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いありきうらかさん

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おばあちゃん

17/02/26 コンテスト(テーマ):第128回 時空モノガタリ文学賞 【 自転車 】 コメント:1件 いありきうらか 閲覧数:667

時空モノガタリからの選評

祖母に対する思いや後悔、家族ゆえの複雑な感情が素直に綴られていて、地に足の着いた内容が印象深かったです。祖母の優しさを裏切り、その死に関し罪悪感を持つ主人公の後悔の気持ちがよく伝わりました。子供が「わがまま」を言う時、この主人公がそうであったように、自分のやっていることが悪いこと、それが愛する人を傷つけてしまったことなど、案外よくわかっているような気がします。そうした子供の繊細な心理がよく出ていると思います。私の娘」は、主人公とはまた違った性格なのですね。自分の娘であっても別の人格である以上、その本心というのは明確に知ることができないのでしょう。実際はピンクの自転車が欲しいのかもしれないし、もしかしたら主人公が、自身の過去を投影しているだけで、本当に「長らく使える物」を望んでいるのかもしれない。また、望みを叶えてあげることが、本当に子供のためになるのかどうかもわからない。いずれにせよ正解のない中で、子供に愛情をかけようと模索する主人公の姿勢には共感を覚えました。愛情があるからこそさまざまな思いや悩みが生まれるのでしょう。親子や祖母との関係性がリアルで、身近な人との関係について考えさせられる内容でした。

時空モノガタリK

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母に子供が出来たことを報告したとき、母は、私もおばあちゃんか、と感慨深く呟いていた。
そうか、母は私の子供からすればおばあちゃんになるのか、そんな当然のことを頭の中で反芻した。
私は、窓の外に置いてあるすっかり茶色に錆び付いた自転車を見つめた。

おばあちゃんは孫の私にとても優しくしてくれた。
おばあちゃんは自分の家から2時間ほど離れたところに一人で暮らしており、私が家に来る度に好きなお菓子を用意して待っていてくれた。
小学生特有の下手な絵を見ても、テレビの歌手の真似事をしても、上手だね、と褒めてくれた。
正月に親戚一同が集まるときにはおはぎを用意してくれて、他人の一生分のあんこを食べたのではないかと思えるほど、そのおはぎが大好きだった。
私はおばあちゃんが大好きだった。そして、おばあちゃんも私のことが大好きだったと思う。

私は、10歳の誕生日プレゼントに自転車をお願いした。
小学4年生の私は年甲斐にもなくピンク色の自転車が欲しかった。
母と自分の家に引っ越してきたおばあちゃんにお願いし、私はピアノのレッスンに向かった。
家に帰ると、自転車買ってきたよ、車庫に入っているから見てごらん、とおばあちゃんは微笑んでいた。
破裂しそうな期待を抱え、私は靴も履かずに外に出て自転車を見に行った。
しかし、その期待の風船はすぐ縮んでしまった。

おばあちゃんが買ってきたのは銀色の地味な自転車だった。
中学校でも使えるような物を買おう、と母と相談したらしい。
確かに近所の中学生はそんな自転車で通学をしていたし、私にとっても後々いいことはわかっていた。
だが、当時の私には許せなかった、自転車を見た途端に嫌だ、嫌だ、と泣き出してしまった。
わがまま言うんじゃない、と怒る母の姿と、ごめんね、ごめんね、と謝り続けるおばあちゃんの対称的な姿が、涙越しながら印象的だった。

何日かその自転車に乗って遊びに行った。友達からはおばさんみたいだね、とからかわれた。
そんなつま先が着くか着かないかの体に不釣り合いな自転車が嫌になり、私は、自転車を雑草が生い茂った河川敷に置いて行った。
馬鹿な私は自転車を盗まれてしまった、と言えば、別の自転車を買ってもらえると思っていた。
当然買ってはもらえず泣き叫ぶ私に、どうしてもっと大切にしないの、と母は怒った。
おばあちゃんはまた悲しそうな目でごめんね、ごめんね、と私に謝っていた。
さすがにおばあちゃんを見て罪悪感を持った私は、河川敷に自転車を取りに行ったが、自転車はなくなっていた。
また私は家に帰ってきてから泣いた。
それを見たおばあちゃんはごめんね、ごめんね、と背中をさすりながら謝っていた。
おばあちゃんは何も悪くないのに、心で思っていても、口はそう動かなかった。

その何日か後、おばあちゃんは急に体調を崩した。
「ごめんね、自転車、買ってあげられなくて」
おばあちゃんが私に言った最後の言葉だった。最後まで悲しそうな目をしていた。

その後間もなく、自転車が返ってきた。自転車を見たとき、私は泣き崩れた。
まるで、おばあちゃんの死と引き換えに自転車が戻ってきたように私は感じた。
思い返せば、私の誕生日以降おばあちゃんの悲しそうな顔しか見ていなかった。
おばあちゃんが話しかけても素っ気ない返事をしたり、そっぽを向いたりしていた。
私がわがままばかり言ったせいで、あんなに優しかったおばあちゃんが死んでしまったんだ。
この罪悪感は10歳の私に、今の私にも色濃く残っている。

私の娘は10歳となった。
おばあちゃんとそっくりな顔になった母と、娘と一緒に買い物に出かけている。
私の娘は、誕生日に自転車が欲しい、と言ってきた。
娘は中学校に行ってからも使えるようなやつでいい、と言い、銀色の自転車を指さした。
だが、私にはわからなかった。本当に娘はこの自転車が欲しいのだろうか。
私は、娘がピンク色の自転車をじっと恨めしそうに見ているのを見てしまった。
娘はあまり自分の欲しい物を言いたがらない子だった。
決して裕福ではない家庭のことを気遣って、外食でも安い物ばかり頼むし、新しい服もほしがらなかった。

おばあちゃんが私にしてきたことは、自転車のことを除けば、いつでも私の喜びだった。
私はこの子におばあちゃんがしてきたように、そして母からもらったように愛情を注がなければならない。
恐らく私の娘は私と違って銀色の自転車を買ってあげても文句の1つも言わず、この自転車を乗り回すだろう。
そもそも私の杞憂で本当に娘は長らく使える物を望んでいるのかもしれない。
だが、あの罪悪感は私にしがみついて離れようとしない。
娘にとって幸せなのはどちらなのだろうか?
おばあちゃん、あなたならどうしますか?
一言小さく呟いたが、返事は誰からも返ってこなかった。


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このストーリーに関するコメント

17/03/16 光石七

拝読しました。
主人公が抱えている罪悪感に胸が痛みます。子供だったんだからわがままも仕方ない、おばあちゃんが死んだのはあなたのせいじゃない。そう言ってあげても、主人公の心が軽くなることはないのでしょう。
家計を気遣う娘が本当に欲しい自転車はどちらで、どちらを買ってあげるべきか、悩んでしまうのも無理はないと思います。
でも、どちらの自転車であれ、祖母と母が自分を思って買ってくれた自転車なら、きっと娘はその愛情を受け止めてくれると信じたいです。
心にズシリとくる、深いお話でした。

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