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W・アーム・スープレックスさん

出没地
趣味
職業
性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの記事一覧

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たじろぎのいやん

17/10/15 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:46

「いやん」
 はずかしさに、顔じゅうまっかになりながら楓は、風のいたずらに舞い上がるスカートを、あわてふためいておさえつけた。
「モンローみたいだ」
 そばからひやかす健介の肩を、「ひどい人ね」とぽんと叩くしぐさがまた、このうえなく初々しかった。
 明るい陽射しがふりそそぐ休日の公園はかれらのような恋人たちのたまり場だった。
 健介によりそいながら歩く楓は、ひらいたば・・・

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デートの相手

17/10/14 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:51

 ルームシェアの相手カナコが、部屋に入ってきた遊佐を、暗い顔で迎えた。
 遊佐はもちまえの勘の鋭さを発揮して、
「なにかあったのかしら」
「ゆさ、悪いとは思ったけど、胡桃丘さんのこと、あたし調べてみたの」
 遊佐は一瞬、眉をひそめた。がすぐ平静をよそおって、
「どうして調べたの」
 その問いかけに二種類の意味をくみとったカナコは、まずひとつめから切りだした。

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中途半端

17/10/10 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:69

 中途半端だった。
 なにが中途半端かというと、ぼくが空手をはじめたのがいまから半年前ということだ。
 会社勤めをして5年、同僚たちの彼女自慢恋人自慢をまわりにきいているうち、だんだんぼくの中にも、かれらにたいする羨望がわきおこってきた。じつは社内に、これはという女性がひとりいた。ながい黒髪、すらりとした体、ぼくより年下ときくが、年上といってもおかしくないおちつきぶりだった。
 ・・・

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金をくれ

17/10/01 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:91

 じつは私も、犠牲者の一人だった。
 ことの次第は深夜のコンビニ、私がアルコール飲料をさがしていたとき、レジのほうから、「金をくれ」という、ざらついた男の声がきこえた。
 コンビニ強盗。国道沿いの、ちかくには交番もあって、まさかこんなところでと、私は緊張のおももちで棚越しにレジのほうをうかがった。
 レジ内にはひょろりとした体つきの店員が、恐怖のためかその場に硬直したように立って・・・

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私は財布

17/09/27 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:100

 よくまあこんなしょぼい店があったものだと思えるような、それはひどくみすぼらしい食堂だった。汚れて黒ずんだテーブル四席にそれぞれ一人づつ着いて、黙々とたべている客たちの姿はそろいもそろってこの店にあわせたようにみすぼらしく、そういう私もまた、労働で疲弊したからだでかつがつ夕食をほおばっていた。
「ごちそうさん」
 先客の男が、厨房内の親父に勘定をもとめた。
「五百円です」
・・・

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すりとった財布

17/09/26 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:84

 男はあまりにも無防備だった。そのためスリ健こと久保健介は、狙いはさだめたもののいっとき躊躇した。
 混雑する車内で、つり革にぶらさがるひとりの中年男の胸ポケットにさしこまれた長財布。駅からのりこむさい健介は、はだけた上着のすきまにのぞくそれを、しっかり目に焼き付けた。ダークブラウンの、札がつまっていそうな上物だった。
 男は、何か考え事でもあるのか、乗車してからというものどこか上の空・・・

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記者のわきまえ

17/09/22 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:96

 女性記者の、社内でも評判の美人、マナミにむかって編集長は、
「いいか、トイレの屁は事件にならないんだぞ」
 と、まくしたてた。地方の新聞社に勤務して一年目、まだろくな記事しか書けない彼女を、これでも叱咤激励しているのだ。
「トイレの屁は、事件にもニュースにもならない」
 なるほど、トイレイコール屁は、あたりまえといえばあたりまえだ。珍しくもなんともない。するとじぶんはこれ・・・

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17/09/20 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:128

 この町の交番に着任して一年がたちました。私、平野啓司は意気込みにもえてこの僻地の交番にやってきたのですが、山と川に囲まれたここは、どこの家も戸締りをしなくてもかつて一件たりともコソ泥に入られたためしがないというぐらい、都会からみたら考えられないぐらい平和なところでした。
 事件を期待するのは警察官にあるまじきことですが、こう平穏な毎日が繰り返されるとたまには、なんでもいいから事件がおこって・・・

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大事件勃発

17/09/16 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:84

 はじめてこの町にやってきた日、僕は飲料水を買いにスーパーに入り、そこで万引きを目撃した。だぶだぶの服の太った女で、商品棚をゆききしては、品物を物色するわりには買うそぶりを見せず、もうそれだけであやしいと僕はにらんだ。はたして、女は洋酒の壜を手にとるなり、すばやく胸元にこじいれた。つづいて二本めもおなじく胸のなかに。ほかにもいろんなものを、ポケットにまた、下腹部にとつぎつぎとしのびこませていった。・・・

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忘れていた約束

17/09/03 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:114

 夕刻の、会社帰りの人々でごったがえすビル街の歩道を歩いていた宗友は、その青の野球帽に同色のブルゾン姿の男性とすれちがったとき、ふとなにかがひっかかった。刑事の勘というやつだ。
 ふりかえるとその人物は、家電専門店のなかにちょうど入るところだった。年の頃は四十前後、身のこなしが敏捷で、人々の間をじつに巧みにすりぬけてとおった。顔はたえずうつむき加減で、宗友の目からみれば、他人の視線を避けてい・・・

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約束を破ったひとり

17/09/02 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:158

 賢者は、いつかはこういうときがくるだろうと思っていた。
 ここにいる四人もまだ幼かったときは、誰もみな同じように見えた。毛の色や、手足の長さは異なるものの、木によじのぼって実をかじり、若草を頬張ったりするのはみんな似たようなものだった。
 かわりだしたのは、成人になったあたりからか。なにより、考え方にちがいが出はじめた。ガッチリは、なにかと興奮しやすく、誰彼なしに喧嘩をふっかけた。血・・・

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上司たちの駆け込み寺

17/08/21 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:158

 高松光一の目がそのとき、すさまじく怒気をおびてまっかに血走った。
「ふざけるんじゃないぞ。おまえたち」
 そばにあった椅子を壁ぎわまで蹴っとばした。
「おい、おまえら」
 声高にどなりつけるなり高松は、椅子にならぶみんなの顔を、自分の手が痛くなるのもかまわず、片端からひっぱたいていった。ときには拳で、また肘の先で、あげくは革靴で、殴る、蹴る、踏んづけるを、いつまでも執拗に・・・

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花の伝言

17/08/20 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:152

 警邏をおえて帰ってきた山田巡査は、ある種の予感に心を躍らせた。しかしわざとその気持をもみけしながら、交番横に自転車を置くと、これまたわざとらしく厳めしい表情で交番に入っていった。
「ごくろうさん」
 巡査部長の黒部が、最近中年太りでふくよかになった顔で、山田を迎えた。その目が、かすかに笑っている。
 山田はすぐに、黒部のいる机の端に目をやった。そこには、青い花瓶に生けられた、数・・・

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鬼のような上司

17/08/14 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:140

 五つ年上の宇野さんは、僕にとっては恐い上司だった。先日またどこかの子供におじさんといわれたと、たいして気にしてないふうにいっていたが、確かに髪はスポーツ刈り風にみじかく、顔も少々角張っていて、およそスカートをはいたところなど一度も拝んだことがない彼女なので、子供でなくても夜道ですれちがったら、男性にまちがわれるおそれはありそうだった。
 しかし意外にも、社内で、靴をぬぎサンダルばきになった・・・

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認知症予備軍

17/08/02 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:155

「―――ええと、あれ、あれだよ」
「あれだけでは、わかりませんよ、お父さん」
「思い出せないなあ」
 妻の素子は、声をひそめて、
「あなたもお年ですから、ぼちぼち………」
「ぼちぼち、なんだ」
「あ、きこえてたんですか」
「あたりまえだ。わしはまだ、目も耳もちっとももうろくなんかしてないぞ」
「それでももう七十も半ばをすぎ、そろそろ認知症の心配しても・・・

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チョークペインティング

17/08/01 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:200

 昼の休み時間になると、夏也は黒板に向って、せっせとチョークをはしらせた。
 たちまち黒板の上に、クラスの生徒の顔が浮かびあがった。彼はそれからも次々と、クラスメートたちを描きつづけた。それはじつにリアルで、陰影もまた巧みで、なかなかどうしてチョークひとつでよくここまで描けるものだと目をみはるほどの、素晴らしい出来栄えだった。
 しかし教室のみんなは、絵には感心するものの、それの作者の・・・

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赤ちゃんロボット

17/07/24 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:212

 明夫はカーテンの隙間から、庭にしょんぼりたちつくす妻の都を、思いやりにみちたまなざしでながめた。
 家庭菜園をかこむ柵の向こうの道をいま、母と子が手をつないで、なにやらたのしげに歌をくちずさみながら、歩いていた。
 その二人の姿を都は、いつまでも目でおいかけている。
 こちらからはうかがいしれないその顔には、あからさまな羨望の念がやどっているのにちがいなかった。
 ふだ・・・

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愛と平和のシンボル

17/07/23 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:173

 かつてどんなSF小説も、またその種の映画にしても、異星人の地球来訪に、こんな光景を描いたものがあっただろうか。
 その異星人の知能の高さは、我々地球人をはるかに超越していることは、恒星間飛行を可能にした彼らの乗り物と、地球との交信に中国語を使用したことからみても明白だった。  
 22世紀の世界共通言語が中国語なのをかれらは知っていた。異星人はその中国語をりゅうちょうに駆使して、我が・・・

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旅芸人の娘

17/07/16 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:153

 僕が小学校3年のとき、白戸かなえという女の子が転入してきた。くるまえから、その子が旅芸人の子供だと、生徒たちは教室で噂しあっていた。僕の家から、河ひとすじ挟んだ向かい側にある、イゲタ座という大衆演芸場に、芝居公演にやってきた一座の娘なのだ。
 みたところは、小柄で、とてもおとなしそうな生徒だった。
 イゲタ座は、いつも向こう岸にみえているので、どんな建物かはしっていた。遠方からも、こ・・・

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日記の中の旅と女

17/07/07 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:266

 夫に日記をつけろといったのはたしかに私だけど、あんなにこまめに毎日記すとは、さすがに思ってもいなかった。
 IT関係の会社を定年退職した後、家でなにもすることなくぶらぶらしている彼にみかねて、なにか夢中になれるものをといろいろすすめたなかで残ったのが日記だった。   
 とにかくこれだけは二度とみたくないと、長年IT企業でいやというほどパソコンとにらめっこしてきた彼がいうので、それな・・・

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9000年前のラブコール

17/07/01 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:271

 青目は、朝からずっと、日当たりのいい岩の上で、ねそべっていた。ねがえり以外、ほとんど動くことがなかったかれだが、さすがに空腹だけはどうしょうもなく、むっくりもたげたあたまを左右にめぐらした。
「だれか、おれの食べるものをとってきてくれないか」
 しかしその声も、やはりかれ同様、枝の上で、また草むらで、朝からねころんでいる周囲の連中の耳にははいらなかった。いや、届いてはいても、かれらも・・・

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人風猫

17/06/19 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:361

 しおたれた顔つきの中年男が近よってきたかと思うと、いきなり若者の手首をつかんだ。
 混みあった電車内でのできごとだった。腕を貫く激痛にその若者は、思わず悲鳴をあげそうになった。
「きみ、いまその女性の、あっ―――」
 男性がそこまでいったとき、なぜか件の女性は、乗客にまぎれこむようにしながら向こうの車両に消えていった。
「まいい、きみ、次の駅でおりるんだ」
 若者は・・・

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巡礼

17/06/11 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:228

 ダクラは、そのしなやかに締まったあしを、力強く前に踏み出した。
 いくら地面がごつごつした石や、化石化した貝やサンゴの林におおわれていても、かれの前進はつねに揺るぎない自信にみちていた。
 さいしょのうちかれひとりだったこの巡礼の旅も、ながいあいだにはどこからともなくあらわれた、やはりおなじ目的をもった連中が、ひとりふえ、ふたりふえしながら、しだいにその数を増していった。
 ト・・・

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ブラックホールがまだ子供だったころのこと

17/06/10 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:208

 ブラックホールがまだ子供だったころは、それはもう手のつけられないワルガキだった。
 とにかく、目にふれるものならてあたりしだいすいこまずにはいられない性分で、広大無辺な宇宙の端から端をいったりきたりしては、あちこちに点点と虫が食ったような穴をあけてまわった。
 とはいえまだ子供なので、成長したブラックホールのように、星そのものをまるごとすいこめるほどの肺活量はさすがにもちあわせていな・・・

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音楽を喰う男

17/05/27 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:247

 まりあのもとへ、酒場の使いがやってきた。
「ご主人が、酔い潰れて」
 いやな顔ひとつみせずにまりあは、使いといっしょに酒場にむかった。
 主人のいきつけの酒場は、朝から晩まで一日中、生バンドの演奏がつづき、酒や料理をもとめてやってくるものにまじって、まりあの夫のように、純粋に音楽に魅せられてくるものもいた。彼じしんもともとテノールの歌手で、以前は舞台にたって、観客相手に自慢の喉・・・

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父さんの休日

17/05/10 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:394

 遠洋漁業が仕事の父さんは、いったん海にのりだすと、ときには3年間、家を空けることがあった。家には母さんとあたしと、春から小学校に通う妹の真由がいた。
 帰るとほぼ一週間、家族と過ごす父さんだったけど、物心ついたころはすでに家にはいなかった父さんのことが、むりもないが真由には誰かわからないらしかった。前回のときをおもいだすと、抱きあげて頬ずりしようとする父に、泣いていやがる真由の姿がおもいだ・・・

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正義印

17/04/27 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:426

 彼女と二人、ホテルの一室に入りこみ、俺は深く息を吸い込みながらドアを閉ざした。
 彼女も、俺も、どちらも既婚者。これまで週刊誌やテレビの芸能ニュースでしかみたことのなかった、不倫の二文字が二人の上にべたりと貼りつけられた。
 彼女は、俺の勤める会社の、上司の妻だった。慰安旅行で顔をあわせ、旅館の宴会で隣同士になり、酒の上の気安さで、あることないこと喋るうち、なんてあなたとは気があうの・・・

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甘い殺人

17/04/18 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:315

 宅配の包みをあけると、きれいな箱があらわれた。
 開けない前から、甘い香りがたちのぼってきた。
 両手でゆっくりふたをあげると、小型のデコレーションケーキがあらわれた。まんなかに苺がもりつけられ、そのまわりを生クリームがたっぷりとりまく、女子高生あたりが喜びそうなケーキだった。
 大吾は、ケーキの上に立てかけられたチョコレートプレートを手にとると、茶色の上に白のクリームで書かれ・・・

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スィーツな妖怪

17/04/15 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:259

 とうとうあいつが、トモミの家にもあらわれた。
 彼女が部屋から出たとき、廊下のむこうから異様な姿の妖怪が出現した。
 モコモコとしてとりとめのないその白い体には、グリーンの目、苺色の口、茶色の角、そして全体に色とりどりの星がちりばめられたそいつが、獅子舞のようにたえず全身をゆりうごかしながら、こちらにむかってちかづいてきた。
 間違いなく、噂にきいていた妖怪だった。
 ト・・・

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帰ってきたタロー

17/03/27 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:421

 タローは亀に乗せられ、竜宮城をあとにした。
 美しさとかわいさを兼ねそろえた類稀な女性乙姫と過ごした、夢のような幸せな毎日が、頭のなかを繰り返し去来した。
 魚たちが陽気に明るく舞い踊るそのけなげでサービス精神満点の姿に心から癒され、そのうえ、女の魅力のすべてをさらけだして尽くしてくれる乙姫がつねにそばにいてくれるのだから、ままならない浮世の苦労や人生の悩みがたちまち雲散霧消して、時・・・

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遅れた理由

17/03/14 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:298

 この大事件のきっかけは、ほんの些細なことだった。
 就職した会社に出勤するため僕はその朝、駅で電車をまっていた。
 はじめての会社勤めとあって、ちょっぴり僕はハイになっていた。
 やがて、駅に電車が入ってきた。一番後ろにいた僕は、これから毎日お世話になるそのシルバーグレーの車体を、まじまじとながめた。
 電車は停まり、車掌室から車掌が頭をつきだした。美貌の女性車掌だった。・・・

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その怪獣

17/03/05 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:494

 その怪獣には、二種類の能力があった。
 ひとつは口から吐き出す破壊光線によって文字通り、地上のあらゆるものを破壊することができるのと、あとひとつは、あてると何もないところから生命を育むことのできる生成光線だった。
 最初のうち怪獣は、まず破壊光線で地上のごつごつしたところ、あるいはいびつに捻じ曲がったところなどを形も何ものこらないまでに破壊しつくし、そのあとに百花繚乱の花々を育てあげ・・・

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致命的な失敗

17/02/28 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:273

 かれらに私は見えない。ただ、感じるのみだ。それはこの地上に存在するすべてのものたちも例外ではない。
 原始的な生き物たちには、私を感じとる意識も希薄なため、相も変わらず地べたにはいずりまわり、また海のはるか底の暗闇のなかに茫洋としてうごめいているにすぎない。
 私を強く感じとることのできるものは、その身を、進化とともに私の姿に似せていく。それはこの地上の、いや、あまねく全宇宙の生き物・・・

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深夜タクシー

17/02/14 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:390

遠くからまちわびていた車のライトがちかづいてきた。
真矢は必死に手をふりあげた。こんな深夜、国道とはいえ通りかかるタクシーはめったにない。
車の上に光る社名表示灯から、まちがいなくそれがタクシーだとわかると彼女は、こんどはちぎれんばかりに腕をふりつづけた。
運転手がじぶんを認めたことが、車が急に速度をゆるめたことで理解できた。
案の定、タクシーはこちらにむかってまっしぐらに・・・

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アンドロイドの移動法

17/02/05 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:371

モリオは空をながめた。彼にため息をつくという機能はなかったが、つけるものならつきたい気持ちだった。
処女惑星に宇宙船が着陸し、建設用ロボットたちによって基地が造られ、その基地にいる人間たちの指示によって、モリオをはじめとする数十台のロボットたちが地上の探索にでかけたのがいまから三時間前のことだった。ほぼ人間とおなじ背丈だが、のっぺりとした顔に、愛嬌も何もない目の穴が二個あいていて、ものを食べ・・・

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坂の自転車屋

17/01/31 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:478

坂の途中に店を出す自転車屋に、その少年はやってきた。
ひょろりして、病み上がりと思えるほど顔色もわるかった。その少年の押している自転車は、そんなに大型ではなかったがそれでも彼にはふつりあいなまでに重く大きく感じられた。店主は、整備していた自転車から顔をあげると、店の前で黙っている少年を訝しげにみやった。それはついさっき、ブレーキの具合が悪いといって立ち寄った少年だった。店主は自分で自転車に乗・・・

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落ちてゆく新宿

17/01/24 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:368

俺たちのような宿無しの、段ボール暮らしのそれでなくてもふだんから鼻もひっかけられない者のいうことなんかを、真にうけるものなど誰もいないにちがいない。しかし、これは本当も本当、難しい言葉でいえばリアルというやつなんだ。
そのときは俺と、おなじホームレス仲間のジュンという、名前だけだと若者っぽいが実年齢六十七の男がその出来事を目撃していた。場所は新宿ゴールデン街からほんのちょっといったところだっ・・・

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新宿ジュースふたたび

17/01/20 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:348

陽子記憶をまさぐりながら、新宿の街中を移動していた。
この街のどこかに、それは確かにあったのだ。高層ビルの根元に当る部分から、木からゴムの汁を集めるように、滲みだした液体をジュースにして一杯百円で売っていた男がいた。あのとき彼女は、死に場所をもとめて高いビルを探しているあいだに、たまたま男に呼びとめられて、そのコップにみたしたジュースを飲んだのだった。その名も新宿ジュース。飲み終えると、ふし・・・

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花咲き小鳥さえずる谷間

17/01/09 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:267

風を感じた。
その風に乗ってさまざまな小鳥たちのさえずる声が、悟志のいる丘の麓まできこえきた。
なんて、爽やかな光景なんだ。
悟志は感動におもわずつぶやいた。
ここから谷間までつづくなだらかな傾斜地には一面、色とりどりの花が咲き乱れ、その花々の向うには折からの陽射しにきらめく澄んだ流れがながめられた。
「あの花たちの名前、ごぞんじですか」
と隣でいう、秋元沙也加・・・

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304号室を探せ

17/01/05 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:352

ハチの巣が堆く層をなして延々とどこまでも地表を覆いつくしているところを思い浮かべるのが、この部屋ばかりでできた世界をイメージするのにいちばんてっとりばやいのではないだろうか。そんな部屋と部屋の間を縦横無尽に貫く通路をムイ・Uが歩いていたとき、中央管理室から連絡が入った。
「304号室に向え」
「了解」
ムイ・Uは直ちに、304号室を目指した。
こんどは、どんなトラブルだろう・・・

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時代錯誤の侵略

16/12/28 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:367

「ちょっとまってくれよ」
と、月刊SF編集長は、憤るというよりなかばあきれた顔つきで、その写真をもってきた青田という社員をにらみつけた。
その写真には、読者からメールで送信されてきた未確認飛行物体が映し出されていた。
そこには、ソフト帽よろしく、丸みをおびた胴体のまわりを鍔状のリングがとりまいた形の円盤がうつしだされていた。
「これって、1950年代にさかんに撮影されたいわ・・・

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ステーキ

16/12/25 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:344

カリブ海上を客船で北上していたとき、突然の大波をうけて船が大きく傾き、あっと思ったときは私は海上に投げ出され、ほかに投げ出された者たちといっしょに、とにかく沈没する船体から逸早く逃れるために死にもの狂いになっていた。
何人かと海面を漂っているうちに、いくらも離れてないところに島影がみえだした。みんなは互いに励ましながら、その島めがけて全力で抜き手を切った。
島に泳ぎついた者たちは17名・・・

