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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

出没地 長野県の真ん中へん
趣味 らくがき。
職業
性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

投稿済みの記事一覧

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週刊絶望月曜フォビア

17/05/08 コメント:2件 クナリ 閲覧数:103

 中学校で教職に就いて三年目になるシナコが、初めて自分のアパートに生徒を連れてきたのは、晩夏の日曜日の昼下がりだった。
 二階にある部屋で、ローテーブルに向かい合って座ると、背筋に少し冷たいものが流れる。
 学校内ではこの子の本音は聞き出せる気がしないし、どこで誰が見ているかも分からない町中のファミレスなども、利用する気になれない。ことがデリケート過ぎる。
 生徒の名は、イトウシ・・・

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きみが楽園からこぼれ落ちたら

17/04/24 コメント:0件 クナリ 閲覧数:272

 「歌と水の街」は、大陸の端にある一大芸能都市である。
 最大の花形である歌劇団を筆頭に、多様な娯楽が散在している。
 強い光と同時に巨大な闇を抱えた街は、腐敗と暴力にも事欠かなかった。特に歌劇団が抱える、ボウガンで武装した私警団は、その過激さで知られていた。
 人々の鬱屈は膨れ上がり、歌劇団の転覆、更には街そのものの再構築を目指す運動も起こった。治安は、悪化する一方である。

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長袖の青ばら、僕ら模様

17/04/15 コメント:5件 クナリ 閲覧数:315

 両親が離婚したのは、僕が小学三年生の時だった。
 僕の父はタバコで、いわゆる根性焼きというやつを、酔っ払うと僕や母によく敢行していた。
 タバコの火は大変な苦痛だったが、僕は実際よりも大げさに痛がって見せることで父の追い打ちを防いでいた。それが僕なりの処世術で、自分なりにうまく人生を生きていると思っていた。

 僕の家は木造の古いアパートで、隣には僕より三つ年上の女の子が・・・

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うらしま物語

17/03/31 コメント:2件 クナリ 閲覧数:203

「マリ、二十歳の誕生日おめでとう」
「ありがとう。ツヨシも昨日二十歳になったわね」
「そして結婚半年おめでとう俺たち」
「なんか中途半端だけど」
「実は俺、昨日の誕生日に神からプレゼントとして選択肢を与えられたんだ。昔話の主人公、誰でも好きな奴一名の能力を得ることができるって」
「……へえ」
「桃太郎なら絶対服従するお伴。金太郎なら無双の怪力。一寸法師なら身長の・・・

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ピルケース少年プリズナーズ

17/03/25 コメント:7件 クナリ 閲覧数:323

 僕が遠くの高校への通学に使っている単線の始発電車は、僕以外ほとんど乗客がいない。
 一人で静かな空間を占拠している感覚は悪くはなかったが、乗り継ぎ駅であるこの路線の終点までの数十分は、少々退屈でもあった。
 冬のある日、カーブの際に座面に置いていた手が滑り、背もたれと座面の合わせ目に突っ込んだ。すると、指先に何かの紙が触れた。
 引っ張り出してみると、それは無地のメモ用紙だった・・・

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与えられた餌を食わぬ犬を蹴るなよ泣けてくる

17/03/10 コメント:7件 クナリ 閲覧数:378

 絵を描くことが趣味だと、クラスでバレてしまったのは失敗だった。
 中学二年生の僕らにとって、足が速いことはカッコいいが、絵がうまいことは往々にして嘲笑の対象だということは、周知の事実だというのに。
 七月頭の、今日の放課後のHRで、秋の体育祭のための横断幕を各クラスの生徒が描くことが知らされた。すると、一人の同級生が
「先生、コスギくんが絵が得意です」
と言い出した。小学・・・

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ショートコント:語彙力が消える沼

17/02/28 コメント:4件 クナリ 閲覧数:286

 (森の中のセットに、上手から高校生姿の二人登場)
A「ああ、俺たち沼研究会の二人ともあろうものが、道に迷ってしまうなんて」
B:本当だな。でもこの辺りに必ずあるはずだ。あの伝説の沼が。
A「『はまると語彙力が消える沼』か…ただの都市伝説だろうか」
B:実は俺、小説家を目指してるんだ。もし俺がうっかりその沼にはまって語彙力を失ったら、もう生きる気力がない。
A「お前な・・・

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誰かさんがころんだ(顔落とし)

17/02/17 コメント:9件 クナリ 閲覧数:422

 「誰かさんがころんだ」という遊びがある。
 人気のない、ある高台のお堂が僕らにとってのこの遊びの舞台だった。
 子供たちが数人で、お堂の周りを時計回りにぐるぐるかけっこする。鬼が一人いる。振り返ってはいけない。だからすぐ後ろに誰かが迫って来ても、鬼かどうかは分からない。鬼に捕まったら、その子が次の鬼。周回遅れなどは度外視。
 この遊びは、夕暮れに行なってはいけないことになってい・・・

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褐色のアギス――あの日座り心地の悪いベンチでぼくら

17/01/31 コメント:9件 クナリ 閲覧数:402

 北条アギスは、私と同い年の、褐色の痩せた少年だった。
 私と同じ古くて汚い団地の、向かいの棟に住んでいた。
 最初に知り合ったきっかけは忘れてしまった。中学生の今では、休日の昼間や、休日ではない日の昼間に、こっそりと会う仲になっていた。
 夜は、一人ずつでいた方がいいような気がしたので、会わないでいた。
 アギスには、夜が似合いすぎる。それが少し怖い。

 ア・・・

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歌舞伎町クライスト(泣き嘆く人の子らより)

17/01/17 コメント:4件 クナリ 閲覧数:667

 新宿は歌舞伎町、区役所本庁舎の脇を道なりに行く。
 雑居ビルの二階に、ニューハーフ(以下NH)バー「碧空」はあった。
 店内は和風のショットバーで、店員さんとおしゃべりしながら、焼酎ソムリエの資格を持つ二十六才の若き店長の集めた焼酎だのウイスキーだのを飲む。
 NHと遊ぶというより、気のいい人たちと笑い合うための場所。
 僕が初めてここを訪れたのは、知人がスタッフとして入・・・

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ダストシュート・ミステリ

17/01/02 コメント:2件 クナリ 閲覧数:363

 目が覚めると、僕の体はひどく暗い空間の中、がれきのようなものに埋もれていた。
 ここはどこなんだ。僕のマンションの部屋、リバーサイドメゾン304号室じゃないのか。
 目を凝らして見ると、すぐ横に愛用の冷蔵庫が横倒しになっていた。よく見ると棚や椅子やテーブルも倒れていて、全て僕の家具だった。
 状況が理解できない上に、昨日までの記憶がまるでない。

 頭がひどく痛むの・・・

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カエ男

16/12/19 コメント:8件 クナリ 閲覧数:575

 ある町内に、ある老人が住んでいた。
 彼は近くの川の護岸工事に反対していて、しかし強硬に反対活動をするでもないので、自治体からは少々煙たい変わりものに見られていた。
 昼間から時折、道路の側溝に手を突っ込み、泥水の中をさらうような動作をしてニヤニヤしているので、どこかおかしいのではないかと思われていた。
 しかしどういうわけか彼には友人が多く、老人はいつも楽しそうにしていた。<・・・

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「悪魔の部屋」――夫と娘の死体の横で

16/12/05 コメント:10件 クナリ 閲覧数:420

 君がこの動画ファイルを見ているということは、例のホームに、亭主と娘と共に入居を決めたということだね。
 以前言った通りこの動画を、ホームに入る前に見てくれていることを願う。でないと、手遅れになるからね。
 私は君と入れ替わりに、ホームを出たことになる。もう会えないかもしれないな。
 いいかい、その建物には、君達と同じ悩みを抱えた人々が十数世帯暮らしている。そしてそれぞれの世帯の・・・

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女嫌いをわずらってみた――えっせえのようなもの

16/11/27 コメント:4件 クナリ 閲覧数:448

 小生、中学から高校くらいにかけて、女嫌いを患ったことがある。
 特別ドラマチックなトラウマなどはなく、色々細かいことの積み重ねなのだが、クリスマスで思い出したことがあるので、小生の女嫌いのしょうもない種のひとつをご笑覧いただければ幸いである。

 小生、埼玉のある高校で、一人の女子、Nさんと出会った。それなりに気が合い、クラスも違ったが、頻繁に会うようになる。
 頻繁に会・・・

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果てしなく続く黒き大河の白き一滴

16/11/21 コメント:10件 クナリ 閲覧数:471

 クリスマスの思い出、というものがない。
 私の父は乳製品の配送業に就いていて、年中忙しかったようなのだが、特にクリスマス近くになるとお客の無理な追加注文に忙殺されて、まともに家に帰って来なかった。
 三年前、私が小学五年生の時に両親は離婚した。自分でも意外なことに、私は父について行きたいと泣いた。
 特別父を慕っていたわけではない。今思えば寂しさに加え、ろくに家にいないので謎の・・・

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粉々の屑

16/11/12 コメント:7件 クナリ 閲覧数:487

 来週に閉館を控えて展示物の多くを処分し、守衛にも暇を出した美術館のホールは、ひどく寂しく見えた。
「こんな時間に、何なの?」
と幼馴染のミヤが言う。
 夜の一時。女子中学生を連れ回していい時間ではない。男子中学生がふらついていていいわけでもないが。
「今までにも何度も忍びこんでる。お前を連れて来たのが初めてってだけだ」
「お父さんにばれたらどうするのよ」
 こ・・・

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空乱裂破――もう痛みを感じられない、棘の生えた手のひらで

16/10/24 コメント:9件 クナリ 閲覧数:537

 父親は、小学四年生の息子のハナタの頭をビーカーで殴ると、ついでに拳でも殴った。
「アッ、いたい」
「なぜお前は、痛い時に痛いと言う」
 そう言って、さらに強く、もう一度ビーカーで額を叩いた。ビーカーが割れた。ハナタはとうに頭から出血しているので、改めて皮膚が破れたかどうかは判然としない。
 ある日曜日の朝、安アパートの一室でのいつもの光景が進行していく。
 父親は小・・・

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冷たい麦畑――ジレル・イルギスは謝罪する

16/10/10 コメント:0件 クナリ 閲覧数:450

 貴族に弄ばれるのが嫌なら、君はこの街から逃げるんだ。
 僕にはまだ、ここでやることがあるから……



 『歌と水の街』は、大陸随一の芸能都市である。
 その規模の肥大と同時進行した腐敗の中、踏みにじられ続けた下層階級の尊厳を取り戻そうと、特権階級の転覆を狙った革命勢力の動きが、この十年来激しさを増していた。

 『街』から離れたある村に住むオー・・・

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showmans & swordsmans ――井上源三郎

16/09/27 コメント:5件 クナリ 閲覧数:657

 井上源三郎は、新撰組の六番隊組長である。
 局長の近藤、副局長の土方、一番隊組長の沖田らとは天然理心流の一派として、多摩から京都まで苦楽を共にしてきた仲だった。
 彼らよりも大分年上で、好々爺然とした性格から組の中でも親しまれており、剣の腕は一流とは行かなかったようなのだが、人望はとにかく厚かった。

 ある年、夏の手前の時分である。
 井上は六番隊の数名と共に京の・・・

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地獄時計

16/09/16 コメント:10件 クナリ 閲覧数:1076

 肋骨の間に滑り込む、包丁の感覚で意識が飛びそうになる。
 分かっているのに防げないなんて。
 この激痛を、絶望感を、僕は何度味わえばいいのか。



 午前零時。
 僕の、中学校卒業式の日。
 部屋のベッドで目を覚ます。
 僕はたった今、約八時間後の未来からタイムスリップして来たばかりだ。
 僕の能力は、当日中であればその日の午前零時・・・

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柱妖ちゅうよう――黒い視線

16/09/03 コメント:7件 クナリ 閲覧数:1349

 近年、日本国もようよう大戦の痛手から復興せんという世相である。
 一軒の古本屋が、私の住まいであった。二階建てで、一階を丸ごと店舗にしてある。
 その店の中央には、四角く野太い柱が突き立っている。実は中が空洞で、柱の一片にある扉(そうとは見えぬよう細工してある)を開けると、大人一人くらいは中に立っておれる空間がある。
 元は万引きを見張るために設けた――酔狂としか言えぬのだが―・・・

