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吉岡 幸一さん

性別 男性
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新宿女王蟻

17/01/30 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:764

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 新宿には女王蟻と呼ばれる女がいるという。ただの噂にすぎないとは思うが、と友人が前置きした後で語ったところによると、毎夜、大勢の男が女王蟻のもとに集まっては宴を催している場所があるというのだ。
「それって夜のお店で、そこのナンバーワンホステスが女王蟻って呼ばれているとかいうオチじゃないのか」
 僕の受け取り方を嫌悪するように友人は首を振って言葉に力をこめる。
「おまえ、女王なんだから男に媚を売ったりしないんだよ」
「じゃ、宴ってなんだ。女王のように威張った女が宴会で男達をはべらせて騒いでいるだけだろう」
 友人は僕も耳に口を近づけて「俺にもわからん。まあ、興味があるんなら探してみるといい。女王蟻をな」と、ささやいて可笑しそうに肩を叩く。
 友人はまさか僕が本当に女王蟻を探しはじめるとは思っていなかっただろう。確かに退屈していたが、女王蟻の話は新宿の外れにある行きつけのバーでも以前聞いたことがあった。そのときは聞き流していたが、同じ話を二度も聞けば興味もわいてくるものというものだ。
 友人の話を聞いた後で、バーに行った僕はマスターに聞いてみると、そんな話をしたことはない、と断言されてしまった。だが目を合わさないマスターの素振りから、嘘をついていると思った。
 水割りを一杯だけ飲んでバーを出た僕は、ネットカフェでバーが閉まるまで時間をつぶした。閉店の午前十二時から二時間ほどバーの裏の路地で隠れているとようやくマスターは出てきた。
 マスターは足早に歩いていく。人目を避けるように人通りの少ない細い路地を選んでいる。いくつ角を曲がっただろうか。四方をブロック塀に囲まれた屋敷の前に立つと、マスターは周りに人がいないことを確認してから、門をわずかに開けて中に滑るように入っていった。
 僕がしばらく離れた場所から門の前を観察していると、次々と男ばかりが中に入っていくではないか。二十代の若者から七十を過ぎたような老人まで、手に何かを持ちながら入っていく。男ということ以外は特に共通点もみられなかったが、門の前で鉢合わせたときの様子からすると、おそらくは誰もが顔見知りなのだろう。
 マスターが入ってから十数人の男が入っていった。新たに来る男もいなくなったようなので、僕は門の前まで来ると戸を押した。鍵もかかっていないようであっさりと戸は開いた。
 門の中には平屋建ての日本家屋が建っていて、池には錦鯉が泳ぎ石の太鼓橋がかかっている。
 明かりの漏れている方へと背を屈めながら庭の端から向かうと、数人の子供が縁側前の開けた場所でドッチボールをしていた。皆男の子ばかりだ。縁側には数人の男が座っている。先ほど門の前で見た男もいれば、赤ん坊を抱いている初見の男もいる。マスターもそのなかにいた。
 こんな夜中に子供が遊んでいるなんて。これが宴なんだろうか。
 子供らは楽しそうで、それを眺めている男らも幸せそうだった。
「おじさん、なんで隠れているの」
 腰を叩かれて振り返ると、十歳くらいの男の子が立っていた。
「いや、そのちょっと……」
 僕が言い淀んでいると、縁側に座っていたマスターが飛び降りて走ってきた。
「あんた、なんでここに。俺をつけてきたのか」
 僕の胸もとを掴みゆすった。怒っているというより困っているようだった。
「女王蟻のことを知りたくって」
 上手く言い訳するにはどうしたらいいか、と考えていると、家の奥から女の声がした。家全体が揺れるような低い呻き声だった。
「生まれるぞう」
 家の奥から男が叫んでいる。縁側にいた男たちは一斉に立ち上がり、庭で遊んでいた子供らは家に駆け上がっていった。マスターは僕のことなど構っていられないといった感じで手を離すと急いで戻っていった。僕はこのどさくさに紛れて縁側から家の中へと上がっていった。
 開かれた障子の奥に女が仰向けに寝て、足を開いていきんでいた。十数人の男と十数人の男の子が女の周りを取り囲んでいる。一番年上と思われる老人が女の手を握っている。
「生まれるうー」
 女が焼けるような声をあげた瞬間、股の間から赤ん坊がヌルッと出てきた。
「十九人目の子供が生まれた。また一人俺らの家族が増えたぞ」
 男らと子供らは一斉に拍手をした。女は嬉しそうに集まった男らと子供を見渡し、僕を見つけると目をとめ、ジトッと微笑んだ。
 転げるようにして屋敷を抜け出したのは言うまでもない。門から出るとき、手も足も震えていた。
 後日、女王蟻を見つけたことを友人に話すと「ふうん、新宿ならそんな人がいても不思議はないな」と、たいして驚きもしなかった。
 どうやらこの程度のことは新宿ではありふれたことのようだった。
今夜も女王蟻のもとに男らは集い、子供らは庭で遊んでいるのだろうか。粘ついた女王蟻の微笑みが僕を蟻の巣へと再び誘っていた。


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