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心やさしきバンパイア

16/12/25 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:412

闇よりもまだ黒い影が、夜道をゆく女性の背後に忍びよったかと思うと、その姿はたちまち人間に様変わりして、鋭い牙をのぞかせた口が、女のやわらかなうなじにいままさにくいつかんとしたそのとき、はたとそこで、D氏の動きがとまった。
後ろ姿はまことに艶やかな美女かと思いのほか、前にまわってみたその顔は、十人並かややそれより劣った。D氏にとって、美女の生血を吸うことこそ先祖伝来引き継いできた吸血鬼の誇り以・・・

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記念日

16/12/16 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:362

きょうはめずらしくパパは家にいた。
ミエは、ママをいれて3人でテーブルをはさんで朝食を食べることになって、とてもうかれていた。
いつもは朝はやくに会社にでかけるパパだった。ミエは、毎日がこんなふうだったら、どんなにいいだろうと、テーブルの向うにすわるパパを、まんまるにみひらいた目でながめた。
だいぶ前にもいちど、パパといっしょに朝食をたべたことがあったが、そのときはひろげた新聞に・・・

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協定

16/12/11 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:322

敵は、破壊された家屋と瓦礫のあいだに身をひそめながら、俺たちのいる建物めがけて嵐のような攻撃をしかけてきた。
「こら、ぼんやりしてると、ヘルメットごと頭をふっとばされるぞ」
兵士として一年先輩のアオキが、俺の頭を蕪かなにかのようにおさえつけた。その直後、いままで俺の頭があった空間に、殺傷力の強い弾丸がうなりをたててとびすぎていった。
厳しい訓練をつんできた俺だったが、いざ本番とな・・・

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あなたの出番

16/11/25 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:367

「あなた、ぼちぼち出番の時がやってきましたわよ」
妻が、ぬいものの手をとめて、老眼鏡ごしにベッドに横たわる夫に声をかけた。
このところ、横になっている時間の多い夫だった。真っ白な頭に顎鬚は昔とかわらないが、精細を欠いた顔は重たげに弛み、運動不足が祟ってメタボの体は、毎年の健康診断ではみなひっかかるほどだった。
「今年はもう、やめようと思っている」
彼は毎年、同じことをいった・・・

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サイレントナイト

16/11/22 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:342

いさおは窓の外のベランダのわずかなスペースに、妻と二人で小さなツリーをたてた。
妻が手製のモールや雪代わりの綿、ボール紙で作った星を無心で飾りつけているのをみた彼は、楽しかった子供のころを思いだして、ほほえましい気持ちになった。
「よく材料がみつかったね」
いまはもうどこも店はあけていないはずだった。彼も昨日街にでたが、スーパーもコンビニもシャッターがおりていたし、なかには無残に・・・

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死を招く絵

16/11/15 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:628

その絵をみたものは、近日中に死ぬ。
―――そんな絵が、今回の美術展に展示されるという噂が、開催前から流れていた。ベルギーの画家の手になる十号たらずの作品で、『Rの肖像』の題名で、男の肖像を描いたものだった。ほかの画家たちの作品といっしょに展示され、その絵だけ特別に個室のなかに飾られることになっていた。
なぜそんな不吉な絵といっしょにするのかと言うと、理由は簡単で、ほかの画家たちの絵では・・・

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横たわるアヤラ夫人

16/11/14 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:478

絵の中から、まるで人が液体になって人間のかたちのまま流れ落ちるかのように、アヤラ夫人は壁を伝って、床の上におりたった。寝台の上に、横たわっていたそのままに、身にはなにもまとっていなかった。
彼女は床から、ゆっくりたちあがった。その顔には、不安と、そしてそれ以上に期待感が色濃くはりついている。夫人はあたりをみまわした。そこには壁の絵を取り囲むようにして、数人の男女がたっていた。
しかし、・・・

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イザムαXZe星のまち人

16/11/02 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:430

イザムαXZe星はまっていた。1千万年、一億年、十億年―――最初は星のかけらにすぎなかったイザムαXZe星が、いまのように威風堂々とした惑星になるまでの時間を体験した彼に、そんな歳月など瞬く間の出来事にすぎなかった。
まてばまつほど期待はふくらんだ。彼は、歓迎のためのお膳立てをすることにした。まず、大気を生み出した。太陽の熱に蒸気となった大気が冷えて地上に雨をもたらす光景をみていると、頭のな・・・

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最後のお勤め

16/10/27 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:430

居酒屋の、くすんだ壁を背にして二人の男たちが、すでに目のふちをあかく染めて、ビールを飲み交わしていた。
二人は会社は別でも、さる週刊誌の記者たちで、たまにこうしてのみながら情報交換をしていた。いつもいつも、これといったネタがあるわけではない。今夜もその口で、二人がおでんの出汁をほめたり、若い女性客を品定めするのにもあきてきたころ、体格の大きいほうが、ふいに思いだしたように、
「天才スリ・・・

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タイラワの実

16/10/16 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:420

ノユキは、ながい間いっしょにやってきたお爺ちゃんが、亡くなるときまでその種のことは知らなかった。
「ノユキや、わしが死んだら、この体を家の前の畑に埋めておくれ」
「お爺ちゃん、いや、そんなこといっちゃ」
「人が死ぬのは、花が枯れるようなもので、自然なことなんだよ。ノユキやそれより、わしを埋めたら、その上から、納屋のすみにおいてある袋の種を、すべてまいとくれ。いいね、頼んだよ」

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真の平和をあなたに

16/10/12 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:438

来賓たちを乗せた乗用車は、山につづく道路にはいる寸前に、反乱軍たちのはげしい攻撃にみまわれた。防弾用の厚さ数センチの鉄板にまもられていたおかけで、一人の負傷者もでなかったが、これから地雷の脅威がまちかまえているとあって、安堵するものは誰もなかった。
「まだ、遠いのですか」
目的地は最初にきいていたミトベが、案内者のデン氏にわざわざたずねたのは、車内の張りつめた空気を少しでもやわらげたい・・・

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奇妙な行動

16/10/09 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:405

不思議なこともあるものです。
夜、八時過ぎになるときまって、開け放した押入れの中から、蛞蝓があらわれるのです。
新たに越してきた一軒家にすんでほぼ一か月がたち、梅雨がすぎたころあたりから、体長四センチほどの、黒ずんだ胴体をしたのが、ぬめぬめと畳をはっているのでした。
当然のように、家人が悲鳴をあげました。ゴキブリほどではないにしても、この種の軟体動物はとくに女性からは忌避される存・・・

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一人の客

16/10/06 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:548

『たまさか演芸場』の舞台にたったお笑い芸人丸本四角は、ステージ上から客席にむかって今夜も、得意の話芸をはじめた。20分のもち時間を機関銃のようにとめどもなく喋り続けるのが彼の真骨頂だった。そのなかにお笑いネタがこれでもかというぐらいはさみこまれていて、そこには考えぬいた笑いのエッセンスがもりこまれていた。
ステージの客席は、およそ30席、お笑いを心から愛す寄せ芸人たちがここで自慢のネタ芸を披・・・

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お通夜の席で

16/09/28 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:443

お通夜の席でのことだった。ながいあいだ病でふせっていた友人が、この秋の終わりに家族たちにみまもられながら息をひきとった。
その彼が横たわる棺を前に、みんなは厳粛な面持で向いあっていた。ひとり、故人の姪がつれている物心もつかない子供が、あたりをはばからない声をはりあげて笑っているのがかえって人々の悲しみを誘った。母親が叱りつけると、子供は、そんな母親が面白いとみえ、ふたたびげらげらと笑い出すの・・・

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タイムスリップ防止用瞬間接着剤

16/09/19 コメント:1件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:504

いまでは百均の店でも手に入るらしい。
時空間が崩れだしてからというもの、いたるところでタイムスリップがおこるようになり、これをとめたいと望む人々の願いがこの商品を産みだしたのだろう。
ドンタなんかは例外で、はやく自分にもその瞬間が訪れないものかと、わくわくしてまちわびていた。
ドンタはこれまで、多くの知り合いたちがタイムスリップによっていきなり自分の眼前からきえてなくなるのを目撃・・・

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願い

16/09/13 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:956

俺たちは、森の奥にみつけた小屋をめざして、じりじりと包囲のわを縮めていった。
これまで嫌というほどゲリラたちと死闘を繰りひろげ、あちこちにしかけられた地雷の恐怖にみんなはほとんど極限状態に達していた。こんなときだ、人間の本性が露わになるのは。
Kなどは、欲情に目を爛々ともえあがらせ、どこかに村の女が隠れていはしないかと、戦いよりもむしろそちらのほうに神経を傾けているようだった。おまけに・・・

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歓迎、万引き少年

16/09/07 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:593

ながい人生を歩んできて、身も心も目に見えて衰えきった人のような印象を漂わせる、それは本屋だった。いままで潰れもしないで持ちこたえてきたことじたい、奇跡のようだった。
店頭に並べられた雑誌類、書棚に並ぶ本の数もしれたものだった。ひょっとして、美麗の女店主でもいて、鼻の下をのばした男客が彼女に気にいられようとせっせと足を運んでは、読みもしない本を買ってこの店の売り上げに貢献しているのではと、あら・・・

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活字泥棒

16/08/30 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:681

たまたま私がその書店にいあわせたとき、背後から、ここの店主の男性に意識して小声で語りかけている婦人の声が、きくともなしにきこえてきた。
「本当にごめんなさいね」
「なにもお母さんが謝らなくても………」
「でも、何冊もの本が、あの子のために、だめになったんじゃないかしら」
「落丁本として返品すればいいだけで、私どもにはそんな、ちっとも迷惑なんてかかってないですよ。それより、い・・・

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裏切りの山河

16/08/17 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:723

青々とした草原を、シジリとカオンとオナミは、バッタのように飛び跳ねながら突き進んだ。ときにカオンがふたりのまえをはしると、すぐにそのかれをシジリが追い抜き、こんどはオナミが全力でかけだしたりと、そんなことをかれらはいつまでも飽きることなくくりかえした。かれらは子供のころからの大の仲よしで、青年になったいまも、いつもこんなふうに無邪気に遊びたわむれるのだった。
「俺たちはいつもいっしょだ」

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冷やしうどん

16/08/14 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:436

盆休みを利用して、久しぶりに実家に帰ってきた。妻と、5歳になる娘をつれての帰郷だった。
しばらくみないうちに、父はめっきり老けていて、子供の頃は脅威だった頑固おやじの存在は、いまでは影をひそめていた。
母はまだ元気で、孫の福をみるなり思い余って、そんなことはしない人だったのに、みんなのみているまえで、力いっぱい抱きしめるのだった。
妻の美子は結婚まえまで接客業をしていたせいか、両・・・

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霊力増強剤

16/08/01 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:487

いやな時代ね。
お苑は憮然として表情をゆがめた。
ここは老舗の造り酒屋だった。
お苑は、三代前の主の娘で、もちろんいまはこの世の人間ではない。店ではたらく杜氏を好きになってしまい、一人娘を裕福な同業者のところに嫁がせるつもりでいた親は、生木を割くようにふたりを別れさせたあげく、杜氏にはべつの女を嫁がせた。お苑の怒りは、男がその女とあっさりいっしょになってしまったことだった。

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ダンス惑星

16/07/27 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:496

ピンク色をみると、ぞっとする。
そのピンク色の敵のシップとの、ながいあいだの銃撃戦で、彼の機の側面に、横数メートルにわたる裂け傷ができた。幸い内燃機関は無事だったので、彼は猛スピードをあげて敵機に体当たりを食らわそうとしたが、間一髪、相手はするりと体をかわした。それからというもの、両者のあいだで、熾烈な戦いがくりひろげられた。惑星対惑星を忘れてほとんど個人的な憎しみで交戦しているといってもよ・・・

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奪われた半濁音

16/07/21 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:678

「近頃、おかしなことに気がつかない」
ふいに妻が私に言った。夕食後、これから娘と遊ぼうとしていた矢先のことだった。
「ひんちゃん、あとで遊ぼう」
「ほら」
「何が」
「あなたあの子を、ひんちゃんって呼んだでしょう」
「ああ、呼んだよ。……まてよ」
「ついこの間では、ひんちゃんなんて言わなかったでしょ」
「そのときは……こうだった、ひんちゃん、あれえ」・・・

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ダンスウィルス

16/07/13 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:522

男はいきなり、声をあげながら、全身を軽快に揺り動かしはじめた。
吊革片手に、ステップを踏み、その場で何度もターンした。
バスの乗客たちは当然ながら、薄気味わるがって男から離れだした。
運転手がマイクで、お静かにと注意を促すも、男はまったく耳に入らぬ様子でますます踊りに熱中しはじめした。
それから数時間後、このバスに乗っていた男女たちが屋内でまた往来で、さっきの男とおなじよう・・・

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テロリストたちのダンス

16/07/06 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:539

犯人たちが百名の人質とともに、国際ダンスコンテスト会場にたてこもってすでに5時間が経過した。
各国から集まった踊り手たちが、この日のために磨きに磨いたダンスを披露している最中に、自動小銃を構えた7名の男女たちが会場内にとびこんできて、天井むかって発砲した。それからおこった大混乱の様子を数馬は、フロアの隅にうずくまりながらふりかえっていた。
最初はなにがなんだかわからなかった。彼はそのと・・・

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王者のつぶやき

16/06/30 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:463

ここでは俺が王者だ。
かれは胸をそびやかして豪語した。
それにしてもここは、なんて窮屈なんだ。
かれは背をのばして、あちらをみやった。
すると、いやにまんまるの、異常なまでの紅潮した顔が目にとまった。
かれはおもわず生唾をのみこんだ。
「どうしました。涙ぐんだりして」
隣にいた昔懐かしアフロヘヤの、これまたいやに顔色のあおざめた奴が、きゅうに声をかけてきた・・・

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愛妻弁当

16/06/27 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:512

ノックの音が二度続き、それから一呼吸おいてもう一度、鳴った。
彩奈は座布団からたちあがるなり、玄関にはしった。
彼と二人で決めた、合図のノックに、来訪者を確かめることもなくドアをあけた。
「やあ」
薮中敏郎は笑顔でこちらを見返した。
「まってたわ」
その言葉に嘘はなかった。このまえ会ったときから二週間というもの、彩奈は彼をずっと待ちわびていた。
ビジネスス・・・

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屯所前の蕎麦屋

16/06/13 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:677

目的の場所はもう、目と鼻の先だった。
あそこに新撰組屯所があるのだ。
三五郎は目を輝かせて屯所への道を歩いていた。
どこからか流れてくる匂いに、彼は鼻を鳴らした。村を出てからここまで、夢中で歩いてきた。その間、川の水をのんだきり、なにも腹にいれてなかった。
石垣の角に屋台が出ていた。暖簾に、蕎麦の文字がくっきりみてとれた。
たまらず三五郎がちかづくと、すでに2人の先客・・・

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着信音

16/06/08 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:518

蕎麦に関する話で、まっさきにおもいだすのはやっぱり、加代という名の昔つきあっていた女のことかな。最近やたら外人っぽい容姿の女性が多い中で、加代はめずらしく純日本風の顔立ちをしていた。どことなくあんたにも似ているかな。
ある夜、彼女と二人で部屋にいるときいきなり『ずるずる……ずるずる』と言う音が聞こえだした。
最初きいたときは、なんの音だと眉をひそめた俺だったが、彼女がバッグから取り出し・・・

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一瞬の遭遇

16/06/03 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:658

スペースシップは風ひとつ立てること     幸馬は、居合の構えをとると、その場に
なく、岩場の上に着地した。         じっとたちつくした。
イゴォは、窓からのぞむ、緑豊かな大     頭上の枝からはらりと木の葉が舞い落ち
地をみて、はやる気持ちを抑えた。点     てきたのは、それからかなりの時がたっ
在する民家に居住する人間の存在は、     てからのことだった。・・・

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テラリウム

16/05/31 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:674

彼女はいつもすみのテーブルに座っていた。そこは朝に僕がよくいく喫茶店だった。
壁のテレビが見やすいカウンターに着く僕から、テービルひとつはさんで彼女がいた。
彼女が誰で、どこからきているのか、むろんわかるはずがなかった。が、どうしてか妙に親近感をおぼえた。彼女のほうも、似たような気持ちにとらわれているのでは………。ときおり、目と目があったりすると、僕はその確信をふかめずにはおれなかった・・・

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雨のファンタジー

16/05/29 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:483

ふりしきる雨をとおして、ぼんやりと赤い光がみえてきた。
男は、雨のなかからただよってくる独特の匂いにひきつけられるように、ちっとも役にたたない傘をさしながら、その明かりにむかって足をはやめた。
上の道路からつづく石段のすぐ下に、その屋台はとまっていた。
それはまぎれもなくラーメン屋の屋台だった。
そこは石畳の敷きつめられた広場で、明るい昼間ならここに群がってくる鳩に、人が餌・・・

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雷、とどろきて

16/05/29 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:556

キリクは肌に、細かな雨粒がまつわりつくのを感じた。
やがて、パラパラと音をたててふりだした雨を彼は、ひろげた両腕でうけとめた。
まわりでも何人もが、彼同様、心で雨を感じていた。すぐ横ではミスキが、ジッパーをあけて、もろにさらけだした豊かな胸に雨のシャワーを浴びている。
前ではワクトが、ピシッという独特の息音を発して、みんなを現実の世界に引きもどした
誰もがまさに、夢からさめ・・・

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旅人X

16/05/22 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:615

それは和紙でできたハガキだった。
人の温もりが伝わってくるその柔らかな手ざわりが久美は好きだった。彼女はときどき、これまで自分に宛てて届けられたそのハガキを、母親に頼んで一枚一枚、みせてもらうことにしていた。
最初の一通が舞い込んだのは、彼女が難病の筋ジストロフィーで歩くことができなくなったころのことだった。差出人の名はただ、『旅人X』とだけ書かれていた。

―――こんにち・・・

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あごはずれて、あいた口がふさがらず

16/05/18 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:547

学生時代、夜更かしが過ぎて、生あくびをくりかえしていた。
うつむけの姿勢で、枕に強くあごをおしつけながら、生涯最大とおもえるほど大きな口をあけてあくびをした。
カクッという、向こうの部屋で寝ていた姉までおどろかしたほどの音がしたかとおもうと、あごがしまらなくなった。生まれてはじめて、あごをはずした瞬間だった。
途方に暮れるなどという、なまやさしい問題ではない。涙がでるぐらいすさま・・・

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鉄の旅人

16/05/17 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:749

『鉄の旅人』をみつけたら、あとをつけろ。ただし、迂闊にはちかづくな。
亜郎が、いつも大人たちからきかされている警告を思いだしたのは、無草地帯を夕美といっしょに歩いていたときのことだった。無草地帯は、大人たちから、足をふみいれるなとふだんから釘をさされているところだった。草も生えないほど夥しく汚染されているからだというが、ロボット対人間の戦争がおこったのは亜郎たちが生まれるずっとまえのことだか・・・

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蟻地獄

16/05/13 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:690

稲光に引き裂かれた黒雲から、あふれでた雨が大地にふりしきるなかを、俊之はいっさんにかけつづけた。雷鳴がしだいに接近しつつあるのも不気味だった。
まともに目もあけられないような雨に抗って彼が、しゃにむに走りつづけていると、前方に家らしい灯りが認められた。奥深い山中、ほとんど民家らしい建物などみかけなかっただけに、助けに船とばかり俊之はさらに速度をはやめた。
大きな屋敷だった。住人などいな・・・

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甘夏太郎

16/05/03 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:590

出だしはちょっと『桃太郎』に似ているかもしれない。
ただし、川を流れてきたのは桃ではなく、甘夏だった。お爺さんが流れに膝までつかってその甘夏を手にとったのは、他意はなく、ただ食べたいと思ったからにほかならない。
お爺さんは、肩に背負った山菜が盛られたカゴにその甘夏を放りこむと、麓の家にむかった。
「かえったよ」
お婆さんは部屋で腹筋を鍛えていた。なにをやってもながつづきしな・・・

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甘夏の食べ方

16/04/28 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:567

窓ガラスをふきおえたとき、十時を五分過ぎていた。
マキは、掃除のやりのこしはないかと、念を入れて室内を見まわした。
……あと、二十五分だった。
昨日までどっちつかずの天候がけさは、からりと晴れて、わずかにあけた窓のすきまからレースのカーテンを押しのけて、さわやかな初夏の風が吹き込んできた。
きょうのことは、母には内緒だった。伝えるかどうかは、後で考えることにしていた。五歳の・・・

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夏みかん時代

16/04/26 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:612

青果店の店先にまだ、夏みかんが置かれていた時代のことだった。
地球にはじめて訪れたアモンとルモンの二人のズモン人は、不思議な体験をした。
大気も、水も、気候も申し分のないこの惑星に飛来したズモン人たちは、不可視光線につつまれた宇宙船内から望む比類のない美しさにみちた地球がすっかり気にいった。自分たちの惑星からわずか73光年しか離れてないのにも喜んだ。なにより平和を好むズモン人だった。侵・・・

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行列

16/04/21 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:451

長い行列ができていた。太一は興味にかられてたちどまった。
いったいどこまで続いているのか、その先を目で追っていくと途中から、ぼやっとカスミがかかった風で、確かめるにもこの位置からではわからないぐらい長かった。あたりには建物がたちならび、食べ物をあつかう店も多く、太一はまっさきに、これはラーメンをまっている連中ではないかと思った。ラーメン屋と行列はいまでは不即不離の関係で、これだけの列を作るぐ・・・

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モノトーンの人々

16/04/13 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:600

町はすべて、白と黒と灰色でできていた。月の世界に色はない。ゆきかう人々もまた、すべてモノトーンでふちどられ、そのために誰もが、どこか石膏でできた像のような印象を湛えてみえた。
兎山から帰ってきたムン太は、なんども砂埃をはたき落としてから、ルナ子がいる酒場をたずねた。
まだ髪の毛が砂にまみれて、年よりふけてみえるのがおかしいのか、ルナ子が笑いながら彼におしぼりをわたした。
ムン太は・・・

