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土井 留さん

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設問4:戦いは人間の本能か?

17/02/16 コンテスト(テーマ):第100回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 土井 留 閲覧数:344

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結論:事実かどうかは別にして、そのように考えるべきではない。
 
 人間は本能ではなく理性で動いている部分が大きい。このため、何が人間の本能であるか、人間だけを分析して判断することは難しい。そこで、他の生物の例を考え、そこからヒントを得ることにする。

 まず非常に原始的な生物を考えると、戦いは本能だと言うしかない。細菌は分裂して増殖するが、増殖の過程で抗生物質を出して他の細菌を積極的に殺し、敵を殺して得た空間を占領する性質を持つ。つまり、他者を殺して増え栄えることが、生物の設計図に組み込まれている。

 次に、人間の近縁種について考えてみよう。人間に最も近い生物はチンパンジーとボノボである。悩ましいことに、この2種は闘争について対照的な性質をしており、チンパンジーが残酷な闘争を繰り返すのに対し、ボノボの社会では殺し合いはほとんど見られない。

 人間はいったいどちらに近いのだろうか?実は、人間がボノボとチンパンジーのどちらに近いのか、結論を出すことはできない。この二つの種は、チンパンジーとボノボに分かれる以前に人間の祖先と分化しているため、同じ程度に人間に近いからである。よって、近縁種を見ても、やはり人間が平和的なのか、暴力的なのか結論はでない。

 反対に、平和を愛する心は本能と言えるのだろうか?類人猿は、怪我をさせてしまった相手に特別な感情を持ったり、事故で傷ついた個体を集団で世話したりする。このため、確かに、本能的に他者への共感性を持っているといえる。

 だが、これは好ましい一面を強調しているに過ぎない。人間に限らず、類人猿の世界には激しい闘争があるのだから、平和な部分のみを取り上げて、平和が本質であり戦いは本質ではない、と結論付けることはできない。

 このように、人間が本質的に戦いを好むのかそうでないのかは、簡単には答えが出ない。しかし、少なくとも、戦いは人間の本質だと安易に考えるべきではないだろう。なぜなら、そう思ってしまうと、平和に対する努力を放棄するからである。「戦いは人間の本質なので、止めても無駄だ」という発想は、必然的に「戦いが不可避なら、できる限り有利な状況でやるべきだ」という発想につながってしまう。

 最後に、人間は本能的に平和を好む、と考えるべきだろうか?この考えは、思考停止を導く点で戦い本能論と同じである。気分を明るくするためにはよい発想だが、その程度の効果しかない。本当に人間が本能的に平和な生物なら、全人類が本能に任せて生きればよいと思うが、あまり賛成する人はいないだろう。


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