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目が覚めて、バター・ナイフをくるむ銀紙を

16/08/30 コメント:6件 クナリ 閲覧数:749

 ある秋の水曜日ことだ。僕は大学を自主休講にして、本屋に行った。
 平積みされていた新作を、一冊を手にとる。人気の女性作家の新作だった。顔立ちが可愛らしく、僕もテレビで見たことがある。
 内容は、繊細な女性主人公が人生を切り開いていく、重厚なラブストーリーのようだった。ぱらぱらとページをめくって行くと、重要な脇役として、ある男性キャラクタが登場した。
 そのキャラクタは、同性愛者・・・

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スウィジ・ゴースト・トラップス

16/08/20 コメント:7件 クナリ 閲覧数:882

 随分前にリフォームしたらしいそのアパートに引っ越してきたのは、僕が大学四年の時だった。住んだ人間が何人か蒸発している事故物件で、オンボロながら格安である。
 大学院へ進むことが既に決まっており、周りに比べれば少し弛緩した日々を送る中で、その事件は起きた。
 アパートの風呂場はユニットバスになっていたのだが、あちこち傷みがあり、洗濯物を干すための心張り棒を左右の壁にかますと、わずかに壁・・・

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神域

16/08/15 コメント:8件 クナリ 閲覧数:709

 高校の保健室のベッドは、中学までのそれと比べて、僕には他人行儀に思えた。
 仮病で高校二年の放課後を潰す空しさは耐え難くても、起き上がる気力が湧かない。
 ガラリと、無遠慮にドアが開いた。入ってきたのはアグリだった。
 僕らが出会ったのは中学の時だが、当時からアグリはクラスでも異彩を放っており、独特の魅力があった。色黒で痩せているのだが、奇妙な色気がある。制服のスカートも、アグ・・・

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女子力のない私と口数の多い幽霊

16/08/01 コメント:10件 クナリ 閲覧数:785

 高校二年生にして、私は霊にとり憑かれてしまった。
 私の斜め上辺りに浮いたり消えたりする霊の名前は、ユウヤといった。先月死んだばかりで享年は十四歳だと言う。
「ヨーコさんの部屋、物少ないね」
 うるさい。
「俺の姉ちゃんのが百倍女子力あるな」
 黙れ。
 私が男子バスケ部のマネージャにいそしんでいる間は、構ってもらえないせいでユウヤは姿を消したりする。
・・・

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空き家の壁の佐藤さん

16/08/01 コメント:3件 クナリ 閲覧数:535

 いわゆる高度経済成長期、父の仕事の都合で転校の多かった私だけど、小学六年生の時に引っ越した海の近い町での孤立ぶりは特にひどかった。
「皆に早く溶け込まないといかんよね」と様々なクラスの係を押し付けられ、「忙しそうだから邪魔せんように」という理由でクラスメイトは誰も私に話しかけなかった。けれど、家族に相談もできなかった。
 ある日、帰り道で一軒の空き家を見つけた。
 庭から中に入・・・

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野菜不足のあなたへ

16/07/22 コメント:8件 クナリ 閲覧数:537

 今ではすっかりメジャーになった、パピプペポという商品が世に出た時の話である。

 幸運なことに、小生はメーカー様がこの商品を発売するまさにその時、プレゼンを受ける光栄に浴したことがある。
 その商品を手に、意気揚々とやってきたメーカー様のドヤ顔はいまだに忘れがたい。
 人間にはこんなドヤ顔ができるのか、と余人をもって驚嘆せしめるにふさわしい、渾身のドヤ顔であった。
・・・

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そして空気を震わせることのない絶叫

16/07/09 コメント:7件 クナリ 閲覧数:864

 幼い頃から、世の中には聞きたくないことの方が多かった。
 小学生の時には、クラスの男子が私の外見上の劣等性を揶揄する声が、当たり前に教室に響いた。
 中学に上がると、私を社会的弱者として擁護する気遣いや、降って湧いたような同情を押しつける言葉が私の耳に流れ込んできた。
 そのため、私は中二の夏頃に、ある特技を身につけた。こめかみを指で三回叩くと、周囲からの音をシャットアウトして・・・

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頭蓋弁当のアマミヤ

16/06/28 コメント:16件 クナリ 閲覧数:947

 高校で私と同じクラスのアマミヤのお父さんが、脳の全機能を完全に代替できるICチップとやらを発明した。
 あまつさえ、実の息子のアマミヤを実験台にしたため、息子の脳味噌は頭蓋骨から取り出され、代わりに親指の爪ほどの黒いチップが脳幹の位置に据え付けられた。
 アマミヤの頭蓋骨の中身は、ICチップ以外の部分は、無意味な空洞となった。
 科学者である彼の父親は、無駄、無意味、非効率とい・・・

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私の父とそばアーマー

16/06/06 コメント:12件 クナリ 閲覧数:1177

 高校二年のある春の日。
「そばアーマーでは、悪漢どもの攻撃を防げんな。だって柔らかいからな」
 父にそう言われて、ああこの人はおかしくなってしまったんだな、と私は静かに覚悟した。
 日曜日の昼下がりの居間。いつも通り銀縁メガネに七三分けの父は、茹で上がったそばを全身にくまなく巻きつけ、仁王立ちしてあさっての方向を睨んでいる。
 そばから湯気が立っているのが、無性に腹立たし・・・

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あめのむらくもきみの声

16/06/03 コメント:5件 クナリ 閲覧数:912

 サイトウ先生に、中学からの帰り道、声をかけられた日のことを思い出す。
 雨が降る中、田舎町の、田んぼの間のあぜ道で。
 気がつけばもう、半年近くも前のこと。



 三十一歳。
 サイトウ先生の正確な年齢を知ったのは、本人が失踪してからだった。
 先週、学区内で起きた、全国的に有名な殺人事件。
 先生はその重要参考人として、警察に探されてい・・・

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雨音の檻、震える熱

16/05/28 コメント:6件 クナリ 閲覧数:826

 私の通う高校の、屋上へ続く扉の前の踊り場は、強い雨が降ると雨音がやかましく響く。
 屋上への扉は施錠されているので、ここに来る生徒は滅多にいない。せいぜい私と、同級生のミカワだけだった。
 休み時間に教室にいたくない私にとってちょうどいい逃げ場所が見つかったと思ったのに、こともあろうに同級生の男子とハチ合わせことになるとはと、胸中で舌打ちした。まあ別に嫌な奴ではなかったので、居心地が・・・

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独り狂いとハッカ飴

16/05/14 コメント:6件 クナリ 閲覧数:896

 勢いまかせで家出した中学生の所持金などたかが知れていて、一ヶ月もしないうちに底をついてしまった。
 家を出る時に一緒だったアカネはもういない。
 アカネは置き手紙代わりに、僕の好物のハッカ飴を残して去り、二人での逃避行は終わった。幼馴染とはいえ、彼女の家は稀有な資産家だ。温室のバラには、屋根の下の方がよく似合う。あの時は裏切られたと思った僕も、今はそれで正しかったと思っている。

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トワイライト甘夏ストローラ

16/04/30 コメント:9件 クナリ 閲覧数:842

 甘夏を皮ごと食べきると変身ができることは、あまり知られていない。
 何に変身できるかというと、甘夏である。
 そういうわけで、うっかり丸ごと食べてしまった私は、高一にして、甘夏となって自宅の台所のテーブルに鎮座している。
 母親が出て行ってから五年近く経つ台所を、甘夏になった状態で見回す。どこも汚い。床はべとついているし、戸棚は割れている。全体的に薄暗く、生臭い匂いが染みついて・・・

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甘夏スライダー

16/04/29 コメント:2件 クナリ 閲覧数:590

 俺に向かって放られた甘夏には、見たところ、スライダー回転がかかっている。
 これから、俺から見て右側に曲がって来るだろう。
 キャッチするためには、俺は右にダイブしなくてはならない。
 なぜ俺に向かって甘夏スライダーが投げられたのか、説明している暇はない。大事なのは、確実にこの甘夏をこの手で受け止めることだ。
 地面に落とすわけにはいかない。俺は婆さんから、
「お米・・・

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識者≒愚者≒敗者の連立思考

16/04/17 コメント:9件 クナリ 閲覧数:802

 目が覚めると、俺はコンクリート製の立方体の部屋の中にいた。
 五メートル四方程度の部屋の中には家具はなく、鉄製のドアが一つある。
 ドアの脇には、十個ほどのボタンが横一列に並んでいた。全て異なった色で塗られている。ドアを開けるボタンだろうか。
 俺は、床を見て悲鳴を上げた。そこには、うつ伏せの人間がいたのだ。成人男性らしいが、無地のTシャツと短パンという格好で何者なのか分からな・・・

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壇ノ浦で、源義経は水夫(かこ)を射たのか――えっせえのようなもの

16/04/12 コメント:8件 クナリ 閲覧数:1353

 歴史。
 それは私達の現在につながるものでありながら、どこかファンタジー性を含んで語られる、確かなはずなのに不確かな、不思議な物語。

 さて、クナリという人は日本史が好きなのですが、それは英雄達の生き様や丁々発止が好きなのであって、あくまで人間ドラマとして捉えているため、年表やら年号やらという分野においては小学生以下の知力を誇るので困ったものです(他人事)。
 そんな愚・・・

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ウツロナルソラハカラノソラ

16/04/02 コメント:7件 クナリ 閲覧数:645

 よく、人から誤解される。
 私の言葉はいつも思わぬ解釈をされ、思わぬ伝播をし、気がつけば嫌われている。
 そうして、十八年間生きて来た。

 小学生の時は、中学生になれば大丈夫だと思っていた。
 中学生になると、高校へ行って環境が変わればきっと改善されると信じようとした。
 高校に入って最初のクラスの自己紹介で、全員が特技を言わされたことがあった。私は正直に、・・・

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寸劇:スカートの中の猫

16/04/02 コメント:9件 クナリ 閲覧数:903

・登場人物:先輩(男)、後輩A(女)、後輩B(女)

開幕

(放課後の文芸部室、先輩が一人で本を読んでいる)
(足音のSE、引き戸を開くSE)
(後輩A登場)
 先輩、お疲れ様です。
「おう」
 先輩、私、そこで猫を拾いまして。迷い猫みたいなんですが。
「へえ。どこにいるんだ?」
 ここです。
「いねえじゃん」
 スカ・・・

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便所飯アクアミュージアム

16/03/18 コメント:4件 クナリ 閲覧数:906

 便所飯、という言葉を初めて聞いた時は、衝撃的だった。
 言葉の響きや意味ではない。僕が小学生の時の塾の夏期講習で編み出し、高校一年生になった今でも実施している行為に、既に社会的に名前が付けられているということがショックだったのだ。
 てっきり、この行為は僕だけのオリジナルだと思っていた。誰も真似などできるはずがないと確信していた。それが、実は意外とありふれた行為だったなんて。
・・・

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江戸外れの怪談 「畳の眼」

16/03/06 コメント:11件 クナリ 閲覧数:1515

 江戸の外れに、木賃宿を改装した一軒の家があった。
 家の主は名前を乙次郎といい、四十路に近く、身寄りはない。
 乙次郎は商才の多少ある商人だったが、その顔はあばたづらでいかにも醜く、ついぞ女に好かれたことがなかった。
「俺なんぞに惚れる女はおらん、一生独り者よ。寂しくなんぞないし、一人で生きる覚悟も出来ている」
と自らうそぶいて笑っていた。
 乙次郎は、近くの集落の・・・

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孤児意地墜落インパティエンス

16/03/04 コメント:8件 クナリ 閲覧数:746

 薄暗い部屋の中で、私はお腹が空いて膝をついた。
 眩暈がして、地面の方が揺れているのではないかとさえ思える。
 すぐ横には、私と同じ小学生くらいの知らない少女がいた。
 上下左右を木の板で囲まれた、一辺が七〜八メートルくらいの立方体の部屋の中に、私達はいた。窓はなく、裸電球が上方に吊るされている。
  部屋の一辺には木製の階段がついていた。上端は部屋の外まで続いていて、天・・・

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繋がれないなら生きるなよと叫ぶ声がする土砂降りの中で

16/02/15 コメント:7件 クナリ 閲覧数:727

 どうやって連れて来られたのかは覚えていないけれど、監禁され出して今日で多分三日目。
 私の両親は共に出張がちで、もう数日は、娘の失踪に気付かないかもしれない。
 小学校が夏休みに入って間もない七月のある日、私はマンションらしい一室の鍵付きクローゼットに閉じ込められていた。
 鎧戸状になっている扉の隙間から明かりが差しているけど、外を覗いても壁が見えるだけだ。
 私を監禁し・・・

