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キャンバスに描くもの

17/02/16 コンテスト(テーマ):第128回 時空モノガタリ文学賞 【 自転車 】 コメント:0件 こあら 閲覧数:396

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 白いキャンバスを前に、僕は固まってしまった。
 最後の美術のお題は「中学三年間をあらわすもの」。

 クラスメイトたちは、すらすらと思い思いのものを描いている。
 野球部のやつはグローブ、吹奏楽部の女子はクラリネット。そういう分かりやすい部活のやつはいいよなぁと思う。
 他を見渡すと、友達の似顔絵を描いている女子の集団もいて、美術室はわいわいとしている。

 クラスで唯一友達の堀田は、
「おれは陸上の三年間だったから、やっぱりグラウンドを描いてくるわ」
 と言って外へ出て行ってしまった。なので喋る相手もおらず、僕はただ途方にくれている。

「あら、竹下くん。まだ白紙…」
 美術の千代田先生が覗き込んで言った。えぇ、まあ。あいまいに濁すと、
「こいつ帰宅部だから、三年間何にもしてないんすよ」
 サッカー部のやつらが笑いながら、僕を見ようともせず先生に自分たちの絵を提出する。
「そんなことないわ、帰宅部だから何にもしてないなんて。…あら、あなたたちみんなサッカーボール?だめよ」
 先生とサッカー部は僕の存在を忘れたかのように、ふざけて話をしはじめる。
 千代田先生は一年前にこの学校へ赴任したばかり、新任の先生で、美人で人気がある。
 先生も、学生のときはこのサッカー部連中と同じようなグループにいたんだろう。間違ってもぼくのような男子とは話すことはなかったはずだ。
 サッカー部たちがへらへらと描き直しに向かってから、先生は思い出したように僕に振り返った。

「竹下くんも。何かあったでしょ、三年間の思い出。帰宅部だって…お家に帰ってから習い事とかしていたのじゃない。友達との思い出だっていいし、学芸会での思い出でもいいの」
 そんなもの、あるわけないじゃないか。
 絶対に心に残る美しいことが中学時代にあったはずだという、大人の押し付けだった。
 僕が黙っていると、先生はあきらめたように「じゃあ、とにかく何か描いて提出してね」
と言い残し行ってしまった。

 教師というのは、学生時代に目立っていた人がなる職業なんだろうか。人間的に気が合うと思えた人はひとりもいない。
 先生が僕に話しかけてくれるのは、先生が教師で僕が生徒だからだ。同じ立場の生徒だったら、千代田先生は僕のことなんて絶対に気にかけていない。
 それが分かるから、会話をする気になれない。

 白紙のまま授業は終わり、「中学三年間をあらわすもの」の絵は宿題になってしまった。
 キャンパスを脇に抱えて靴箱を開ける。グラウンドでは運動部がジョギングをはじめ、掛け声が響いている。それに呼応するみたいに、どこからかスケールを上がったり下りたりする楽器の音も聞こえる。周りではきゃいきゃいとふざけて笑う声が近づいて遠ざかる。

 そのどれにも僕は属していない。
 三年間の思い出なんてない、強いて言えば、四月から通う私立高校の勉強をしたことくらいだ。公立中学に進んだのは失敗だった。高校から取り返すべく必死に勉強した。
 僕のモチベーションは、この中学から多くの人が進学する地元の高校には進みたくない、その一心だった。
 春からは、隣県の高校に行くことが決まっている。
 今度からは電車通学だ。

 自転車置き場にたどりつき、ポケットの鍵を探る。
 この自転車での通学も、最後だ。
 かしゃ、と鍵を開ける音が響いた瞬間、学校中に満ちていた音が消えた。
 
 自転車だ、と僕は思った。
 僕がこの三年間一番お世話になったのは、クラスメイトでも先生でもなく、部活の道具でも思い出でもなく、この自転車だ。
 毎日、行きたくない学校へ運んでくれ、少し軽くなった帰り道をともにした。
 僕の足で一歩一歩こいで、こいつだけは僕に答えた。

 この三年間を倒れず支えてくれたこの自転車だ。

 僕はキャンバスに、夕日に照らされる自転車を描いて提出した。
「竹下くんって、自転車が趣味なの?」
 不思議そうな顔をする千代田先生に、
「これが僕の三年間です」
 と答える。

 やっと、僕と自転車の三年間が終わろうとしていた。


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