1. トップページ
  2. ひとりだけのあなたを探して

待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

3

ひとりだけのあなたを探して

17/02/10 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:3件 待井小雨 閲覧数:575

この作品を評価する

 これほど人がいるのに、どうしてあの人だけがいないのだろう。
 人の溢れる新宿駅の構内で、私は人の波を見ていた。改札を通る人の顔を、電車に乗る人達の顔を見つめては探す。あの人の顔を。あの人に似た人を。
 担任の先生のお葬式が昨日、あった。白髪の多い頭髪は積み重ねた年月の豊かさを感じさせ、眼鏡の向こうの目尻は優しい皺を刻む。遺影の中の先生も穏やかに微笑んでいた。
 恋をしていたのかと問われれば、たぶんそうだったのだろう。けれどそれは学校という狭い籠の中で抱く幻想のようなものだった。何もなく高校を卒業すれば消えていたに違いない想い。
 けれどあの人は死んでしまった。
 もうずっと私はこの駅に佇んでいる。人の波にぶつからないよう気をつけながら、それでも行き過ぎる人々の顔から目が離せない。

 ――世の中には自分に似た人が三人いる、という話を知っていますか。
 先生は結婚をしていたけれど、それに嫉妬を覚える程の強い熱情はなかった。先生の隣に自分は並べないのだということを寂しくも思っていたけれど。
 ――はい。先生、それなら先生に似た人もやはりいるんでしょうか?
 ――いるのかもしれませんね。たくさんの人に会えば、その中で出会えるかもしれない。僕は君に、色々な人に出会ってほしいと願っています。
 それなら私は、多くの人と出会う事にしよう。先生に似た人とどこかで巡り会えるのかもしれない。

「……どこにもいないじゃないですか」
 呟いた声は雑踏の音にかき消される。
 世界中のどこよりもたくさんの人が利用する駅なのだという。この街ならばどんな場所よりも多くの人間に会えるのだと思った。
 何時間でも何日かかってもいい。あなたの面影だけでも見つけたい。
 先生に似ている人間がいるというのなら、世界のどこかにいるというのなら、今ここに、どこよりも人がごった返すこの場所にいたっていいじゃないか。
 そう思うのに。
「いないじゃないですか……っ」
 ……先生の死は突然だった。
 ――風邪が流行っているから、体調管理には気をつけて下さいね。
 そう言って教壇に立つ姿が最後。私の知る先生の最後の姿。歩道に突っ込んできたトラックに先生はつぶされた。
「ねえ、きみ」
 若い男の声に我に返る。
「もしかしてずっとこの駅の中にいないかい? どうしたの」
 駅員さんだった。私は「いいえ、なんでも」と顔を俯けた。
「待ってるんです」
「誰を待ってるの」
 誰でもいいの。世界に三人いるという、あの人にそっくりな誰かを待っているの。
 ……だけど実際にはどれ程待ってもどれだけ人の顔を見ていても、先生に似ている人なんてあらわれもしない。
 眼鏡の人も白髪まじりの人も、きっと教師だっているだろうに、優しく笑う私の先生がどこにも見つからない。
 私の先生だけがどこにもいない。
「……気付いてないかもしれないけどもう遅い時間だ。帰った方がいい」
 項垂れて帰る方面のホームへ向かう。
「……駅員さん」
「どうした? 大丈夫?」
 もしかしてずっと心配して気にかけてくれていたのだろうか。そんなことに気が付く。
「――ううん、大丈夫じゃない。先生が亡くなったんです。担任の先生」
「そう……。それは悲しかっただろうね」
 心から悲しむ響きだった。
「本当はここで見つけたかったんです、先生を。これだけたくさん人がいるなら、先生もここに紛れているかもしれないって思って」
 そう、と駅員さんは声を落とした。他人の心に寄り添えるなんて、この人はきっと優しい人なのだろう。
「だけどどこにももういない。思い知っただけだった。――帰ります。心配かけてしまってすみませんでした」
「待って」
 ホームへの階段を昇り始めた私の背中に、声がかかる。
「僕は仕事柄、この場所でたくさんの人を見るけど」
 電車に乗る人も改札を通る人も、どこかから来てどこかへ行く人も数えきれない程いるけれど――、と言う。
「それでも誰かに似ている人は、どこにもいないよ」
「……いないの……?」
「いない。みんな違う顔で違う姿で、きっと違う人間だ。だからきっと、君の先生もその先生だけしかいなかったんだ。その先生は、ただ一人だったんだ」
 ただひとり……。
 胸の中に静かに降りてくるような言葉だった。
 私の「特別」は、他の誰も代わりにはなれない。――それは何より尊いことのように思われた。
「そう――なんですね」
 ありがとう、と踏み出すと、もう駅員さんは声をかけてこなかった。

 ざわざわと騒がしい人々の中、私は誰も見つけられずにホームに一人で立ち尽くす。
 先生の命はもう本当に、どこにもいないんだな――と、胸に空いていた穴に喪失が染み込んでゆく。
 ひどく寂しくやけに落ち着いた気持ちが満ちてゆき、私の瞳はようやく、涙をこぼした。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

17/03/10 のあみっと二等兵

拝読致しました。
わたくし事ではありますが、父親を亡くした時の心情とリンクしてしまいました。←良い意味ですから。
大切な人をいつまでも、どこかでまた逢えるのではないかと考えてしまったり、行動してしまったり、解らない人にとっては変な行動に映るかもですが、わたくしは至って普通で当たり前の事であって、最後にやっと涙が出るって言うのも、本当にリアルな描写だと思います。
素晴らしい作品を有り難うございました。

17/03/11 待井小雨

ふぉっくす様

励みとなるご感想ありがとうございます。
細部まで読みこみ、感じ取った事を教えていただけて本当に嬉しいです。
綺麗な文章という評価に恐縮する思いです。
主人公の行動や想いの流れを汲んでいただけましたこともとても嬉しいです。
自分の中で大切な人の死を受け入れられないままだと、喪失感も悲しみも、うまく飲み込めないものと考えまして。それが心に染み込んでようやく涙が出るのでは、とこういったラストになりました。

不愉快だなんてとんでもないです、こちらこそ感謝の言葉しかありません。
一層努力し、物語を書いていこうという気持ちになれました。お読みいただき、誠にありがとうございました。

17/03/11 待井小雨

のあみっと二等兵様

ご感想ありがとうございます。
主人公がしていたのは、似ている人ではなく本人を探し見つけたかったが故の、さ迷うような行動でした。
大切な人の死を上手く受け止められずに戸惑い、行動する様子を表現できていたか不安でしたが、心情とリンクしたと仰っていただけて安心致しました。
コメントをいただけて大変励みになります。ありがとうございました。

ログイン