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黒谷丹鵺さん

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いつもの部屋

17/01/30 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:2件 黒谷丹鵺 閲覧数:1242

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またこの部屋か――男は上着を脱いでベッドに腰かけた。
この街に出張する時の定宿は、駅から徒歩5分の小さなホテルだ。
初めて泊まった時から、男はなぜか決まって304号室に通される。チェックインが早くても遅くてもいつも同じ部屋を用意される。
ごく普通のシングルルームで、窓からは向かいのホテルが見える。
あちらは大手チェーン系列のホテルで、サービスなども行き届いているのだろうが、窓の小ささが気に入らなかった。縦長の窓が並ぶ外観を見ただけで息苦しくなる。
「こっちは大きい窓なのにな」
男は煙草に火をつけた。
この部屋の窓は一枚窓で、両側のロックを外せば真ん中を軸に回転して開く構造になっている。
それを少しだけ開けて煙草を吸いながら、見るともなく向かいのホテルを眺めていた。黄昏の淡い闇の中、灯りの点いた細長い窓がいくつか見える。
チカッと小さく鋭い光が目を射た。
「なんだ?」
思わず窓に近寄ると、また同じような光が明滅した。一ヶ所ではない。一瞬のことだが、光ったのは灯りの点いていない窓だった気がする。
男は外が見やすいようにルームライトを消し、窓ガラスの向こうに目を凝らした。
短く小さく光っては消える不規則な明滅。
「フラッシュみたいだな」
男はつぶやく。
「何を撮ってるんだろ?」
スマートフォンのカメラを起動し、先ほどから何度も光を放っている暗い窓のひとつをズームして見た。
細長い窓に人影がある。別の窓をズームして見る。そこにもまた人影。カメラかスマートフォンを窓に押し当て、こちらを向いているようだ。
男が試しに一枚撮ってみると自動でフラッシュが光り、ガラスに映った自分の姿が撮影されてしまった。
舌打ちして削除しようとしたが、違和感を覚えてまじまじと見入る。
スマートフォンの画面には、異様に黒い室内の様子が写っていた。清潔なリネンで覆われているベッドや白っぽいはずの壁や天井まで、写っている部分全体が黒い。暗いのではなく黒いのだ。
そして男自身も黒い影となっているのに、血走った眼だけがはっきり写っている。
これは本当に自分なのか――男の背筋を冷たいものが走った。
気味の悪い写真を削除して灯りを点ける。また向こうのホテルでフラッシュが瞬いた。
「まさか心霊スポットなんかじゃないよな」
男はスマートフォンのブラウザを立ち上げ、このホテルの名前を検索した。
トラベルサイトが並ぶ検索結果に掲示板サイトが混じっている。オカルト板、という文字を見つけURLをタップしてみる。

――毎月かならず出るって聞いたけど本当かな
――Aホテルに泊まれば部屋の窓からばっちり撮れるよ。
――それって廃ホテルのオーナーが自演してんじゃね?
――あれは本物。行けばわかる。
――心霊写真で有名になってからAホテルの満室率すごいんだけど!

Aホテルというのは、向かいのホテルのことだ。
「廃ホテルってなんだよ……」
そんなはずはない。ここには自分でちゃんと予約して宿泊しているのだから。
男はトラベルサイトをタップした。画面をスクロールしてこのホテルの名前を探すが見当たらない。検索してようやく見つけた紹介ページには信じられない一文が赤字で表示されていた。

<2016年1月廃業>

男は目を疑った。
「どういうことだ?2016年1月って」
スマートフォンのカレンダーを開いて確認する。
「今、だよな?」
もう一度、掲示板を表示して書き込みの日付けを見る。

――あれはホテル火災で死んだ会社員の地縛霊だと思う。2017/1/30 23:59

目にした途端、ガンと頭を殴られたような衝撃を感じた。
同時に焦げた臭いが鼻をつく。
ハッと顔を上げて室内を見回すと、ベッドの上に誰かが寝ていた。
地縛霊か?こいつに呼ばれて来てしまったのか?男は凍りつくような恐怖で身動きできない。
枕元から煙が上がっているのに、寝ている人物は大きないびきをかいている。よく見ると灰皿がひっくり返され吸い殻が散らばっていた。
「寝煙草で出火したのか」
男が呆然としている間に炎が上がり、ベッド上の人物の衣服や髪に火が着いた。
「おい、起きろ!」
とっさに近寄った男は寝顔を見て戦慄する――見慣れた顔のそいつは、男自身だった。
「うわぁ!!!」
ガンガンと頭が痛む。その痛みの底から男の最期の記憶が浮かび上がってくる。
いつしか男の体は炎に包まれ、激しい熱さと痛みに暴れて部屋中に火を移していた。息が苦しい。窓から脱出しようとしたが20センチ程しか開かないよう固定されていた。
「助けてくれ!」
片腕だけを外に突き出しながら男の意識が遠のいていく。
向かいの細長い窓の至る所で小さな光が盛大に瞬いた。

一か月ぶりか――男は定宿を見上げながら前回の出張で泊まった時のことを思い出す。
「また304号室だったりして」


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このストーリーに関するコメント

17/01/30 かるり

ぞくぞくさせる描写さすがです。
ホラーでもありながら、しかし最後の言葉でコメディ的な余韻を残す一作です。

17/02/22 光石七

拝読しました。
男は記憶をリセットしていつもの部屋で同じことを繰り返しているのでしょうか……
面白かったです!

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