ハンカチは? ちゃんと持ったか?」
「まだ余裕あるから大丈夫だよ! それに、必要ねえから! ハンカチとか!」

朝のマンション風景は、とても騒々しい。バタバタと音がしそうなほど、にぎやかに時は過ぎていく。準備途中の朝食。畳まれたままの夫のスーツ。窓の外は快晴だった。交感にふさわしい青空が、天高く、どこまでも澄んで広がっていた。
<・・・

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死んだ『  』と生き続けた臆病

14/10/21 コメント:4件 タック 閲覧数:846

「なかなかいい出来だ」と彼は言った。「そうでもないさ」とコウジは答えた。それはひどく冷めた返答だったが、彼に気分を害した様子は見受けられなかった。「いやいや、いいと思うよ。不恰好だけど、それで十分だ」と眼鏡の縁を電灯の白光にきらめかせ、彼はコウジの作業を見守っていた。コウジは椅子に乗っていた。彼はその背後に立っていた。振り向くことなく、コウジは返答したのだった。自らの影に接するような、そんな態度で・・・

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装着パニック! 水泳部男子!

14/10/20 コメント:4件 タック 閲覧数:1079

「堺くん、何をしているのだ。早く着替えたまえよ。本番はもう、間近に迫っているのだぞ」
「あ、ああ。分かったよ、部長。今、着替えるから。ちょっとだけ待って」
――僕は、本当に焦っていた。自身の置かれた、比類なき状況にである。

ここは、水泳部のせまい部室。男子水泳部の面々が集まり、熱心に議論している場面である。水泳部は僕以外の全員が水着に着替え、あるイベントの出番を待っていた・・・

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マイとセンパイと不思議な花

14/10/06 コメント:9件 タック 閲覧数:918

マイは中学一年生。
ごくごくふつうの学校に通う、ごくごくふつうの女の子です。
ごくごくふつうに、勉強して。
ごくごくふつうに、友だちとあそぶ。
そんなどこにでもいそうな、平凡な中学生なのでした。
そうして、ごくごくふつうに日々をすごしていたのですが、最近、かなしいことがありました。それは、二学年うえのセンパイのこと。
マイのだいすきなイケメンのセンパイが、あるこ・・・

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不在

14/09/20 コメント:10件 タック 閲覧数:1274

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 路地裏から飛び出た猫が私を威嚇した。その様に、私は畏怖にほど近い怯えを感じた。猫が嫌いなのではない。猫の傍には子猫が付いていた。その我が子を必死に守ろうとする、無思考の強大さというものに、人の身の私は心を抉られる思いがしたのだ。



 
 アパートの夕食にはテレビの音声があった。毒にも薬にもならぬドラマが煌々と流れていた。その画面の中で、名も・・・

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「対話ヒーロー『トーキング・レッド』 危機一髪の巻!」

14/09/05 コメント:8件 タック 閲覧数:1003

――炎の燃え盛る、湾岸のとある倉庫内――

「助けて、トーキング・レッド! この怪人を改心させて!」

怪人の腕の中。叫び、もがく少女に高熱の舌先が迫る。
瞬時には届かない怪人との距離。強引な救出は望めない状況。その中で。
『対話ヒーロー』トーキング・レッドは怪人を見すえながら猛スピードの心理分析を実行していた。
怪人の性質を雰囲気や外見から察知し、弱点を・・・

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ある母親の独白

14/08/25 コメント:11件 タック 閲覧数:1501

告白します。
私は息子を殺しました。
すべて、告白いたします。

息子は善良な子でした。性根のとても真っ直ぐな子でした。
近所の子達が子犬や捨て猫を平気でいじめる、あの無自覚な悪意の遊び。
その暴力的な嗜虐にも参加することなく、それどころかそれを嫌悪すらし、集団に毅然と立ち向かうこともあったらしいのです。後で、ご近所さんからの又聞きで知ったことでした。自分の中の・・・

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箱の中の温もり

14/08/11 コメント:12件 タック 閲覧数:1183

老いた目にも若々しく青々と映る庭の風景がある。
縁側にそよぐ初夏の微風がほおをなで、体温を拡散させる心地よい環境がある。
背後から接近する気配に振り向けば、息子の嫁がボトルを手に立っていた。
その腹は膨らみ、二人目の子供の間近な誕生を生命感に溢れる姿で伝えていた。