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負け犬だらけでHOLD ON ME

16/02/05 コメント:4件 クナリ 閲覧数:576

――そんなこと、もうやめなさい。
 別に、死にたくてやってるんじゃないんですよ。
――尚更よ。手首は浅く切っていても蓄積すれば命に、
 先生。私、分からないんです。
――そうね、あなたくらいの年頃だと、なぜこんなことをしてしまうのかなんて、分からない方が当然で――
 いえ、そうじゃなくて。
――え?
 何で、先生なんかには分かりっこないことを、分かることが・・・

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ペットボトルのお茶戦国時代で飄々と

16/02/01 コメント:12件 クナリ 閲覧数:907

 この文章はフィクションです。
 かなりどこかで聞いたような商品名が出て来るかもしれませんが、実在の商品とは全然関係ありません。

 日本の缶入りお茶市場は、一強他弱状態が長く続いていた…
 言わずと知れた、「ワーイお茶」である。数々の不可能を打ち破り、お茶を携帯して飲めるという大革新を成し遂げた商品である!
 長らく、わざわざ正面切ってワーイお茶と戦おうなどという投・・・

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新撰組、宵越しの茶毒

16/01/23 コメント:9件 クナリ 閲覧数:645

 ――茶漬けを作りに、入隊したのではない――

 増岡一心は、新撰組の中では新参に当たる。
 北辰一刀流を習い、その腕には一方ならぬ自信があった。
 が、猛者のひしめく新撰組にあっては別段目立つ腕でもない。それでも自惚れはやむものではなく、隊内で重用されない不満は日増しに募って行った。

 増岡は貧乏武家の次男だったので、家のことは一通りできる。悪いことに、その・・・

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茶と菓子パンで生きていた

16/01/18 コメント:7件 クナリ 閲覧数:691

 お茶と言うか、お茶と菓子パンの話である。
 小生、人並みにお茶が好きだ。同好の士も多いのではないかと予想する。
 反して、何だかもう最近は健康の反対語みたいな悪者扱いを受けているのが、菓子パンである。
 しかし、個人的には「マジ菓子パンて悪だよね!」という立場にはなれずにいる。
 なぜかと言えば、小生はかつて、菓子パンとお茶に心を救われていたからである。

 ・・・

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スーラ・スールの咲かないザクロ

16/01/09 コメント:16件 クナリ 閲覧数:1767

 スーラ・スールという名前は、十五歳の冬に私が自分で付けた。
 綴りが簡単で、女らしいが男かもしれない名前。

 昨日自転車を置き忘れた通りに行くと、既になくなっていた。
 辺りを見回していたら、冬枯れの木が並ぶ路地に痩せた家が建っており、そのドアの脇に私の自転車が立てかけてあった。
 家は、随分うらぶれている。空き家かもしれない。
 私は鍵のかかっていないドア・・・

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顔で笑って心で泣ければ苦労はないから泣かせてよ

15/12/27 コメント:7件 クナリ 閲覧数:849

 たったったっ
 ガラガラ
 ばたん

 あれ、部長いたんですか。ちっ。
「ちって。お前こそ、花の女子高生が終業式の放課後に、文芸部の部室なんて来るんじゃねえよ」
 普段幽霊部員なものですから、人のいない時くらいは顔を出そうかと。
「いや普段来いそれは」
 いやー、冬休みですねえ。イベント色々ですよ。
「まあなー。俺は受験勉強づけだけど」

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水星から流れる音楽

15/12/23 コメント:6件 クナリ 閲覧数:657

 子供の頃からよく、私はアキヒロと夜の空を見上げた。
 アキヒロは星を眺めていた。私は横目で、アキヒロの横顔を見ていた。

 ある放課後、いつも通り両親のいないアパートの中に、私は中学の同級生のヒチカを招き入れた。
 彼女はキッチンやトイレや他の部屋の方に視線を次々移してから、ようやく私の部屋に入った。
「今、この家にはあんたとあたしだけ?」
「そう」
「・・・

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時空モノガタリ文学賞 表彰式のおもひで

15/12/05 コメント:10件 クナリ 閲覧数:1077

 2015年11月25日に行われた、授賞式の思い出などを。
 レポートなどという程偉そうではありませんが。

 幻冬舎様の文芸誌「パピルス」へ時空モノガタリ文学賞受賞作品『シュガーキャッスル インザスカイ』を掲載して頂いた、クナリとかいう人の表彰式がこの日行われました。
 場所は帝都の中でもヤングアンドオシャレな方々の集うハイランド、渋谷でございました。
 そして早く・・・

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舌が半分の少年

15/12/03 コメント:9件 クナリ 閲覧数:868

 舌が半分しかないその少年の名前を、私は今でも知らない。
 出会ったのは、私が十四歳の時。彼も同い年だった。
 一大革命を成しえた直後の首都の街道で、私達は邂逅した。
 革命団員だった彼は、得意そうに革命旗を振り回していた。
 どうして舌が欠けているのかと尋ねると、彼は独特の滑舌で、
「度胸試しに、自分で噛み切ったのさ。舌が丸まる前にスプーンで押さえれば、窒息死はしな・・・

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子供ヒモホスト猫サボテン、汚いポテトチップス

15/11/16 コメント:8件 クナリ 閲覧数:1044

 大学生の頃、高田馬場界隈で、同性相手専門のデートクラブでアルバイトをしていたことがある。
 僕が在籍していたクラブでは、ボディタッチは少々、キスやそれ以上はなし(少なくとも建前上は)。
 無店舗型なのでただ適当にそこら辺を客と一緒に歩いて、時々食事して、せいぜい二三時間でバイバイという、「ソレ何が楽しいの?」と聞かれればこっちが客に聞きたいわと言いたくなるような仕事だった。
 ・・・

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ブレス――吹き往く風のジストリア――

15/11/02 コメント:8件 クナリ 閲覧数:748

 『歌と水の街』は、大陸の端にある、享楽と腐敗で膨れ上がった一大芸能都市である。
 下層民区画の共同墓地で、二十歳のライヴァッツは携帯ピアノを手に、ベンチに座っていた。
 毎週末そうしている彼を、仲間の革命兵達も奇人扱いしている。
 葬奏なら奏者を手配しようかと言っても、彼は「間に合ってる」と答える。

 ――ジストリア。非生産的な金持ちどもの時代が、もうすぐ終わる。・・・

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まだ月虹は見えないか

15/10/19 コメント:2件 クナリ 閲覧数:643

 小学校六年生の私には、土曜の夜はいつも退屈だった。
 けれど今日は、運動など大嫌いな私が、同級生のツガヤ君と共に学校の裏山に登っている。
 七月の、水分の多い空には、丸い月が出ていた。

 昨日の金曜日、放課後の教室は騒がしかった。飼育小屋の兎が何者かに首を切られて殺されるという事件が朝に起きていたので、その話で持ちきりだった。
 そのやかましさが、不愉快だった。静・・・

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美術嫌いがらくがきを――えっせえのようなもの――

15/10/17 コメント:4件 クナリ 閲覧数:770

 時空モノガタリ様へ投稿し始めてから幾星霜、投稿作品数も少し前に百を超えまして、飽きっぽい自分めにしてはよく続くなあ…と思っています。
 これもひとえに「掌編のみ」という、投稿規定に支えられているものであります。そうでなければ、「長々と文章書くのは大変だよう」と、とうに投げ出していたことでしょう。

 告白いたしますれば、私は自分が何らかの制作活動を行うとして、文字媒体では決して・・・

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生きて往けよと喚んで呉れ

15/10/08 コメント:5件 クナリ 閲覧数:696

 日暮れ時の僕の部屋で、スカート姿の僕を押し倒すと、ヨシト先輩は唇を重ねて来た。
 先輩は、僕の幼馴染のユウカの彼氏だ。ユウカはずっと先輩に憧れていた。決死の思いで告白してOKをもらった時は、僕の家に踊り込んで来て、泣き笑いしながら僕に報告した。
 僕はその報せに――顔では、笑って応えた。
 ユウカは、僕が家では常に女装していることを知っている。その上で今日、ユウカを通じて仲良く・・・

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死んで仕舞えと云って呉れ

15/10/08 コメント:1件 クナリ 閲覧数:642

 高校を出てすぐ、歌舞伎町の女装バーに入り浸るようになった。
 女になりたいわけでもないし、女装者を好む男に声を掛けられてもにべもなく断る。
 ただ、服と化粧で、女よりも綺麗になるのが楽しかった。

 歌舞伎町では、性を曖昧にしながら遊び回る僕に嫌悪感を示す人もいたが、気にしなかった。
 伽羅さんと知り合ったのは、僕が二十歳になる少し前の女装バーでだった。
 二・・・

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絞首台まで二メートル ――ミミタンの思い出――

15/10/03 コメント:6件 クナリ 閲覧数:919

 いつまで、こんな思いをするのだろう。
 朝、出社前にテレビをつけると、子供向けの番組がやっていた。
 今流行っているゲームか何かのキャラクタの着ぐるみが、アイドルと一緒にはしゃいでいる。
 CMに入ると、そのキャラクタのソーセージやふりかけの宣伝が流れた。
 一人きりのリビングで、ネクタイを締めながらそれを眺める。



 小学校の頃、週に一日、・・・

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噛み飽きた舌をまた噛んで

15/09/22 コメント:5件 クナリ 閲覧数:785

 噛み飽きた舌を、また噛む。
 もう、ものの味も分かりはしない。
 待ち疲れた傷跡は、とうとう塞がり始めた。
 治癒とは全く別の、自分の体と価値観が作り変えられて行く、怖気に似た感覚。
 痣になって残ったのは、屈辱と敗北。
 たぶん死ぬまで引きずって行く。

 蛇口に触れる手が震えなくなった
 でも
 毎朝のコーヒーを飲まなくなった
 治・・・

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スケイプ・ゴートとエスケイプ・シープ

15/09/07 コメント:5件 クナリ 閲覧数:858

 サトウキビ畑の夜は、風や、森から鳴る音でやかましい。
 その葉蔭で静かに合わせた唇を離すと、金四郎の視線が私の体を、月明かりに沿って素早く這った。
 二人とももう中学二年だ。薄いタンクトップは無防備だっただろうか。沖縄の男女は、早熟だと聞いたことがある。
「金四郎、どうしても本土の高校行く?」
「俺は、畑は性に合わん」
 金四郎はもう、自分のことをワンと言わない。<・・・

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モーリタニアまで(プリッと)愛を込めて!

