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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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404号室の彼女

17/01/30 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:4件 そらの珊瑚 閲覧数:692

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コインを入れたのに、コーラは出てこない。
「あれっ?」
ボタンをがちゃがちゃ押す。
「そんなんじゃダメだよ」
そばにいた女の子が自動販売機の真ん中あたり手で強くたたいた。次の瞬間、自販機はコーラを吐き出した。
「あ、ありがとう。手、大丈夫?」
私はコーラを取り出す。
彼女は
「うん。いつものことだから。この自販機、壊れかけなの。だからショック療法」
ずいぶん乱暴な治療だと思ったけど、コーラの恩もあるし余計な事は黙っておいた。彼女と私は向かい合って談話室のテーブル席に座る。
「中学生?」
「中2」
大人びてみえたが彼女は私よりひとつ下だった。
「コーラ好きなの?」彼女が訊いた。
「わかんない。初めて飲むから」
「ええっマジ?」
「うん」
「何で?」
「バレリーナになりたかったから。コーラっていっぱい砂糖が入ってるじゃない。コーラだけじゃないけど。炭酸は太りそうで避けてきた」
コーラもマックのハンバーガーも我慢しても手に入れたい夢があった。
グラン・ジュテはバレリーナの渾身の飛翔。蝶が羽を広げるように腕を放ち軽々と飛んでみせるはずだった、あの時も。でも私のアキレス腱は切れ、練習場の床に墜落した。
全日本ジュニアコンクールの優勝者はロシアのバレエアカデミーに入学できる。海外で活躍するバレリーナ。それが幼い頃からの私の夢だった。なのに。
コンクールまであと半年。手術は成功したけど元通りにグラン・ジュテ飛べるだろうか。あの時、夢ごと私は墜落してしまったのかもしれない。
ならばコーラをがぶ飲みして太ってしまえば夢を捨てられる。楽になれる。我ながらあきれるほど幼稚な考えだ。
コーラを飲む。のどの辺りが泡立ちその刺激でむせた。
むせたら少し涙が出た。悲しいわけじゃないのに。いつの間にか彼女が私の背中を無言でさすっていた。
「ああ、びっくりした」
「おいしかった?」
「おいし……かったよ」
嘘。好きになれそうにない味。誰に、何に、強がっているんだろう、私。
「過去形なんだね、ほら、さっき、バレリーナになりたかったって」
ちゃんと過去形にする為にコーラを飲んだ。
「そんなんじゃ太るまで何年もかかりそう。やめとけば」
そう云い彼女は私のコーラを奪い一気に飲み干した。
「ああ、おいしい」それから小さなゲップをした。
「ごめん。お金払うよ」
「いいよ別に」
「じゃ今度おごる。コーラじゃなくて野菜ジュースかなんか」
それから私達は手首の輪っかを見せあった。入院患者の手首には、部屋番号と名前が書かれた輪っかがはめられている。彼女の輪っかには、404号室・モリ ホノカ とあった。
「ホノカちゃん、私のひとつ上の部屋だね」
初対面なのに、何の壁もなく下の名前で呼べることが不思議だった。バレエのレッスンに明け暮れていた私は学校の友達とは苗字で呼び合う。バレエの友達とは同時にライバルだから、本当に心を許せる関係ではない。時間じゃないんだ、心の壁を超えるものは。
「奇遇!」
「またここで会ったらおごってよ」
「うん。だけど明日心臓の手術だからな。しばらくは来れない」
「そっか。頑張って」
「頑張るのはドクター。あたしは寝てるだけ」
私は安易に頑張れと云った自分を恥じた。
「手術なんて小さい頃から慣れっこだし。なんてことないよ」
伏せた彼女の長い睫毛がかすかにふるえていた。強がり、だと思った。だけど大切な事から逃げようとしている私の強がりなんかより何百倍強いと思った。
「強いんだね」
「ううん。もっと強い奴いるよ、そこに」
 彼女はコーラの自販機を指さした。かれこれ十年も前からあんな感じなんだそうだ。それでも壊れないでいる。彼女にとっては長いつきあいの友達なのかも。
「またあいつが壊れかけたら、叩いてやって。遠慮はいらないから」
「わかった」「じゃあね」
あと一週間で私は退院することが決まっていたけど、彼女には云えなかった。
その夜も消灯を過ぎてなかなか眠れなかった。病室の暗い天井を眺めて、その上で寝ているだろうホノカの姿を想像した。もう眠っているだろうか。それとも私が彼女を想うように、彼女の下にいる私の事を想ったりしてくれているのだろうか。

退院の朝。腕の輪っかをハサミで切った。せいせいした。だけどこのさみしさは何だろう。
もう304号室の住人ではなくなる。
迎えに来た母が荷物を持ってくれた。当分松葉づえでリハビリが続く。まずは歩く事。トウシューズが私を待っている。談話室の前を通りかかり中に入ってみるが彼女はいない。あの自販機でコーラを買った。叩く気をみなぎらせていたのに何の支障もなくコーラは軽快に落ちた。
「母さんにあげる」「コーラ?」「うん。特別なコーラ」
おまえも元気なら、きっと彼女も元気だ。
「頑張るよ」
頑張れの代わりの言葉を私は見つけた。





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このストーリーに関するコメント

17/01/30 そらの珊瑚

上から8行目の「彼女は」はないことにして読んでいただければと思います。
(消したつもりが残っていました)
不手際、申し訳ありません。

17/02/01 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

コーラは軽快に落ちた、という言葉で、なんとなく主人公の女の子はきっと復活して、
またバレエを踊れそうな気がしますね。

本当は暗い話なのに、爽やかで勇気を与えてくれる、そんな物語でした。

17/02/19 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、拝読しました。

当たり前のようにあるコーラが、実は誰かの特別であるように、健康だってそうなのだなと深く考えました。『「頑張るよ」頑張れの代わりの言葉を私は見つけた』、とても印象深い言葉でした。彼女はきっと元気でいると信じたいです。

17/02/22 光石七

拝読しました。
珊瑚さんらしい繊細で優しい雰囲気が溢れていると思いました。
前を向く勇気を与えてくれる、素敵なお話をありがとうございます!

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