籐椅子に預けていた背中を起き上がらせ、グラスに注がれる麦茶に礼を言う。
笑顔で返答した嫁は茶の間・・・

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放課後、想いは校舎裏で

14/07/31 コメント:8件 タック 閲覧数:972

吹きぬける微風が髪をゆらし、汗にぬれた首筋をそっとなでていく。
抜けるように青い空は夕方間近といえど衰えを見せず、白い雲は日光に透きとおり柔らかそうに漂っていた。  

湿り気のある、校舎裏の地面。
足を少し動かすだけで、細かい砂利が音をたてる。
その音も緊張した空気のなかに溶けていき、ふたりの交わらない視線だけが、しずかで人のない校舎裏には残された。

・・・

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忘却の蛍

14/07/28 コメント:2件 タック 閲覧数:905

隣に立つ妻の嘆息には、震えすら覚えるようであった。
 

川岸の付近は電灯がなければ満足に先すら見えぬ闇である。
まとわりつく虫の羽音が周囲に満ち、手持ちの電灯を振らせる面倒な情景である。

清廉な川面は緩やかな水流をたたえ、川音は耳朶に違和なく溶け。
涼やかな空気は残熱に火照る体から熱を奪い去り、解放は私に、大口の息を吐かせる。

電灯の明か・・・

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夫を残して、深夜。

14/07/25 コメント:2件 タック 閲覧数:754

 お腹に乗った夫の足をどかすと、はずみでいびきが止まる。静けさに硬直を余儀なくされた私はベッドの上でしばらく息を潜めた。…………………。

 少しの間の後、再開されるいびきに胸を撫で下ろし、私は、今日もそっと寝室を出る。ドアを音もなく閉め、暗い廊下を歩む、その瞬間は背徳感に似た思いが胸をしめつける、私だけの密やかな瞬間であり、また、密やかな行動でもあった。

 リビングに電・・・

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透明の願望

14/07/14 コメント:2件 タック 閲覧数:866

 これで、終わり。これで、ぜんぶ終わったわよ。アナシア。

……きついとか、ない? おかしかったら、言ってね?……ふふ、だいじょうぶ? いい子ね、アナシア。さすがは、ママの娘だわ。ママに似て、とってもお利口さん。これで、だれがどこから見ても、おかしいなんて言わない、素敵なお顔よ。自信もって、みんなの前に出られるわ、アナシア。
 みんな、きっとビックリするわよ。こんなにかわいい子が・・・

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少女の光、光の道

14/07/11 コメント:5件 タック 閲覧数:816

暗く、深い、底のない、
濃密な、真性の闇だった。
そのなかで少女は立ちすくみ、
体を抱いて、震えるばかりだった。

周りはすべて漆黒に包まれ、
温度のない冷たさに覆われ、
音も聞こえず、目標物も光もなく、
刺すような孤独感が皮膚にたやすく触れてくる、

しめつけられる自責の念に、
闇は闇以上に闇らしくうつり、
痛む目はいまにも・・・

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14/07/10 コメント:0件 タック 閲覧数:768

重苦しい家を出て 

真っ新なアスファルトを歩く 

外は黒闇 外灯が頭を焦がし 

家々のざわめく希望が 

ぼくの焦燥を しずかに煽る そのなかで

ぼくは歩く 

ぼくは歩く 

気づかれぬよう 人目に触れぬよう 

ぼくは歩く

ぼくは歩く

言い知れぬ 病魔とも言えぬも・・・

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爆走疾走! 白線レース

14/06/27 コメント:10件 タック 閲覧数:1627

深夜、商店街。
歩道には多くの若者が立ち並んでいる。道路を囲むように列をなしている。
――その、若者たちの目的はただ一つ。「白線レース」におけるタツミの疾走。
怪我により休業していたタツミの復帰を、間近で見ることにあった。

「白線レース」王者、タツミ。挑戦者、茶髪の若者。
道路の両端、コースである白線上にふたりは立っていた。
横位置をそろえ、戦闘の気合を・・・

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斜面

14/06/16 コメント:4件 タック 閲覧数:908

――男は転がっていた。文字通り、転がり続けていた。傾斜だった。冷たい土の上だった。草の濃密な匂いが広がっている、山の下った一か所だった。男は障害にぶち当たることもなく、ひたすらに下降し続けていた。丸太のごとき、様相だった。男は、普通の男だった。山登りが趣味の一般的な男だった。それがこのような状態に置かれていた。その意味を、男は分からずにいた。なぜ自分がいつまでも転がり続けているのか、耳に速度の風を・・・

