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結簾トランさん

お話を書くのが好きな、結簾トランと申します。紅茶とケーキと古めのものも好きです。よろしくお願いいたします。小説家になろうにも同名でおります。http://mypage.syosetu.com/915289/

性別 女性
将来の夢 たのしいお話を生み出す人になりたいです。
座右の銘 「結局俺たちに選べるのは、やるかやらないだけなんだ」FFXのジタンの台詞です。

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影と日向の真ん中で

17/01/26 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:0件 結簾トラン 閲覧数:479

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 私は驚くほどの田舎のねずみであるから、今回のテーマを拝見した時より大いに悩む次第となった。同じ雷を受けた方も多いのではないかと思う、うふふ同志よ。新宿、新宿。訪れたことはある。だがこの華やかな街を舞台に小話が思い付くほどの知識はない。よって最早今回は実録を綴るしかないと決めて、今ここへ打ち込んでいるところである。実のところ、短い滞在期間だったわりに新宿での出来事は鮮やかに私の胸に焼き付いている。経験とはどこで役立つモノか分からないと実感した。これからはどんな場面でもしっかり目を開いて体感していくつもりだ。

 本題まで字数を取ってしまった。そう、新宿での話。知らない人が焼き付いた話だ。
 アスファルトが歪む暑い暑い夏に私は東京在住の友人を訪ね、映画鑑賞とハイカラな苺ビュッフェを堪能することになっていた。まず映画鑑賞を終え(出口があり過ぎる駅と超満員の映画館と、長蛇の列でポップコーンを買えないという都会の洗礼をこの時点で既に三つも受けた)、夢に見るほど楽しみにしていた苺の為に、ホテルのラウンジへ直行するバスを探した。そういった便利なバスが出ていると事前に調べていた。だが、バスは見つからない。友人も東京在住とはいえ、新宿という街に通じている訳ではなかった。私だって鳥取県を全部案内しろと言われたら、布団に潜ってしまうだろう。
 炎天下の真昼、目的のバスを探してバスターミナルを歩き回る私たちの体力は着実に失われていった。苺を諦めるわけにはいかない、何故なら半年前から予約までしていた一大イベントからだ。スーツに身を包んだ人々はしっかりした足取りで目的地へ向かっていく。そんな途方に暮れた私たちに、声を掛けて来た人がいた。
 小柄な老人だった。身なりから私は直ぐにホームレスの方だと推測した。彼によればこのターミナルは改装したばかりで、バス乗り場の配置が大幅に変わったのだという。案内するという彼に、友人は躊躇いを見せた。彼女の警戒もよく分かった、だが男性の口調や表情が穏やかなことや人通りの多いこと、全く分からない地理と迫る入場時間のことを思い、私はお願いしますと告げた。後で思えば普通の、大抵の場合普通のことで、彼は強盗などではなく人間だった。家族はおらず、家賃を払えずに住む家を無くして職を探している最中だと、道すがら彼は話してくれた。ホテルのビュッフェなんて羨ましいなと笑っていた。七十を過ぎてこの暮らしは辛いだろうと私は答えた。難しいかと思いながら、職が見つかることを祈ると話した。
 新しい乗り場はとても離れた場所に出来ており、彼が居なければ時間が危うかったろうと思う。駅員も交番も見当たらなかったのだ。無事到着し、心から礼を述べる私たちに、彼はもし良かったら、と切り出した。

「お嬢さん方良かったら、五百円でも、気持ちだけで良いからくれれば嬉しいね」

 どきりとした。否、彼がこうやって日々を遣り過ごしているであろうことは初めから想像が付いていた。だから遂に来た、と思ったのだ。考えて、私はもう一度礼を言い添えて千円札を彼に渡した。千円あれば銭湯代と、上手くすれば一、二食分にはなるかもしれないと。老人はとても喜んでいた。友人はバスの中で「いつか変な壺を買わされるよ」と心配してくれた。そう言われることも、分かっていた。
 私はお金持ちなんかじゃない。この旅行の為の遣り繰りも必死だった。だから施しをしたつもりも慈善活動が出来る身分でもないことも承知で、彼の親切という現在の職に対して、自分に出来る最大限の対価を払っただけだ。そして友人には話さなかったが、私の脳裏には過去の二つの光景が浮かんでいた。一つは、大阪の高架下での。天井の低い店と柱が並ぶ場所、人が居るな、くらいに思っていたホームレスだった。いつも布団を被って眠っていて顔も見たことがない。その人が或る日、硝子瓶に挿した一輪の花に替わっていた。私は初めて、その場所で足を止めた。もう一つは、事故を起こして死者を出したバスの運転手のニュース。亡くなった乗客とバス会社の過失は大々的に取り上げられた。思い当たる方も多かろうと思う。私も本当に胸が痛んだ。だが、心に残ったのはその件に関わる小さな記事の方だった。退職後も十分な生活費がなく、運転手として悪条件で働いていた老人。天涯孤独だった彼の遺体の引き取り手が未だに見つからない、とそこにはあった。この二つの記憶が、私に千円札を差し出させた。
 金額が大きかっただろうか。根本的な解決にはならないと知りながら、私はその助長に手を貸したのだろうか。でも、彼は親切にしてくれた。だからありがとうございますと頭を下げた。どんな行動が正しかったのか、生の浅い私はまだ答えが出ない。
 新宿での楽しかった思い出、それに付随して影を見た。今もただずっと、銃創のように残っている。


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