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三味線と万華鏡

16/04/12 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:519

由香はきょうも、家の離れにすんでいるキヌ婆ちゃんの部屋に遊びにいった。いつもは手ぶらでいくのが、きょうにかぎって彼女は、短い筒のようなものをもっていた。それは母親が買ってくれた万華鏡だった。近所のスーパーで働く母親が昨日、めずらしく一人娘の由香におみやげを買ってきてくれた。「はい、お誕生日、おめでとう」それを聞いて由香もはじめて、自分が六歳になったことに気づいたのだった。
うまれてはじめて万・・・

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末期の願い

16/04/06 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:494

 白いシーツ、白の掛布団、そして四方白い壁にかこまれたなかで、K老人はその痩せさらばえた体を横たえていた。深く落ちくぼんだ目の光は、いまにも消え入りそうに弱々しかった。乱れた呼吸は苦しげな咳に何度も阻まれ、それでなくても枯れ木のような体はそのたびにいまにもへし折れんばかりに波打つのだった。
 ベッドのまわりには、白衣に身を包んだ男女が数人、神妙な面持で彼を見守っていた。
「Kさん、なに・・・

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わが心の友ラヤン

16/03/31 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:565

ラヤンは、テントの隙間から、その青々と澄んだ目をのぞかせた。
中では、板の上にシーツをひろげただけのベッドに、多々良がだらしなくねそべっていた。
ベッドの板を支える、何冊も積み重ねた書物だけが唯一、インテリ時代を過ごした彼の名残をしのばせている。固まった土が斑模様を描いているシートには、ひしゃげたチューハイの缶がいくつもころがっていた。
夕方の赤々した陽射しが、この無残なテント内・・・

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桑尾島

16/03/30 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:615

深雪は、定期船に三時間ほどゆられて、桑尾島にやってきた。
トラベルブームで、これまで観光地に名を連ねていなかった僻地にも大勢の旅行客が訪れようになった昨今でも、この人口50名足らずの孤島に足をのばすものなど、まずいそうになかった。
彼女がこの島に興味をもったのは、雑誌でここの猫を写した写真を、トビオといっしょにみたのがきっかけだった。
四歳になる雄ネコのトビオと深雪は、飼い主と飼・・・

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ネコウィルス

16/03/29 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:634

交差点をゆきかう人々のなかにも、猫の頭がいくつもみえた。
猫の頭――ネコウィルスに感染し、手足はもとより全身くまなく猫のような毛が生えそろった人間のことだった。
二年まえ、南アフリカの山奥で一人の男性がはじめてこのウィルスに感染した。
山からおりてきた彼をみた人々は、輪郭は人間なのに頭は猫、一面毛に覆われたその全身に度肝をぬかれた。その後一年のあいだに、世界中で何百と言う男女が、・・・

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予告された自殺

16/03/24 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:533

その夜、宗川敏夫から電話をもらった人間は、全部で5人いた。
ふだんからとくに親しくしている者ばかりで、男が三人、女が二人、宗川とおなじさる文学サークルのメンバーたちで、私立大学の教師が主催する季刊誌にみな、詩と小説を載せていた。
最初に彼から電話をもらったのは、世良梓で彼女は、宗川敏夫の元カノで、半年ほど同棲していたのが、二か月前、別れていた。性格が合いすぎた。それが別れた原因だった。・・・

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人間水族館

16/03/16 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:645

『人間水族館』という呼び名は、静かに散っていった桜のあとに、まってましたとばかり青葉が山々を覆いはじめるころ、境内から続く石段の下の広場にやってきたひとりの男の姿とともに私の記憶にはっきりやきついている。
折りたたみ椅子に座った男の前には、たくさんの洗面器がならべられていた。それらは近所の人たちがもちよったものばかりで、盥も何個かまじっていた。
ちょうど学校がひけて、子供たちがかえって・・・

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美咲とミサキ

16/03/15 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:764

美咲は水槽のなかで静止しているミサキと、目を見交わした。
ミサキ。彼女はその魚に自分と同じ名前をつけた。
美咲は、いつも水族館が閉まる前に、すべりこむように入館する。すでに辺りに客の姿はない。周囲は、深夜のような暗がりが支配している。水槽の青々と輝く水の、ここはまるで延長上にあるようで、ときに美咲は自分が、ミサキと同じ世界にいるような気持ちを味わうことがあった。
喧騒と、埃と、機・・・

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ラ・サイナ計画

16/03/09 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:538

噂ではそんなものがあるとは聞いていたが………
ユータローは段ボールの我が家から顔をだして、しかつめらしい態度で目の前にたっている男をみかえした。
『地球脱出用ロケット』その名を彼がはじめて耳にしたのは、まだホームレスに落ちるまえの、一般人だった時代の話だった。なんでも、いつ滅びるかもしれない地球から、他の天体むけてとびたつロケットに無償で優待するというものだった。世界はまだ存続はしてい・・・

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クランクアップ

16/03/08 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:714

留吉は流し場で手を、皮膚がすりむけるぐらい何度も執拗に洗いつづけた。
いくら洗っても、目にみえない血が手のひらを流れ出すのを、恐々としながら見守りつづけた。
映画の撮影が終了し、四つ木譲二こと早川留吉は、監督や俳優たちによる打ち上げ会などみむきもせずに、撮影現場から逃げるようにして自宅のマンションに帰宅した。
その迫真にとんだ演技は、一般大衆はもとより、映画関係者の多くをうならせ・・・

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吸血鬼がいた

16/03/07 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:530

 映画が隆盛をきわめた時代は、どこの映画館でも三本立てでやっていた。三本ともなると、朝入館して出るのは夕方というのがざらだった。
 内容も、邦画あり洋画ありアニメありとなんでもありで、大人も子供も十分楽しむことができた。いまから考えれば脅威だが、館内は禁煙でなく、あちこちで観客たちの吸うたばこの煙が映写機から放たれる光線のなかに、もうもうと渦を描いていた。
 当時私は、ありあまる暇をも・・・

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必殺技あれこれ

16/02/24 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:714

 プロレスの必殺技はたくさんある。ここでいう必殺技とは、文字通り、その技で相手を
KOするか、ギブアップさせるか、あるいはそのままスリーカウントを確実に奪ってしまう技のことを指す。
 KOやギブアップさせなくても、見た目に華麗で、またエキセントリックな必殺技もある。カール・ゴッチのジャーマンスープレックスなどはKO必死だったし、ミル・マスカラスのフライングクロスチョップは文字通り輝かん・・・

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見しらぬあなた

16/02/18 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:644

トオルは、階下からきこえる食器のふれる、かろやかな響きに目をさました。
それはいつも朝、七時きっかりにキッチンからきこえてくる、いわば目覚ましのようなものだった。
彼は着替えをすますと、あくびをしながら階段をおりていった。
「おはよう」
オーブントースターからこんがりやけたパンをとりだしていた彼女が、こちらをみた。
「おはよう」
おうむ返しにいってトオルは、てん・・・

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愛さえあれば

16/02/16 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:554

パメラにむけられるゼンジのまなざしは真剣だった。
「いっしょにすもう」
一瞬パメラはあたりの客たちをうかがった。バーには、多くの異星人たちが酒をのんでいた。自分たちのように、男女のカップルも少なくない。都市では、異なる星同士の男女の、結婚を認めていなかった。恋愛関係はあくまでプラトニックに限定されていた。おそらくこの店の男女もそれは同様だったにちがいない。仕事上や友情のつきあいは奨励さ・・・

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目をあければ、ひとひらの桜

16/02/16 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:634

冬が去り、まちこがれていた暖かな春風がふきだし人々がこぞって家から出るころ、ヒロキはぎゃくに閉じこもりがちになった。意識は胸のあたりに集中し、いつはじまるかと、はらはらするのもこの時分のことだった。
桜の枝につぼみがふくらみ、それがやがてほっこらとひらきはじめるころ、彼の胸の上にも枝がのびだし、桜が花をつけるのだった。
ヒロキがはじめてそのことに気がついたのは、まだ両親といっしょにくら・・・

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カルバドス

16/02/09 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1033

見境なしにはいりこんだバーは、ちょっとばかし高級そうな店だった。
入り口のところで、「コートをお預かりします」と店の者からいわれてアキラは、照れくさそうに安物のコートを脱いだ。
テーブルに着いたアキラは、ため息とともに椅子に座りこんだ。会社で経理を担当する彼が、横領した金のすべてを競馬につぎこんだあげくすってんてんになって、残された道は死ぬしかないところまで追い込まれ、末期の酒をととび・・・

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どちらが先に

16/02/03 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:508

出撃命令はでた。
銃をかまえたオサムは、やはり隣で戦闘態勢に入ったプジョーに声をかけた。
「おい、お前と俺のどちらが先に敵を倒すか、金貨一枚賭けないか」
プジョーは目を光らせた。
「いいだろう。ところで、給料前だというのに、金貨はあるのか」
「もちろん。元手なしに賭けはやらんさ。お前はどうだ」
プジョーは胸のポケットからまばゆく輝くコインをとりだしてみせた。

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曽祖母の習慣

16/01/20 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:665

敵の攻撃は熾烈をきわめた。わが地球軍戦士たちは劣勢に陥り次々に倒されていき、とうとう味方は50人を残すのみになってしまった。地球から数十光年はなれた惑星の上で、もはや脱出の手段もなくなり、地球軍はあえなく投降した。
敵の将軍ズーダは、自分たちと顔も姿も酷似した人間たちを前にして、勝者の余裕をうかべた。
「きみたちの勇敢さには心から拍手を贈ろう」
ここは、地球人たちの最後の砦の中だ・・・

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茶代

16/01/19 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:681

茶を一息に飲み干したその武芸者は、深編笠をかぶり直すと、すっくとたちあがった。
そのまま何もいわずに歩き出すのを、後ろの床几に腰かけていた商人風の男が見て、茶店の親父に呼びかけた。
「あのお武家、茶代をおいていかなかったよ」
茶店の親父は笑顔でふりかえると、
「あの方はいいんですよ。試合がすんだら、また寄られるから」
「試合」
「ご存じないので。あのお武家さんは・・・

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純文学的な、余りに、エンターティメント的な

16/01/08 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:730

直木龍之介は考えこんだ。
自分の書く小説ははたして純文学なのか。それとも大衆文学なのか。いったいこの線引きはどこでつけるのだろう。
自分ではいっぱし純文学を書いているつもりなのだが、よくよく考えてみるとそのちがいが判然としなかった。まるで上半身が大衆小説作家で下半身が純文学作家であるかのようななんとも中途半端な心境だった。人からきかれたときは一応、『もの書き』ですと無難に答える自分だっ・・・

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それは紙魚からはじまった

16/01/05 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:960

本にくっついた紙魚の行動が変だった。
私は好奇心をそそられてそれまで読んでいた活字からその銀色の虫に視線を転じた。
ふいに紙魚は前進した。が2ミリほど行ったところで右にまがり、また数ミリ進んで左に折れたかと思うと、今度は反対方向に歩きだし、すぐまたたちどまった。それはまるで人が試行錯誤したあげく紆余曲折している姿に似ていた。一分ほどその場に静止していた紙魚は、やがて本のページから机の上・・・

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尻軽女

15/12/30 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:647

手ひどい失恋を味わって以来自暴自棄に陥った私が、心機一転をはかって一人旅にでたときのことだった。
あてもなく訪れたその土地は、大気は香しく、空もあくまで澄みきって、私の落ち込みがちな気持ちをずいぶん快適にしてくれた。なんでもこの地方だけに育つ酵素や善玉のウィルスが畑の作物や飲み水に好影響をもたらしているとかいう話を、ふらりと立ち寄ったパブ風バーでカウンターの隣にいあわせた男性からきかされた。・・・

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失恋保険

15/12/25 コメント:10件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:970

カフェのテーブルの向うから、彼女が決意したようにいった。
「別れてほしいの」
風太は、彼女が本気なのをみてとると黙ってうなずき、鞄からとりだした書類を差し出した。
「すまないけど、ここにきみの名前と印鑑を押してもらえないだろうか」
「なんなの、これ」
「失恋保険なんだ。失恋すると保険金がおりるようになっている」
彼女は書類に目をとおしてから、彼の言葉に嘘がないの・・・

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愛猫

15/12/24 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:796

朱美は、賑やかな商店街を足早にとおりすぎると、途中路地に折れて酒場やクラブのけばけばしい看板の間をぬけ、やがて外灯の明かりも弱弱しい自分のアパートの前までやってきた。
うなだれたまま一階の自室に入った彼女に、猫のマゼンタがすりよってきた。
朱美はマゼンタを抱えると、ソファに座り、いままでこらえにこらえていたため息をついた。
「グルルル………」
マゼンタが嬉しそうに喉を鳴らし・・・

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コーラの湯割り

15/12/16 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:612

もしかしたらこれまでにも誰かが飲んでいるかも知れない。
私の周辺ではまだこれを飲んだという話は聞かない。あるいはどこか地方で、新年を迎えるにあたり、除夜の鐘を聞きながら家族団らんでコーラの湯割りを楽しむところがあるかもしれないが、私はしらない。
もともとコーラはあまり飲まないほうで、ファミレスのドリンクバーで、他のドリンクに飽きてしかたなく飲むことや、旅行先でふと飲みたくなって自販機等・・・

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時空革命モノガタリ

15/12/07 コメント:12件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:938

 できあがった作品を、さあ送信するかといつものように『時空モノガタリ』を検索したところ、なにかのまちがいかあらわれたのは『時空革命モノガタリ』という名のサイトだった。
 これはいったいなんだろう。似たような名前なので、こちらが出てしまったのだろうか。
 もしかしたら表記が変更になったのかとも思って詳しくみてみると、はたして次のようなコメントが記されていた。

 今回から駄作・・・

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大田角明

15/12/03 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:626

彼の名は大田角明といった。ちなみに、『かどあき』と読む。『かくめい』ではない。しかしたまに人は彼のことを、『かくめい』と呼ぶことがあった。そんなとき、いちいち『かどあき』ですと説明するのもめんどくさいので、そのままにしておいた。
先日、それほど親しくなかった女性からひょんなことで酒に誘われ、あらためて自己紹介のようなことをした際、そのときの気分で彼は自分を大田かくめいとなのった。すると相手の・・・

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ターザンの石

15/11/21 コメント:7件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:919

ついに俺の才能も枯渇したか。
と私は、今回のテーマの『他山の石』をしるなり、頭をかきむしった。なんと難解なテーマだろう。これをいったいどう物語にすればいいのか、考えれば考えるほど混沌として、こんとばかりは完全にお手上げだった。
今回はパスしようかとマジで考えた私だが、一度パスする癖がつくと、とくに私のような弱い意思の持ち主は行き詰まる度にバスするのではという懸念が頭をもたげた。
・・・

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宿題

15/11/16 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:569

カスミは腕をくみ、何やら考えこみながら帰ってきた。学校で出た宿題に頭をひねっていたのだ。
庭でちょうど父親が、夕食前の筋トレに励んでいた。
「おとうさん」
彼女が近寄っていくと、父親は腕を高く空にのぱして、がっしと月を両手でささえもつなり、よいしょとそれを胸までおろした。そして何度もそれを上げさげしはじめた。
「どうした、カスミ」
「先生から宿題がでて、『奇人』のこと・・・

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樹上にて

15/11/12 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:612

最初みたとき、おや、ちがうと感じた。
それがはじめて野上宇多をみたときの漣の、第一印象だった。
しかし、何がちがうのかまでは、そのときにはさすがにわからなかった。彼女のそのわからないところに彼は、しだいに魅かれていくようになった。
宇多との出会いは、都会生活に疲れた彼が自然の豊かな地域を求めて出た旅の途中の、道に迷って入り込んだ森の中でだった。彼女は、周囲にひろがる青々とした繁み・・・

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聖なる泉

15/11/07 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:934

砂漠は、今日も砂漠だった。
当たり前といえば当たり前だが、実際毎日砂漠ばかりみていると、そんな金太郎あめ的心境におちいるのも無理はなかった。
俺の雇い主のクーカも、最初は砂漠の中に眠る秘宝を求めにいくぞとえらい意気込みようだったが、出発してからすでに一週間がたとうとしているいまは、いささか砂アレルギーに罹っているんじゃないだろうか。
その財宝というのがいったいなんぼのものなのか、・・・

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全自動車

15/10/29 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:671

 L氏は車に乗った。
 そこにはテーブルとイスがあって、彼は上着を脱いでネクタイをはずしてから、寛いだ姿で椅子に座った。
「○○まで頼む」
 彼の対応はそれだけだった。あとはすべて車に任せるだけでよかった。
 ハンドルを回すことも、アクセルを踏む必要もなく、車はひとりでに走りだした。
 道路際の光景が走りすぎる窓には目もむけずに彼は、のんびりとテレビにみいった。

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怪盗アラベスク

15/10/25 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:872

北風の吹く夕暮れ時、コートの襟をたてた男がひとり、ガード下にみつけた屋台のラーメン屋の暖簾をくぐった。
「親父さん、豚骨ラーメン頼むよ」
「いらっしゃい」
男は椅子にゆっくりと腰をおろした。
髪はほとんど真っ白で、体も痩せているが、暖簾をすりぬけるように入ってきたその身軽な物腰と、ちらとこちらをみたときのその眼光の鋭さから親父は、この客はただ者ではないと踏んだ。
「き・・・

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たそがれ時

15/10/12 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:765

 この辺り一帯で続発している殺人事件の知らせが入ったときも弥生は、バルコニーのロッキングチェアにゆったりと腰をおろしていた。
 弥生の家は、まちのはずれを流れる河の手前にあって、彼女の位置から広々とした河川敷がながめられた。
 いまじぶんともなれば、折からの夕日に血のように赤く染まった川面と、河川敷に疎らに点在する人影が相まって、どこかムンクの絵のような病的な印象を漂わせている。

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もち

15/10/09 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:771

モコはその朝、いやに体が柔らかいことに気がついた。
いつものようにベッドからおり、ストレッチを兼ねた軽い体操をはじめたときのことだった。背を反らすと、頭はいまにも床に届きそうになるし、体をねじると、ウエストは楽に180度回転した。
日ごろの努力のおかげかしら。
モコがそう思ったのも無理はなかった。介護の仕事に携わる彼女は、寝たきりの人をベッドから起こすときなど、つい余計な力がかか・・・

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ストレス買います

15/09/28 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:654

電車に乗り、二駅も行かないうちにはやくも、周囲の乗客たちから向けられる排他的で刺すようなななざしや、舌うち、女性たちの露骨なまでに警戒にみちた表情などなどが、まるでやぶ蚊のようにどっと僕にむかって群がり寄っってきた。
僕はただ、つり革にぶらさがっているだけなのに、かれらはどうしてそんな人を不快にさせるような行為を平気でとるのだ。いやというほどのストレスが僕の上にテトラスゲームのようにたまりだ・・・

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ゆううつ屋

15/09/23 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:915

これは私が小学生の時の思い出だった。
放課後、すぐに家に帰っても、両親が共働きで家に誰もいないので、私はときどき、帰路の途中にある焼きそばとお好み焼きを食べさせてくれる店に立ち寄ることがあった。
鉄板のついたテーブルが一台きりの、4人が向かい合って座れば満席という本当に小さい店だった。坂の途中にあって、すぐ前の細い側溝には、山からの澄んだ水が流れていた。
私はそこでよく、焼きそば・・・

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沖縄風

15/09/10 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:849

帰宅した友也は、玄関に入るなり、廊下から漂ってくる匂いに鼻をひくつかせた。
「ゴーヤチャンプルだね」
キッチンにいた妻の理恵は、
「わかる」
「そりゃわかるさ。きみの十八番じゃないか」
毎年、ゴーヤの出る季節になると、必ずといっていいほど食卓に上るこの料理を、友也も楽しみにしていた。
妻の作るゴーヤチャンプルは卵と豆腐とゴーヤの味がほどよくミックスされて、ほんと・・・

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ごきの記

15/09/04 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:757

ほんとうかどうか、コオロギの仲間だときく。
不幸にしてこいつは鳴くことをしらない。
ゴキブリ。その名を耳にするだけで、多くの人は一様に不快そうに顔をしかめる。ゴキブリのような奴といわれたら、それはあらゆる意味で最低の人間をいいあらわすのではないだろうか。あと似通ったやつに、ダニがいるが、こいつはなにぶんちっぽけすぎて、ゴキブリのようにひと目みて嫌悪の対象にされるようなことはない。

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パラパラ漫画

15/08/25 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:825

達也は、ひとりベッドから出ると、一階のキッチンにおりていった。
そのときちょうど、君江がそばをとおりかかった。
二人は顔をあわすこともなくすれちがった。君江はそのまま玄関におり、靴をはきはじめた。化粧もおえ、バッグを肩に、これから出勤するところだった。
達也はキッチンのテーブルに腰をおろすと、目の前に置かれた生パンをトースターにいれてスィッチをオンにした。パンが焼けるまでのあいだ・・・

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弓矢

15/08/19 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:725

かけだそうとする夏彦の手を、母親の登喜江はぎゅっと握りしめた。
「夏っちゃん、いそがんでも、お祭りは逃げへんで」
それでもまだ夏彦は、登喜江の手を引っ張って、先をいそごうとする。すぐむこうには、お宮さんに続く石段が見え、その石段を、大勢の人々があがりおりしていた。
石段を伝って、烏賊の焼いた匂いや、なにやら甘ったるい香りが漂い流れて来る。
登喜江と夏彦が石段の前にきたときち・・・