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ころがる、あなたの、石ころ

14/06/12 コメント:5件 タック 閲覧数:922

………………………………………………………………………………
 

………………………………………………………………………………
 

………………………………………………………………………………コロ。


………………………………………………………………………………
 

……………………………………………………………………・・・

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私を愛したスパイ

14/05/31 コメント:4件 タック 閲覧数:924

 彼は名をゲイルと申しました。碧色の瞳あざやかな、美貌の青年でございました。ジャーナリストとして日本の地を踏んだのは最近のこと。ですが自国とは異なるであろう環境の中、語学の堪能さと柔らかな物腰を長所に精力的な活動を展開、本国において、一定の基盤を築き上げたのでございます。その姿勢に方々はみな親近、確かな信頼が表れておりました。年若く華麗な外見、ましてや謙虚な態度、軋轢を生む要因は、贔屓目にも見当た・・・

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ぼくたちの結婚(そこには神父はおろか証明すらなかった)

14/05/17 コメント:2件 タック 閲覧数:828

 神父役のマルケスのおぼつかない進行がみんなを笑わせた。

 突き抜ける幼い笑い声たちは、臭く汚い路地裏の疲れを見えなくするようだった。

 たがいの手を取る僕たち。指輪を真似した銅線をつけあう。
 
 ソエルの浅黒い肌。

 僕を見る瞳の白さ。

 見とれてしまうほどの緩やかさでほほ笑みに形を変えた唇が、僕を引き寄せる。

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夜が更ける、子供たちのパレード

14/05/02 コメント:10件 タック 閲覧数:1133

 なんとなくそんな気がしたから――――少年は家を出る。
 
 頬をなぶる夜の冷たい風。ドアを閉めれば人気のない玄関は無音で消え失せ、少年はどこか他人行儀な家を振り返ることなく歩いていく。住宅街は静寂、街灯の光もなく、灰色の塀や電柱が薄闇にひっそりと佇んでいる。足取りに呼応して少年ひとりの靴音だけが遠く遠く響き、さびしさを、幾分と含んで戻ってくる。見上げれば、空には大きな月。星々を押しの・・・

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雨降らせ女と雨受け男(監禁罪)

14/04/18 コメント:0件 タック 閲覧数:823

「僕は雨を手にいれた」と滑川がまたいつものような電話をよこしたものだから、暇で暇でしょうがなかった俺はやれ急げと愛車に乗りこみ、ヤツのアパートへ向かうことにした。家賃激安。駅とは遠距離。さらに大家が融通きかずときているアパートなんてだれが行くかと普段ならプンプン怒るところであるが、彼女にこっぴどく振られたばかりの俺は人肌が非常に恋しかった。それはたとえ滑川のような人外、趣味が手芸と女の監禁であるよ・・・

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降り始めた雨の音色は

14/04/18 コメント:0件 タック 閲覧数:784

 妻のカナコが出て行った。泣いていたようである。それは初めての現象であったが、私は特に感傷を覚えることもなかった。カナコの濡れた瞳は、私にガラス玉以上の意味を持たせなかった。カナコは小さな、本当に小さなため息をつき、荷物を抱えて姿を消した。帰ってこないつもりであるのだろう。畳の部屋に座しながらそんなことを漠然と考えていた私の頭は空模様と同様、虚ろに冴えというものをまったく失っていた。

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降り出した雨の音色

14/04/16 コメント:2件 タック 閲覧数:817

 妻のミカが出ていった。泣いていたように思った。僕はその後ろ姿をだまって見送っただけだった。あとに残ったのは散らかった荷物と、ひさしぶりの広い空間。僕は出かける気力もおきず、狭小で平凡な庭を何ともなしに眺めていた。その色彩は感情に比例してなんだか味気なく、端に咲いたあじさいの花が、妙な明るさを浮かびあがらせていた。