15/09/07 コメント:6件 クナリ 閲覧数:1005

 僕とタカシが夏の夜の沖縄のビーチへ駆けつけた時、ミユキさんは下半身を海に浸けて立っていた。
 僕は彼女と初対面だが、月明かりの中でも格別の美人であることが分かる。
「ミユキ、夜の海は危ないと何度も言ったろう。早く上がるんだ」
 タカシが波打ち際から叫んでも、ミユキさんは力なく首を横に振るだけだ。
「よすんだ、タカシ。ミユキさん、あなたはタカシとは結婚できない。そうですね?・・・

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ふわふわのリアリスト――えっせえのようなもの

15/08/31 コメント:2件 クナリ 閲覧数:735

 ここの投稿の規定に、エッセイでも可――とはあるものの、私は生粋のエッセイというものを投稿したことがない。
 そもそもエッセイというのは、端から見ている分には面白いのだけど我が身で体感するのはちょっとヤだなあ、という経験を多く積んだ人が闊達に「事件」を書くから面白いのであって、私のように年齢も性別も隠したまんまの一山いくらの書き手なんぞが何を書いたところで、面白くとも何ともないはずである。<・・・

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ニュー・アニメ・パラダイス

15/08/29 コメント:6件 クナリ 閲覧数:753

 幼馴染のアキユキの右目にアニメが映ることに気づいたのは、私達が小学校五年生の時だった。
 私は母がアニメ嫌いで、家では観ることが出来なかったので、なんと有難い超能力だと大喜びした。
 学校から帰ると、私は友達と遊んで来ますと言って家を飛び出し、裏山の段ボール製の秘密基地でアキユキと落ち合う。
 彼の右目にはアニメ限定で、テレビの電波の受信、録画、再生の能力が宿っていた。お陰で深・・・

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吊られっぱなしのヘイト・ソング

15/08/15 コメント:3件 クナリ 閲覧数:1042

 メライ・メロは、恐らくは二十代前半の女性だ。
 ここ五年ほど、毎年夏に三日間行われるカーニバルの間、決まって僕を買う。
 買うけれど、三晩ともただ、手袋をした彼女の手を握って、話をして眠るだけだ。
 遮光カーテンに閉ざされた真っ暗な部屋に閉じこもっているメライの顔を、僕はまだ一度も見たことがない。
 彼女の肌の色も知らない。もしかしたら、以前迫害の果てに街から追放されたと・・・

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レゴとカルピスと夏と病葉(わくらば)

15/07/31 コメント:8件 クナリ 閲覧数:1282

 私が小学五年生の頃、同級生が登校拒否になったことがあった。
 彼はフィリピン人とのハーフで、外国人の血が入っていることが顕著な外見だったので、元々クラスで浮いていた。
 私も小学校三年まで海外で暮らしていたこともあって、何となく日本の学校で疎外感を覚え、彼に対して親近感を抱いていた。
 私と彼、共に決まって聞かれるのが「外国語が喋れるの?」だった。
 その度に「いいえ」と・・・

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シュガーキャッスル インザスカイ

15/07/24 コメント:14件 クナリ 閲覧数:1825

 ノコノコと呼び出されて来た夏の校舎の屋上で、同級生のタカユキの唇が血の香りを残して、私のそれから離れた。
 私は思い切り、タカユキの頬を張る。
「悪いけど私、喧嘩する人嫌いだから」
 ごしごしと、制服の袖で口を拭う。
「彼氏でもないのにのぼせていきなりキスする奴も嫌い。彼女がいるのに簡単そうな女にキスする奴も嫌い。私を簡単そうな女だとみなす奴も嫌い。じゃあね」
 高・・・

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美女とちんぴら薬

15/06/29 コメント:5件 クナリ 閲覧数:750

「いい男いないかなー」
 お悩みですね、美しい妙齢のご婦人。
「誰あんた」
 薬売りです。この『ちんぴら薬』をいかがですか。
「それ飲むと何なの」
 ちんぴらになれます。
「…なれます、っていうほどのもんかしら」
 人生のハードルが下がりますよ。
 例えば真面目で黒髪で眼鏡の男の子がいるとして。そういう子って、ある朝近所のおばさんにたまたま一度挨拶を・・・

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正気と狂気の交差点

15/06/29 コメント:9件 クナリ 閲覧数:1248

 放課後、私が家に着くと、玄関のドアが開きっ放しになっていた。
 中学二年生になったばかりの私は、両親と弟の四人家族なのだけど、ドアを開けておく癖のある人間は家族にはいない。
 嫌な予感がした。
 見慣れた家の玄関が、ぽっかりと口を開けて私が飛び込むのを待っている、得体の知れない怪物の口に見えた。
 朝出かけた時とは、家の中の空気の色が違って見える。
 何かが起きてい・・・

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空白罪――ガランとしていて片付かない――

15/06/15 コメント:4件 クナリ 閲覧数:925

 生家の二階で、先週他界した姉の部屋を掃除していたら、机の抽斗から、型落ちの携帯電話を見つけた。
 一ヶ月くらい前まで姉が使っていたもので、電源を入れると、まだ電池は少し残っていた。きっと、しまいっぱなしにして忘れていたのだろう。
 姉はとにかく、忘れっぽい人だった。まだ二十七歳だったけど、周囲からは「超若年性健忘症だな」などとからかわれていた。
 学生の頃から、学校へ行けば筆記・・・

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DARK ZOO

15/06/02 コメント:6件 クナリ 閲覧数:1113

 雨上がりの午後の動物園には、独特の匂いが立ち込めている。
 中学に入って一年近く経つけど、授業をさぼったのは初めてだった。

 パンダの檻の前へ行く。
 パンダに模様がなく、人間の関心を買わなければ、とうに絶滅していたかもしれない。
 可愛い、という価値観は恐ろしい。無意味なようで、人間という種族が関わると、あっという間に凄まじい熱量が注がれる。
 ――可愛く・・・

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渦中へ

15/05/31 コメント:2件 クナリ 閲覧数:691

 ボディガードまで付けられている自覚があるのか(ないのだろう)、深窓の令嬢となるべく育てられたはずの少女は、真っ青なドレスを翻してケイジロウを軽々と飛び越えた。
 京王プラザホテルの、パーティ会場に続く廊下である。
 それを追って、ケイジロウが砲弾のように駆け出した。
「お嬢さん、止まりな! 今日は跳ねっ返るのはよすんだ! 奇妙なことが起きてる!」
「私に命令しないで! あ・・・

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黒洞沼の鯰(くろうろぬまのなまず)

15/05/22 コメント:10件 クナリ 閲覧数:1301

 ――沼だ。沼が。
 ――光作なら、喰われたよ――

 江戸時代、特に元禄期は、生活を脅かす戦が長く遠のいたこともあり、大衆娯楽の一大隆盛期となった。
 特に、絵の類は質・量ともに無類の充実を見た。
 ただし、表があれば裏もある。
 江戸は小石川の片隅に、格別名もなしていない絵師が長屋暮らしをしていた。
 周囲の家々では、腕のない絵師が貧乏長屋で食いつめて・・・

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武士道考

15/05/19 コメント:4件 クナリ 閲覧数:912

 江戸時代と言えば、その長い太平期間に様々な文化が花開いた一大エンタテインメント期でもあります(多分)。
 そんな時代に確立された概念として武士道があります。
 この武士道が、平和な時代の新たな規律として彼らに降り立ったわけですね。

 これは逆に言えば、それまでの時代には武士道というものが存在しなかった(個々の信条はあっても、体系立てられてはいなかった)ということになりま・・・

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路地裏のコーヒーとメロンソーダ

15/05/09 コメント:6件 クナリ 閲覧数:1443

 五月の夜は、あのやかましい葉桜が見えなくなって、気分が良い。
 僕はスカート姿で、路地裏の自動販売機の紙コップに、安いコーヒーが注がれるのを見ていた。
 良い匂いがする。でも、苦いだけで美味しいわけじゃない。
 触れるまでは良い気持ち。似たもの同士だから、つい飲んでしまうのかもしれない。八十円のコーヒーとお友達。楽しいね。
 僕が紙コップを自販機から取り出すと、横にいたナ・・・

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眼鏡をかけた、頭が良くない小学生のディアレクティークに身を寄せて

15/05/01 コメント:9件 クナリ 閲覧数:1348

 高校二年の秋の合唱際を控えたある日のHR。先生が、
「バイオリンが弾ける人はいない? 今度の歌では、ピアノに加えてバイオリンも演奏に欲しいの」
とクラスに呼びかけた。
 首を縮めている私の後ろで、誰かが声を上げた。
「村瀬さんが昔やってました」
 ふざけんな、と叫びたくなる。
「村瀬さん、そうなの。じゃあお願い。ピアノは前に決めた通り、杉村君ね」
 杉村・・・

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15/04/26 コメント:9件 クナリ 閲覧数:890

 夕暮れを映した海の水面から、無数の水滴が、空を覆う雲へと遡っている。
 昨日から続く雨が、今は映像を逆再生するように、上空へ吸い込まれて行く。
 時間が、戻されていた。
 つい今ほど自分の足で海の中へ歩んで行った彼女の頭が、波間から後ろ向きに上がって来た。
 白いワンピースの背中が見え、腰が現れ、ついには足まですっかり砂浜に上がる。
 時間は、どんどん戻って行く。彼・・・

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新宿ブレイカーズ!

15/04/07 コメント:6件 クナリ 閲覧数:1198

新宿の街の裏側は、雑然と汚れていた。
まだ昼過ぎなのに変に薄暗い。
雑多で歪な建物の間を縫い、私はひとつのドアの前にたどり着く。
黒ずんだ看板に、「相談屋」と書いてあるのがかろうじて読み取れた。
その時、
「何か御用ですか」
後ろから声をかけられ、私は飛び上がった。
振り向くと、私よりも一回り小柄な黒髪の少年が、こちらを見上げている。
「高校生ですよ・・・

2

剛速球投手が夢だった

15/04/06 コメント:4件 クナリ 閲覧数:1022

甲子園が掛かったマウンドで、俺の右肩の痛みが鋭さを増した。
タイムを掛けて駆け寄って来た監督に、頭を叩かれた。
「大野、今の一球は何だ。いきなりアンダースローなんて、ふざけてるのか」
「ふざけてません。もう、上から投げられないんです。肩が」
1-7でこっちが負けてる七回裏、ツーアウト二三塁。
打席に立っている敵チームの片山は、今日既に俺から三安打の難敵。
なのに・・・

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大きな土地の物語

15/04/06 コメント:8件 クナリ 閲覧数:911

大きな土地に、たくさんの褐色の家族が暮らしていました。
家族達はお互いに助け合いながら、逞しく狩りをしたり、森の木の実を採って暮らしていました。
彼らは、藁でできた軽くて柔らかい家に住んでいました。
褐色の家族達は、季節が変われば住む土地を移らねばなりません。
そのためには簡単に作ったり壊したりできる、藁の家が一番よいのでした。

ある日褐色の家族達の下に、白い・・・

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サキュラ・スカートと君の死体

15/03/27 コメント:7件 クナリ 閲覧数:880

 僕らが十四歳の時。
 十五歳連続殺人事件、と呼ばれる凶事が、僕らの街で起こった。

 冬の夜の廃墟は、数年前に遊び場にしていた時よりも、一段と寂れていた。
 幼馴染のキリエと一緒にここに忍び込むのは、随分と久し振りだった。
 共に片親だった二人は、お互いにだけは、自虐も遠慮もせずにいられた。
 特別、だった。
 廃墟の大振りなテーブルの上に横たわった体を・・・

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アバドン・グール・ガール

15/03/15 コメント:9件 クナリ 閲覧数:1505

夜明けが近づくと、吐き気がする。
私と世界を優しく閉ざしていた蓋が開き、今日も空はあの、暴力的な青へと変わる。
鳥が啼き出す。
一声ごとに、私の内臓が鈍く重く、下腹部へ落ちて行く。

登校の支度は、無心になれば楽だった。
けれど、全ての準備が終わりに向かうと、思考能力が戻って来る。
お腹の中が腐り落ちる感覚が、繰り返す。
これが、いつまで続くのだろう・・・

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メドラロイトの二つの学校

15/03/09 コメント:6件 クナリ 閲覧数:997

紆余曲折を経て日本に嫁いで、今日では私も、随分老いた。
その今でもなお忘れられない、子供の頃の恐ろしい思い出がある。
日本に来た頃、夫やその友人などにその話をすると、
「それァ塗り壁だね」
とよく言われた。
道に突然立ち現れる、一枚壁のモンスターらしい。
そりゃ貴重な体験だねと、皆が笑った。
私も、釣られて笑った。
ようやく私は、あの思い出を笑えるよ・・・

5

ジェラシカル・パレードハイウェエ

15/03/03 コメント:10件 クナリ 閲覧数:1212

いつも通りの朝、私は友達のユッカの家のチャイムを押した。
中学生になってから毎朝の習慣で、もう一年以上も続いていることになる。
おばさんが出て来て、いつも迎えに来てくれてありがとうね、と言って私をユッカの部屋に通してくれた。
ドアを開けると、ユッカが窓から外を見ながら仁王立ちしていた。
「ユッカ、遅れるよ」
「マナミ……やっぱりワシは、いつか世界を征服してしまうような・・・

5

妬きの野伏さり

15/03/02 コメント:11件 クナリ 閲覧数:1415

まだ日本に、本格的な重工業が興る前の話である。
ある山中の村で、人死にの出た庄屋の屋敷を検分していた役人二人が、顔をしかめた。
「ひどいわ。幼い娘は首を絞められ、母はその隣で胸を包丁で突かれ」
「やれ、父親の平助も庭の蔵で死んどる」
蔵の中で、平助は衣服を乱して転がっていた。だが、外傷はない。
「こいつは何で死んだんやろう」
「強盗なら、全員刺し殺しとるわのう」・・・