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祭り爆弾

15/08/17 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:674

敵は、てごわかった。
この数日、惑星上において熾烈な戦いが繰りひろげられた。
我々地球軍が、白鳥座のはずれにある宇宙空間に地球型惑星を発見したのとほとんど同時に、敵方もその惑星をみつけた。両者は惑星に着陸するなり、戦いの火ぶたを切った。
双方の武力はほぼ拮抗していた。こちらの攻撃に対して相手は、たちどころにそれを跳ね返すシードをはりめぐらした。こちらもまた相手の攻撃に対抗するため・・・

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渚の祭

15/08/11 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:881

 燃やす材料はだいぶ集まった。
 砂浜の上に、だんだんとそれは、堆く積み重ねられていった。
 薪になる材料を抱えた人々がいまも、あちこちから引きも切らずやってきた。机の脚、椅子、板切れ、野球のバット、新聞や雑誌の束を担いでいる人もいる。子供、若い男女、中高年と、その顔ぶれはさまざまだ。
 渚のなかほどには、キャンプファイヤのように大勢の人々が輪をつくってすわっている。
 す・・・

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難攻不落

15/08/03 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:682

何百と何千という超ド級宇宙船がならんでいる光景をみると、さしもの広大無辺な宇宙空間といえども、せまく感じられるほどだった。
最初は、わずか数隻の、それも小型船どうしの遭遇にすぎなかった。
その小型探査艇ハルカ号にのっていたヤマガタ船長こそ、いまや東軍団の総司令官として全艦隊の指揮をとる立場にあった。
「あれから30年がたった」
述懐気味にヤマガタはつぶやいた。
どこの・・・

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パフェ男が酒をのみたくなった理由

15/07/28 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:931

彼になかば導かれるようにして俺とはん子は、その喫茶店にたちよった。ここはやっぱり飲み屋にでもいきたい気分だったが、彼がいたのでしかたがなかった。
店にはいり、やってきたウェイトレスに、彼が頼んだのはやはり「チョコパフェ」だった。
「そちらのお客さまは、なににいたしますか」
「日本酒ある?」
俺は猪口でグイとやるあの醍醐味が好きだった。あきらめ半分できいてみた。
「ちょ・・・

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読者を死に至らせる作者の罠

15/07/25 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:871

この作品を読んでいるみなさんへ、忠告します。
いますぐ読むのをやめなさい。
読んでもためにならないとか、面白くないとかいうことではありません。
その理由なら、これまでの私の作品すべてについていえることで、わざわざ断るまでもないでしょう。
この作品に関して読むのをやめろというわけは、こうです。
この作品を最後まで読み終えたとき、あなたはまちがいなく死んでいることでしょう・・・

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夜行バスの女たち

15/07/24 コメント:7件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1374

 東京から関西に向かう夜行バスは3連休初日とあって、ほぼ満席だった。
  高速道路に入って一時間あまり、そろそろみんな退屈をもてあそぶ時間帯にさしかかったらしく、あちこちの座席から話し声がきこえはじめた。
 たまたまかも知れないが乗客のほとんどは女性で、男性客はわずか4人だった。
 そのため車内は彼女たちのあたりをはばからないお喋りで騒がしく、明日にそなえて寝ておこうとする・・・

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ネズミとり

15/07/20 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:783

観測ステーションのドーム内のあちこちに最近、奇妙なものをみかけるようになった。細長いワイヤを加工して作った小さな入れ物のようなもので、入り口が開いていて、その中になにやら餌のようなものが吊るしてある。中に入ったものがその餌をとると、いきなり蓋が閉まる仕掛けになっていた。これの製作者は地球出身のアオイという隊員だった。彼が制作したその罠をもとに、おなじものが何十と製作され、ドーム内の至る所に仕掛けら・・・

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至福の繭

15/07/13 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:854

観測基地の近くにいたクバを最初に発見したのは隊員のミサだった。この惑星に降り立ってひと月がたった時のことで、かけつけた隊長ラムも、そのふわふわしたまん丸の生き物をみて目を細めた。世の中にはたとえば赤子のように理屈なしに愛くるしく思えるものがあるが、この生き物がまさにそれで、ミサたち女性隊員などはおもわず頬をすりよせずにはいられなくなるほどだった。
生物学者のキコは、どうもそれはクバのもつある・・・

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タイムリミット

15/07/10 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:786

 いつかこんな日がくるような気がしていた。
 あるいは他の人たちも一度や二度ぐらい、このような妄想を、たわむれに思い描いたことがあるのではないだろうか。
 しかし現実にこの日がやってくるとは、さすがの僕も夢にも思っていなかった。
 朝おきたとき、時計がとまっていた。とまっていたのは時計だけではなかった。ダイニングで朝食の目玉焼きを作る母が、フライパン片手にとまっていた。
「・・・

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ミス・スーバニユコンテスト

15/06/29 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:829

 探せばあるものだ。
 さすがはwebの時代。ミス・ユニバース日本代表コンテスト―――ではなく、その反対の、言葉はわるいけれど日本おぶす代表のようなコンテストはないものかといろいろ検索していたら、あった、あった、いくらもかからないあいだにすんなり私のスマホ画面にそれに関したHPがあらわれた。
 その名も、ミス・スーバニユ日本代表コンテスト募集。
 とにかく、きれいであってはいけ・・・

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彗星が通り過ぎた夜

15/06/20 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:813

今世紀最大の彗星が地球のすぐそばをかすめとおる話題でもちきりになっているとき、米子はひとり、せっせと掃除をしていた。
ハウスキーパーの仕事についてまだ半年、所属する事業所から彼女が任されたのは大富豪の、部屋数がいくつあるかさえわからないくらいの広大な邸宅だった。夕方五時から夜の十一時という変則な時間帯を、一分一秒片ときもやすむことなく彼女は一部屋一部屋掃除してまわらなければならなかった。それ・・・

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氷詰めにされた江戸

15/06/15 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:801

奥多摩が東京都にあるときいてもまさかと思う人がいるようですが、確かにあの山や渓谷といった大自然に覆われた地域をまのあたりにしたら、ここに東京の文字をあてはめるのに違和感を覚える人も多いかもしれません。それはともかく、おそらく今世紀最大の発見ともいうべき大発見がこの地域であったことを、しっているのはいまのところほんのかぎられた人々だけではないでしょうか。
獣でさえ足をふみいれないような峩々とし・・・

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ライオンスーツ

15/06/10 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1031

動物園の園長を親友にもったりすると本当にろくなことはない。ときに大変なことを頼まれることがある。彼は僕がいい加減な人生を送っていることを見こして、今回の依頼を申し込んだことはまちがいない。その依頼とは、ライオンの檻に入れというものだった。最初に電話でいってきたとき、てっきり冗談とばかり思って、「報酬はいくらくれる」ときくと、「10万だすよ。ただし一日かぎり」10万ときいて僕の食指が動いた。心のどこ・・・

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ご家庭にある、ご不用になった……

15/06/08 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:816

嫁の美紀子が掃除をしていると、リュックをかついだ義母の敏江が階段をおりてきた。
掃除機の音で、きこえないふりをして出ていこうとした敏江をみて、嫁はわざとらしく掃除機をとめた。
「おかあさま、どちらにおでかけ?」
「老人会の集まりよ」
「あら、老人会ならこのあいだ、ありましたわね」
「きょうはとくべつよ。大正琴の発表会の説明があるらしいの」
「大正琴はどこに」

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いにしえの動物園

15/06/01 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:753

僕のお爺さんは話しはじめた。なにぶん年寄のことなのでむやみと長くなる嫌いはあったけれど、僕のしらない昔のことがきけるので、いつも熱心に耳を傾けることにしていた。
「わしがまだ、おまえぐらいちっぽけだったころの動物園には、いまとちがっていろんな動物が見れたもんだ。キリンやライオン、虎や熊、ゴリラにオランウータン、それにカバやワニなんかもいたな。みんな柵や檻の中にいれられて、わしたち見物人たちが・・・

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江戸への扉

15/05/18 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:742

いつしか私は見知らぬ森の中に入りこんでいました。
渓谷に咲く珍しい草花を観察しているとき、岩場を歩く独りの女性の姿が目にとまりました。いまどきめずらしい着物姿の艶やかさもさることながら、彼女の身辺から漂う、なんともいえないアルカイックな風情にたちまち魅せられてしまい、気がついたら私は、彼女の後を追いかけていました。
大学教授がストーカーに。そんな新聞の見出しが私の頭をよぎりましたが、私・・・

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ゴミの惑星

15/05/11 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:893

空の上から、明るいピンク色の胴体を輝かせながら何台ものゴミ取りロボットが、降下してきた。
まちにまったプロジェクトがいままさに、幕を切っておとされようとしていた。
『ゴミ一掃作戦』と命名されたこの計画は、文字通り惑星上にたまりにたまったゴミを収集して焼却までを行うロボット『ゴミクー』(ネーミングは一般公募)数万台を地上の各地点に配置することからはじまるのだった。
惑星調査船ではじ・・・

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はい、お時間がきましたようで

15/05/05 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1234

母の瑠奈が僕の茶碗に紅茶をついでくれた。
「レモン、ミルク?」
唇をつきだし加減に話す彼女は魅力にあふれていた。
「渡、あたしダイエット中だから、これ、あげる」
と姉の美依菜が焼きたてのクッキーの皿を、こちらにさしだした。
「ありがとう」
僕はさっそく、ブルベリージャムがたっぷりついたクッキーに手をのばした。彼女はコーヒーだけのむと、やわらかな衣服を舞いあがらせ・・・

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うみのおんな

15/04/29 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:927

 海は、むっくりと起き上った。
 その体は、はげしく波立ち、水しぶきを煙のように空中に、高々と舞いあげた。おおむね四角いかたちをたもったまま、のっそりと陸地にあがってきた。
 地面を歩きつづけるにつれて、しだいにその四足は関節のように折りまげることが可能になり、だんだんと歩行に適した仕組みをみせはじめた。
 とはいえまだその姿は、流動的で、ときにまえに大きくせりだしたかとおもうと・・・

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メドゥーサカット

15/04/27 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1193

 ドアの外に、思いつめた顔つきの女が立っていた。
「なにか、ご用かしら」
「目土宇佐先生のお宅でございますか」
「そうですが」
「あのう、美術雑誌にのっていた、先生の彫刻のことで、ちょっと教えていただきたいことがありまして」
「いまじゃないと、だめなのかしら」
「どうしても今夜、お願いします」
「まあ、入って」
「作品は、どこにおいてあるのですか」<・・・

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海屋

15/04/21 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1185

 子供のころの記憶だから、あいまいなのはしかたがないが、当時たしかに、『海屋』という商売があったことだけは確かにおぼえている。
 僕が生まれ育ったところは、まわりを山ばかりにかこまれた環境で、もしも海を見ようとしたら電車と汽車をのりついで、半日以上かけないことには望みをかなえることができなかった。
 本とかテレビでみることしかできない海を、僕はどうして知ったのか、それを最初に教えてくれ・・・

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夢想

15/04/20 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1130

 よせては返す波の,単調な調べが聞こえたような気がした。ワーダは、観測所の窓から外を見た。
 この、砂ばかりの無人惑星に観測員として派遣されてすでに一年がたつ。穏やかな気候、温暖な大気、地下からくみあげる水は豊富で、濾過することもなくのむことができた。しかしここには、川も湖も、そして海も、なかった。
「どうしたの、ワーダ?」
 ナオミの声に、彼は我に返った。
「波の音がきこ・・・

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崩れる

15/04/13 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:916

 最初に、かゆみ止めの軟膏の小瓶が、崩れた。
 こたつテーブルに、座っていたクニオは、その一部始終を目撃した。
 まず、ふたの部分の端が、ふっと薄くなったような印象をうけた。それをたとえて言えば、テレビの画像のドットが急に荒くなったとでもいっておこうか。
 ちかごろ、老眼がすすんできた彼は、てっきり目のせいだときめつけた。
 だが、瓶のふたがみるみる、砂でできた城に水をかけ・・・

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オオカミさんへのオマージュ

15/04/06 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:927

 娘の美奈が、ちょっと部屋にきてと、私を呼んだ。
 私はすぐに、あれかなと推測した。
 はたして、私が部屋に入ると、娘は机上のパソコンを前にして、
「お父さん、三匹の子豚ときいて、なにを思い浮かべる?」
 と、たずねてきた。
「またあれかい、時空何とかという―――?」
「そう、その時空モノガタリの、今回のテーマなの」 
 美奈がそのサイトに、自分の作品を投・・・

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ブリキの風ぐるま

15/03/30 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1002

 遠い日の記憶だから、あいまいにぼやけているのはしかたがない。
 おまけにそこに私の空想がまじったりするのでますます、あてにならないことはなはだしい。
 しかし、私がまだ小学生だったころ、たしかに家のちかくに、彼がいたことはまちがいなく、そしてその彼がブリキ屋の息子だったこともまた、疑いようのない事実だった。
 彼の名は、愛田友樹といった。
 店の屋号が『あいだ屋』で、私の・・・

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路地裏のメルヘン

15/03/27 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:965

マンションと雑居ビルに挟まれた隙間には、さまざまなごみが風に飛ばされて吹きこんできた。ごみといっしょにまいこんできたもののなかには人間もいた。出ていくところがないので、ごみも人も、いつのまにかこの場所に居ついてしまった。いつのまにかすみついたものは、またいつのまにかどこかへ行ってしまうので、顔ぶれはつねに変動したが、だれひとりそんなことに気をとめるものはなかった。
ただし、三日に一度の掃除と・・・

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テーブルマジックのキング

15/03/23 コメント:5件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1254

 スーパーの商品搬入口にパトカーが横付けになり、二人の警官がおりてきた。
 さっき店から万引きをつかまえたとの通報があった。
 スーパーの控室には、店長らしい三十代の男性と、そのむこうにテーブルをはさんでひとりの、無精ひげもみすぼらしい中年男がうなだれて座っていた。
「あ、おまわりさん、この男です、店の商品を万引きしたのは」
 二人の警官を見比べて、歳のいったほうに店長・・・

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危険な依頼

15/03/16 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1175

 ケイジロウに山園遥から電話があったのは、冬をまぢかに控えたある日のことだった。
『なんでも相談ひきうけます』のうたい文句で、チラシのポスティングを依頼したのがひと月まえで、入った仕事が迷子の猫探し3件、警察にはたのめない落し物の拾得、億万長者のマンションのハウスキーパー、恋人いない歴30年の女性の1日彼氏、さらに70歳の未亡人のエスコートといったところだった。罪がなく、実入りもそこそこあっ・・・

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夜空をふるわす咆哮

15/03/09 コメント:8件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1147

 新説というより、珍説というべきだった。
 ただ、それをいったのが世界的古生物学の権威、山川博士だけに、だれも笑うものはなかった。
 四億年も栄えた恐竜が、ただ捕食と生殖のみに生きていたとはどうしても思えない、ではなにをしていたかというと、人間をはるかに超えた高度な進化をとげていたのだと博士は唱えたのだ。
「だけど、あなた」
 と妻の七海が、ほかのものならまずいえない質問を・・・

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ダイダラボッチの足4の字固め

15/03/02 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1116

BB(ビックバン)プロレス団体代表一之瀬太郎は、空席のめだつプロレス会場をみまわして、ひとしれずため息をもらした。
リング上では若手レスラーたちが、見栄えのする派手な技をかけあいながら、熱戦をくりひろげている。
客の入りがすくないのはどうしてだろう………。
やっぱり、看板レスラーがいないからじゃないか。
学生時代からの友達で、忌憚なくなんでもズバズバいってくれる相談役の河・・・

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4月10日はなんの日?

15/02/26 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1025

 この記念日が制定されたのは、ごく最近のことだった。
 安子の勤める会社では、朝から女子社員たちのあいだでその話でもちきりだった。
 4月10日―――しっと(嫉妬)の日。
 きょうは、いくら嫉妬しても、いい日だった。
 いいどころか、とことん、徹底して嫉妬することが奨励された。いくら嘘をついてもゆるされるエイプリルフールと、似たような記念日かもしれない。
「英子さん、・・・

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空前絶後の嫉妬

15/02/24 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:899

 午後の公園は、おだやかな初夏の陽ざしにつつまれていた。
 この広い公園は、近所にすむ親子連れがよく利用するところで、ベンチがとりまく周囲にはいまも、子供をつれた母親のすがたが三々五々ながめることができた。
 そのとき美智子のすわっているベンチに、ちいさな女の子の手をつないだ母親が、妙におどおどとためらうような足取りでちかづいてくるのが見えた。
「すみません、お隣にすわらしていた・・・

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ビフォーVSアフター

15/02/16 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:838

 ひとめ見て、殺意にちかい憎悪がわきあがった。
 いつもはベンツをのりまわしている大槻小夜子が、ちょっとした気まぐれできょう、本当に何年ぶりかで電車にのった。
 座席にすわって向いの、面白くもなさそうにすわっている乗客たちの顔を、漫画でもみるような気持ちでながめていたとき、ふいにその問題の女の顔にでくわした。
 ふやけたような肉付きの顔は、まるで風邪をひいたフレンチ・ブルドッグの・・・

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渋谷ボール

15/02/09 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1015

 以前つとめていた道玄坂にあるデザインスタジオに、あいさつがわりにたちよったその足で私は、坂下にあるショットバーをめざした。
『夜鳥』という名のそのショッバーは、こまかいデザインの作業できりきりになった頭をいやす目的で、仕事帰りにひとりでよくたちよった店だった。
『夜鳥』はビルの地下一階にあり、店内のおちついた上品な雰囲気をこのんでくる客も多かった。
 オーナーが大の文学好きで、・・・

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幽霊を見る少年

15/02/02 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:877

 立花ヒロオは、彼女のあとをつけることにした。
 中学校からの帰りみちに、ばったりでくわした。尾崎ハユキ。
 近所にすんでいたから、その丸みをおびた顔と、額の上できっちりそろえた髪型を、ヒロオが忘れるはずがなかった。道端ででくわしたりすると、どちらも頬をぽっと赤く染めたりしたことを、ヒロオはいまもよくおぼえていた。
 彼女は一年前、交通事故で亡くなった。
 病院に運・・・

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足軽平六の夢

15/02/01 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:849

 足軽の平六が、戦場の中心から離れた雑木林のなかで、その鎧兜に身をおおわれた屍をみつけたのは、夜明け前からはじまったいくさも、膠着状態のまま午後となり、日も大きくかたむきはじめたころのことだった。
 屍はどうやら、敵の武将のひとりらしく、見事な甲冑からみて、相当なランクにあることぐらいは、平六といえども用意に理解できた。
 おそらく、配下の兵にさきんじて、みずから敵陣に斬りこんだ勇猛果・・・

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私の殿さま

15/01/26 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:840

 バナナを最初に食べた日本人は、おそらく殿さまではなかったか。
 短気で怒りっぽい性格は、臣下の面々にとっては脅威だった。
 なかでも、小姓のひとり、古玖才造はいつも、びくびくものだった。
 小姓という職業柄、たえず殿のそばに控えていなければならず、殿の癇癪のとばっちりをくう、最初の人間が彼だった。
 殿の逆鱗にふれたらさいご、それがだれであれ、瞬時に首が飛ぶところをこれま・・・

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チューブ入りクラシック音楽

15/01/19 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:849

 最初は歯磨きをいやがる子供のために作られたものらしい。
 チューブをしぼりだすとともに、アニメソングが鳴り響いた。
 いったい、どんな仕掛けになっているのか、私はなんども子供の歯磨きの様子をそばからながめ、また実際にチューブを手にとってあらためもしたが、結局答えはみつからなかった。よその大人たち同様、化学が生んだ奇跡だと、月並みな驚きの表現しか口にできなかった。
 記録的な売り・・・

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ゆるキャラの告白

15/01/19 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:807

 みかけないゆるキャラだった。
 いや、どこにでもいそうな、ゆるキャラだった。
 子供たちがかけよってくる。
 その親たちがまたあとから集まってくる。
 たちまち商店街の通りは人でいっぱいになってみんな、歓声をあげながらゆるキャラのまわりをとりかこんだ。
 いつもは他人に対して警戒心いっぱいの連中も、ゆるキャラをまえにすると、とたんに表情はなごんで、子供たちなんかはま・・・

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曲盗人

15/01/12 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1029

 ベートーベンは、苦虫をかみつぶしたような顔になった。
 いま彼は、作曲中だった。全身全霊を、ピアノの鍵盤上を踊るようにはしる指先に集中している真最中だった。
 窓の外に、だれかの気配がした。はりつめられたベートーベンの神経に、いらぬ不協和音ががなりたてたた。
 ………まただれかが、おれの曲を盗もうとしている。この家に越してきたばかりだというのに、はやくもかぎつけられたのか。

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クリーチャー、クリーチャー

15/01/06 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:760

 企画部長のバンサンは、エノミが自信をこめて創作したクリチャーのスケッチを一目みるなり、
「インパクトが足りない!」
 一言のもとに、却下してしまった。
「これで、だめですか」
 さすがにエノミは、むっとなっていいかえした。
 三日の間、頭をかきむしりながら考えに考え、描きまくったラフスケッチは二百枚はくだらなかった。
 快心作だと確信していただけに、企画部長の・・・

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晴れた日に、ゼロ戦がみえた

14/12/29 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:939

 せっかくの日曜だというのに、啓太は里香にひっぱられて、ターミナルビルまでやってきた。
 ロビーや売店があるビルの屋上は、展望デッキになっていて、きょうのような晴天には間近で飛行機をながめようと見物客が、けっこうおしかけている。
「おれは飛行機なんか、興味がないんだけどな」
 ここにくるまで、文句をいいつづけてきた彼に、里香はなにやら仔細ありげに、
「あとで、あたしに感謝す・・・

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幽霊惑星 2

14/12/25 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:895

 花園に、イゾの姿はみあたらなかった。
「とりあえず、クライアントに連絡しとこう」
 ユーゾーとユカコは、艇の停めてあるところへ向かった。
 なにせ狭い惑星なので、どこにいても艇の、特徴ある多角形の機体を望むことができた。
 ユカコにとってそれは、とても心強いことだった。
 過去にはいろいろ、あぶない目にもあってきた。海賊に襲われたこともあれば、得体のしれないエイリア・・・