 空を、一羽のスズメが飛んでいく。その小さな姿を目で追いながら、僕は・・・

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影の口穴、本質は影

14/04/05 コメント:4件 タック 閲覧数:894

 私には〈影〉が見えていた。幼少のみぎりから、傾向があった。本来の影から、わずかばかり浮き出た灰色の〈影〉。影と、その出所を同じくする〈影〉。私には、それが見えていた。
 
〈影〉は語り、笑い、不明瞭ながら、私に言葉をつたえた。その姿態の愉快さ、また存在の奇妙さを、子供の私は嬉々と話したものだったが、大概の人は、私を空想好きの少年、幼少期の、だれにでも訪れる、夢物語を見る子供として受け・・・

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第三十三回 朝礼耐久選手権

14/04/04 コメント:16件 タック 閲覧数:1809

「蝉時雨のひびく、夏真っ盛りの様相。太陽は輝き、この日の開催を祝福しているようであります。皆さん、おはようございます。本日はここ、上谷中学校グラウンドからお送りいたします、朝礼耐久選手権。天候は晴れ。湿度も良好。気温は早朝にも関わらず、二十五度と絶好のコンディションです。実況を務めますのは私、天気晴夫。そして解説には晴天大学教授、長雨不快さんにお越しいただいております。よろしくお願いします」

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死んだ勇気と生き続ける臆病

14/03/17 コメント:6件 タック 閲覧数:946

――岩の上から、あるはずの存在が消えていた。初めから何もなかったら、そんな考えが浮かんだが、川の一角が、皆の顔が、僕を現実に引き留め続けていた。
 ナナは泣いていた。サチは震えていた。コウジは無表情だった。僕は、僕はどんな顔をしていたのだろう。確かめたくとも自分で自分を窺うことは出来ず、脅える心で判断するしか、術はなかった。
 僕らの乗る大きな岩の下、透き通る鳴美川の浅瀬。その一カ所に・・・

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みーちゃんと奇跡

14/03/07 コメント:0件 タック 閲覧数:874

 なんかね、パパがあぶないってみんないってるの。「こうつうじこ」にあったってみーちゃんきいたの。ママ、おじいちゃん、おばあちゃん、みんなびょういんでないちゃってる。みーちゃんもないちゃった。だって、パパいなくなるのやだもん。パパ、だいすきなんだもん。
「みーちゃん、パパね、もうだめかもしれないの。痛い痛いがいっぱいになっちゃったの。だから、もう、ママね……」
 だっこいたい。み・・・

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梨好き男と梨男(監禁罪)

14/03/01 コメント:6件 タック 閲覧数:971

「上等な梨を食わせてやろう」と滑川が言うもんだから、これ幸いとばかりに車を飛ばしてヤツのアパートに向かった。駅から徒歩二十分。築五十年。家賃三万二千円。駐車場もなく野良猫がやたら住み着いているボロアパートなんてだれが行くかとふだんなら断るところであるが、梨となれば話は全くの別である。梨が好きなのである。「梨馬鹿の櫻井」と呼ばれていたのである。だから、行くのである。
 
 ふんふん鼻歌を・・・

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昏睡軽自動車

14/02/22 コメント:5件 タック 閲覧数:1341

「……窓から見る星も、綺麗だな。虫の声も、オーケストラみたいだな」
「……なんだ、梶川。似合わない。お前そんなこと言うやつじゃないだろ」
「……はは、すまんすまん。たぶん、感傷的になってるんだ。こういう状況、経験したことないからさ」
「あたりまえだ。経験してたらおかしいだろ」
「うん、それは、そうだけど。経験してる可能性だって、捨てきれないぜ?」
「……だとしたら、お・・・

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三角人形

14/02/21 コメント:4件 タック 閲覧数:1070

「♪ さんかく さんかく さんかくかんけい ジャックとロック ジャックとロック どっちがわたしとけっこんするの わたしをわたしをすきなのどっち♪」

――日光の箱。リノリウムの床に作られる影。影は落ち着きなく左右に動き、大きなリボンが、その頭部で揺れている。その傍で、タキシードの男は礼を繰り返していた。窓を透過する陽光が、そのプラスチックの瞳を照らしていた。
「ミオリさま、ミオリ・・・