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僕の目の前で、親にドブネズミと言われた少女

15/02/14 コメント:13件 クナリ 閲覧数:1884

渋谷駅を出て、会社への近道になる裏通りへ入る。
すると脇の建物から、いきなり高校生くらいの女の子が転がり出して来た。
その建物の入り口には、似たような年格好の女子が三人程立っている。
「大げさに転ばないでよ。あんた、池袋かアキバに行けば」
転がって来た子は、成程、ヘッドドレスからロリータワンピース、リボンパンプスまで、ゴシックロリータで決めていた。
その子は三人を睨み・・・

8

芥(ごみ)

15/01/27 コメント:12件 クナリ 閲覧数:1395

少年の頃、私は、両親と祖父母と共に暮らしていた。
小学校五年生の時、ユムラ君という友達が出来た。
近所を流れる浅い川の水が温む頃、彼は初めて私の家へ遊びに来た。
私の家の庭先には物置同然の蔵があり、その中に、古い兜があった。
見事な三日月を天頂に乗せたそれを私が被り、戦国武将ごっこをやった。
私にはその兜が、さしたる取り柄もない自分の唯一の自慢の種だったので、決してユ・・・

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ガソリンアレイのエチュード

15/01/16 コメント:5件 クナリ 閲覧数:919

隅田川沿いの長屋通りに、子供は、僕とフユカだけだった。
フユカの親が彼女に与えた最初の玩具は、何かの貰い物だったらしいキイボードだった。
フユカは朝から晩まで、鍵盤を叩き続けた。小学校を卒業する前に、
「私はクラシック奏者になるぜ」
と、ロッカーの方が似合いそうな、父親譲りの蓮っ葉な言葉遣いでのたまっていた。
僕がピアノを始めたのは、フユカの傍にいたかったからだった。・・・

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隣のトイレのギリザギ

15/01/11 コメント:8件 クナリ 閲覧数:961

便所飯、をご存知だろうか。
クラスに友達もいなければ居場所もない孤独な奴が、誰の視線にも犯されず、誰とも何の影響も与え合わないで済む空間としてトイレを選び、その個室にこもってゆっくりと昼食を摂ることを言う。
僕は中学二年生にして既に、便所飯のプロだった。
隣でどんな音が響こうが、どんな匂いがしようが、全くたじろぐこともなくおいしく昼食を摂ることができる。
とにかく、友達がい・・・

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墜落広場の少女

15/01/05 コメント:7件 クナリ 閲覧数:905

自分に何が起きているのかは、症状から、解っている。
治すつもりもない。
僕は早く、
僕では、
なくなってしまいたい。



僕がそのだだっ広い敷地に立つと、遮る物の無いアスファルトの上を、十一月の冷たい風が渡った。
昨年まで機能していた空港は、たった一つのトラブルを契機にして今は廃墟となり、揶揄を込めて墜落広場と呼ばれている。
厳密に言・・・

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友達ではなく、仲良くもなかった

14/12/18 コメント:5件 クナリ 閲覧数:1128

 私が小学生の頃に暮らしていたのは、傾きかけた木造アパートだった。
 隣の部屋には、同じクラスのナグモさんが住んでいたけど、特別仲良くはなかった。
 ナグモさんは運動が得意だったけれど、日がな一日サッカーに興じる彼女に、女子の友達はいなかった。女に劣ることを恥じる男子達も、彼女を敬遠した。
 私はいじけた性格で、家でグッピーに餌をやるのだけが楽しみというインドア派であり、また生ま・・・

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フレアスカートと花の死体

14/12/01 コメント:11件 クナリ 閲覧数:1283

 十月の夜、制服から着替えて外に出た。
 素足にスカートではもう肌寒い。高校に入って最初の冬が、迫っている。

 夜の散歩は、すっかり習慣になっていた。
 先月飛び降り自殺があった歩道橋を上がると、真ん中辺りに花束が置いてある。
 そのすぐ脇で、高校生らしい女子が、今にも落ちそうなくらい乗り出して下を見ていた。
 つい、
「あのう、危ないですよ」
 ・・・

5

錯乱ウィッチズ・ライフ

14/11/28 コメント:5件 クナリ 閲覧数:873

 やはり、学校では教えられないものもあると思う。
 だから夜遊びをしていいということには、ならないけれど。
 私は、優等生の妹の足を引っ張るなとよく親に言われた。その都度、妹は横で笑っていた。
 あの笑い声から逃がれられるのは、夜の中しかなかった。
 夜の時間は、あまりにも居心地が良かった。暗闇が、嫌なことを全て隠してくれた。
 大して葛藤もなく、高一の春には体も売っ・・・

7

剣花のことわり

14/11/20 コメント:7件 クナリ 閲覧数:1334

池田屋事件の後、乱戦の中で昏倒した新撰組の沖田総司は、しばらく体の不調を引きずっていた。
そのせいで慢性的な具合の悪さに慣れていた分、彼の死因となった結核の発見も遅れた。
彼は医者や関係者に何度も江戸に戻って静養するよう勧められているが、
「いやあ、ご免ですよ」
と全く取り合わない。
剣を握れば稽古でも実戦でも人に後れを取らないので、周囲はそれ以上強く沖田に言えずにい・・・

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魂腐劣腐 チルドレン

14/11/04 コメント:16件 クナリ 閲覧数:1632

十七歳の誕生日が、僕にもやって来た。
僕は、オタクである。
しかもメジャー作品にしか手を出さないあまちゃんなので、オタクヒエラルキの中でも底辺にいる。
趣味ですら色んな意味で取り柄になり得ない、というコンプレックスを抱きながらも、自分でも絵を描くようになったのは、中学三年生の時だった。
もちろん、受験勉強からの逃避がきっかけである。
『テスト前の部屋の掃除理論』により・・・

7

水底で、両手いっぱいの野ばら

14/10/26 コメント:12件 クナリ 閲覧数:1555

死体そっくりに育つ野ばらの話を、聞いたことがあるだろうか。
使用人の息子だった僕を、領主の娘のマルエルがこっそり庭園の片隅へ連れて行き、その野ばらを見せてくれた時、僕らは十三歳だった。
マルエルは、知り合いの魔女から教えてもらったのだと言って、壊れた石垣の付け根から伸びる、その野ばらを指差した。
なお、僕はその魔女とやらを見知っていたが、ただの変わり者の老女である。
野ばら・・・

4

歌と水と、猛スピードの街

14/10/11 コメント:6件 クナリ 閲覧数:811

『歌と水の街』は、大陸の端にある、一大芸能都市である。
石造りの街中を水路が縦横に走るこの都市の最大の売り物が、宮殿のような歌劇堂で催される少女歌劇だった。
歌劇堂には女子寮があり、十代から二十代の少女が二百人近く押し込められている。

ある春の日、十五歳にして歌劇団のトップシンガであるジュシュ・ミグナッハの個室に、同期の少女が飛び込んで来た。
「大変よー、ジュシュ!・・・

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路地裏の、誰も聞こえない咳

14/09/26 コメント:14件 クナリ 閲覧数:1606

『僕は、吃音だ。
けど、知的障害よりも生き易い、ということもない。
人は、目や耳の不具合には寛容な愛を示すが、発音の不自由は、甘えや、工夫の不足とみなす。
吃音持ちに「ゆっくりでいい、はっきりと話してごらん」と言うのは、盲目の人に「頑張って、よく見てごらん」と言うのと、同じだと言った人がいる。
僕もそう思う――』

一九六九年、ポーランドの少年、イギール・ポンセ・・・

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ミッシング コントレイル

14/09/14 コメント:16件 クナリ 閲覧数:1340

空戦において、僕だけが敵を撃てる位置関係をAとする。
その逆をBとする。
互いに互いを撃ち落とせる位置取りをCとする。
射程外がD。

十五歳で戦闘機に乗り出してからの四年間、僕が空戦の際に守り続けたのは、Bは厳禁、Cは四秒以内に離脱して、Aに出来る限り留まる――というルールだった。
殆どの先輩が、机上の空論だと笑った。またその殆どが、この辺境基地の空に散った。・・・

7

奴隷じゃないよね優しさは

14/08/28 コメント:10件 クナリ 閲覧数:918

私が小学生の時、近所に一学年上のユウ君という男子がいた。
ユウ君は滑舌が悪く、頭もあまりよくなく、運動も苦手だった。
意志の疎通は出来たけど、明らかに歳相応の円滑さに欠けていた。
そのため、低学年の段階で既にイジられ役としての位置を確立し(いじめと言えるものまであったのかどうかは知らない)、友達は少なかった。

ユウ君とは、私が五年生の春くらいまで、よく遊んだ。

7

最後に、私だった日

14/08/11 コメント:13件 クナリ 閲覧数:1397

僕が中学生の時に始めた詩サイトへの投稿は、高校一年生になった今でも続いていた。
暗く自虐的な僕の詩は、僕の年若さもあって高く評価され、今では僕はサイト内のトップランカだった。
対照的に、学校生活は冴えなかった。
何人かの女子と付き合ったけど、皆、すぐに別れた。
どうやら、僕が無意識に、パートナに文系の感性を求め過ぎるのが大きな原因だと思われた。
よく、彼女達に「バカな・・・

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笑顔と謝罪の崖っぷち

14/07/31 コメント:11件 クナリ 閲覧数:1237

最初に職場でその男を見た時、私は
「こいつ駄目だ」
と思った。
何が駄目って、私が駄目だ。
筋張った体つき、癖っ毛具合、伸びた背筋、ストライクにも程がある。
その年下男は私達の支店に転勤して来たその日に、私の心を鷲掴みにしてしまった。

私は会社ではただ一人の女の営業職であり、それなりに結果も出している。
ただ、正直、鉄砲玉然とした私の仕事ぶりを、周・・・

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楽園のシーツ・チルドレン

14/07/17 コメント:12件 クナリ 閲覧数:891

大陸の端に、寂れた街があった。
昔の塹壕と川が繋がって水路となっており、縦横に街中を走る為、農地化も難しい。
廃墟同然の家々は公然の子捨て場所となっており、近隣からの孤児が多く住みついていた。
「俺ら、シーツ・チルドレンて言うんだってよ。金無くてシーツを服にしてるから」
キイルリが言うと、シュロが笑った。
共に十五歳。二人でこの街の孤児を束ねている。
「金が欲し・・・

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悲しさは、誰も知らない理由たち

14/06/30 コメント:6件 クナリ 閲覧数:877

金村洋子が踏切に飛び込んで死んだのは、彼女が中学二年の、夏の深夜だった。
両親の離婚や校内でのいじめも重なっていたのだが、本人が辛そうな素振りも無く飄々としていたので、年若い担任の小倉香苗はつい洋子の救済を後に回していた。
洋子の自殺に、偶然居合わせたのも香苗だった。
制止しようとして駆け寄る香苗に、英語が苦手な筈の洋子が、
――Do you know how many t・・・

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淵の底の泥と月

14/06/17 コメント:11件 クナリ 閲覧数:1297

高校一年生の夏、私が髪をばっさり切った時、周りの誰もそれを話題にしなかった。
母にはそんな余裕がなかったし、父は警察に連れて行かれてもういない。
高校でも、春先に父が起こした事件の報道を受けて、私はクラスの汚物として扱われていた。
豊かな社交性が自慢だった母は、今では小さく背中を丸め、蚤の様に暮らしていた。少し禿げた気がする。
私は私で、中学の時の友達に電話するのさえ、人に・・・

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路傍の時代(とき)にて ――Madder Nightfall on the Road

14/06/06 コメント:9件 クナリ 閲覧数:1009

明治維新が成り、日本が新たな舵を切って後。
一人の男が、板橋の地をさ迷っていた。
壮年近くに見える男は野太い杖をつき、近隣の民家を一軒ずつ訪ねる。
「近藤勇の亡骸を、ご存知ありませんか」
と問うが、答は芳しくない。
近藤が板橋で斬首されてから十年。京の不逞浪士を震撼させたその名が、もう忘れ去られようとしている。
手掛かりは、この地のみ。
男は荒れ野の只中で・・・

4

池田屋事件 後篇 ―― the Collapse and Nativity

14/06/01 コメント:5件 クナリ 閲覧数:733


 池田屋では、一騎当千の二人による、しかし絶望的な戦闘が続いていた。
 外へ逃げ出そうとした浪士が一人、その為に集団から離れ、永倉は容易にその背中を切り下げた。
 ぎぃゃっ、という重い叫びを聞いて深手を与えたことを悟り、振り向いた永倉のその先には、厠へ逃げ込もうとする別の浪士がいた。
 永倉が追いすがる。
 浪士は厠に飛び込む。
 永倉が弓を絞る要領で刀を引き・・・