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幽霊惑星

14/12/22 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:892

 ユーゾーの操縦する二人乗り宇宙艇ユニトは、ゆるやかなカーブを描きながら、目的の惑星の進入口にむかって舞いおりていった。
 進入口には、いわゆる自動扉があって、艇が接近するとひとりでにハッチは開いた。
「この瞬間がたまらない」
 幽霊惑星をつつみこむ透明ドームの開閉ハッチが開き切るのをもどかしげにながめながら、ユカコがいった。
「気をつけるんだ。いくら幽霊惑星だとはいっても・・・

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真っ白な吐息

14/12/16 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1215

 妻が小さな娘をつれて、家を出ていったときも、和人は酔っぱらっていた。
 あなたには、つくづく愛想がつきました。
 妻のその言葉よりも、娘のこちらをみつめるまるで他人にむけるようなよそよそしいまなざしに、和人は胸をえぐられた。呼びとめる言葉の、ひとつも、口にできなかった。
 仕事をリストラされて以来、まともな仕事につくこともせず、毎日アルコールに溺れ、そのうさを晴らすかのように妻・・・

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兆候

14/12/08 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:782

 和彦の上に、『兆候』がでたときほど、亜弓がおどろいたことはなかった。
「いやだ、どうしてカズが………」
 それ以上言葉にならずに、ただ茫然と、弟の顔をみつめるばかりだった。
 額のちょうど中央あたりから、ふしぎな光がかがやいている。
 奇妙にあたたかみをおびたそのやわらかな光こそ、『兆候』の顕著な現象だった。
 これまでにも、亜弓の周囲の何人かにこの『兆候』があ・・・

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忘れちまった喜び

14/12/03 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:888

 人付き合いのわるい桃子おばさんでさえ、惑星ユージンにはお友達がいるのだそうだ。
 もちろんトミオにも、カロという名の自分と同い年の友達があちらにいた。ユージンと地球をつなぐ通信によって、毎日のように、両者に共通する言語で楽しいやりとりをしている。
「ぼくさ、きょう、ママに叱られちゃった」
 タブレット画面の中から、カロの物柔らかな表情がこちらをみた。
「なにかいたずらでも・・・

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美人喪失

14/12/01 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:984

 お客の頭を背後からみたとき、浅川真理は、おやと目をまるめた。
 鏡に映る婦人に、見覚えはない。しかしこの独特にウェーブする髪は、まちがいなく………。
「あのう、失礼ですが、お客さまは―――」
 婦人は顔をあげて、鏡のなかの真理をみかえした。
 髪にかくれていた顔があらわになるのをみて、真理は気まずそうに微笑した。
「すみません。人ちがいでした」
「だれとまちが・・・

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レッドリスト

14/11/24 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:746

 ブーンという空気が振動する音に気づいて、頭上をみあげたジューロが、いきなり跳びあがって腕をひと振りした。
「つかまえた」
 横からネイミが、彼の指にはさまれた一匹の、透明な羽を動かしてもがいている虫をのぞきこんだ。
「にがしてあげなさい。それ、絶滅危惧種のトンボよ」
「もちろん、逃がしてやるさ」
 その言葉のとおりジューロは、空にむかっててのひらを、ひろげた。

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奇病

14/11/20 コメント:5件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1501

 インターネットでいくら検索してみても、自分の身におこっている奇病を、探し出すことはできなかった。
 兆候があったのは、ひと月ほどまえ、ちょうど乳首と乳首の間に、ぽつんとひとつ、小さなこぶのような突起物があらわれた。ちょっとばかしむず痒かったが、最初のころはたいして気にもとめずにいた。
 ぼくは、故郷からの仕送りのおかげで、1DKのマンションできままに一人暮らしを送る学生だった。<・・・

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食品偽装 侵略編

14/11/17 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:866

 寝ぐせのついた頭をかきながら、きょうもまたあの客がやってきた。
「おっちゃん、タコ焼き八つ」
「いらっしゃい」
 ぎゅうぎゅうに詰めて五人がやっとのカウンターの、いつもの奥からひとつ手前の腰かけに彼は座った。午前の十一時、この時間帯にめったに満員になることはなかったが、万が一いっぱいになったときは、気をきかせていちばん奥に移動するための配慮だった。
 周吉はタコ焼き器のガ・・・

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未完の女

14/11/10 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:825

 チャイムが鳴った。
 いつもの癖でわたしは、これが小説の冒頭だとしたら、じつにありふれたはじまりだなと考えた。
 余暇にまかせて、小説を書きだしてすでにひさしい。
 月並みなものは書かない。
 それが私の創作に対する信条だった。
 それでこのような癖がいつしか身についてしまったらしかった。
 だれがきたのか。
 もっとも意外性をねらうとしたら、どんな訪問・・・

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さだめの時

14/11/03 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:849

 うなだれ気味に、彼はいった。
「きみとももうじき、別れなければならない」
 相手は、当惑にみちた顔で、もちまえの大声をあげた。
「どうしてだ、いつまでもいっしょにいて、どうしていけないんだ」
「いつまでもいっしょにいたいさ。だけど、それはゆるされないことなんだ」
 彼は、つとめて理性的に訴えようとした。
 なにより、激情に走りがちな相手を、いかにさとして、現実・・・

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適応

14/10/27 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:827

 肉体はすでに、適応するための改造をおえていた。
 ギオンは、鏡にうつしだされた、みなれないわが身に、最初はとまどいがかくせなかった。
 一言でいえば、きわめて薄気味のわるい体といえた。
 なにより、ずっと固定しているというのが、ギオンには未経験だった。
 これまでの、柔軟で、伸び縮み自在の肉体のすばらしさが、しばらくは忘れがたかったのもそのためだ。
 こんな体の生・・・

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刻み込まれた悪夢

14/10/20 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1015

 ドナが市内をパトロールしているとき、艇内にナビの声がひひきわたった。
「千手ガニ出現」
 画面上に、千手ガニをあらわすイガイカの輪郭がA地区の東にあらわれたのをみたドナは、すかさずA地区めざしてパトロール艇を飛ばした。
 ほとんど一瞬に移動した艇の前方に、不気味な紫色をした巨大な千手ガニが認められた。
 収縮と拡大を繰り返す千手ガニのその、無数の触手には、からめとられ、身・・・

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ストーカーのまち

14/10/14 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:750

 だれかにつけられている。
 清水広江はじぶんにむけられる視線を感じた。
 だがしばらくは、そしらぬふりをよそおって、なおもあるきつづけた。
 女二十七歳、容姿だってまんざらじゃないし、水商売の経験もあって、昔から殿方の視線をあつめてきた。しかしいま、じぶんにむけられている目は、そんな艶っぽいものではなかった。
 肌に、きりきりさしこんでくるような、鋭さがそれにはあった。<・・・

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ハーレーダヴィットソンに乗った亀

14/10/06 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:933

 亀の名は、万吉といった。外来種が氾濫するなかで、れっきとした日本産のイシ亀だった。 
 万之助という飼い主がおり、庭につくったちっぽけな池に万吉を入れて飼っていた。髭面の、巨漢で、亀の怪物が暴れまくる怪獣映画のファンで、川で釣りの最中にみつけた万吉をもちかえったのも、そんな趣味が影響しているのかもしれない。
 朝に万吉に餌をあたえたのち、なにやら家の外で空気をつんざくような爆音をけた・・・

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イムの夢

14/09/29 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:902

 イムを、正式な学名でいうと、ティラノザウルスということになるのだが、もちろんそんなものは後世の人間たちが便宜上、つけた呼び名にすぎない。
 イムは女の子で、群でくらしているまわりの仲間たちにくらべると、うっかり踏みつぶされてしまうぐらい、ちっぽけだった。
 暴君とまでよばれる恐竜の子供にうまれたおかげで、他にあまた生息する肉食恐竜たちにおいまわされる心配もなく、仲間おもいのみんなのお・・・

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ニーチャの秘密

14/09/23 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:829

 ドライブのあと、井出公夫に部屋に誘われ、私は思うところがあって、うなずいた。
 最近の彼、どこか変だった。気持ちの上で、私から離れていくような印象がした。
「ニーチャがあいたがってるよ」
 ニーチャというのは、彼が飼っている雌猿の名前だった。本当はニーチェにしたかったのだが、あまりに御大層すぎて、一字だけ変えたのだという。
 マンションの彼の部屋にあがると、ニーチャは廊下・・・

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叔父さんの話

14/09/22 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:805

 僕がまだ小さかったころに、叔父さんがこんな話をしてくれた。叔父さんは絵描きで、会社勤めの僕の父親とちがい、ずいぶん気ままな暮らしをしていて、平日でもなんでも気がむいたら僕の家をたずねてきた。
 そのときも、叔父さんはふらりと家にやってきた。読書中だった僕は、本より叔父さんを相手にしているほうが楽しかったので、居間に顔をだした、
 お母さんはこの叔父さんが苦手で、お茶とようかんを出すと・・・

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騒音

14/09/15 コメント:5件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:805

 二階を歩く足音が、ミシミシ、ミシミシと、天井を伝わって下の部屋まできこえてきた。
 気にしないでおこう。
 静雄はごろりと横になると、ちかくにあった雑誌を開いた。
 するとまた、ミシミシ、ミシミシがはじまった。
 ほっておけばそのうちきこえなくなるさと、雑誌のページに目をこらしていると、こんどはドタドタ、ドタドタと、さっきのミシミシより音がいちだんはげしくなった。
・・・

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舞い降りてきた阿修羅

14/09/08 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:769

 いまのあたしをとめることは、神様にだってできはしない。
 武器はといえば伝家の宝刀、どんな相手もあやまたず突き刺す、一撃必殺の楔。
 あたしは上空から、音もたてずに忍びやかに舞いながら、感度抜群のセンサー機能を研ぎ澄ませて、どこかにターゲットはいないものかと、執拗に追いもとめる。
 仕留めるのは、できるだけ、活きのいい、斬ればそこから熱い血潮がビュッと噴き出すような相手―――あ・・・

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赤いボタン

14/09/01 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:820

 まったくついてない人生だった。腺病質の体質、おまけにとびきり臆病な性格から、子供のころは学校で毎日のようにいじめにあい、成人後は社会からいじめられ、どこの会社、どんな職種も長続きせず、親からも、兄弟からもなかばみすてられたかたちで、四十になっても定職につけずに毎日を、なんとかその日暮らしでくいつないできた。
そんなおれだったのでしぜん、世の中を斜にみるくせがしみついて、僻み根性だけはだれに・・・

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戦争賛成

14/08/25 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1105

 ピースは、胸にたらしたお守りを、力をこめてにぎりしめた。
 勝利を我らに。
 彼は首をめぐらすと、背後にちらばる仲間たちを確認した。だれもが、突撃の合図をまって、血走った目を前方にこらしている。
 街並みは、これまでの激しい戦闘によって、みるも無残に破壊されていた。しかしその破壊された建物の影に、敵がひそんでいるのだ。こちら同様、戦闘意欲に燃え、相手を殺傷することに無上の喜びを・・・

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割引券

14/08/18 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:749

 なにげなくはいった店で、たいして期待もせずに食べたランチがうまかったときほど、うれしいことはない。
 私がたべたのはカレーで、肉のかわりにメンチカツと鶏のから揚げといういささかイレギュラーなしろものだった。
 朝の十一時過ぎということもあって、わりと広い店内は他に客の姿もなくガランとして、私がきてようやく店のものが営業中の札を入り口につるしたぐらいだった。
 レストランというよ・・・

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怪物ポエティー

14/08/13 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1011

 和夫が居間のソファでうとうとしていると、突然、
「おどーちゃん、だれか、きやがったでー」
 娘の声におこされた。
「どこのくそったれや」
「しらんわ、そんなもん。おのれの目でみやがれ」
 和夫は、娘の頭を優しくなでてから、玄関にでた。
「きたぞ」
 絵描き仲間の遠山だった。
「おまえか、あがれ」
「あがったるぞ」
 和夫は遠山を、廊下の・・・

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またひとつ宇宙が美しくなった

14/08/11 コメント:8件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1078

 私の手元に、一冊の詩集がある。
 鮎良歩夢―――それがこの詩集をだした人の名前だった。きまぐれに立ち寄ったフリーマーケットのかたすみで、彼はひっそりと古本を売っていた。その控えめなところにひかれて私は、彼の店先にしゃがみこんだ。
 本はみな文学作品ばかりで、漫画や低俗な雑誌はみあたらない。なかに私の好きな作家の、初期の作品を集めた文庫をみつけて、
「これ、ください」
 お・・・

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KAIJYU

14/08/04 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:686

 日本海に面した小さなまちの沿岸に、ある日曜日の朝、その怪獣はうちあげられていた。
 あたまのさきから長い尾のさきまでざっと八十メートル、腕は文字通り大木のようにふとく、あしもまたそばの岩のつらなりみかとみまがうばかりの巨大さだった。くろぐろとした鱗におおわれたからだは、夏場は海水浴場でにぎわう浜を、独占するかのように横たわっていた。
 夜のうちにうちあげられたのは明らかだった。<・・・

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往復書簡

14/07/28 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:776

 ぼくたちは時代に逆らって、お互いの気持ちのやりとりを、手紙ですることにきめた。 メールなら、嘘八百でも何でも、容易にすらすら並べたてることができるが、手書き文字にはその人の、正直な気持ちが表れるというきみの発案だった。
 ぼくは賛成したものの、内心ではぎょっとした。はたして最初のぼくの手紙に対するきみの返信に、こんな言葉が書かれていた。
―――まるで女性のような繊細な文字ですこと。<・・・

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告白式燃料自動車

14/07/28 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:810

 ひらたくいえば、告白を燃料にして走行する車のことだ。
 ガソリン代があがりっぱなしの昨今、なんとか化石燃料にかわる物はないかと学者、唯識者が知恵をしぼっていた矢先、人間の告白に反応するある種の藻類が発見された。
 片田舎に在住する主婦の一人が、山裾でみつけた藻のようなものをもちかえり、その美しさにひかれて、水槽にいれて鑑賞することにした。主婦は、その藻をみるたび、なんてきれいなのかし・・・

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ショートショート2編

14/07/21 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:800

その1  結果は如何に

 自他ともにみとめる世界最高の催眠術師サネ・ムール氏による、今回、まだたれも挑戦したことのないまったく新しい催眠術の実験がテレビ公開でおこなわれるとあって、全世界の人々がその日、画面の前に釘づけになった。
 誰一人、サネ・ムール氏が今回行う催眠術がどんなものかを知らなかった。
 鋼鉄のような強靭な体になるように催眠術をかけ、じっさいにその人間に・・・

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隠れみの

14/07/14 コメント:8件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1044

 さっき店主が打ったばかりの蕎麦を食べながら、平山はいった。
「タイムマシンなんて、できるわけないだろ」
 すると、テーブルの向こう側から、立川が、
「論理的には、必ずしも、不可能じゃない」
「そりゃ、論理でいけば、ブラックホールの穴の底まで楽々、見渡すことだってできるさ」
「平山。僕たちが今空にみるあの星は、ずいぶん過去に光ったものなんだぜ」
「それとタイムマ・・・

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星じまいセール

14/07/07 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:738

 カズトの操縦する一人乗り宇宙船はその星、ミヤコ星に静かに着陸した。
 ちっぽけな星で、歩いて一周しても、疲れるところまでいかないほどだった。
 それでも、地上には木もあれば、草花も咲き、流れる小川にはトンボや蝶のとびかう姿をみることができた。
 この星の存在をしったのは数年前のことだったが、その便利さと、環境のすばらしさに魅了されて彼は、それ以来頻繁に立ち寄るようになっていた。・・・

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のぞき穴

14/06/30 コメント:1件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:755

 家賃が安いというだけで入ったアパートで暮らすようになってすでに三年がたった。
 礼子は、スーパーの買い物袋をさげながら、アパートにかえってきた。
 真っ暗な部屋に入り、目が闇になれるにつれて、向かいのホテルが投げかけてくるネオンの赤が、窓ガラスに瞬くのがみえだした。
 礼子は照明をつけた。着替えをしてから、食事を作りはじめた。野菜と豚肉を炒めたものと味噌汁といった簡素な夕食だっ・・・

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擬態惑星

14/06/24 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:782

 キャプテンハルヤマ率いる宇宙船は、その惑星に着陸した。
 その惑星といったのは、そこが今回はじめて訪れる惑星だということで、宇宙のすべての星に名前がついていないのはあたりまえのことで、おそらくその星からとびたつときには、ちゃんとした名前がついていることだろう。
 名前どころか、その惑星があったということさえ、じつは今回はじめて判明した事実だった。
 そんなことも、広い宇宙には・・・

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イメージトレーニング

14/06/20 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:762



とっくに練習時間はすぎているのに、まだリンクですべりつづけている早坂かおりにむかってコーチの佐山は、ひときわ声を張りあげた。
「すぐに切りあげなさい」
 しかしかおりはなおもエッジで氷を蹴り続けた。
「コーチ、あと十分、いえ五分でいいから、すべらせてください」
 佐山は顔をしかめたものの、それ以上、なにもいわなかった。
 彼女の気持ちは痛いほどわかった・・・

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北のくの一涙剣

14/06/16 コメント:5件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:878

 一面雪の中に白装束ときては、小弥太の眼力をもってしても、容易には見定め難かった。
 どこから手裏剣がとんでくるかもしれず、伊賀の忍びの中でも選りすぐりの小弥太といえども、しばらくは立ち往生を余儀なくされた。
 が、さすがに小弥太、覆面の隙間からのぞく浅黒い顔を手裏剣の標的と決めると、あとはそこをめがけて投げれば、次々に悲鳴が上った。
 昨日、服部半蔵の命を受けて小弥太はこの、雪・・・

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指ぬき物語

14/06/07 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:783

 おばあちゃんが裁縫をしているところへ、加奈がやってきた。
 おばあちゃんは、老眼鏡のおくから上目づかいに孫娘をみつめて、
「加奈や、これをあげるよ」
 加奈は、おばあちゃんがさしだす指ぬきを手にとり、じぶんの指にはめてみた。
「すかすかよ。いらないわ」
 指ぬきをかえそうとする加奈に、おばあちゃんは、
「なに罰当たりなこといってるの。この指ぬきにはね、みんなが・・・

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たこ焼きロード

14/06/02 コメント:1件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:863

 まぶしく輝く路面にはまだ、夏の名残が色濃くはりついていた。
 それでも公園の木々からは、もうすぐそばまできている秋を告げるかのように、ツクツクボウシのどこか物寂し気な声が響いている。
 公園のすぐ下にたつ、小さな木造一軒家の横に、屋台らしい店が出ていて、そこから漂う香りが公園まで匂ってきた。
 女は、公園の水道でぬらした水で、額の汗を拭っているとき、その匂いに気づいた。女の頭に・・・

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アドレス

14/05/26 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:737

 携帯に登録したアドレスを、『あ』から順番にみるのは英輔のいつもの暇つぶしだった。
 その中にはすでに縁の切れたやつや、もちろん縁のつながっているやつ、事業所、病院、ホテル、車の整備工場、そのほか、いくら思い出しても顔も素性も出てこない人物の名前などがつぎつぎにあらわれた。
 その中に、彼がこの前までつとめていた介護事業所の名前があった。
 およそ5年つとめただろうか。宿泊とガイ・・・

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丁字路

14/05/19 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1001

 忘れられたような路地があるとすれば、いま女が歩いている路地がそれに当てはまるかもしれない。両側にならぶ殺風景な壁には、明かりのついた窓はどこにもなかった。
 路地には外灯が一つ、その寒々とした明りの下に、どこからか吹きよせられてきたチラシが、いくあてをなくしてその場でぐるぐるまわっている。
 女はやがて三叉路の、左と右にわかれるところにさしかかろうとしていた。その角の手前に、なにかが・・・

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ピアノ曲が途絶えた時

14/05/12 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:806

 郷田バイオテロ捜査官は、おもおもしげに溜息をもらした。
 上司から新型のバイオ兵器の話をきかされたときはさすがに、慄然となった。―――遺伝子細胞に組み入れられたウィルスで、単身ではなにもおこらないが、おなじく遺伝子細胞を組み入れられた相手とふれあうと、致死性をひめたウィルスが活性化され、たちまち爆発的な感染力を発揮するという物騒極まりないしろものだった。敵は、効果をしるために、日本を実験の・・・

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指令

14/05/05 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:810

 湯呑の日本酒を、余さずのみほしたはずがつい、白いステテコの上に一滴、ぽとりと落ちた。
「ちぇっ、もったいない」夏雄は、スルメのあしをしがみながら、話の続きをはじめた。
「やっぱり007はなんといっても、ショーン・コネリーだろ」
 横から妻の武子が、炊き上がったばかりの白米をかきまわしていたしゃもじを、ばかにしたようにふった。
「お父さん、また古めかしいこといいだしたわね。・・・

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魚のような顔  Part2

14/04/29 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:736

 エヒメが釣からかえってくるのを、室内の椅子に座ってラタンはまっていた。それは蔓を編んで作った椅子で、ほかの家具同様、彼女の夫のオツカルが手間暇かけて丹念に拵えたものだ。
「おかえりなさい」
 ラタンはたちあがった。とび色の髪が肩にゆたかにながれた。
 その目が、まともに自分をとらえるのをみて、エヒメは湖での体験をふと口にしかけたが、まよったあげく結局なにもいわないことにした。<・・・

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約束

14/04/29 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:745

 式もぶじ終り、パーティの席上で明美と彼は、みんなの祝福をうけながら、あらためて二人の愛がいつまでも変らないことを誓いあった。
 テーブルには、二十人ばかりの友人知人の姿がうかがえた。控え目な性格の明美と彼らしい、結婚式だった。
 そのとき、一人の男が、パーティ会場に入ってきた。男はなにもいわずに、みんなの一番端に腰をおろした。べつにだれと言葉をかわすでもなく、明美たちのほうに視線をむ・・・