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これは青春なんかじゃない

14/02/17 コメント:4件 タック 閲覧数:1026

「おまえ、水瀬のこと、どう思ってんの?」

 投げた石が斜面を転がり、草むらの向こうに消えていった。背中に当たる夕日が、おれたち二人の影を濃くしていた。土手に座る二人。古臭い青春ドラマみたいだと思ったが、もう遅い。言葉をうけたヤツ――小林はしばし沈黙し、顔を赤くしている。夕日のせいじゃないだろう。なぜなら、こっちを向いた小林の顔は、日の当たらない部分も真っ赤だったから。
「……ど・・・

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拝啓、娘様。

14/02/08 コメント:5件 タック 閲覧数:1040

一通目

――ひさしぶり、加奈ちゃん。ごめんなさいね。いろいろあって、しばらくおてがみをだすことができなかったの。さびしかったかな? そんなことないかな? 加奈ちゃんが、むこうでもげんきにやっているのなら、お母さんはそれがいちばんのしあわせです。加奈ちゃんのこと、だいすきだからね。これからはずっと、いっしょにいようね。
 いまから、加奈ちゃんのところにしゅっぱつします。加奈ちゃん・・・

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天秤

14/02/05 コメント:2件 タック 閲覧数:924

――君が温さに浸っているとき
  どこかの誰かは明日に震えている。

――君が渇きを瞬時に癒すとき
  きっと、誰かの喉はひび割れている。

――それは、自然の摂理。世に与えられた無情の理。君が気に病むことではない。心を痛めることではない。

――君は盲目なだけ。提供された世界を、楽しんでいるというだけ。目を見開く必要はない。視野を広げる義務はない。・・・

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深林、駆けるは灰色の馬

14/02/03 コメント:4件 タック 閲覧数:1522

 体を揺らす振動に、少年は目を覚ました。続いて感じたのは背中を包む温もりであり、背後から回された腕の細さであった。骨ばった腕は少年の体を両側から支えるように伸び、黒光りした太い紐を握っている。その先では筋骨隆々とした灰色の太い首が、鼻息を漏らしながら激しく上下に動き続けていた。尻を突き上げる律動。少年は自分が馬に乗せられていることに、まだ覚醒の成らぬ胡乱な頭で思い至った。
 
 眠気に・・・

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中年の元アイドルお父さん

14/01/25 コメント:2件 タック 閲覧数:938

『♪きーみーとー星のダンスー 大好きさー アイウォンチューベイ……』

 歌が途切れ、テレビ画面に大写しになっていた笑顔が真っ黒になる。わたしが電源を消したせいだ。
「……おい、玲奈。なんでテレビ消すんだよ。パパ見てたんだぞ」
「あのね、うっとうしいの。何回これ見せられたと思ってんの? もうやめたら、昔の自分見るの。昔の栄光忘れられません、って感じだよ」
 直球に、お・・・

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再会の愛撫

14/01/20 コメント:4件 タック 閲覧数:1067

 絶望は、温かい。絶望には思考がある。生命力がある。欲望がある。人間の根幹がある。

 絶望している人間は死なない。そこにはまだ、生きたいという厳然とした意志が残されている。

――なあ、そう思わないか?
 
 闇の中、部屋の奥に問いかける。暗黒の対岸から返ってくるのは無言。薄弱な意識。無関心の怒涛。俺は抱えていた食器を握り締め、奥に向かい投げつける。食器の割れ・・・

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不自由な命に憧れ

14/01/18 コメント:6件 タック 閲覧数:1053

――やあ、来てくれたのか。悪いね、こんな格好で。痛々しいだろう? 僕も嫌なんだが、機械に繋がれていなければ心臓を自発的に動かすことも出来ないんだ。まったく、滑稽だね。こんなにまでして延命する必要はあるのだろうか。今日はまだいいが、酷いときは胸を締め付ける痛みで言葉を発する事も出来ない。ただ一人、暗黒の世界でもがき続けるんだ。苦しいよ。生きるのは。健康な君たちが羨ましい……なんて言っても君に嫌な思い・・・

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本人不在の弾劾

13/12/28 コメント:2件 タック 閲覧数:930

「――先日、死にました。自殺でした」

――純然たる事実が、深閑とした和室に滔々と響いた。

「……は?」

――目を見開いた河野は嘘を探ろうとしたが、相手の様子はただただ真剣だった。――静寂。怯えを滲ませたような表情で、河野は独言の如き問いを発した。

「本当、なんですか? 今川が、死んだ? ……でしたら、僕への用事、というのは」

「・・・

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その再会に喜びは無く

13/12/21 コメント:4件 タック 閲覧数:1547

「また、あなたに会えるとは思ってませんでしたよ」
 
 小さな円が出来ている。数人の男女が寄り集まり歓談に興じている。老年、若者、年齢層や外見は種々様々な集団だが、共通している一つの事柄があった。一人の、俯く男を全員で包囲しているのである。