3

池田屋事件 中篇 ――the Tempest with Howling Edges

14/06/01 コメント:4件 クナリ 閲覧数:797

 池田屋の店主は、近藤をひとまず押しとどめようとした。
 だがそれが到底叶わぬと分かると、二階へ向かって「皆様方、御用あらためでございます!」と大声で叫ぶ。
 二階と言っても、すぐ横に伸びている表階段とは違う方向へ主人が声を放ったのを、近藤は見た。
(裏階段か!)
 近藤はそう察し、すかさず、
「総司、二階だ。永倉君と藤堂君は下」
と命じた。
 四人は二手・・・

3

池田屋事件 前篇 ――Blaze versus Blades

14/06/01 コメント:4件 クナリ 閲覧数:763

 新撰組は、京の治安を守る為に組織された、江戸幕府は京都守護職に用いられた剣客組織である。
 ことあらば刀を抜いて不逞浪士を斬った、という印象を持たれていることもあるが、主な任務は捕縛である。
 斬り殺した人数で言えば、不逞浪士よりも、粛清された身内の方が記録に多い。
 当初の彼らは、京の人々から恐れられたと言うよりも、田舎から上がって来た浪人同然の蛮人の様に受け止められていた。・・・

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光明流転の剣 like a Rolling Stone

14/05/27 コメント:6件 クナリ 閲覧数:863

幕末。
三日月が薄く照らす夜の京都を、駆ける者達がいる。
逃げる人影が三人。追うのが二人。
逃げている内の一人が、
「もう戦おう」
と言ったが、他の二人が首を横に振る。
だが、先程の一人は鯉口を切って振り返った。
「玄、お前ッ」
咎めながらも、残りの二人も意を決して足を止め、抜く。
玄と呼ばれた男が、先頭に立って追っ手に相対していた。
追・・・

4

リヴァイアサンの指先で ――ザジ・ウィンストンの方便――

14/05/19 コメント:7件 クナリ 閲覧数:1021

『歌と水の街』は、大陸最大の芸能都市である。
立身と凋落が頻繁に氾濫する街の治安は、年々悪化していた。
街を統治する貴族院運営の歌劇団は私兵を構え、やがて公務を兼任する形で街を取り締まった。
が、既に腐敗した街の兵士の質は悪い。
彼らの市井での横暴への反発が、いつしか、革命兵と呼ばれる貴族院転覆を狙う反体制集団を生んだ。



街の中を縦横に走る水・・・

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憧憬甘傷クレピュスクル

14/05/08 コメント:12件 クナリ 閲覧数:1032

秋の日曜日、閉館間際の図書館には人影もない。
西日が差す中、私は古い小説をカウンタに置いた。
「先生、これ借ります」
「僕はもう、先生ではないよ」
倉科先生は、私が高校受験の時に通った塾の講師だった。私が高校二年になった今は、ここで司書をしている。
無表情な先生といると、緊張のせいか自分が嫌いな自分がどんどん出て来て、泣きたくなることがある。
それでも、つい会い・・・

2

斎藤一 沈黙と実生の剣

14/04/24 コメント:5件 クナリ 閲覧数:849

大正四年のある日。
東京の真砂町で、一人の老人が胃潰瘍をこじらせて死去した。
老人は自らの死期を悟ると、床に伏せるのではなく、武士らしく死を迎えんと床の間に座して逝ったという。
その頃、彼の経歴を知るものは、既に彼の周囲には多くなかった。



少し時は遡り、明治末期。
ある剣人が、道端で空き缶を木に吊るし、竹刀で突く稽古をしていた。
彼・・・

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異能 The black Lantern of darkness

14/04/11 コメント:16件 クナリ 閲覧数:1344

新撰組の構成員はその殆どが、幹部による検分を経て入隊している、腕利きの剣客達である。
それは、剣だけが能、という人物の寄せ集めとも言えた。
その中で、監察の山崎烝は少々訳が違う。独自の人脈、金策の腕前、更には医療の心得など、この人斬り集団の中では異能と呼べる類の才に優れていた。
ただ、信用に足る記録に乏しく、未だもって謎の多い人物である。
立場上、斬り込みの際に最前線へ立つ・・・

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雨上がりの昼間に

14/03/31 コメント:8件 クナリ 閲覧数:898

朽ちた木造の平屋の中、郵便ポストくらいの大きさのロボットが、錆の浮いたアームを器用に動かして、居間を掃いていた。
外では随分強く雨が降りしきっていて、昼だというのに真っ暗だった。
無人のぼろ家の中にも、雨は容赦なく降り込んだ。
ロボットの関節が、浸水と錆と目詰まりとで、ぎしぎしと音を立てている。
屋根の破れた家で、度重なる雨を直に受け続け、ロボットにはとうとう寿命が近づいて・・・

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屋根の下の傘

14/03/30 コメント:11件 クナリ 閲覧数:1113

志波周(しばあまね)が新撰組に加入したのは、二十五歳の時、池田屋事件の直前だった。
一番隊に配属された周の上司は、かの沖田総司である。当時二十歳かそこらの若者に、周はよく仕えた。
甲州浪人だった周にとって、家柄や格式は然程重要ではなく、ただ武士らしく戦うことに価値があった。新撰組に入ったのも、武士の身分の下、思う存分剣を振ることが出来たからに他ならない。
だからこそ周は、稀代の剣・・・

4

ぼくら、ブレェイブ・ソルジャアーズ

14/03/13 コメント:6件 クナリ 閲覧数:984

9回裏、6-5。1点リードのマウンドで、俺は額の汗を拭った。
あとワンナウト取れば甲子園だ。
俺以外の選手は、先輩も含め、並みかそれ以下。それでも、皆で甲子園を目指して、必死で練習した。
そうしたら、万年一回戦負けだったらしい我が校は、一年生エースの俺の踏ん張りの下、ついにここまでこぎつけた。
だが、ツーアウトツーナッシングながらランナー一・二塁という大ピンチ。バッターボッ・・・

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47分後から今も続く誰そ彼

14/03/11 コメント:6件 クナリ 閲覧数:1295

ゲームセンタが、友達一人いない、高校一年生の僕の居場所だった。
僕が気に入っていた対戦格闘ゲームは、誰かが一人でCPU戦を遊んでいる時に、背中合わせに置かれた筐体の向こう側から、他人が乱入して対人戦を遊べる仕様になっていた。
中学の頃からこれまでに何百回も勝負を挑まれ、殆どを返り討ちにした。最後に負けたのがいつだかも忘れた。
これに飽きてしまったら、何をして寿命までの暇潰しをしよ・・・

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赤いドレスの森の夢

14/03/03 コメント:11件 クナリ 閲覧数:1134

かつてその敷地は、ある“需要のある廃棄物”の置き場所だったが、一つの事故をきっかけに今は廃れ、一面灰に覆われていた。
その灰の上を風が撫で、か細い緑が少しずつ芽吹く。
意味があろうと、無かろうと。



廃棄生である僕は、『棄てられた森』の最奥にあるこの学校の敷地から出たことがない。
全校生徒が廃棄生だが、ここでの生活は普通の全寮制の高校と変わらないらし・・・

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緒方は僕を見つめて、

14/02/24 コメント:11件 クナリ 閲覧数:1508

緒方早苗がクラスの中でされていることを、俺が緒方のおばさんに勝手に話したのは、単に、俺がその状況に耐えられなくなったからだった。
あなたの娘さんは中学校でいじめられていますよ、などとは言わず、緒方の受けていた被害をなるべく冷静に、事実のみを淡々と説明した。
緒方がいじめられている、と言っていいのは、この世界で緒方だけだと思った。

おばさんはその日のうちに学校に問い合わせ、・・・

7

バースデイ ワンス モア ―歌を教えて、エンリッヒ―

14/02/16 コメント:11件 クナリ 閲覧数:1136

劇場の窓から眺める街は、霧雨に包まれ、水底のよう。
大陸最大の芸能都市、『歌と水の街』の合唱団の花形たる私でも、空模様は好きに出来ない。
二十二歳。今日までに、同期は次々脱落して行った。一様に「リアリ、あなたは才能があっていいわね」と言い残して。
両親は昔、革命派を気取った強盗に殺された。私は道端で歌って物乞いをし、幸運にも合唱団に見出されて拾われた。
歌い子としての価値が・・・

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自殻自壊のマズルカ

14/01/30 コメント:18件 クナリ 閲覧数:1584

刀子が、変な名前だと小学校でからかわれているのを、僕と克己がかばったのがきっかけで、僕らの交友は始まった。
いつも三人で遊び、三人で学んだ。
中学の時に刀子が担任の木島先生に恋煩いをしているという吐露を受けて、男二人は自分達の気持ちに気付き、やがて彼女の初恋があっさりと冷めたと聞いて、共に安堵した。

僕らは同じ高校に進学した。
僕には何人か女友達も出来て、その内の一・・・

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くさりの歌

14/01/21 コメント:14件 クナリ 閲覧数:1378

同級生の翔子がロザリオに祈りを捧げる格好も、随分板に付いて来た。
女子中学生が冬の夕暮れの公園で十字を切っているというのは、少々異様かもしれないが、これが彼女の習慣だった。

二人とも、自分の家が好きじゃない。
我が家の両親は子供を荷物としか思っていなかったし、翔子は父親が早世した後、ひっきりなしに男を家に連れ込む母親を心底軽蔑していた。
私達は共に、“可愛そうな子・・・

5

漫才『浮気』

14/01/20 コメント:9件 クナリ 閲覧数:1018

なんでしょうねえ、もう、人類がいくら進化してもやってしまうんやろなあ、いうこともようけあってね。
「まあ、そんなに変るもんじゃないでしょうからね」
ヒトという種が背負ってしまった業みたいなもんなんですよ。
後の時代から見るとほんまにしょうもないことなんやけど、別にいいかと思ってやってしまう。それなりに偉い人とかでもですよ。
「そういうもんです」
俺が何のことゆうてるか・・・

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二角獣のtestament

14/01/06 コメント:11件 クナリ 閲覧数:1125

「あたしねえ、子供産んで、ほんとによかったと思ってるよ」



母がマンションの四階から飛び降り自殺をした時、僕は十四歳だった。
母は昔から精神に疾患を抱えていて、自殺はそれに起因するものだと誰もが言ったし、それは恐らく当たっていた。
親族にも厄介者扱いされており、父以外にはあまり味方のいない母だったが、弟の謙介叔父さんとだけは仲が良かった。葬式の手伝いに・・・

3

ミイコの歌

14/01/06 コメント:6件 クナリ 閲覧数:892

冬晴れの十二月。
私は家の縁側で、ぼうっと座っていた。
昨日の夜、ミイコが息を引き取った。
私が産まれてから十三歳になる今まで、ずっと一緒に暮らしてきた。
うちは古い木造家屋の平屋で、居間の片隅にミイコのお気に入りのスペースがある。
冬でも朝から夕方まで日が当たるその場所で、ミイコはよく丸まるようにして寝息を立てていた。
でももうどこにも、ミイコはいない。

6

あなたは壊れたね

14/01/05 コメント:10件 クナリ 閲覧数:1318

平成二十六年のLED照明は、闇とは即ち悪だ、と断ずるような酷薄な明るさを無感情に放っていた。
僕は、十二歳になる息子と二人、2LDKの中央に鎮座するテーブルで遅めの夕飯を取っていた。
「お父さんもな、昔苛められていたことがあるんだ」
自分としては勇気を振り絞った告白だったが、息子の返事は「ふうん」とつれない。
「最近のは悪質らしいな。ネットを使ったり、ねちねちと遠まわしだっ・・・

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ANY OLD PORT IN A STORM ―再会のサイン―

13/12/26 コメント:10件 クナリ 閲覧数:1152

彼女を恨んだことはない。
共に高校を出てすぐのあの日、この国を去る彼女は酷く泣いていた。
僕らの恋が、彼女の夢を阻んでいい筈がない。彼女は正しい。

僕は、この学校の教師になると決めた。
彼女と過ごしたこの場所こそが、僕の居場所であることは、きっと永遠に変わらないからだ。



昭和のある時期。
ハインツ・コイルフェラルドが英国から東京・・・

6

漫才「スライダー」

13/12/15 コメント:12件 クナリ 閲覧数:1045

「野球の醍醐味ってね、結局はピッチャーとバッターの対決なんですよね」
「まあ、一番のメインですよね」
「だからいろんなテクニックもルールも、一番白熱するのはそこなんですよね」
「まあ、フライ処理とかよりはルール細かくなります」
「で、最近になっても新しい変化球ができよるんです。ツーシーム、カットボール……もう、右とか左とか、曲がる方向ですら分類できないわけですよ。手元でちょ・・・