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マインドブレンドマシン

14/04/21 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:785

 ウェディングベルが鳴り響く中、人々の祝福に送られながら教会から出てきたビノとカオンの顔は、至上の幸福に輝いていた。
「あまりに幸せすぎて、なんだか恐い」
 カオンはブーケの上に顔をふせた。
「大丈夫だ。きみの身は、この僕がまもってあげる」
 これから二人で歩む人生にどんな試練がまちうけていようと、彼女といっしょならなにを恐れることがあるだろう。ビノはあらためて決意をかため・・・

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魚のような顔  Part1

14/04/14 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:829

 だれだって、ひとつやふたつ、避暑地用の惑星をきめているのはいまの時代ではあたりまえで、とくに亜高速自家用宇宙船が開発されてからというもの、学校の遠足にさえ、もよりの惑星がその目的地に選ばれるようになっているほどだった。
 エヒメもまた、会社の一か月の休暇を利用して、ここペズ星にきたのも、ふだん仕事でたまりにたまったストレスの発散と疲弊しきった体をいやすためだった。
 なんども、この星・・・

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息づまる予感

14/04/13 コメント:12件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1396

 交番のガラス扉をなんども叩く音に、田中巡査は机から顔をあげた。
 外には、青ざめた顔の若い女性が立っている。首に巻いたベージュのマフラーがふつりあいなまでに幅広くみえた。
 田中巡査は、いぶかしげに椅子からたちあがると、女性が入ってくるのをまった。
 が、なぜか彼女は、まるで入り口の開け方を忘れでもしたかのようにいつまでも、ガラス扉に手をかけたまま、動きだしそうにない。
・・・

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予感獣

14/04/07 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:865

 しんとした座禅道場には、コヌカをはじめとする採掘技術者たち十名が、石地蔵のようにじっと座り続けていた。
 みな、ピクリとも動かない。
 それもそのはず、背後からにらみをきかす禅僧のもつ警策でたたかれる痛みは、なまやさしいものではない。最初はいまの倍の数の参禅者がいた。が心がみだれ、精神集中に失敗したものたちは次々と離脱していった。
 それができないものは到底、サトリ星で生き延び・・・

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笑い声

14/04/01 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:764

 笑い声がきこえた。
 木造モルタル塗りアパート一階の、窓にはりめぐらしたロープに、びっしり洗濯物を干した部屋から、その笑い声はきこえた。
 明るい、本当に幸せそうな笑い声だった。
 美千代は、うなだれていた顔をあげた。
 アパートの窓ごしにきこえた、住人のものらしい笑い声に、嫉妬にちかいものさえおぼえた。
 この何年もの間、自分と主人の間に一度でも、いま耳にしたよう・・・

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すさまじい怪物

14/03/31 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:838

 すさまじい怪物は、無数のぎざぎざの牙が突き出た口をいっぱいにあけると、頭上にむかってゴォッと炎をはきかけた。
 めらめらと燃え盛りながら炎は雲の腹をまっかにそめて高々とほとばしり、朝だというのに大空を夕焼けに変えた。
 すさまじい怪物は、それだけでは物足りずに、こんどは大地に向けて炎を噴いた。
 たちまちあたりは火の海と化し、川はみるまにモウモウと蒸発し、沼も湖も、ただの地面に・・・

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共鳴

14/03/25 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1242

 ぬりつぶしたような灰色の空から、雨が風をともなってふってきた。
 まだ昼過ぎだというのにあたりは、陰鬱なまでに暗かった。ゆきかう人々の顔はみな、物憂げにしずみ、やがてふりだす本格的な降雨から逃げるように足早にちらばりはじめた。
 ぼくは、なんだか、うれしくなってきた。
 雨は大好きだった。とりわけこのような、あたりから次々に雨雲がよりあつまってきて、いまにもまとまった雨がおちて・・・

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雨の素

14/03/24 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1390

 部屋を整理していると、ふりかけのパックのようなものが三つ、押し入れのすみからでてきた。なにかのおまけにでももらったのか、口をあけることもないいまま、いつしか記憶からこぼれおちたようだった。記憶からこぼれるぐらいだから、たいしたものであるはずがなく、おなじように忘れられたきりかえりみられることのないしろものは、探せばいくらでもみつかるにちがいない。
 パックの一つは、『雨の素』とあった。その・・・

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夜がすべてをつつみこむ時

14/03/21 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1025

 クラは歩き続けた。
 というより、立ち止まるわけにはいかなかった。立ち止まったら最後、大地のむこうから、夜がやってくる。彼にとって夜は、冷え冷えとした闇にとざされた、死の世界にほかならなかった。一瞬といえども、暗がりに肌をさらすことには耐えられなかった。それで彼は、停止はただちに死につながる回遊魚のマグロさながら、星の上を、光をもとめてひたすら歩きつづけていた。
「夜が獰猛な獣のよう・・・

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人間風車と呼ばれた男

14/03/17 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:820

 最近ちょくちょく、おやじといっしょにちかくの居酒屋にのみにいくようになった。
 昔は堅物で、子供たちとろくに言葉をかわすこともなかったおやじだが、やっぱり年のせいか、たまにはこうして息子とコミュニケーションの場をもうけるようになっていた。
 のみにいく店はきまっていて、家からそう遠くもない、横町の、焼き鳥のうまい飲み屋だった。
 焼き鳥の煙がおしよせるカウンターにならんですわり・・・

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木星のキス

14/03/10 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:943

 人知れず木星はため息をついた。なにせ巨大なのでその音は、太陽系全体に響きわたった。
「どうしたい、男のくせに、ため息なんかついて」
 ひと一倍好奇心のつよい地球が、火星の頭ごしに木星にいった。
「なんでもない」
「なんでもないことないだろう。あんたが、ため息をつくなんて、よっぽどのことだ」
「うーん」
「うなってないで、いってみな。およばずながら、力になるぜ」・・・

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我思う、ゆえにロボット

14/03/03 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:920

 賀太郎は、腕時計型ビデオカメラをオンにすると、女の背後に歩みよっていき、そっと腕を、女の足の下にのばした。
 数十秒のあいだ、撮影をつづけた賀太郎が、なにくわぬ顔で腕をあげようとしたそのとき、女がくるりとふりかえった。その目がキラリと冷たい光を放った。、
 女はロボットだった。道理で、平然としていたわけだ。男も女もオールマイティ、完全無欠のコンピューター頭のかれらを盗撮したところで、・・・

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階段

14/02/26 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:797

 階段を上ってくる足音をきいただけで、詠美は長年の勘でそれが女性だとわかった。
 フォークとナイフを、ナプキンで包みながら彼女は、なおもその足音に耳をすましつづけた。
 40すぎぐらいで、仕事をおえて、この2階のラウンジに軽い食事をとりにきた客だ。顔はたぶん美形だが、あまりそれを鼻にかけていなくて、よく冗談をいっては周囲を明るくするタイプだろう。
 詠美はなおも聞き耳をたてて、階・・・

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叫び声

14/02/24 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:979

 不時着の衝撃で、宇宙船の電気回路がズタズタに破損するという最悪の事態に陥った。
 動力はもとより、通信装置から船外を映し出すカメラにいたるまで、なにもかも再起不能で、いったい自分たちがどんな環境の惑星上にいるのかさえ、搭乗員たちにはなにもわからなかった。
 落下している間、宇宙船の周囲には自動的に、どんな探知機にも反応しない金属粉がまき散らされていた。ここの惑星の種族が他の天体か・・・

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本当の死に方

14/02/17 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:937

 采斉くんの正体は、ゾンビだった。つまり死人である。
 それをいいかえれば、死ぬことができない人間ということになる。すでに死んでいるのだから、なにをことさら死ぬことがあるだろう。
 だがこのことは、人が考えるほど、楽ではない。
 まあ食べることの心配はないにせよ、住むところは必要だし、衣服だっている。裸で世間をわたることなどできはしない。彼はゾンビではあっても、社会性まで放棄して・・・

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おでんと奇跡

14/02/12 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:987

 めずらしく年樹が、酒でも飲もうかといいだした。
 ふだんはめったにのまないのにと、千砂は、めずらしいものでもみるような目で、自分より頭ひとつ大きな年樹の顔をながめた。
 この前のんだのはいつだったか、彼女がおもいだそうとしているうちに彼は、はやくも最寄りの飲み屋ののれんをくぐっていた。
 せまい店だった。
 二人ならんでカウンターについた千砂の鼻に、壁にしみついた出汁のに・・・

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奇跡からの脱出

14/02/10 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:928

 まただ。
 アンブは舌うちした。
 六歳になるわが子が、激しい高熱におかされ、医者は今日明日の命だと最後通牒を下した。彼と妻は、とりあえず、神にお祈りした。
 そして翌日、奇跡はおこって、子供は元気な顔でめざめた。
 親として、喜ぶべき場面だった。にもかかわらず彼は、いや妻もまた、どこか冷めた表情で、快復した息子をながめた。
 奇跡は、なんどもおこった。一週間まえ、・・・

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ミスターG 

14/02/03 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:986

 親子づれが、檻の前で、足をとめた。
「わあ、大きなゴリラだ。へえ、名前を、ミスターGっていうんだ」
 こどもが、おどろきの声をあげた。
 ゴリラは、いかにもオスらしく、猛々しく胸を叩いた。
「ほら、あれがゴリラのドラミングというやつだ」
 父親が子供に説明した。
「なんであんなことするの?」
「相手を威嚇したり、自分を強くみせるんだよ」
「へえ、ゴ・・・

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火星の上で激情にもえる

14/01/27 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1103

 はじめてモモミをみたとき、チェロはいやな予感がした。
 なにより彼女は、自分より美人だった。チェロはしかし、すぐにそれをもみけした。片道切符の火星の上で、死ぬまでともに暮らす仲間にたいして、そんな悪しき感情は抱くものではない。
 そのときモモミは、こちらをみて、にこりと笑った。
「よろしくね」
 同性に対してもこんなに魅力があるなら、男性にはいかほどのものか………チェロは・・・

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いやな奴

14/01/27 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1084

 ようやく二人は地獄峠の麓にたどりついた。
 一人は武家姿の青年、もう一人は、これはあきらかに町家の娘―――両人とも、ここまでの厳しい道のりを物語るかのようにめっきり窶れていた。
 三月前、とある茶屋でしりあった二人は、たちまち互いに心ひかれて、夫婦になることを誓い合うも、おきまりの身分の違いから両方の親たちに猛反発をくらって、やむをえず恋の逃避行にはしってここまできたのだった。

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カレーライスラプソデー

14/01/20 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:901

 と、女が家にあがってきたのだった。
 そのときぼくは、たとえばいつまでも脱皮をためらっているセミのように、じっと自分の殻の中にとじこもっていた。
「カレー、あるかしら」
「うまいレトルトならあるけど」
 いってしまってからぼくは、しまったと思った。うまいとつけ加えたばかりに、カレーをふるまうはめになってしまった。おまけにぼくは、あろうことか、冷蔵庫にのこっていたジャガイモ・・・

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草汁おばさん

14/01/13 コメント:12件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1589

 草汁おばさんはきょうも、朝からドリンクの配達に飛び回っていた。
 バイクの荷台の冷凍バッグには、まだ半分以上の草汁が残っている。おばさんは放射能予防マスクのなかで大きく息をすいこむと、バイクのアクセルをグイと握りしめた。
 脳科学者たちが開発した草汁には、ひとを認知症にみちびく成分が含まれている。飲み続ければいずれ、認知症患者同様の物忘れに陥ることだろう。最終戦争のことも、放射能のこ・・・

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馬侍

14/01/08 コメント:5件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1085

 なるほど、馬面である。
 しかし、馬面はなにも井野川青舟ひとりにかぎらない。
 高崎藩馬廻り組には十五名の藩士がいたが、その約半分が面長だった。だから井野川をなぜみなが影で『馬侍』と呼ぶかの理由を、その容貌の特徴から判断するわけにはいかなかった。
 今年馬廻り役を任じられた吉本市太郎は、藩の精鋭部隊に入れた名誉を心から喜んだ。主君の身辺を警護する役目上、武勇に優れて身体強健でな・・・

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昭和のひびき

13/12/30 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1029

 昭和研究クラブの室内で、トモヤがかばんから取り出したものをみて、同じメンバーのかの子は、うなずきながら口をひらいた。
「拍子木ね。なるほど。たしかに昭和の匂い―――音が、ふんぷんとするわ」
 きょうここに集まったメンバーたちは、それぞれもちよってきた懐かしい昭和を物語るアイテムを順番に出しては、みんなで感想をかわしていた。
 いまトモヤが拍子木を出したのは、さいしょにかの子がゼ・・・

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イケイケ商店街

13/12/23 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1086

 日本全国だいたいどこも、商店街はさっぱり不振、シヤッターをおろした店舗が目立ち、買い物客もめっきり減って、まさに閑古鳥が号泣している。
 ここ、ひなた商店街も例外にもれず、せっかくリニューアルした通りにも客の姿はまばらで、どの店もひまをもてあました商店主の、手持無沙汰な姿だけがうかがえた。
 ひなた商店街とおなじまちの商工会議所につとめる良夫のところにも、さえない顔の商店主たちが毎日・・・

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トスミの幸福な日々

13/12/16 コメント:5件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1086

 窓際に置かれたサモワールから吹き上がる湯気が、軽やかに宙に舞い上がる。
 トスミの華奢な手がコンロからサモワールを掴みとり、ドリップ式コーヒー装置に注ぎ込む様子を、椅子に座ってユタカは温かなまなざしで見守っていた。
「どうぞ」
「ありがとう」
 ノボ惑星駐在大使ユタカは、彼女からコーヒーを手渡されるこの一瞬に、いつものように至上の幸福を覚えた。
 肥沃な自然に恵ま・・・

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猫のあたま

13/12/09 コメント:8件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1215

 ナミはひとり、悩んでいた。
 子供のころは学校で、みんなから「猫のあたま」とばかにされた。
 ナミは、猫のあたまをもって生まれた。両親はごく普通の人のあたまをしていて、娘のあたまのことを恥じて、彼女が学校に通うまではひた隠しにしていた。
 学校にいきだしてからのナミは、まったく悲惨なものだった。だれもナミを、自分たちと同じ人間とはみなしていなかった。彼女は、そのあたまの形からし・・・

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庶民の夢

13/12/02 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1422

 一億円が当たった。
 これは絶対夢だ。
 これまで何回も、それこそ数えきれないぐらい宝くじを買ったが、一回だって当たったためしのない俺だった。俺なんかに当たるはずはないのだ。だからこれは夢だ。さあ、覚めるなら覚めてみろ………。
 俺は、プールに飛び込む泳者の心境で、いまにも現実の冷たい水の中に目覚めてゆく自分を見守った。
 が、その時はなかなかこなかった。
 俺は手・・・

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ブラックホール航海記

13/11/25 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1041

 ぼくは、首に巻いたマフラーを颯爽となびかせながら、歩きだした。
 目の前に、滔々と川が流れていた。
 ぼくがその川の中に頭からどっぷりと入っていったのは、こんな場合だれも川の中にどっぷりと頭からなど入っていかないからだった。
 川の中を歩き続けているうちに、やがて海にたどりついたのが、その塩辛さでわかった。ぼくは、海の中もかまわずに、歩きだした。ぼくがなぜそんなことをするかとい・・・

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豪雪予報

13/11/18 コメント:11件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1401

 先日のテレビでは、たしかきょう、この辺り一帯に豪雪予報がでていたな………。
 しかしけさの隆夫にはそんなことはどうでもいいことだった。それは妻の鞠子にしても同じだったにちがいない。
 彼は、思い足取りで三階に上っていった。一階がガレージ、二階が寝室、三階が居間と客室をかねた部屋という奇妙な佇まいも、一番上は空気が新鮮だという妻の提案からきていた。
 階段を上がるにつれて隆夫の・・・

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幕末こってり豚骨ラーメン

13/11/16 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1049

 夕暮れ時の街道を、ふたつの人影がちかづいてきた。
 まもなく、屋台ののれんを押した手が、ダンダラ模様の袂からのびているのをみて屯兵は、新選組の隊士だなと察した。
「まいど、いらっしゃい」
「ソバ屋か」
 まだ若い、どうみても平の隊士とおもえる男の顔が、屋台の中をのぞきこんだ。
「ソバにしては、いやに脂っこいにおいだな」
 鼻の孔をひろげたもうひとりが、いまの男・・・

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雨の日のパラレル

13/11/12 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1068

  街全体を、煙のような雨が包みこんでいた。
 その印象はまるで、街そのものが蒸発して空に、溶け込んでいくかのようだった。
 森宮聖悟は、駅前の公園から道路をへだてた向かい側にある商店街に足をむけた。
 雨を避けるというより、なにかを期待してといった様子が、信号を待つ彼の少し猫背の後ろ姿が語っていた
 土曜の午後とあってアーケードの下には、駅に向かう着飾った男女や親子連れ、・・・

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復讐の虫

13/11/04 コメント:10件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1532

 ここが知人に教えてもらった漢方薬店だった。
 入り口を入ると、棚という棚にどこか駄菓子屋を彷彿とさせる地球壜がずらりと並んでいる。それらの壜から発散する薬草類の混ざり合った匂いが濃く、ねっとりと、店内に充満している。
 店の奥には店主らしい白髪を短く整えた男が座っていた。手に植木鋏をもち、枝から葉を切り取っている。入り口に立ったときからきこえていた、ザク、ザク、という音のそれが正体だ・・・

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ガラハウス

13/10/28 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1252

 当たった!
 仲介の不動産会社から届いた封筒から出てきた当選通知をみるなり、ノッくんはおどりあがった。
 なにせ入居確率千分の一。これまで何十回もの落選をくりかえしてきた彼なので、その喜びもひとしおだった。
 モッくんはさっそく、婚約者のネンちゃんに電話した。電話の向こうでも彼女がおどりあがるのが手にとるようにわかった。
 さっそく二人で、仲介の不動産会社ミナスムにでかけ・・・

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いつもの客

13/10/23 コメント:7件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1522

 蜜子が厨房に入っているとき、彼女に代わってウェイターをしている安野がオーダーを通してきた。
「フルーツパフェがワン」
「はい」
 蜜子はさっそくパフェグラスを用意して、バニラアイスやフルーツ類、ホイップなどを手際よくそこに盛りはじめた。いつもはウェイトレスを務めている彼女だったが、ときにこうして厨房係の安野と交代して注文をこなすことがあった。コーヒーをドリップでいれたり、軽食を・・・

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スィーツ星人

13/10/21 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1216

 他の惑星からの訪問者を迎えるとき、なにが困るかというとそれはやはり、食べるものだった。まあ我々でさえ、カエルや昆虫を好んで食べる国へでかけるときは、それなりの覚悟を必要とする。しかし親善目的で飛来する大使に、そんな覚悟を期待するわけにはいかない。今回のスィーツ星人たちにはその気遣いは無用だった。というのもかれらは、自分たちの食糧をわざわざ宇宙船に積んでやってきたのだから。
 歓迎パーティの・・・

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バス停

13/10/20 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1057

 カフェの窓から、通りをへだてた向こうの歩道に、バス亭がみえた。
 いつもこの店でモーニングのトーストを食べながら安子は、バス停で待つ人々を、それとなくながめる習慣がついていた。
 9時30分になるときまって、男女四人がそこに立った。
 一人はランドセルを背負った男の子、サラリーマン風の黒縁メガネの男性がその横にならび、一人分あけてちょっと中年の、髪を亜麻色に染めた、見た目にと・・・

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PC破損

13/10/18 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:970

 半年ほど前から、パソコンを持ち歩くようになった。
 旧態依然とした無様なまでにでっかいノートパソコンを、ショルダーバックに詰めると、その重さは7キロをゆうにこえた。もっと持ち運びに適した小型で軽いタブレットがいくらでも市販されているのに、そんな肩の肉にくいこむまでに重いパソコンをなぜ持つのかというと、なんであれ新しいものには抵抗をおぼえる私のもってうまれた性格とそれに、いまあるものを有効利・・・

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阿波踊り幽連

13/10/07 コメント:7件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1393

 ついに徳島までやってきた。
 最初はユーチューブの動画で見た。阿波踊り。商店街での、練習風景だった。画面から発散される途轍もない迫力に魅せられた。女踊りの華やかさ、男踊りの力強さ。いずれもエネルギッシュで、いつ止むともなく踊りつづけるその熱気がもろに、画面から伝わっててきた。
 たちまち私は阿波踊りの魅力にとりつかれてしまった
 本番で踊る各連のあでやかな姿ももちろんすばらしい・・・

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頭は雲の上に

13/10/05 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2678

 その朝小雪は、七時五分に目をさました。
 いつもより五分、遅い目覚めだった。
 ベッドから起き上がろうとしたとき、パジャマの肩の部分がビリッと音をたてた。床に足をついたとき、こんどは腰のあたりがまた、ビリッと破れた。
 パジャマはそれからも、小雪が動こうとする度に破れつづけて、洗面所にいきついたときにはもはやボロボロで、ほとんどパジャマの形態をなしていなかった。
 トイレ・・・

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響き童子  後編

13/09/30 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1106

 烏がいやに騒ぐのに、山寺の住職はなにごとかと、裏庭の障子をあけた。
 すでに色づきはじめた柿の実がたわわにみのる木の下を、なにかが動いていた。
 夕暮れ時の赤々とした陽ざしの中に目をこらした住職は、その生き物が、絶え間なく湧き出す泉のように、体の表面を内側から繰り返し開くようにしながら、移動しているのをみた。
 開くたびに色が変化するので、全身に異様なまだら模様がひろがった。修・・・