「い、いやあ、その節は本当に、その、すみませんでした……あ、あはは」
 
 苦笑いを作る男は額から汗を流し、この場から逃・・・

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銀河下の交点

13/12/20 コメント:2件 タック 閲覧数:964

――銀河の辺境、ある星にて――

「うーん」
 デスクに頬杖をついた男が何かを逡巡している。男は低く唸りを発した後、頬杖を解除しキーボードに手を伸ばした。それを、黒い液体を運んできた部下の男が見咎め、背後から冷静な声音で話しかけた。
「……ちょっと、いけませんよ。ずらしちゃ」
「……え、何が? 別に何もしてないよ」
「嘘でしょ。押そうとしてたじゃないですか、その・・・

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夢夢夢夢夢夢 ゆめユメゆめ?ユメ!ゆーめ?

13/12/13 コメント:2件 タック 閲覧数:1030

 赤ウサギ 全身真っ赤 目だけ白。斧だ。ポーン。首刎ねる。首がゴロゴロ。青い地落ちる。転がる。血が出る。紫。甘そう。地面が吸収。ぐんぐん。ぐんぐん。でかい木生えた。ウサギの首吊る。……大きなりんごの、できあがり。ナハハハ。不味そう。キャハハ。ウヘヘ。次だー。突撃―。斧―。ぶった切れー。ほらほらほらほら青ウサギ。ぼおっとしない青ウサギ。ポーン。ポーン。首刎ねる。首がゴルゴロ。地に落ちる。でもでもでも・・・

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三年前、七月十一日の夢

13/12/12 コメント:0件 タック 閲覧数:889

 僕はバスに揺られている。普遍的な、いわゆる平凡なバスだった。網棚には誰かの荷物。遠くに、料金を支払う名称不明の箱が見える。乗客は僕を除いて六人。身じろぎせず、黙然と置かれた六つの黒い頭が最後列に座る僕には見えている。僕は、おそらく一人だった。周囲の空間には誰もいない。目的地が判然としないまま、僕はただ、揺れるバスに無思考で身を任せているだけだった。
 僕は暇を感じている。あくびを幾度か繰り・・・

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ある冬の日、プラス犬

13/12/07 コメント:4件 タック 閲覧数:1111

 ある年の冬、何でもない日常の話である。
 
 私の住む家は豪雪地帯とまではいかないがそこそこに雪の降るところであって、地面の凍結や、尻、腰の強打が頻繁に起こる、何とも不便な場所なのである。何せ、散歩すら満足にできない。滑らないように、かかとから地面に着く体勢でそろそろと歩く、逆にストレスを感じるような前進を繰り返す様相、それが、雪の降る地方の普遍的な光景であり、何とも嫌になる、田舎の・・・

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雪は孤独の増す薬

13/12/07 コメント:2件 タック 閲覧数:962

 街の、ガヤガヤした感じが好きじゃない。特にこの時期、クリスマス前の浮ついた空気は歯噛みするほどうっとうしく感じる。無理にライトアップされた街路も、だらしの無い顔で道を行く大勢の人達も、なに考えてんのってくらい情けないし、見ていてツバを吐きたくなるくらいみっともない。なんか、明るさとか温もりを勘違いしているような気がする。集まれば温かいのかよ、とか思う。なんか、寒い。空気感と気温、両方の意味で。街・・・

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シュレーディンガーの妻

13/11/30 コメント:2件 タック 閲覧数:977

「ここに連れてこられた理由、あんたには分かっているんだろう?」

 生意気そうな風貌をした若い男が室内を歩き回っている。光源が電球一つのみの、薄暗い部屋。その中心にいるのは、椅子に縛り付けられた中年の男。男の手首、足首にはテープが巻かれ、薄く髭の生えた頬には青黒い痣ができている。
「……知らん。私には身に覚えもない」
「ほお、そう思うのか。だとしたらあんたは相当の悪・・・