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その旅の供は、猫と青空

13/12/09 コメント:17件 クナリ 閲覧数:1314

幼い頃に、岩がむき出しのこの地下室に僕が閉じ込められてから、もう何年経つのかも解らない。数歩で横切れてしまう狭く歪な空間が、今の僕の世界の全てだった。
木板を敷いただけのベッドで寝起きし、傍らの溝を流れる水が生活用水。溝は上流に開いた穴から下流に開いた穴へと続いているが、穴は僕の頭くらいの大きさしかないので、ここから脱出はできない。
日に一度、天井の窓のような蓋が開いて粗麦パンが吊り降・・・

9

雪をわたり、蝶にのる

13/12/03 コメント:12件 クナリ 閲覧数:1560

桜も盛りを過ぎた頃の休日、私は大きめのハンカチを手に、昼の山道を歩いていた。
振り返ると、先日卒業した短大が麓に小さく見える。
冬は雪の降る地域なので、春になっても肌寒い。
そこここに、山桜の花弁が散っていた。



あの日、気付くと私は、円筒状の建物の底にいた。
苔むした、石造りの塔のようだった。
塔内部の丸い空間は、私が数歩で横切れる程度・・・

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雪響 ――ミグナッハはかく歌い――

13/11/22 コメント:19件 クナリ 閲覧数:2157

私が十九歳で、合唱団最高格の歌姫を辞め、駆落ちした夜は、酷い雪だった。
大陸の端の一大都市、『歌と水の町』の冬。
貴族院付きだった私の逃亡は、団の名に泥を塗ることになる。<脱走死罪>の団の私兵をやり過ごすために私達は雪に潜り、長い時間、道端に伏せた。
追手が諦めて去る頃、私に覆い被さった恋人は凍死していた。私も寒さで病み、お腹に宿していた命が流れて散った。
歌う為に生きてき・・・

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ヘンデ・ホッフ、ベラルーシ

13/11/07 コメント:18件 クナリ 閲覧数:1797

『リグルフ様へ

お目覚め、いかがでしょうか。
今貴方のいる、この窓もない小部屋は、亡父の友人の助力で建てたものです。ここから出るには、目前のドアの錠をを開けるしかありません。しかし鍵は、生きて貴方の手に届く所にはありません。
随分お歳を召した貴方をここへ閉じ込めた理由は、貴方が大戦中、同胞である私の父を撃ち殺した、その意趣返しに他なりません。
重傷の兵士が、負担にな・・・

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十一月に噛み裂いた花

13/10/31 コメント:18件 クナリ 閲覧数:1733

未明の、自分のアパートの不燃ごみ捨て場の中。
私は、壊れた机らしい木組みに挟まれてうずくまっていた。
短大に通い始めてふた月が経っていたが、友達はできず家族とも没交渉の日々。
こうしてごみの中にいると心が安らぐのは、自分をごみのようだと認識しているからなのだろう。
ふと、目の前で足を止めた人がいた。高校生くらいの、痩せた男子。
これは趣味なので放っておいて、と言う前に・・・

4

桐ノ倉事件 その後

13/10/17 コメント:8件 クナリ 閲覧数:1127

高校生が実の父を刺殺した事件は、町を揺るがすニュースとなった。
犯人である桐ノ倉トオルは死んでいたため、その衝撃は極端に周囲の地域へ波及することは無かったが、やはりトオルの通っていた高校へは警察が知る限りの事情を聴かせて欲しいと訪ねて来た。

校長らからの話を聞き終えた刑事達が帰ろうとすると、授業中にもかかわらず、昇降口の前で彼らを待ち伏せしている女子生徒がいた。
また別の・・・

4

桐ノ倉家の殺人

13/10/17 コメント:4件 クナリ 閲覧数:997

桐ノ倉トオルという少年が、実の父を包丁で刺し殺す事件が起きたのは、彼が高校二年生の時だった。
母と、中学三年生になる妹とともに四人家族で一戸建ての家に暮らしていた。
外から見れば、特別なことも無い、よくある家庭のひとつだった。
ただ、最近、その妹が自室に引きこもってしまっていることを除いては。

夏休みがとっくに終わって秋が深まろうとする頃、ようやくトオルは、二学期で・・・

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桐ノ倉事件を見た日

13/10/17 コメント:4件 クナリ 閲覧数:1135

私が中学生の時、一度だけ肝試しに行ったことがあった。
一度だけというのは、その時の体験が怖くて、二度と心霊スポットに足を運べなくなったためだったりする。

私の家の近くに、『桐ノ倉邸』と呼ばれる一軒家があった。
邸、などと言ってもごく普通の二階建ての一軒家なのだけど、数年前にここで、土地の人が『桐ノ倉事件』と呼ぶ殺人事件が起こったため、少し飾ってそう呼ばれている。
家・・・

5

再生は、喪失の中で

13/10/12 コメント:8件 クナリ 閲覧数:1876

睡眠薬なしでは眠れなくなってから、どれくらい経つだろう。
二十代も終わろうとしている今、働きもせず、私は狭いアパートの隅で、虫のように暮らしていた。
水商売をしていた頃には堅気じゃないお客も来て、時には物騒な都市伝説を教えてくれもした。
「人殺しが死ぬ間際には、走馬灯の中に必ず自分の殺した奴が出て来るんだと」
刺激的だったのは、話ばかり。
今は荒れた畳の上に転がり、カ・・・

9

名前のある椅子 ―アナ・メルフトの記述―

13/09/24 コメント:10件 クナリ 閲覧数:1366

月夜の石畳の上で、一匹の野犬を前に、私は微動だに出来ずにいた。
十四歳の夏。大陸でも有名な水上都市、『歌と水の町』の劇場の歌い子として稽古に明け暮れていた私は、密かに月光浴をするのが唯一の楽しみだった。
けれど、路地裏になど立ち入るんじゃなかった。泣き出しかけたその時、私の後ろから人影が飛び出して、野犬に踊りかかった。
「逃げろ!」
けれどそう言う人影は小柄で、すぐに野犬に・・・

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鎮魂歌では届かない

13/09/09 コメント:10件 クナリ 閲覧数:1568

ある川の下流で、漁師の網に、小柄な死体がかかった。
死体が着ている煌びやかな少女服は、上流にある『歌と水の街』の歌い子の衣装と知れた。街を流れる水路に落ちたらしい。
これが直接の死因なのか、胸にボウガンの矢が突き刺さっている。
漁師は物騒な遺体をいぶかしみつつ、ひとまず村の駐在へ届け出た。



『歌と水の街』は、石造りの水路が縦横に走る、水上都市だった・・・

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カミツレとジギタリス

13/08/26 コメント:18件 クナリ 閲覧数:2274

辺境の女子孤児院を、リラの花弁が彩る季節が来た。
十年前の革命暴動の際の孤児が多く居るこの施設で、私とフラヴォアは七歳の時に出会った。今年、お互いに十七になる。
フラヴォアは貴族の血を引く端麗な容姿の持ち主で、その金髪碧眼は院内でも目立っていた。毅然とした立ち居振る舞いに憧れている子も多く、彼女と友達であるということは私の自慢でもあった。ただ、友情と言うよりは、憧れに近い感情ではあった・・・

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人鬼と蝉時雨

13/08/19 コメント:7件 クナリ 閲覧数:1304

八月の青山霊園で、碑のように並ぶ墓石は、よく陽光を反射していた。
ハングス・アスデマンは、既に六十を優に超える年齢で、日本の夏に辟易していた。
日本には仕事で来たことは幾度かあったが、今回はプライベートだった。
迷路のような霊園の中、目当ての墓をようやく見つけて、汗をハンドタオルで拭きながら歩み寄る。
思いがけず、先に参っている人物がいた。自分の娘ほどの年頃に見える――日本・・・

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そりゃ意地くらいあるよ、ミスター・クロウ

13/08/13 コメント:3件 クナリ 閲覧数:1533

鴉になったことはない。
けれど、人間に産まれて後悔している人間は大勢いるのに、鴉に産まれて後悔している鴉というのは皆無の様な気がする。

私の住む川沿いの家は、いつも鴉が沢山飛んでいた。そして川の上を飛ぶ鳶に、よく食べられていた。
群れの中に一際大きな鴉がいて、そいつは羽の中に一房、灰色の羽毛が混じっており、私は勝手に”炉灰”と名付けた。
炉灰は、人を恐れない。平気で・・・

3

神様砕き

13/08/01 コメント:5件 クナリ 閲覧数:1453

転校ばかりの、少女時代だった。
父の仕事が何だったのかは今も知らないが、廃屋のような家ばかり転々として来た。
母は熱心なクリスチャンで、薄暗い部屋の中、よくロザリオを拝んでいた。
艱難辛苦は神様の試練だから耐えなくちゃいけないのよ、と母はよく私と弟に諭した。そんなばかなと思いながら、私達はうなずいた。

私にとって、思いが共有出来るのは同じ境遇の弟だけだった。
・・・

12

アン ノルド パル

13/07/16 コメント:16件 クナリ 閲覧数:1756

私が高校二年の時、突然右膝に人の顔が現れた。
人面瘡というらしい。
現れたものは仕方ないので、制服のスカート丈を長くして隠した。
当時私はクラスの影のような存在で、お陰で膝の顔に気付く人はいなかった。

部屋で一人の時、私はその顔に名前や性別はあるのか尋ねてみたが、顔は全く答えない。
無口なヤツだなと思って見ていると、その口に涎が滲んでいた。
「お腹空いて・・・

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眼裏(まなうら)のリアナンシ

13/07/02 コメント:10件 クナリ 閲覧数:1733

リアナンシに初めて出会ったのがいつだったのかは、よく覚えていない。

僕が神学校の小等部を出る頃には、彼女は僕の右瞼の裏側に住んでいた。
目を閉じると、暗闇の中に彼女の姿が映る。蜂蜜色の髪に、新緑の色の瞳の少女。バーミリオンオレンジのサマードレスが、雪色の肌に映えていた。
彼女は始終、何かを呟いている。目を閉じている間だけ聞こえるその声は古いラテン語で、調べてみると、それら・・・

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リトル スツル ディティクティブ

13/06/18 コメント:10件 クナリ 閲覧数:1719

昭和のある時期。
ハインツ・コイルフェラルドが英国から東京の片隅に転校して来たのは、小学生の時だった。
彼は、外国人やそのハーフ、クォーターが大勢いる、全寮制の小中高一貫校に入った。
これは、彼が中学一年生の冬の時期の話だ。

異国情緒の濃い、煉瓦造りの男子寮のロビーの隅。ハインツはスツールの上、一人文庫本など読んでいた。
横から、同級生のミツキが声をかけた。<・・・

10

ガールズ ドント クライ

13/06/03 コメント:9件 クナリ 閲覧数:1694

父の死後、母と共にカルトに入信した時、私は十歳だった。
学校では担任の女の先生や同級生から避けられ、家では教団の男性信者を母が連れ込んでいるという、特殊な生活を送っていた。
教主様は三十代半ばの精悍な男の人で、女性信者によく囲まれていたけど、彼の隣にはアサコさんという、当時二十歳位の綺麗な女の人が常にいた。

教団の本拠地は、野中に立つ白い建物だった。
十三歳の時、私・・・

11

ミニングレス ノスタルジ

13/05/20 コメント:10件 クナリ 閲覧数:2359

家出して二日目の夜。
子供の頃から慣れ親しんだ裏山でも、やはり夜は不気味。廃屋となった炭焼き小屋が残っていたのは有難かった。
高校二年生にもなって臆病だなどと、隣にいるマナカに思われたくなくて、僕は平静を装う。同い年のマナカは、小学校で出会った時に僕が予感した通り、美しく成長していた。