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名前の無い星

13/09/29 コメント:1件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1168

 なにもない惑星だった。
 ここからでも、地平線の丸みがみえるほどちっぽけで、ひとまわりしたところで、時間はしれたものだろう。
 サタケは、その場に腰をおろして、墜落のショックから回復するのをまった。
 眼前には、さっきまで彼が乗っていた一人乗り探査艇の、半分地中に埋没した機体が突き立っていた。安全無比な艇のはずが、宇宙塵の衝突によって、あっけなくこの惑星への不時着を余儀なくさせ・・・

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実のある話

13/09/23 コメント:5件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1306

 秋晴れの日曜日だった。
 昨夜はジムで筋トレのはずだったから、むりかとおもいながらはん子に電話したところ、午後ならということで、ぼくたちはいつものカフェで会うことにした。
 彼女は、5分おくれてカフェにやってきた。ぼくとテーブルをはさんですわった彼女の顔は、トレーニングの成果か、つやつやと輝いていた。
「なに、にやにやしてるの」
 注文したオレンジジュースを、ストローでか・・・

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恋は百均から

13/09/23 コメント:3件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1170

 こんどばかりは、はん子もお呼びでなかった。
『恋愛』このテーマと彼女を結びつけることは、むずかしい。会社がひけると、総合格闘技のジムにでかけ、汗にまみれてハードな練習に励む彼女に、恋愛なんかしている時間が第一ないだろう。もちろん、彼女のすべてをしっているわけではないので案外、はん子にも愛とか恋とかいった浮いた話があるかもしれないが、ぼくはやはり、今回だけははん子に相談することはやめにした。・・・

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響き童子   前篇

13/09/16 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1203

 蔵に閉じ込められた捨吉は、その日はじめて、太鼓の響きを耳にした。
 ああ、秋の祭りの稽古がはじまった。
 心が灰色に沈んでいるときでも、子供は楽しみを感じることができる。しかし、このところ頻繁に起こる発作のことを考えると、さすがに捨吉も不安が隠せなかった。
 祭囃子の稽古はおおむね、祭りのひと月前からはじまる。村人たちのだれもが一年で一番エキサイトするのがこの秋の祭りだった。一・・・

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アイドルスーツ

13/09/09 コメント:1件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1267

 最終電車から降りた人々が歩道に流れ出る。ここまで遅くなったら、開き直りからかだれも、いまさら帰宅を急ぐものはなかった。一人の男のひきずるキャリーバックのキャスターの、カラガラという響きが、辺りの静寂を小刻みに破った。その背後から、女が後を追う。男は明らかに、女に怯えて、足を速めた。ストーカー。それにしてはなにか腑に落ちない。先をゆく男の風貌は、どう贔屓目にみても、異性からつきまとわれるようなしろ・・・

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1日限り

13/09/02 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1153

 学校から家までの道のりを、美歌はまるで意識したようにゆっくりとした足取りで帰っていた。
 彼女がわざと遠回りしたり、店の窓をのぞいたりしてことさら帰宅時間をおくらせるのは、いまにはじまったことではない。
 明かりのついてないしんとした家に、だれが早く帰りたいと思うだろう。
 彼女が町はずれにある公園の方角に足をむけたのは、そのうえに広がる夕焼けのあまりの美しさにみちびかれたから・・・

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桜で終るふたつのストーリー

13/08/28 コメント:5件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1824

 昭和九年 三月吉日

 一日千秋の思いとは、この事でございましょう。
 いつも、手紙をポストに投函してからというもの、あなたからの返事を待って、気もくるわんばかりの日々を送らなくてはなりません。
 いっそ汽車に乗って、あなたのところまで一散に飛んでいきたい衝動に、何度駆られた事でしょう。
 けれども、いくつもの山河を越え、方言さえ異なるあなたの町に何日もかけて・・・

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信じてさえいれば

13/08/19 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1268

 最初にだれが、それをいいだしたのかは、いまとなっては定かでない。
 裏山の、茶臼山のいただきにある丘に、零時ちょうどに、宇宙船が飛来する。
 それを信じて待っていたものだけに、宇宙船の乗船切符が与えられ、それに乗り込めば銀河のかなたにまで招待され、光とファンタスティックに満ちた宇宙の旅を心から楽しめるという。
 冗談半分の噂にしても、だれがそんなものを信じるだろう。
 大・・・

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亀の池の前で

13/08/12 コメント:1件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1176

 そこは結構名の知れたお寺で、土日、祝日ともなれば、大勢の参詣客でにぎわった。
 ただ、その寺の名前がややこしくて、いまだにぼくははっきりおぼえていなかった。
 大方の人はこの寺のことを、『亀の池のお寺』でとおしている。ぼくがはん子に電話したときも、「亀の池のお寺で二時に」ですんなり通じた。
 いつもはカフェなどで合っていた二人が、なんでまたそんなお寺を待ち合わせ場所にえらんだか・・・

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漫画1ページ5円の時代の話

13/08/12 コメント:1件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1223

 レトロブームのいまだから、貸本という言葉の響きに、漫画オタクの連中は目の色をかえたりするけど、当時の貸本業界は、それは厳しいものだった。
 貸本といえば、一日借りていくらといったぐあいで、中学生時代の私の町にもあちこちに貸本屋があった。
 漫画少年だった私と塚本と小野木の三人は、せっせと貸本用の漫画をかいては、その手の出版社に投稿を重ねていた。1ページ5円。信じられないだろうが、無名・・・

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エイリアン、武士道を知らず

13/08/05 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1150

 その武芸者は、十日ほどまえ、ふらりと村にあらわれて、滝のそばの岩穴にすみついた。
 それは粗末な身なりで、けっして豊かとはいえない村人たちのほうがまだ、贅を凝らしてみえたほどだった。
 武者修行中ということらしいことだけは、風のうわさで村人たちの耳にも伝わっていた。
 男は小柄で、肩幅もせまく、これで本当に刀がふりまわせるのかと疑いたくなるほどきゃしゃな体つきをしていた・・・

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神々の整形

13/07/29 コメント:3件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1523

 のれんをくぐって、ひとりの男性客がはいってきた。昼食時、ランチ目当ての客たちで食堂はごったがえしていた。にもかかわらず澄花は、その客の特異な風貌に、ふと目をうばわれた。
「どうしたの?」
 会社の同僚の美歌が、怪訝そうにたずねた。
「ほら、あの男の人―――」
「あら、あなたがそんなことをいうなんて………」
 めったに異性の話を口にしない澄花だったので、美歌も興味にか・・・

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雨の惑星

13/07/22 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1073

 惑星インベルの地上に雨はふりつづいた。
 惑星探査船が着陸したその日もどしゃぶりで、それからきょうまでの十日の間、すさまじいまでの豪雨の連続だった。
 ユウマたち三人の職務は、雨のなかをあるきまわっては、この地上に生育する植物を調査採取して探査船にもちかえることだった。
 大気はそのまま呼吸することができた。
 新鮮な空気を直接胸いっぱいすいこむ夢をみなかった宇宙の航行者・・・

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月の反乱

13/07/22 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1175

 ふと月は考えた。
 わたしはなぜ、地球のまわりばかり、まわっているのかしら。
 みんなは地球を、美しい星だという。わたしからみれば、ずいぶんキザな惑星だ。青い海にかこまれた大陸がどこか、リーゼントカットにみえて、あれでタバコでもくわえればいっぱし、ヤンキーといったところだ。
 いつもそばにいるので、地球のアラはよくわかる。
 この宇宙に、生物のいるのはうちだけだと、おさま・・・

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酒の音

13/07/15 コメント:7件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2200

 あのときはまだ、昭和だったかな。
 ぼくはせまいアパート住まいで、部屋には風呂がなくていつも、近くの銭湯にかよっていたときのことだ。工場の仕事が終わって、一汗ながしにいく風呂は最高で、ときどき入れ墨した人が横に入っていることもあったけど、肌と肌のふれあいの場だから、それもしかたがない。
 銭湯の帰りにはかならず、たちよるところがあった。労働で油にまみれた体を洗いおとして、さっぱりした・・・

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引っ越しが好き

13/07/11 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1164

 友美の趣味は引っ越しだった。
 きっとわたしの先祖は遊牧民だったのよと、真顔で人にいうぐらい、彼女の引っ越し癖は有名だった。
 ひとつのところに長いあいだすんでいると、酸欠状態におちいった魚のように息苦しくなりだし、全身の節々がこりかたまってきて、もはやにっちもさっちもいかなくなるのだという。
 これまで一年と同じところにいたことはなかったのではないだろうか。ひどいときにはわず・・・

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男こないで

13/07/08 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1111

 いつもいく近所のコンビニに入ったひな子は、店内の雑誌棚のまえに立つ、印象も華やかなひとりの女性の姿をみて、おやと目をまるめた。
 三上緋那須。
 しばらくあっていなかった。またいっそう、きれいになっている。だまって立っていても、まるでグラビアアイドルのようにさまになっていた。
 以前の彼女なら、周囲からたちまち男性がよってきたものだが、いまは………。
 ひな子は広い店内を・・・

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無慈悲剣

13/07/01 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1277

 磯貝小也太が矢追道場に通いだしてすでに三か月がたつ。小也太は、矢追道場主、矢追精之進の使う無慈悲剣を習得したい一心で、稽古に通うようになった。
 無慈悲剣とはどのような剣か。入門前に耳にした噂では、それはまさに鬼のふるう剣だという。
「たとえそれが己の親であっても、いざ勝負となった場合は、一瞬のためらいもなく斬らねばならない」
 精之進は常に、門下生にそう語った。
 道場・・・

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無慈悲の粉

13/07/01 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1308

 便宜上、彼のことを『悪魔』と呼んでおく。
 その所業をみれば、その呼び名が、そう的をはずれてないことがわかると思う。
 彼は、惑星から惑星をとびまわり、腰にたらした袋から、便宜上、『無慈悲の粉』と呼ぶきわめて粒子のこまかな粉を、ふりまいては、その粉をかぶった住人が、みるみる血も涙もない鬼のような人間にかわっていくのをみて、嗜虐的な快感に酔いしれることを無上の喜びとしていた。
 ・・・

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彼女をいただき

13/06/25 コメント:1件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1186

 悦子はぼんやり目をひらいた。
 すこし疲労感をおぼえてさっき、ソファに横になってひと眠りしたのだった。
 その彼女のまどろんだ様子をみまもっていた敦夫は、こうしていま目の前に悦子がいるという事実に、ぞくぞくした喜びをおぼえていた。
「わたし、どうして………」
 悦子がふしぎそうにあたりをみまわした。そりゃそうだろう。目をさましたら、独身男の部屋に横たわっていたのだから。<・・・

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苦しまぎれの一作

13/06/21 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1622

 ひさしぶりに電話をかけると、はん子はすぐぴんときたらしかった。
「また、あれね」
「あってくれないか」
「しょうがないわね」
 毒づきながらも、それから一時間後、二人がよく行くホテルのラウンジに彼女は、ぼくより少し遅れてやってきた。
 ふいに呼び出すときはきまって、創作上のことだとわかっているらしく、ソファに座るなりはん子は、単刀直入に切り出した。
「こんどの・・・

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R130は危ない番号

13/06/17 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1434

 ヒョーマの目がきらりとひかった。
 これまで、気の遠くなるような歳月、すさまじい飢えと孤独にさいなまれながら、宇宙空間をただよってきたかれの全身が、こみあげてくる歓喜におもわずゾクリとふるえた。接近しつつある惑星からは、かれのもとめる大量の生命の気配が強烈につたわってくる。
 このまえ生命体にありついたのは、いったいいつのことだろう。その惑星はヒョーマによって、絶滅した。さいご・・・

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涙の古本屋

13/06/10 コメント:3件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1250

 理恵が棚から一冊の古本を抜きとったとき、「ああっ」という嗚咽にも似た声がきこえた。
 ひろくもない店内には、自分のほか客はいない。あとは入り口横のレジに、店主がひとりいるだけだった。
 気のせいかしらと彼女は、しばらく書物をあらためてから、レジに向った。
「これ、ください」
「いらっしゃいませ」
 なぜか店主の声が湿っぽかった。
 理恵はそれとなく、店主の顔を・・・

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コピー

13/06/03 コメント:10件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1932

 盤上の赤い毒々しい光を放つスィッチボタンには露骨なまでの太字で、『破壊』の文字が書かれていた。
 アサカはボタンにかぶせた透明キャップをあけると、そのボタンの上に親指をかけた。
 彼の目は、巨大モニターにうつしだされたサファイヤ色に輝く惑星にむけられた。
 司令長官の命令はすでにくだっている。あの惑星を破壊しろ。アサカはただ、ボタンにかけた指を、グイと一押しすればよかった。

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13/05/27 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1275

 その男がホームレスの仲間にはいってきたのは、ついこのあいだのことだった。
 われわれ春の川公園ホームレスのみんなはさっそく、その男赤木忠治をとりかこんで歓迎パーティをひらいた。
 四十前後の、無精髭にとりまかれてはいるが彼の整った顔立ちには、まだなりたてだけにその表情からは品のよさがうかがえた。これがほかみんなのように何年もホームレスを続けていると、安酒と栄養不良、過酷な労働がたたっ・・・

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究極の味

13/05/20 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1358

 きょうもこの店には、ながい行列ができていた。
 店の名はずばり、『究極の味』。日本中のラーメン通が、この店を最後に終止符をうつというぐらい、その味は天下にしれわたっていた。
 だが、日本一のラーメン通を自称する亀巻次郎は、まだその味をしらなかった。
 というのは、ここの店主の偏屈ぶりも、その味同様日本一ときいていたからだ。どうしてラーメン屋にはこうも、偏屈店主がおおいのか。味へ・・・

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極上 山の上ラーメン

13/05/20 コメント:8件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1623

 深山幽谷とは、まさにいまぼくがまのあたりにしている世界をいうのではないだろうか。朝方、山を登りはじめてかれこれ一時間がたつ。樹海はさらに深くなるばかりで、おまけに険しい岩場がぼくの行く手を邪険にさえぎった。
 足もとには、これまでここを通ったひとたちの跡が、けもの道さながらくっきりのこっている。あまりの峻嶮さに、音を上げそうになるぼくがめげることなく前進できるのも、この一筋の道に励まされて・・・

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ウーバの手 連載第2回

13/05/13 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1326



眼前には、みるも猛々しい植物が、二人の行く手をさえぎっていた。鋭い刺におおわれた葉や、毒々しい樹液をしたたらせる枝、肉食獣の口のような肉厚の花々。
 どれひとつにふれても、無事ではすまされないような植物群のなかを、ミドウは平気で突き進んでゆく。
 いくらもしないうちに、ミドウは手をひろげてカイトをたちどまらせた。
「動くんじゃない。そのままじっとしていろ」

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めちゃんこ とろくせゃあ

13/05/06 コメント:8件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1692

 名古屋の街中にただいま、大怪獣ラジゴンが出現しました。
 
 いまそのニュースが空中をさかんに飛び交うのを当の怪獣は、デジタル波を聞き取れる能力をもった後頭部の突起物によって逐一、読み取っていた。

【ラ】おれは突然出現したわけじゃない。こんな巨体が名古屋港からのっそり上陸するのをみんな最初から、みているはずじゃないか。いまさら何をとぼけて、街中に出現だ。それに、きょうは・・・

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パートタイマー

13/04/29 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1386

 この不思議な気持ちはなんだろう。
 と和夫は、食料品を袋につめながら、いまとおってきた三番レジをふりかえった。
 そこには、ベージュ色の制服を着た、パート従業員がいた。中年の女性で、レジでの客さばきはそつがなかった。
 和夫は、ひと月前、なにげなく三番レジに立った。彼女を前にしたとき、なにか遠い海の向こうから吹いてくる風にふれたような感覚に打たれた。異国情緒というのは、このよう・・・

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新人

13/04/22 コメント:3件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1545

 このままかれらといっしょにいても、いいんだけど………
 ザトは、仄暗い闇の中に肩を並べる沈黙のかれらをながめた。
 けれども、なにかがちがう。
 それは、なんだろう。
「ザト、どうする?」
 隣りのミコも、いまだに決心がつきかねない顔つきだった。
 彼女とは、これまでにも、この集団を出るかどうか、なんども話しあってきた。
「悪い連中じゃないんだけど………・・・

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ウーバの手  連載第一回

13/04/15 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1389

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カイトは空の上から、あるものに目をとめた。
「視力拡大」
 彼の声に、即座にウーバは反応した。
 視力は一気に十倍まして、いままであいまいにしかみえなかった水打ち際が、くっきりととらえられた。
 たしかにそこに、人影がうかがえた。
「ウーバ、あそこに―――」
「そうおもうなら、いってみなさい」
 耳のマイクを通して、あいかわらずウーバの・・・

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木の葉のラブレター

13/04/08 コメント:16件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2014

 さつき山は、熱いまなざしをなげかけた。
 その視線のさきには、自分よりはるかに高い背の、見栄えも雄々しい六甲山がそびえていた。
 なんて男らしい方かしら。
 みるからにどっしりとした、そのたくましさ。頼りがいがあるとは、このような山のことをいうのではないだろうか。
 毎日、ながめているうちにさつき山は、すっかり彼のとりこになってしまった。
 なんとかこちらの気持ちを・・・

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影のミュージシャン

13/04/01 コメント:5件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1804

 焼鳥屋なのはたしかだった。店の名が『鶏一』というのをみてもわかる。
 ここがきょうの、篠崎牧人のライブ場所になるのだった。
 半瀬元雄は、窓からひっそりした店内をうかがってみた。
「あの、もうはいってもいいでしょうか?」
「どうぞ、どうぞ」
 店員に招かれ、元雄はほっとして店の中に足をふみいれた。駅からここにくるまでのあいだ、冷たい風にふきまくられて、口をきくのも、・・・

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虫たちのやすらぎ

13/03/25 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1678

 京都の平安神宮が消えた。鎌倉の大仏も消滅した。大阪の通天閣が新世界のまちごと、消えてなくなった。どれもが間際に、ピカリと閃光を発しながら、消滅した。
 浅草界隈の人々が戦々恐々となるのもむりはなかった。
「つぎは、我々のところじゃないだろうか」
 雷おこし屋の主人は、不安のあまりいてもたってもいられなくなって、隣の瓦煎餅屋にとびこんでいった。
「血相かえて、どうしたい、雷・・・

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宇宙のヘルパー活動報告書

13/03/18 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1508

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 最初の訪問先は、琴座にある新規の依頼者宅だった。
新規ときいて、安楽泰平の表情は曇った。相手がどんなエイリアンかわからないのは、いくら彼のようなベテラン介護士であっても、さすがに不安は隠せなかった。
利用者に関する資料は彼の乗る一人用宇宙船ユニスペの通信装置にすでに送信されていた。それによると、今回の介護依頼者は、人間タイプと書かれている。泰平はほっと吐息をついた。・・・

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サッチモ母さん

13/03/11 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1532

 竜樹は、栄子の目がじっと、じぶんの右手にむけられているのを意識した。
 喫茶店でひとときをすごした後、レジにたとうとして彼が、ポケットから財布をとりだしたときのことだった。
 竜樹もまた、ひじょうな関心を目にこめて、栄子をながめた。
 彼女がどんな反応をしめすかで、おおげさにいえば彼の、今後の人生がかかっていた。
 彼の手には、おおきながまぐちが持たれていた。
 こ・・・

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あやまち

13/03/04 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1386


 仕事で疲れた頭をいやすつもりでカンタは、宇宙都市の歓楽街にふらりと足をふみいれた。
 この界隈は、都市暮らしに疲れたエイリアンたちが、一杯の酒に癒しをもとめにやってくるところで、おそらくここ以上に種々雑多なエイリアンが集まってくる場所はほかにはないだろう。
 都市管理センター勤務のカンタだったので、どこにどんな店があるかは頭の中の地図をひろげれば一目瞭然だった。
 彼が・・・

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アンドロメダ大サーカス団

13/02/25 コメント:3件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1746

 いよいよ明日、サーカスがはじまるぞ。
 国中の人々が、待ちに待った、その名もアンドロメダ大サーカス。
 大テントの下では、明日の開幕をひかえた団員たちの、熱がこもった練習風景がくりひろげられていた
 団長のシノメンは、そんな団員たちをながめながら、満足げに口髭をひねった。
 彼の眼前ではいま、アズチがひとり、全身から汗をしたたらせながら、危険な技にとりくんでいた。
・・・

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アンドロイドに慈悲の目を

13/02/23 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1496

 惑星シュラで水を満載した宇宙船がふたたび宇宙空間にもどっていく様子を、丘のうえの灯台はじっとみまもっていた。
 シェラに湧く大量の真水をもとめてこうして、航行途上の船が、灯台の巨大アンテナから発信される電波にみちびかれて惑星に降り立つのだった。
「水がないと生きていけない人間というのも、なんとも不便なものだ」
 灯台内の円形の室内で、トヨキがふともらした。
「だけど、人間・・・

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蟻と学者

13/02/18 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1353

 ストーカーになどなる気はなかった。
 だが気がついてみると、いつのまにかぼくは彼女のあとをつけていた。
 商店街をぬけたところで、はじめて彼女をみかけた。
 なんというか、そこいらにいる女とは、まるでちがう雰囲気を彼女は宿していた。それがなにかはわからない。ぼくはそのわからないなにかにひきつけられて、どこまでも彼女を追いつづけていた。
 信号をこえ、一方通行の道路をぬけて・・・

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ドクターT・Kの幸福なひととき

13/02/11 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1484

 一番手薄な裏木戸にさえ、ふたつの錠がとりつけられている。
 ここの家人の用心深さがうかがえた。
 ドクターT・Kはたったいま、そのふたつとも、ピッキング道具を使ってあざやかに開錠したばかりだった。
 家族そろっての海外旅行で、全員留守なのは事前にたしかめてあった。
 それでもT・Kは、あたりに細心の注意をはらいながら、家屋内にしのびいった。
 すでに日はとっぷりと暮・・・