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交差する、それぞれの日常

13/11/29 コメント:2件 タック 閲覧数:952

 明日、とは何と抽象的な言葉なのだろうか。不確定で不透明な明日に、人はなぜ、現状を超越した夢を見るのだろうか。

 変化と明日。度々、混同されるこの二つはしかし決して同義ではなく、明日とは今日の積み重ねに過ぎないし、過去も同じく、今日の積み重ねによって形作られるものである。明日を平穏無事に生きたいのであれば今日の行動に意識を傾注する必要があり、今日、行動を起こさなかった人間が明日を迎え・・・

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土の下の雪

13/11/21 コメント:6件 タック 閲覧数:1519

 部屋を整理していた。使い道を失った部屋だった。

 部屋から不要な道具が詰まったダンボールを運ぶ最中、縁側に江美の姿を認めた。江美は木々も凍る気温の中、縁側のガラス戸を開け放ち、外気にそぐわない軽装で縁側の外に足を投げ出していた。逡巡したが、私はダンボールを置き、背後から抑制した声色で声を掛けた。

「おい、体冷えるぞ。戸を閉めたらどうだ」

「……ああ、あな・・・

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初めてのバースデー

13/11/15 コメント:4件 タック 閲覧数:1037

――さあ、焼けた。うまくいったかな。

 ミトンを着けながらキッチンへ向かう。オーブンを開けると香ばしい匂いが漂い始めた。その香りに成功を思う――が、ケーキの表面は黒く焦げていて、奇麗にいかない現実に僕はため息をつく。何と似つかわしくないケーキなのか。能力の欠如に辟易しながら、僕は飾られたテーブルにケーキを運んだ。

――焦がしてしまったよ。練習したんだけど、難しいね。やっ・・・

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男、女、電車、落下。

13/11/12 コメント:2件 タック 閲覧数:1037

 彼に他の女がいた。私とは遊びだった。私は振られ、彼は目の前から容易く消え失せた。

 たったそれだけの出来事。しかし、殺意というのはこんなに簡単に湧くものなのかと、私は真っ暗な自室で芒洋と考えていた。
 
 何の前兆も無かった。普段通りに食事し、一夜を過ごした。その行為後、私が快感に身を弛緩させていた矢先だった。

――他に付き合っている人がいる。もう会えな・・・

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甘味

13/11/08 コメント:4件 タック 閲覧数:1002

 真っ当にならなくてはいけません。怒られないようにしなければなりません。

 お菓子が好きです。甘くて、ふわふわして、痛いの無くなるお菓子が大好きです。お菓子はいやな気持ちをどこかに飛ばしてくれます。だから食べたいなあ、と思いますが、今は食べられないので、わたしはとっても悲しくなります。お口が苦くてしょうがないのです。
 
 こどものころは、食べました。おじさんがたまに買っ・・・

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創作怪人K

13/11/02 コメント:4件 タック 閲覧数:1170

 後悔しているかい? 俺を創ったこと。

 やらなきゃよかったかい? 広めるなんてこと。

 後悔しても遅いぜ。やっちまったことはもう元には戻せない。俺はこうして生まれているし、もう、この鎌は振るわれちまってるんだ。感謝してるんだぜ? お前さんと、ご友人にはさ。お前らが面白がって俺を広めなければ、俺はここにいなかったんだ。俗世に隠れ、影に混じりて首を切る「怪人K」様は、お前・・・

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BLACK KNIFE KILLER CITY

13/11/02 コメント:2件 タック 閲覧数:1099

「――でね、友達が、見たらしいのよ」

「……ウソ? ホントに?」

 サチの目が脅えを含んで揺れ始める。ここが大事、とわたしはたっぷりの間をつかい、怪談を語る心霊おじさんのような雰囲気で、その名前を出してあげた。

「――ブラック・ナイフキラー。間違いないって。噂どおりの姿らしいよ」

 ブロッコリーが机スレスレで止まる。その上にはサチの恐怖の表情・・・

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あるひとりのプディング

13/10/26 コメント:2件 タック 閲覧数:1086

「――どうぞ」

「――これは?」

「みなさんにお出ししているものです。どうぞ」

 ――若く、身なりの整った男が差し出したのは、カップに収められたプディングだった。女は困惑する。説明のないままにテーブルに着席させられ、いきなりスイーツを出されたのでは、ありがとう、と受け取るほうがどうかしている。そう思い、女は目の前のスプーンを手に取ることなく、男とプディング・・・

