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若早称平さん

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その夢を僕は知っている

17/02/09 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:1件 若早称平 閲覧数:585

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 仕事帰りに妻に頼まれていた入浴剤を買って東急ハンズを出た。新宿駅の南口に向かう途中で昨日イヤホンが壊れたことを思い出し、ついでに買ってくれば良かったと後悔した。
 いつものようにイヤホンで音楽を聴きながら歩いていたら気が付かなかっただろうが、甲州街道の信号を渡った所で路上ライブをしている女の子がいた。普段なら見向きもしないのに、そこに近づき人だかりの間から演者を覗き見たのは彼女の声に聞き覚えがあったからだ。しばらく彼女を見ていて思い出した。

「人の馬鹿みたいな夢を肯定出来る山本君は優しい人だと思うよ」
 高校の時、昼休みに隣の席の女子が「スターになりたい」と言い出し、皆に笑われていた。クラスでも目立つ存在ではなかった彼女がどういう経緯でそんなことになったのかは覚えていないし、僕がどんな言葉を彼女にかけたのかも覚えていないが、授業が始まる直前に彼女にそう言われたのだけはよく覚えていた。たしか彼女の名前は……

「市川?」
 ライブが終わり、片付けている彼女に声を掛けた。ギターケースを閉める手が止まり、僕を見上げて驚いた顔をした。
「山本君じゃん。久しぶり、卒業以来だよね?」
 名前を思い出すのに時間のかかった僕とは違い、彼女はすぐに言った。
「全然変わってないね」
「そっちこそ」
 二人で笑い合い、しばらく思い出話に花を咲かせた。
「もし時間あるなら飲みにでも行かない?」
 僕から言い出した。仕事が忙しくて何度か開かれた同窓会に参加出来なかった僕としては久しぶりに会った高校の同級生ともっと話がしたかった。
「お酒は飲めないので、あそこなら」
 彼女は甲州街道を挟んだスタバを指差した。慣れた様子でギターを背負い横断歩道を渡る。その隣を歩きながら僕は妻に帰りが遅くなる旨を連絡した。
「結婚してるんだ」
 電話の声が聞こえたのか、それとも結婚指輪が見えたのか、彼女の問いに僕は頷いた。三年前に、と言うと「えー結婚式呼ばれてないんですけど」と不満そうな声を上げた。
 十年以上連絡を取っていなかった一クラスメイトを式に呼ぶわけがないじゃないか、というのは置いといて、
「市川ってそんなキャラだっけ?」
 十年もすれば人は変わるだろうが高校の時との違いに戸惑っていた。
「変えたの、半年前に」
 意味深な言い方をされたところで注文の順番が来た。彼女は呪文のように長い何かを注文し、僕は普通のコーヒーを頼んだ。外から見た通り店内は満席で、仕方なくテイクアウトすることになった。風が冷たい。僕はコーヒーを両手で持って暖めながら一口飲んだ。
「私ね、半年前に余命宣告っていうのをされたんだよね」
 同じように両手を暖めながら彼女が言った。今までしてきた雑談と同じ軽い口調だったので、その言葉の重大さに気付くまでに時間がかかった。
 みんな同じような反応するね、と戸惑う僕を笑う。
「それでこれ、好きなことだけしようと思って」
 傍らに置いたギターケースをぽんっと叩いた。
「でももう終わり。来週のライブで最後なの。だから出来れば見に来て欲しいな」
 何か言おうとしても上手く言葉に出来ずにいた僕に彼女は言う。必ず行くと答えるのが精一杯だった。
「何の病気なの?」
 ようやく聞けた時にはコーヒーが温くなりカイロの代わりを果たさなくなっていた。
「秘密。結婚式に呼んでくれなかった仕返しだよ」
 彼女は立ち上がりぱっぱっとお尻をはたく。
「じゃ、絶対ライブ来てね」
 ギターを背負いながら言う彼女に「うん」と答えた。
「あっそうだ、高校の時にさ、私のこと好きだったとかってことなかった?」
「ごめん、なかった」
 そう答えると彼女は「だよね」と笑った。でも今の市川はとても素敵だと思うよ。そう言いかけてやめた。

 仕事が長引き、予定よりも遅れて新宿に着いた。今日が最後だとみんな知っているのか先週の三倍位の人がいて市川の姿が見えない程の客足だった。
「次の曲で本当に最後なんですけど……」
 それでも彼女の声だけはよく聞こえた。「え〜〜!」という声がそこら中から上がる。
「ありがとうございます。私ね、こう見えて高校時代暗い子だったんですよ。……いや、笑うとこじゃないから。でね、ある日スターになりたいって言ったらクラス中から笑われて、でも一人だけ笑わないでいてくれた人がいたの。それがすごく嬉しくて、そのおかげで今日までやってこれたと言っても過言じゃないです。その人はそんなこと忘れてるかもしれないけど。今皆さんのスターに一瞬でもなれていたら、その時の私の夢も叶ったってことでいいのかなって前向きに考えてみました」
 大きな拍手が起こる。僕の記憶力をなめるなよ、市川。そんな夢、覚えてるに決まってる。
「じゃあ最後の曲です。夢の続き!」
 新宿の寒空の下、彼女のギターが鳴り響いた。
 


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このストーリーに関するコメント

17/02/10 まー

周りに流されることなく、誰かの夢をサラッて応援できる人は素敵ですね。
温かな話をありがとうございました。

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