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白沢二背さん

白沢二背と申します。現在、月に一度もペースで執筆中。

性別 男性
将来の夢 恐竜になる事
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南瓜の馬車は、もう要らない

17/02/16 コンテスト(テーマ):第129回 時空モノガタリ文学賞 【 都市伝説 】 コメント:0件 白沢二背 閲覧数:429

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「南瓜の馬車には如何遣って、乗るの?」。
 妹が唐突に御伽噺を始めた。
「昔、偉い人が言ったのよ。ガラスのハイヒール見付けても駄目って」「ねえ御兄ちゃん、教えてよ、ねえったらー」「五月蠅い、なー、もー」。僕は命の言を俟った。
 桂命十七歳。本日二度目の癇癪である。
 僕と母が別れて三週が経った。
 妹の母っ子振りは日増しに強く成る一方である。
「素敵な彼氏でも見付ければ良いんじゃね」。
 僕は無体な迄に妹を押し退けた。
「だってだってー」「良い人居無いん、だもんー」
「知るか、ボケ茄子」。
 僕は僕が僕足る所以を全うした。
「じゃあ此んなのは如何だろう?」「命が三食キチンと食べたら話して遣るよ」。「ええー。亦あ??」
 僕の家庭に母は居無い。
 三週間前、不治の病でぽっくりと逝った。 
 以来、桂家では暗黙のルールが有る。
一、 三食キチンと御飯を食べる事。
一、 早寝早起きを心掛ける事。
一、 他人に対して羨ましいという感情を持たない事。
どれも急逝した母を慮って付けたルールであった。
桂家の朝は早い。
「御昼のカレーは取っとくから」。というのが妹の言い分であった。
「宣しい」。と、僕は残し、足早に身支度を整えた。
 今日は妹の授業参観である。
 父は急がしいので、急遽、僕がピンチヒッターと成った。
 高校生にも成って、授業参観と来た日には、母も妹の成績を嘆くに違いない。
 僕は、親父のスーツを拝借して、ちょいと妹の耳を摘まんだ。
「痛いって。御兄ちゃん、痛いっ」
 僕は「云、此れなら問題無いな」と、残して一息入れた。
 桂家の朝は早い。
 妹は、朝の片付け当番を無視し、其の足でペダルに力を入れた。
「残り物は遣っといて、ねー」「私、行くねー」「御昼には戻るからねー」。
 以上、三週以上続く我が家の鉄則である。

 翌朝僕は線香を遣り、縁の汚れていない花瓶を見詰めた。
「なあ。母さん。命はもう大きく成ったんだぜ」「そろそろ一本立ちしても良い頃合じゃないかな」「母さんも副う、思うだろ……」。
 母さんが生きていてくれたなら、と、思う。
 命はアレで寂しがり屋だからな、とも思う。
 母っ子で鍛えられたロマンチストは、ちょっとやそっとじゃ如何という事も無いだろう。
「本当に、母さんが、生き返って、くれたら、なあ」。
 僕は、湯煎していた料理に時を忘れ、次いで、其の足で玄関を出るのであった。
「行って、来ます」。
 今日は、妹の調理当番だ。
 再婚した父は、「今日から仲良くな」と、だけ残して消えた。
 消えたと言っても、蒸発した訳でも何でもないけども。
 が、しかし、妹は其れを赦さなかった。
「御母さんが泣いてるよ」とだけ残して此れ亦消えた。
 とは言っても、三日もすればほとぼりも冷め、「御兄ちゃん、今日は御兄ちゃんが料理当番だからね!!」なんて、あどけない表情で言うのであった。
 南瓜の馬車には先客が居る。
 此れは、父が幼かった僕等に説いた教えである。
 だから、楽しようとするんじゃ、ない。
 戒めなさい。自らを。
 過ちを恐れては、イケないがね。
 ウインク。
 其れが、僕と命の習ったシンデレラだった。

 或る日、僕は妹がそわそわしている事に気付いた。
 授業参観の有った翌月の事で、妹は、妹らしからぬ恥じらいを見せ始めていた。
 義母が皿を割ってしまった時の事である。
「良いから良いから。嗚、御兄ちゃん、掃除機」
「御兄ちゃんは掃除機じゃありません」。
「何でも良いから、早く!」「……分かったよ……五月蠅いなあ」。
 僕は妹が誇らしく成った。
 だって副うだろう? 母を失ってしんみりしていた妹が、二ヶ月振りに義母と話したのだ。此れで嬉しくないなんて、有るもんか。
 義母はちょっとだけはにかんでみせ、そして其の日から僕等は家族に成った。
 南瓜の馬車は如何遣って乗れるの? なんて妹は言わなくなった。
 代わりに、幾分か大人に成って、台所の隅に立つ様に成った。
 今では二ヶ月前の或の日々がウソの様で、妹は義母と良く喋る様に成った。
 或のあどけなかった日々は、妹の心情に何か変化を齎したのだろうか。
 もう南瓜の馬車は、必要無い。
 ちょっと寂みしいけども、僕はそんな風に考える様に成っていた。
 或る日、妹が彼氏を連れて来た。背がスラッと高く、華奢で何処となく頼り無さ気に見える。
「ははは、初めまして。命さんと結婚を前提に御付き合いさせてもらってます。塚田と申します。以後、御見知りおきを」迄を一息に言い終え、塚田氏は正座でリビングに在った。
 僕は、「兄の信哉です」とだけ返し、若い二人を残す事にした。今と成っては、南瓜の馬車は必要無い。其んな思いを抱かせる、午後の麗な一時であった。





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