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座る男と隣の女

13/10/21 コメント:4件 タック 閲覧数:2258

 女は苛立っていた。男がまるで話す素振りを見せないのである。

 光源がテレビのみの、真っ暗な部屋の中、男は女に構う事なく、胸糞の悪いニュースを眺め続けている。女が二の腕に触れるも、男の反応は無く、空しい冷たさが、返答として翻るだけである。
 
 もう、飽きたのかしら。女は考える。

 男との同棲を決意してから、まだ幾ばくも経ってはいない。半ば狂乱のうちに実行し・・・

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雪山に残る慈しみの雪塊たち

13/10/18 コメント:3件 タック 閲覧数:1149

 枯れ木を雪が彩り、うろを残して、全てが白く染められている。生命を温存した木々は個性を失い、同等に寒々しく、冬の訪れを目に見える形で顕示していた。
 崖下の村に比べ、山頂は身も凍るような気温である。そのため動物の躍動も無く、雪まじりの寒風のみが、環境に変化を齎す唯一のものであった。
 許容を越えた雪の塊が音を立てて落下し、木々の根元を判別無く覆い隠していく。大小累々たる山が各所に生まれ・・・

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都市伝説を創るモノは

13/10/11 コメント:4件 タック 閲覧数:1070

――ここが、そうなの?
 
 声を潜めて少女が尋ねる。少年は首肯し辺りをはばかるように鍵を差し込んだ。
 
「ああ、そうだよ。早く入って。無断で借りてるんだから」

 閑静なマンション。少年は静かにドアを開き、その一室に少女を招き入れる。玄関に足を踏み入れた少女の顔は徐々に輝き、周囲を好奇心に満ちた視線で見回した。
 
――うわ、すごいわね、ここの雰・・・

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あなたにふれたくて

13/10/05 コメント:0件 タック 閲覧数:1085

 どうしてあなたはわたしを嫌うの?

 
 近づいたとき、どうして嫌な顔をするの?
  
 
 こんなに好きなのに。そばにいたいのに。
 
 
 なぜ、一度も笑顔を向けてくれないの?

 
 わたしはあなたをいつも見ている。でも、あなたは汚いものを見るような目でわたしを睨んできて、悲しさに胸が締め付けられそうになる。それでも、・・・

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クラスメイトは孤独に歌い

13/09/25 コメント:4件 タック 閲覧数:2153

 商店街は空気さえも色を失ったようだった。無味乾燥なシャッターが景色の多くを占め、活気を生む声も人々の行き交いも無く、悲しい静寂だけが、荒涼とした場を満たしている。崩壊に向かっているのが分かりながらどうにもできない、そんな諦観に、壊れかけの街は包まれていた。
 細々と、僅かに残り続ける古くからの店。その一つである肉屋に向かう最中、ひどく音割れのした時代遅れのポップスが耳に入った。さびれた雰囲・・・

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「救助を待つ」という周囲の幻想

13/09/17 コメント:2件 タック 閲覧数:1303

 垢が浮いた肌からは異臭が立ち上る。艶の無い髪。歯垢に塗れた歯。憧憬の眼差しに晒された制服には皴がより、その効果と清潔さを無残に失っている。私は、そんな自分の姿を新鮮な面持ちで見回した。
 日光と世間から隔絶されたマンション内の和室。畳の上にはごみが散乱し、澱んだ空気が室内には充満している。穢れた一室。およそ、経験したことのない状況。その中で私は糸の切れた人形のように、ただ、無気力に座り込ん・・・

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擬似幸福の丘

13/09/09 コメント:1件 タック 閲覧数:1298

 普段は孤独な橙色。しかし、その日の夕焼けは、ひどく綺麗だった。
 
誰も知らない丘の上で、肩を並べた私と彼女。時おり心地良い風が吹く、緑に覆われたその丘は私の幼少時からのお気に入りで、その場所に招待したのは、彼女が二人目だった。
 
 いい所ね。空気がおいしい。あなたは、見る目がとてもあるのね。

 彼女の言葉は心に真っ直ぐ届く。耳をくすぐるその福音は、私の頬・・・

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