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6丁目の女さん

6丁目の女と申します。 テーマというお題に対し、どのようなモノガタリが生まれるのか、読むのも書くのも楽しみながら、2000字小説というジャンルに挑戦してみたいと思います。 みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。

性別 女性
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世界旅行

17/01/29 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:7件 6丁目の女 閲覧数:406

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「昔はね、普通に腕とか落ちてましたよ」
 勤務先のスーパーに出入りする男性から、物騒な話を聞いた私は肝を冷やしました。
それでなくても私にとって新宿は怖しい場所なのです。それというのも幼い頃、新宿で迷子になったからです。知らない世界に放り出され、もう二度と元の場所には戻れないような絶望感と恐怖に、私はそのとき声を失ったのでした。

 学校へ行くようになってもなかなか友達をつくることができませんでした。教室でクラスメートが私の喋り方を真似したり、教師から見世物みたいにみんなの前で喋ることを強要されたり、とにかく学校時代は厭な思い出ばかりですが、それでも少しずつ私は声を取り戻しました。
 大人になった私はもう吃音を指摘されることもありません。少し声が小さいねとか、無口だねとか、時々何を言っているのか聞き取れないねと笑われることはありますが、さほど不自由ではありません。私は東京の東の端にある街のスーパーで、魚を捌く仕事をしています。とうに命を絶たれ、これから内臓を取り出される魚たちと会話をする必要はないのです。
 とにかく私は新宿へ行こうと決めました。あなたに会うために。

 その小さなバーは、新宿ゴールデン街にありました。カウンターだけの文壇バーで、小説の合評会が開かれたのです。
 扉を押し開けた瞬間、カウンターにいたあなたと目が合ったのでした。すぐにわかりました。あの小説を書いたのは、あなただと。
 あなたは小説家を目指していて、インターネットの小説投稿サイトに作品を発表していました。私はその読者です。

「これは私のための物語だ」
 あなたの小説を読むと、幸福な錯覚に浸ることができました。それは読者の特権であって、誰にも奪うことなどできません。
合評会の後には、近くの居酒屋で懇親会が開かれ、一人ずつ自己紹介をしました。
「現在、離婚調停中の作家志望、45歳です!」あなたはみんなを笑わせました。
 あなたは私より20年も長く生きているのでした。それだけの経験を重ねたら、あのように素晴らしい小説を私も書けるようになるのでしょうか。

 私があなたのファンであることを打ち明けると、あなたはすぐにメッセージをくれました。
 食事に行きましょう。いつがいいですか? 新宿をご案内しますよ。

 あなたの会社は、新宿の西口にありました。新宿はもう怖い場所でありません。あなたに会える場所なのです。
私が思ったとおり、あなたはやさしい人でした。小説を読めばわかります。

 あなたと初めて二人きりで食事をしたのは歌舞伎町にあるタイ料理でした。店内にいる客の多くが外国人で、異国へ来たようでした。
食事をした私たちは散歩しました。夏の終わりでしたが、夜の花園神社はお祭りみたいな賑やかさでした。私たちは手を繋いで歩きました。東南口、南口、西口、思い出横丁を見物し……気がついたらぐるりと一周していました。
 新宿であなたと手を繋いで歩いていると、世界を旅しているような心地です。ずっと閉ざされていた私の世界をあなたが開いたのです。只ひとつ気になったのは、あなたがあんまり楽しそうに「部下の女の子たちがね」と何度も口にすることでした。
 
 二度目の食事は新宿三丁目のメキシコ料理でした。
「今度は新宿御苑を見下ろせるスペインバルへ行きましょう。パエリアが人気なんです。部下の女の子が教えてくれました」
いつの間にか部下の女の子たち、ではなく、複数形から特定の誰かを指していることに私は気づきました。あなたと一緒に新宿で働く女性は、きっとお洒落で綺麗でしょうね。
 その夜、あなたは私をホテルへ連れて行きました。自動扉が開いた瞬間、南の国へ来たような熱気に包まれました。ガムランの音楽を私は初めて耳にしました。私はバリ島であなたと結ばれたのです。
 バリの楽園で、あなたは最後に言いました。
「この部屋、なんか生臭くない?」
 
 翌日、あなたからメッセージが届きました。
「新宿は会社の人間がいるからダメですね。次は、違うところにしましょう」
 新宿じゃないなら、いったいどこであなたに会えるというのでしょう?
 
 これがあなたからの最後のメッセージになりました。あなたから返信が届くことはもうありません。
大人になった私はまた新宿で迷子になってしまいました。あなたを呼ぶ声も、完全に失われてしまいました。
西口、東口、南口……私は今夜もひとり新宿を彷徨うのです。
あなたを探す旅は、終わりのない旅なのです。


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このストーリーに関するコメント

17/01/30 坂上 沙織

面白く拝見しました。主人公にとっては新宿は迷いこむところなのですね。そこから、世界のあちこちになり、「あなた」を失ってまた迷いこむところにな「なんか生臭くない?」のひとことで、バリから現実に引き戻されるのが、滑稽で面白かったです。ただ最初の「普通に腕とか落ちてましたよ」がインパクトが強すぎたのがちょっとひっかかりました。

17/01/30 6丁目の女

坂上さん、お読みいただきありがとうございます!コメントも!!
「新宿」というテーマに、「迷子」と「旅」をイメージして書いてみました。
「普通に腕とか落ちてましたよ」という台詞、これは実際に私が人から聞いた話で、あまりにインパクトが
ありすぎて忘れられません。普通に落ちてたら怖すぎますよね。
ちょっと現実に引っ張られ過ぎたかな。貴重なご意見ありがとうございます!!

17/01/31 田中 丸才

主人公の心理描写が上手すっと入ってきました。真面目で素直で、あか抜けない女の子に感情移入ができました。丁寧な文体も世界観に上手くマッチしてると思いました。
冒頭、少し意味が分かりにくかったので、何度か読み返しました。
面白かったです!!

17/01/31 田中 丸才

主人公の心理描写が上手すっと入ってきました。真面目で素直で、あか抜けない女の子に感情移入ができました。丁寧な文体も世界観に上手くマッチしてると思いました。
冒頭、少し意味が分かりにくかったので、何度か読み返しました。
面白かったです!!

17/02/01 6丁目の女

田中丸才さん、コメントありがとうございます!
「新宿」の対比である主人公のキャラクターを汲み取っていただき嬉しいです。
どうやら冒頭が、わかりにくい、ひっかかる、ようですね。
作者自身は思い込んでしまっているので、このあたりを俯瞰できるよう意識したいと思います。
ともあれ、面白く読んでいただけたなら嬉しい限りです。ありがとうございます!!

17/02/01 白沢二背

インパクトのある冒頭でした。また別の作品も読んでみたいです。

17/02/02 6丁目の女

白沢二背さん、ありがとうございます!とても嬉しいです。
一年ぶりに投稿させていただきました。
いろいろなテーマで、いろいろな作風のモノガタリを書けたらいいなと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。

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