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流し雛

13/02/11 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1697

 丘の上からクバの大群がおしよせてきた。
 丸い胴に何十本もの触手をはやした生き物で、その強力な脚力は2,30メートルを軽く跳躍することができた。
 すでに大勢の仲間が倒された。
 イヨは窓から顔をはなすと、力まかせに壁をなぐりつけた。
「そんなことして、手が傷つくわよ」
 イヨのやけ気味な態度をヤエはなじった。
「クバがあらわれたんだ」
 悲痛な表情でイ・・・

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予知侍

13/02/04 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1464

 剣の修行とはなにも、真剣をふりまわすことだけではない。
 仁乃川大吾はときに座禅、また茶店の床几に腰をおろして、目のまえをゆくさまざまな事象に目をこらしては、勝負にとって必要な、平常心を得ようとしていた。
 いまも大吾は、道端の切り株にすわりこんで、牛にひかれた荷車をながめていた。そのときだった、彼の心のなかにある光景が浮かびあがったのは。
 荷車の車輪よりもっとふとくて黒い輪・・・

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消滅、カンニングペーパー

13/01/28 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2383

 試験官はそのとき、前から三列目の机で試験用紙にむかっている男子受験生の手に、なにやら白い紙切れがひるがえるのをみた。
 カンニングペーパー。試験官は足早くその生徒に歩みよった。
 と、たしかにいま、彼の手の中にみえていた紙が、きゅうにパッと消えてなくなった。
 おやっと目をまるめた試験官は、しかしそれ以上どうすることもできずに、彼からはなれた。
 試験官は、試験場を見渡せ・・・

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超3D映画館

13/01/21 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1972

 はん子から電話があったのはつい30分前のことで、映画にいくからどこそこで待ってるわと一方的にいってきた。いそいでぼくがその待ち合わせ場所にいくと、ちょうど彼女もやってきたところだった。
「なんの映画だい?」
 ぼくはまだそれさえ聞いていなかった。
「それはすごいのよ。なにせ、超3D映画館なんだから」
 3D映画はたまにみていたぼくだが、そのあたまに超がつく映画とは、いった・・・

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テレパシストの贈り物

13/01/14 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1515

 送迎車から南中也は、スタッフがおろしてくれたスロープを伝って、ディサービス『安楽舎』の玄関前に車いすでおりていった。
「スロープが急だから、気をつけてくださいよ」
 スタッフが注意を促した。彼が本心でそういっているのを、中也はテレパシーで知った。右半身に障害がある中也だったが、じつは精神感応力という人の心のなかを、自由にのぞくことができる能力のもちぬしだったのだ。
 それはしか・・・

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笹舟

13/01/07 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1548

 だれが、それを作ってくれたのだろう。
 おだやかに流れる水面に、そっと浮かんだ笹舟。
 それを浮かべた人のことは、いまではなにもおもいだすことができなかった。
 ただ、水の上を、ゆるやかに流れゆく笹舟の、水面に明るい緑をおとすその姿だけが鮮やかに思い浮かぶだけだった。
 それから何年もたった。ぼくは人生を歩み続け、いろいろ辛い目や、苦しい日々を体験した。この世の中は、楽し・・・

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除夜の怪獣

12/12/24 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1546

 大晦日の夜、闇がはびこる大地に除夜の鐘が、殷々とした音を鳴り響かせるとき、あいつが姿をあらわすのだ。
 丘の上の寺から住職の蒼海は目をほそめて、今年最後のまちの灯りをみわたした。
「おるわ、おるわ。今年もやっぱり出現しおった。夜空のなかに、くろぐろとそびえたつその巨大な姿を忘れはせん。毎年、大晦日の鐘がなりだすと同時に、獲物をもとめるかのように腕をひろげ、除夜の鐘そっくりの咆哮をあげ・・・

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馬脚

12/12/23 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1541

 早苗は、テーブルの向こうから話す友樹の声に、うっとりと耳を澄ました。
「それでさ、おれ、課長のやつにさ、なにをばかいってやがるんだって、かみついてやったんだ。そしたらさ、課長のやつ、目にみえてたじろいちゃってさ―――」
 このぽんぽんととびだす歯切れのいい関東弁がたまらなかった。
 彼とは、あるボンティアでしりあって、一年がたつ。関西訛りがとびかう連中のあいだにあって、はきはき・・・

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近藤です

12/12/17 コメント:5件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1659

 そのとき近藤は、春の陽ざしがさしこむ縁側で、握りこぶしがすっぽりはまるという有名な、大きな口をへの字にまげて、呻っていた。武道ではだれにも負けない自負があったが、隊のトップの局長ともなれば文武両道、文芸の世界にも通じていなければならないという彼流のおもいこみがあった。俳句でもひとつ、作ってみるかということになり、それでいまの、縁側での呻吟になった次第だった。とはいえこれまで、剣の道一筋にやってき・・・

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夜の学校

12/12/10 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1446

 夏休みの三日間、敏樹たち小学生は、学校に宿泊することになっていた。
 林間学校の縮小版といったところで、昼間はプールでおよいだり、夜は校庭でキャンプファィヤがあったりして、生徒たちはこの学校行事をたのしみにしていた。教師たちも、遠く乗り物を使ってでかける旅行とはちがい、余裕をもって子供たちと行動をともにできた。
 最初の日、学校に集まるのは夕方だった。
 夕焼けもおわろうかとい・・・

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勝者

12/12/10 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1735

 おれはいまも、逃げていた。
 いまもといったのは、いつも、いつも逃げていたからだ。
 家庭から逃げ、友人知人から逃げ、嫁、子供から逃げ、そして社会から―――逃げつづけていた。
 しかしいまは、そんな抽象的なものから逃げているのではなかった。
 おれはいま、警官から逃げていた。
 深夜の一軒家に盗みにはいり、家人に騒がれ、逃げだしたところを、警ら中の警官にみつかり、遁・・・

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ちかづきすぎ

12/12/03 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1569

 喫茶店の駐車場に、美保の赤い車がすべりこんでくるのが見えた。約束の時間を5分遅れてきた。栄二はむしろ彼女の遅刻を喜んだ。彼の頭の中には、機械イコール正確という既成概念があった。
 アンドロイドは遅刻をしない。だから美保は人間だ。それはしかし、いまはまだ願望の域を出なかった。
「ごめん、遅れちゃった」
 舌を出しながら美保は、栄二の席までやってきた。栄二は、美保がスカートの裾をの・・・

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一番人気

12/11/26 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2233

 サブは窓のそとの、張りついたように動かない星々をながめた。
 じっさいには彼のいる宇宙都市は時速数万キロの速度で惑星のように円運動しているのだが、広大無辺な宇宙のまえには、そんな数字はゼロにもひとしかった。
「サブ、なにぼんやりしてるの。もうじき新年があけようとしているのよ」
 やわらかな声とともに、背後から母親がちかづいてきた。その横には、妹のモモがたっている。
「わあ・・・

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何かが足りない

12/11/19 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1347

 いよいよ、その時がきた。
 これまで映画で、小説で、なんども描かれてきた異星人による地球侵略―――がこれからはじまる。特異な形の未確認飛行物体が地球に接近してきたとき、世界中のだれもがそう思ったにちがいない。
 日本のアマチュア天文家天野祐樹くんの見解はちょっとちがった。天文家といっても、手で持ち運びできる天体望遠鏡を、我が家の物干し場において星を観察する程度の、ピンからキリまでいる・・・

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戦うサンタクロース

12/11/12 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1758

 その年の秋、各国から集まったサンタクロースたちが、だれもしらない無人島で、緊急会議を開いた。便宜上サンタ1号、2と呼んでおく。総勢14名がそろった。クリスマス当日、わずかそれだけで世界各地をまわれるのかと、疑問におもう人もいるかもしれないが、なにも全部かれらがいかなくても、レプリカサンタは街にあふれている。
 しかしきょうこの島に集合した連中は正真正銘、れっきとした本物のサンタたちだった。・・・

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弱虫兄妹

12/11/05 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1291

 忠太はいつも、自分の名前を恨んだ。村の子供たちがこぞって、チュー、チューと、はやしたててからかうのだ。それはネズミの鳴き声をまねているのだが、米をくうネズミはだれからも嫌われもので、みなは忠太をネズミにみたてて蔑んだあげく、よってたかっていじめるのだった。
 臆病者の忠太は、なにをされてもされるがままで、みんなはいい気になって、頭をこづいたり、足払いをかけて倒したりして歓声をあげた。

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やおよろずの一人

12/10/29 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1423

 竜也は朝おきるとまず、手動のコーヒーミルでコーヒーを挽いた。挽いたコーヒーに湯をそそぎ、たちのぼる香りが狭いアパートの室内に満ちてゆくのをまって、彼の一日ははじまる。
 しかしこれからはじまる一日は、彼にとって、いや世間にとっても、おそらく地獄といえるものにちがいない。彼の目は、昨日ホームセンターで購入した、まだ封も切ってない包丁をとらえた。
「この包丁がいったい、何人の血で汚れるの・・・

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あなたのすべて

12/10/22 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1330

 歩くにつれて、霧が、子犬のように足にまつわりついてきた。
 いつしかそれは、もうもうとさかまいて、まるで乳白色の川の中を歩いているような錯覚を日乃木景雄に抱かせた。
 たしかここは、町のどまんなかのはずだった。ごぉーっと電車が走り、マンションの窓々にはぼちぼち灯りがともりだし、自分の前後には会社がえりの人々が、せわしげに行き来していた。山岳地帯や高原ではない。そんなわかりきったことを・・・

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用意周到な女

12/10/15 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1532

 最上階のレストランに上っているとき、エレベーターが階の途中で停止してしまった。丸岡ハンナは、しめたとおもった。5階から6階にあがるときのことだった。
 その寸前にエレベーター内がぐらぐらと揺れたので、地震かしらと彼女が思った矢先のできごとだった。
 エレベーターの中には、彼が一人いるきりだった。過去に3度、おなじエレベーターでであっている。日本人ばなれした彫の深いその顔立ちは、ひと目・・・

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あとの祭り

12/10/08 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1257

 ハロイはいつも、宇宙都市ショッピングモールのきらびやかに輝く通りをみると、古代惑星地球からながめた天の川を連想した。
「足もとに、星が流れているようだ」
「ひさしぶりにきたけど、いつきても、ここはにぎやかね」
 と恋人のエヒカは、行きかうたくさんの買い物客たちをながめた。
「なにせ、宇宙じゅうの星から集まってくるんだからね」
 ハロイのいうとおり、ここで商売を営む連・・・

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清純派でいこう

12/10/01 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1600

 そろそろ横になろうか。
 と、栄二が居間をたとうとしたとき、妻の美紀が甲高い声をあげた。
「まただわ」
「どうした?」
「消したはずのテレビが、またついたの」
 彼女は首を傾げながら、リモコンボタンを押した。42インチ画面は暗くなった。
「押し方があまかったんだろ」
 栄二が寝室の襖をあけたとき、
「まただー」
 さっきよりずっとテンションの・・・

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孤高の遭遇

12/09/24 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1401

 勝負は勝たねばならない。
 武芸者として、それは鉄則だった。敗北は、ただちに死につながった。
 田所千太郎は一人、山里の道を歩いていた。おりからの紅葉が、周囲をあざやかに彩った。しかしそのようなものは千太郎の眼中にはなかった。いつ、どこから抜き身の刀をふりかざして出現するかもしれない剣客たちの影に、すべての神経を集中させていた。昨日も彼は、武者修行者に真剣での試合をのぞまれ、その相手・・・

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たずねてきた北海道

12/09/17 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2303

 ドアのそとで、大きな声がきこえた。
「こんにちは、おひまですか」
 私がその失礼な挨拶に怒りもせずにドアをあけたのは、実際死ぬほどひまをもてあましていたからにほかならない。
 玄関に、みたこともない男が立っていた。
「どちらさん?」
「北海道です」
「珍しいお名前ですね。で、ご用件は?」
「ちょっと、お話でもと思いまして」
 定年退職後、妻に先立た・・・

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コンビニゴースト

12/09/10 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1605

 夜の八時に、わざわざつきあってくれる相手といえば、やっぱりはん子のほかにだれもいなかった。総合格闘技のジムに通いだしてから、すでに3か月になる彼女は、ひとまわり逞しくみえた。
 まずは腹ごしらえとばかり、二人は蕎麦屋に入った。
「どうだい、こちらのほうは」
 と僕は、テーブルの向こうのはん子に、ファイティングポーズをとってみせた。
「楽しくって、しょうがないわ」
「・・・

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無人駅の妖怪たち

12/09/03 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1597

 桃の木次郎がこの人里はなれた田舎に越してきたのは、ひと月まえのことだった。
 田舎暮らしがしたい。
 いきなりいわれた妻は、難色をしめした。
 どうせすぐ、便利な都会の暮らしが恋しくなって、もどってくるにきまっている。だけどどうしても田舎にいきたいなら、あなた一人でいって。
 
 そんなわけで次郎は単身、あまりの僻地のため無料同然の借家に、引っ越してきた。
 ・・・

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電池切れ

12/08/27 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1485

 依子は階段を、重たげな足取りで、上っていった。
 このマンションの非常階段が、すんなり入れることは確かめてあった。セキュリティがどうのこうのというほど、ここは新しくはない。
 屋上に上りきり、どこまでも広がる夕焼けの下に、彼女はたった。
 ふきつける秋の風が妙に、頬にやさしく感じられた。こんな気持ちになれるのは、もはや人生との戦いを、諦めたからにちがいない。
 自分に残さ・・・

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達人

12/08/20 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1479

その道場は、静かな住宅地にあった。
 プレハブ造りの建物で、玄関の看板には『鉄心道場』と読みとれた。
 稲富耕介がたずねもとめてきた氷上ひかみ鉄心がここで門人たちに格闘技を教えていた。
 稲富じしん格闘家で、空手、拳法、柔道、合気術、それぞれ段位をもち、腕を磨くためにつねに他流の道場をたずねて師範代、また道場主に試合を挑んでは連戦連勝をかさねていた。そんな彼だから、これはという格・・・

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禁句

12/08/13 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1417

 道に迷ったらしい。
 旧友の住まいをたずね、時間を忘れて話し込み、気がついたら夜になっていた。泊って行けとうながされたが、友には妻もいて、さすがに遠慮して暗がりの中を歩みだした。
 いつのまにか辺りはくろぐろとした森におおわれはじめた。
 ぼくは繁みの間にのぞく星々や、どこかからきこえるかすかな流の音に導かれて、いつしか灯のともる一軒家のまえにやってきていた。
 玄関にた・・・

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オリンピック野郎

12/08/06 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1714

 控室に入ってきたヤマダの顔を一目みるなり、おれはイヤな予感におそわれた。
 試合前はいつも、段取りあわせにあらわれる彼だった。マッチメーカーという役割上、試合の流れや、どこで山場をつくり、観客をわかせるかなどをおれたちレスラーの頭にたたきこんでおかなきゃならないのは当然だった。
 しかし、今夜のおれの相手が五輪太郎というオリンピック出身の、超鳴物入りでデビューした選手だとわかっている・・・

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陽は沈み陽は昇る

12/07/31 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1673

 点描という言葉がこの世界にあるかどうかはわからないが、いまのシスラ星人の姿はまさに、疎らな点描に描かれた人物のようだった。
 コハナは夫をながめながら、涙声でいった。
「あなた、私もう、みていられないわ」
「きみだって、ひどいものだ」
 彼にも妻の体は直視に耐えられなかった。
 二人の姿が日に日に実体感を喪失しはじめたのは、この数週間のことだった。地上のすべての人間・・・

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魔球封じ

12/07/23 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1532

日曜の朝、ぼくがはん子をいつもの喫茶店に呼び出したのには、わけがあった。
「どうしたの、うかない顔して」
テーブルに向かい合うなり、彼女にはぴんときたらしかった。
「わかった、書き悩んでいるのね」
「うん。例の投稿サイトなんだけど、こんどのテーマが高校野球なんだ」
「すてきじゃない。青春まっさかりの球児たちが、純粋な汗を流す。季節的にもぴったりだわ」
「おれ、野・・・

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再現

12/07/16 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1649

サワオは反射的に銃をかまえた。
銃といってもそれは、相手を気持ちよく失神させることができる、いわゆる天国鉄砲といわれているしろものだった。
前からココがさっと腕を伸ばして、逸る彼の気持ちを制した。
「よけいな騒ぎをおこしたら、手がつけられなくなるから」
サワオは素直にうなずいた。はじめてやってきた惑星の、荒々しい自然に圧倒されておもわずうろたえてしまった。ココはさすがに二度・・・

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決定的瞬間

12/07/10 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1828

超ド級宇宙船ミナモト号のコントロール室には、多くの搭乗員が集まっていた。かれらの目は一様に、巨大モニターの画面に映し出された2S惑星に釘づけになっていた。
さきほどこの惑星から、コンタクトを楽しみに待つとの連絡がはいった。
ヘイケ船長は、自信ありげに胸前で腕をくんだ。
これから二つの、おそらくこの宇宙においても一二を争う高度な文明をもった世界が遭遇するのだ。
補佐役のシキブ・・・

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知美の感性

12/07/06 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1617

守は姪っ子の知美を連れて水族館にやってきた。

知美は、風変りな感性の持ち主だった。

先日、田園地帯をいっしょ歩いているときのことだった。
このあたりにはまだ、多くの野鳥たちの姿がみられた。このときも二人の頭上には、何種類もの鳥たちが飛びかっていた。
そんな鳥たちをながめながら、ふと守はつぶやいた。

「鳥たちも大変だ。毎日ああやって、餌をもとめて・・・

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上州名物 かかあ天下とからっ風

12/06/27 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1877

ついに戦いの火ぶたは切って落とされた。

昔からかかあ天下とたとえられる群馬の女たちと、その亭主たちが、きっちり二手にわかれて、火花をちらすにらみあいがはじまったのだ。

正確にいうと、これまで女房の尻に敷かれっぱなしになっていた亭主族が、もう我慢ならんとばかり、なんとか一矢報いんものと、決起したのがこの戦いだった。

とはいえこの現代、いかに相手が気の強いかか・・・

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千円カット

12/06/16 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2168

入口の看板の、『カット千円』にひかれて平太は、その散髪屋に入っていった。
この値段だというのに、店に客の姿がない。
広くもない店内が、妙にがらんとしてうつった。
千円という安価さからおそらく、愛想もサービスもなにもない、ただ芝生を刈るように髪を切るだけのところにちがいない。
もどろうかと平太が足をかえしかけたとき、奥のカーテンから一人の女性があらわれた。
「いらっしゃ・・・

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無敵のファイター

12/05/28 コメント:3件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2103

一瞬のスキをついて剣先士郎の、腕ひしぎ十字固めががっちりきまり、さしものワフー・デビルもたまらずレフェリーにギブアップをつげた。
15分にわたる熱戦をくりひろげた両選手に対して、観客席からさかんに拍手がおくられた。
ただひとり、峰子だけは、うなだれた顔をしきりに左右にふりつづけていた。
リング上で勝利の叫びをあげた士郎が、いきなりロープの間から身をすべらせるなり一散に、峰子のとこ・・・

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下調べ

12/05/14 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2685

店に入るなり,はん子は、窓の外をひと目みて、

「まあ、高い!」

ぼくはあわてて、口の前に指を立てた。

「しっ。店の人に聞こえるじゃないか」

「あら、わたしのいってるのは値段じゃなくて、29階の高さのことよ」

店の人が注文を聞きにきた。

「ローストンカツ、お願いします」

「あたしは、カツカレー」
・・・

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石段の尽きた上

12/05/02 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1965

路地の多い京都のまちを、鶴乃とマーちゃんの二人は手をとりあって、黙々と歩いていた。
夜になっても、道の両側に並ぶ料亭の灯が、打ち水にしっとりと濡れた石畳に反射して一種、幻想的な色合いをかもしだしている。

「ママ、おながが空いた」

マーちゃんは、唇をとがらせて、母親をみあげた。

それもそのはず彼は、夕飯も食べずに鶴乃に外に連れ出されたのだった。
・・・

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あいあい傘

12/04/18 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2250

改札口を出て、しばらく歩いたところで、いきなりザアッときた。

駅にもどるには遅すぎた。とっさにサワ子はもよりの家の軒下に張りついた。

雨はいっそう激しくなった。子供のころなら、こうしていると、家の人が雨宿りに戸を開けてくれた。世知辛い現代、サワ子が背にした玄関はいつまでも固く閉ざされている。

傘をさした人々が、目の前を通りすぎてゆくのを、ひがみっぽい気持ち・・・

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大人の子供の日

12/04/03 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:3168

丘の上の、ゴルフ場をおもわす広大な芝生がひろがる庭のただなかの、これまた途方もなく大きな邸宅に、三々五々、人々がはいってゆく。

きょうは子供の日。しかしかれらの年恰好はどれも、どうみても還暦はすぎていて、なかには頭がすっかりはげたのや、まがった腰を杖でささえているものたちの姿も目についた。

共通しているのは、かれらのそのあきらかに富裕層とおぼしき、高価ないでたちだった。・・・

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気持ちよく酔った夜、かれらは

12/03/21 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2228

アキラはとなりの男性客をちらとうかがった。

カウンターに彼がついてすぐ、その客が座った。
ひじとひじがふれあう間にいながらふたりは、しばらくのあいだだんまりをつづけた。
このきまづい沈黙から解放されようとおもってアキラは、グラスの酒を空けた。2杯、3杯………
みると、となりの客もおなじように、アルコールを流し込んでいる。

そのうちふわふわした気分になっ・・・

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新宿ジュース

12/03/18 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2390

陽子が頭上を見上げたのはなにも、ビルとビルの間にのぞく茜色の空をながめたかったからではない。
どの建物がもっとも、飛び降りるのにふさわしいだろう。非常階段はすんなり屋上までつづいているのだろうか。
ここにくるまで、死ぬことはもっと、簡単なはずだった。屋上のふちから身を躍らせば、すべて完了すると思っていた。
しかし、それが思いのほか進捗しなかった。
どの建物の周囲にも、警備員・・・

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