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木野 道々草さん

2017年1月から参加しています。よろしくお願いします。(木野太景から道々草に変更しました)

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新宿の青空

17/02/06 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:1件 木野 道々草 閲覧数:689

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 新宿の区立図書館から出てきた男性は、外の眩しさに顔をしかめた。
――冬でも晴れの日が多いな。青空が広がっている。
 上京して最初の冬を迎え、男性は空の色に驚いている。北海道出身の彼にとって、冬の空の色とは灰白色だ。
 男性は、仕事のため地名に関する調べ物をしており、休日の今朝は図書館で資料を集めていた。必要な本を借り終えたので、彼は、西新宿の馴染みの喫茶店へと向かった。晴れた外の明るさは、徹夜明けの目にしみる。彼はうつむき加減で目をかばい、急ぎ足で歩き始めた。途中、何度かあくびをした。

 店に着いた男性は、ほっとした。店内に一歩足を踏み入れると、木の日陰に入ったように、明るさはやわらいだ。
「いらっしゃい」
 カウンターのマスターが、男性に笑顔を向けた。
「元気かい」
「少し寝不足で」
 あなたはいつも寝不足だなあ、とマスターは笑った。男性もつられて笑う。
「疲れた体に、おすすめのフレーバーティーがあるよ」
「いいですね。今日はそれにします」 
 先客はまだいなかった。男性は奥の席に着くと、図書館から借りた地名学の本を開いた。
 男性が数ページ読み終えた頃、丸いティーポットが運ばれた。マスターは、二分と書かれた砂時計をテーブルに置き、お茶の説明を始めた。
「ピンクグレープフルーツとベルガモットで香りをつけ、バラ、矢車菊、キンセンカの三色の花弁を散りばめた〈ブルー・スカイ〉ブレンドです」
「〈ブルー・スカイ〉がお茶の名前ですか」
 相手は、そうだと頷いた。
「今日も、ゆっくりしていって」
 マスターはカウンターに戻り、男性は次のページを読み始めた。彼は「新宿」について書かれた章を読んでいる。
 昭和期に、四谷区、牛込区、淀橋区の三区の合併で新宿区ができた、という区切りのいいところまで読むと、男性は砂時計を確認し、カップにお茶を注いだ。澄んだ琥珀色、白い湯気、果物と花の香りが広がった。彼は空想した。
――ハンモックで昼寝してみたいな。
 男性はポットをテーブルに置くと、あくびをひとつした。それからカップの中に、黄色い花弁を一枚見つけた。どこから入ったのだろう、と思いながら一口目を飲み、彼はまた本の続きに戻った。
 
 やあ、元気かい、というマスターの声に、男性は、はっとして入り口を見た。二名の客が入ってきた。この店には「珍しい」客だ。彼は目で追う。
 二人は、男性のすぐ斜め前のテーブルに着いた。一人が、ランドセルからノートを一冊、それから赤と青のペンを一本ずつ取り出して、テーブルの上に置いた。
 マスターは二人に注文を聞かず、ジュースのグラスを二つ運んだ。二人の少年は、ジュースを少し飲むとノートを開き、それぞれ赤と青のペンを持って、交互に何かを書き込み始めた。二色のペンがノートの上を縦や横に走っている。短い線を引いているようだ、と男性は思った。
「おい、次お前の番」
「わかってる」
 急かされた方がまたペンを縦に動かした。
――宿題をしているという風でもない。
 男性は、カウンターに行くふりをして、二人のテーブルの上を横目で見た。無地のページいっぱいに「点」が等間隔に並び、隣り合う点と点が「線」で結ばれている。
 男性は、マスターと少し話をして席に戻った。途中、また二人のテーブルを見た。先ほどは縦線と横線だらけだったノートに、線で囲まれた「四角の面」がいくつかできて、赤や青に塗りつぶされている。
――ああ、陣取りゲームか。
 点をつないで囲んだマス目を増やしていくゲームである。そう納得した男性は、今度は勝敗が気になり、席に戻ってからも二人の様子を見ていた。線を引く、塗る、という動作が繰り返された。
 しばらくして一人が顔を上げた。男性は、その少年と目が合った。少年は困った表情を見せた。
「悪いな、ヨドバシ」
 もう一人の少年が、そう言って次々線を引き、ノートの上を塗りつぶしていった。男性と目が合った「ヨドバシ」と呼ばれた少年は、悔しそうな声を出した。「なあ、シンジュク、もう一回対戦しよう」と提案したが、相手は嫌だと断った。
 勝敗を見届けた男性は、本の続きに戻った。開いてあるページの文字を目でなぞる。
――町名として残った淀橋は、後の町名変更で西新宿に……。
 体が前に揺れ、男性は本から顔を上げた。すると、斜め前に座っていた二人の子供の姿がない。テーブルの上のジュースのグラスも消えている。彼は不思議に思い、カウンターへ行った。
「あのテーブルにいた小学生たちは、帰りましたか」
 小学生なんて来ていない、とマスターが言うので、男性は、二人の子供が陣取りゲームをしていた話をした。
「ははは、居眠りしたんでしょう」
「え」
「声をかけに行ったら、返事がなかったからね」 
 西新宿で、青空が男性に描かせた「ひととき」だった。


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このストーリーに関するコメント

17/03/18 木野 道々草

時空モノガタリ様

総評にてコメントをいただき、どうもありがとうございました。

木野

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