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タキさん

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性別 男性
将来の夢
座右の銘 風船じゃなく、自分の翼で飛べ

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暁に叫ぶ

17/02/13 コンテスト(テーマ):第128回 時空モノガタリ文学賞 【 自転車 】 コメント:0件 タキ 閲覧数:490

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私は私立探偵。
私は推理しない。事件は私の周りで起こらない。
名探偵に憧れて始めたこの仕事も、来るのは浮気調査ばかり。密室殺人でも解いてみたいが、これが現実だ。

その依頼もまた浮気調査だった。30代夫婦、子供なし。「やりたい事がある」と言い出した妻と大喧嘩して家を飛び出した夫から、「妻がどうしているか知りたい」という内容だった。「早朝が怪しい」のは珍しいケースだ。

高速道路を走って到着した現場は、隣県の外れ、家よりも田畑の方が多い場所にある木造平屋だった。都心部までは遠い。私は、車両や周辺道路を確認した。下見を終えると、古いビジネスホテルへチェックインした。

夜明け前、ホテルを出た私は調査を開始した。秋の月が冴え冴えと輝いていた。夜の田の土くさい匂いがした。足元から冷え込む車内で監視していると、家に明かりが灯った。四時過ぎだった。しばらくするとドアが開き、依頼人の妻らしき女性が出てきた。おもむろに自転車のカバーを外す。唖然とする間も無く、女性は跨って漕ぎ始めた。

想定外だ。こんな見通しの良い場所で、自転車を車で追跡すればすぐにバレてしまう。自転車は自転車でしか追跡出来ない。人が走る速度は通常で時速約8キロ。シティサイクルだと15キロ程だ。長距離走者すら主婦の自転車と良い勝負なのだ。私は、車のトランクから非常用の折り畳み自転車を取り出し、展開させた。車輪の小さな折り畳みで普通の自転車を追うのは分が悪い。相手がひと漕ぎする間に、その倍は漕ぐ必要がある。

夜気を裂くように、私は自転車を走らせた。ライトを点けられず、気を抜くと側溝に落ちそうになる。月光に照らされたビニルハウスの横を走り抜け、墨汁のような川に架かった橋を渡った。闇の中で、相手のライトが蛍のように微かに揺れていた。

夜の底を滑るように進む自転車を追いかけながら、私はふと違和感を覚えた。相手の漕ぎ方はリラックスしたものなのに、不気味なほど静かに離されていく。おかしい。速過ぎる。
まさか、と私の脳裏に冷たいものが走った。
電動アシスト車か…!
私は舌打ちした。
時速24キロ程まで楽に達する電動アシスト車は、最も厄介な相手だった。
私は立ちあがり必死にペダルを踏んだ。短距離走のような前傾姿勢で自転車を進ませる。しかし差は開く一方だった。赤信号で止まりでもすれば差を縮められるのだが、闇の中に浮かびあがるのは、転々と続く白色の街灯と点滅信号だけだ。

長い坂道にさしかかった。相手は悠々と登っていく。みるみる引き離されていき、やがて視界から消えた。失敗の恐怖が頭をよぎった。

とっくに体力は限界だった。尻の付け根の筋肉が悲鳴を上げた。太ももは燃えるように痛んだ。喉が腫れた。心臓は廃車寸前の車のエンジンのように唸った。耳の後ろの血管が破裂しそうだった。痺れた頭が私を弱気にさせた。
こんな事が私のしたかった仕事なのか。人知れず明け方に自転車を必死で漕いで、自転車を追跡する。その辛苦を、電動アシスト車に折り畳み自転車で挑む無謀な戦いを、誰も理解はしてくれない。これが幼い頃に夢見た仕事なのか。私はいったい何をやっている。私はなんだ。何者だ?

「…私は…プロだ…!」

どこかで誰かが叫んでいた。
私だった。

依頼人の期待に応える事が、殺人事件の捜査や密室の謎解きよりもくだらないなんて、一体誰が決めた? これが私の選んだ道だ。私にしか出来ない事だ。
私の奥深くに眠っていた未知のエネルギーに火がつく。
体に、心に、力が蘇った。
坂を登りきると、眼下に小さく相手の姿が見えた。遠い。だが、まだだ。まだ諦めない。

いつのまにか市街地に入っていた。朝の喧騒が始まる直前の街だ。家を出て以来、初めて相手が信号で止まるのが遠くに見えた。私はそのわずかな時間に賭けた。全力でペダルを漕ぎ、距離を縮める。信号が再び青になった時、私は肉薄していた。

空は透明に変わり始めていた。女性は、駅前にある開店前の小さな店の前に自転車を止めると、さほど疲れた様子もなく中に入った。私はなぜ女性が早朝に外出するかを理解した。自転車を降りると、膝から力が抜けて路上にひっくり返った。そんな私を、朝の早い学生やサラリーマンが冷笑しながら眺めていた。

私は依頼人に電話をかけた。「奥さんはパン屋でバイトしてました」と報告すると、依頼人は思い出すように呟いた。
「妻はやりがいのある事がしたいと言ってたのに、僕は男を作ったと決めつけてた」
「もう一度よく話し合うと良い」
私は清々しい気分で言った。浮気を突き止めるだけが浮気調査じゃない。
私の仕事は終わった。誰からも理解されず、褒められる事も無いが、晴れ晴れとした気持ちだった。

私は私立探偵。
私は推理しない。事件は私の周りで起こらない。
だが、私は私の仕事に誇りを持つ。


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