僕らの目の前には、固形燃料で沸かしたお湯を注がれたカップラーメンが二個ある。頃合を見て・・・

6

幅100mの天の川

13/05/06 コメント:8件 クナリ 閲覧数:1819

100m道路の端にある企画会社に就職が決まった私は、この町で働き出した。
女だてらに営業に配属され、仕事は忙しくも楽しかったけど、勢い先行の性格が災いし、大小のポカが日常茶飯事ではあった。

勤め始めて五年程経った頃、道の向かいにあるデザイン会社と仕事をすることになり、上司と共に先方のオフィスに伺った。そこでメインデザイナをしていたオギノさんと、初めて会った。
彼は私よりも・・・

5

帰憶

13/04/29 コメント:5件 クナリ 閲覧数:1573

高校二年生の夏、僕は自宅から程近いある港の近くを、朝晩にランニングするのを日課にしていた。
日本随一の貿易港へひっきりなしに着いては離れる、巨大な船達を眺めながら走るのは、爽快だった。

ある夜、いつも通りに走っていると、港の外れの岸に腰かけている男の人がいた。初老くらいに見えるその人は、暗い海を眺めている。
彼の横には、夜だというのに大きな海鳥が一羽、羽を休めていた。

8

フロム アトモスフィア ―開戦の日―

13/04/22 コメント:9件 クナリ 閲覧数:1504

早朝の格納庫で僕が一人、自分の乗る戦闘機を見ていたら、背後から声がかかった。
「お前か。今度入隊した、スドリの息子ってのは」
シャッタを開けながら言って来たのは、ここの基地の整備長だった。
「ええ」
「エースの息子だ。期待されてるぜ」
「僕が産まれた時には、父はパイロットを辞していました」
半開きのシャッタから、曙光が僕らの足元を照らす。
「親父は、有名人・・・

9

Solitary desertion

13/04/11 コメント:13件 クナリ 閲覧数:2581

あの日から、何年経っただろう。
あの古い水族館が取り壊されると、私は地元の情報誌で知った。
遂にあの手紙が窮屈な暗闇から開放されると思うと、つい、羨ましい、と思った。

私が高校生の時だった。
私と級友のチナツは、それぞれの彼氏だったアキラとトワ君と共に、四人で日曜日にあの水族館へ遊びに行った。
なぜあんな寂れた所を選んだのかは覚えていない。ただ、楽しくて仕方が・・・

3

深夜想曲

13/04/07 コメント:0件 クナリ 閲覧数:1365

私が中学生の時、キリコという級友がいた。
屈折しがちな私とは正反対の性格で、正義感が強く、少しおせっかいな面もあった。

級友と言っても特別仲良くは無い私達だったが、ある日、授業用の教材を運ぶ為、二人で廊下を歩いていた時のことだった。
「最近、親戚が亡くなるのが続いてさあ」
キリコが話しかけてきた。
「お祖父さんとか、お祖母さんとか?」
「そう。寂しいんだ・・・

5

孤独な呼吸が終わるまで

13/03/29 コメント:7件 クナリ 閲覧数:1640

下町情緒が溢れていた僕の故郷は、今では世界随一の高さの電波塔が立ち、古い町特有の青黒い陰も次々に駆逐されている。
しかし夕暮れ時になると、その電波塔に西日がぶつかり、濃く長い闇の帯が一筋、町に落ちる。
まるで黄泉へ続く道の如きそれを見る度、僕は今でも姉と歩いたあの暗い隘路を、後悔と共に思い出すのだ。


昭和後期、僕が小学生の時、井戸鬼という妖怪の噂が出た。古井戸に住・・・

6

温もりに敵わない

13/03/12 コメント:8件 クナリ 閲覧数:2321

三月の夕暮れは、思ったよりも早く訪れてきていた。
富士山の裾野にある遊園地の賑わいはまだまだ続いているが、
「あと一時間くらいで、ほとんど閉園だね」
四月から大学生になるサナが、高一の終りを迎えているカケルに言った。
乗り足りない気分はあったが、カケルにとってはサナの隣にいる時間にこそ意味があった。ただ、サナにとってはそうではないことも分かってはいた。
「すみません、・・・

2

くっくお姉ちゃん

13/03/08 コメント:2件 クナリ 閲覧数:1255

私がその不思議な体験をしたのは、小学校六年生の冬のことだった。

当時は両親の仲が悪く、家の中がぎすぎすしていて、私は自分の居場所がうちの中に無い様に感じていた。
性格の暗い私には学校にも友達などいなくて、たまに三つ年下の妹とテレビや漫画のことで話す以外には、笑って人としゃべることもまれだった。
このまま孤独にしんどい心持で人生を続けていくことに巨大な不安を覚えて、恐怖感か・・・

7

ノーラ・ガスの遺産

13/02/25 コメント:8件 クナリ 閲覧数:1815

19世紀末、英国の女性サーカス団長、ノーラ・ガスが死んだ。自らが最も得意としていた猛獣繰りの稽古中、獅子に噛み殺されて。

当時十四歳の娘、クララ・ガスは母の技を見事に継いだ。が、二週間後、同じく稽古中に別の獅子に殺された。
猛獣繰りは急遽男の新団長が継ぎ、急拵えとは思えない鮮やかさで一時の名声を馳せた。
その彼が猛獣繰りを演じ出してから、今度は一週間後。
深夜に稽古・・・

3

僕は殺人者

13/02/21 コメント:8件 クナリ 閲覧数:1581

ある夏の日のこと。

中学校からの帰り、僕は殺人者になってしまった。

罪は罪だ。刑罰は受ける気でいる。
でも、ほんとうにひどい奴等だった。

だから、後悔はしていない。

……。

■■■■■

夏休みの少し前、一汗かいて僕は自宅のマンションへ帰ってきた。
殴りつけるような西日は強烈で、僕は早く冷房の効いた部屋・・・

3

原始の感覚

13/02/21 コメント:7件 クナリ 閲覧数:1542


「男と女って友達になれると思う?」
「思う」
「知り合いみたいなやつじゃないのよ。親友みたいなやつ」
「思うよ。君が言ってるのとは少し違うのかもしれないけど」
「どうしてそう思うのよ」
「僕が今一番大切に思っている友達が、女の人だから」
「それって、私じゃないのよね」
「違う。君の知らない人」
「いくつの人?」
「少し年上。らしいってだ・・・

8

吊るし雛

13/02/12 コメント:5件 クナリ 閲覧数:2213

ある日の夕方、中学二年生の私が母と二人暮らししているアパートに帰ってくると、ドアの下に小包が置いてあった。
母はパートからまだ戻っていなかったので、ドアの鍵を開けてから茶色の紙で包まれたそれを抱えて部屋に入る。
小包の不自然さに気づいたのは、ミニキッチンのテーブルにそれを置いた時だった。
送り状がなく、差出人の名前もない、のっぺらぼうだ。
危険物だったらどうしようと思いつつ・・・

6

帯階段の家

13/02/05 コメント:8件 クナリ 閲覧数:1509

地方にある高校の入試のため、私はある寂れた町の民宿に一人で泊まることになった。
木造二階建てのその家は戸も壁も全てが黒っぽく、日なたにあるのに影の中に沈んでいる様に見えた。
無理目な受験を控え、ただでさえ逃げ出したい気分だったのに、一層落ち込んでしまう。
たかだか一回の受験で自分の人生が決まってしまうのだと、両親からは散々プレッシャーをかけられ、逃避願望ばかりが肥大していた。

3

二人の嘘

13/01/28 コメント:3件 クナリ 閲覧数:1769


大学受験の結果発表を見た帰りに寄った自分の学校で、薄暗い教室の中、私は自分の副担任だった先生と二人で向かい合っていた。

授業の無い日の学校は、見慣れているはずの教室でも、どこか異質な感じがした。
無菌室の中みたいに、生命感の無い空間。傾いた太陽が照らす、弱光に切り取られた光景。
目の前の先生もどこか、現実離れして見えた。
先生は二十代半ばのはずだけど、その年・・・

2

ばかで鈍感なばか

13/01/21 コメント:5件 クナリ 閲覧数:1439

ある秋の日、私は従兄のユウト兄さんと街の映画館へ来ていた。
この辺りでは一番大きな複合施設の中に入っていて、前評判の高いラブロマンスが上映されることもあって、ほとんど満席だった。
それでもスクリーン正面、やや高めの位置にあるシートに空きを見つけて、並んで座る。
ユウト兄さんは高校の教師をやっていて、今年で二十七歳になる。高二の私とは大分離れているけど、幼い頃からずっと仲良しのまま・・・

4

溺れる心と身体とチョコレート

13/01/14 コメント:6件 クナリ 閲覧数:2254

高校二年生で迎えた二月十三日の、夜九時を回る頃。
ケーキ屋でアルバイトをしている同級生の女子からその店へ呼び出され、先輩のユイさんが酔い潰れたので送ってあげて欲しいと言われ、俺は往生した。
店のサバランを味見して昏倒した、俺達より二つ年上のユイさんは、俺の片思いの相手だった。先日のクリスマスには告白じみたこともしたけれど、結局それ以上踏み込めず、ユイさんとは親しい友達程度の関係だっ・・・

7

障子窓の怪

13/01/05 コメント:10件 クナリ 閲覧数:2514

あれは僕が宮大工の仕事での出張の帰り、飛騨の山中でのことだった。
日も暮れかけた山道で途方に暮れていた所、傍らにぼろけた廃寺があり、僕はそこで一夜の宿をとることにした。
寺の中は廃屋ならではの寂れ方をしていたが、床や壁はしっかりしており、寝泊りくらいは出来そうだった。
ただ鼠でもいるのか、時折どこからか、トタタタタ……と何かの足音が聞こえる。
荒れた屋内の雰囲気とあいまって・・・

1

死者に遺言は届かない

12/12/24 コメント:0件 クナリ 閲覧数:1408

ある冬の日、心臓まひで死んだ一つ年上の兄の葬式を終え、私は遺品の整理をしていた。
式の弔問客は、兄の友人ばかりだった。今はもう私には親族は誰もいない。



片親である父は稼ぎも無ければ家にも寄りつかないというありさまで、私達兄妹はひどい貧乏の中で育った。
父はたまに家にいたかと思えば、理由の無い暴力を私達に振るった。
他に親戚もいないので逃れることも出・・・

2

夜合鏡

12/12/24 コメント:0件 クナリ 閲覧数:1463

私が中学生の時、合わせ鏡の怪談が流行った。
学校のどこかに呪いの鏡があり、夜12時にその鏡で合わせ鏡をすると、死の世界へ連れ去られるという。
昔校内で、手首を切って自殺した女子がおり、その血が鏡にたっぷりかかったせいで呪いが籠った、という話も聞いた。

級友のカナに誘われ、私はある夜学校に忍び込み、その鏡を探すことになった。
カナの事は正直苦手だったが、嫌だと言えな・・・

3

年下のサンタたち

12/12/02 コメント:2件 クナリ 閲覧数:2393

私の19歳のクリスマスの予定は、アルバイトで埋まっていた。
ケーキ店の店先で後輩のユミちゃんと、ケーキを売りまくっていた。

25日の昼過ぎ、やっと人が少し途切れた。
「ユミちゃんて今晩の予定とかあるの?」
「家族とですよ。もう高二なのに」
高校の三年間、私にはいつも隣にある人がいた。向うから告白されたのだけど、別れを切り出されたのもつい先月、向うからだった。<・・・

1

日記お兄ちゃん

12/11/23 コメント:0件 クナリ 閲覧数:1429

私が日記お兄ちゃんと出会ったのは、中学一年の時だった。
当時引っ込み思案だった私は、せめて楽しい妄想でもつづろうと思って日記帳を買った。
その夜、私は日記の最初のページに、読み返すのも恥ずかしいメルヘン炸裂な短編の物語を書いた。
内容は、電線の上を歩く能力を唐突に身に付けた私が、鳥と会話するという才能を発揮して、彼らと友達になるというもの。
それをいかにも、今日起こったこと・・・

7

浸食

12/10/30 コメント:7件 クナリ 閲覧数:2268

女だてらに、金曜日だからと調子に乗って残業をしていたら、22時を回ってしまい、さすがに集中力にも限界が来て、会社を出る準備をした。
更衣室へ入って制服のスカートを脱ぎ、濃紺のデニムへ履き替える。
都内と言うよりも下町と表現した方がふさわしい場所にある社屋を出て、私は駐車場へ向かった。
居酒屋やレストランが灯す明かりの中のひとつ、なじみのコーヒースタンドでモカを頼んだ。
眠気・・・

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