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奈尚さん

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334なんて言わないで

17/01/23 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:3件 奈尚 閲覧数:607

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 大学を出て、東京の会社に就職した。
 地元を出るのは初めてだった。右も左も分からない駅で、見た事もない人混みにもまれ。やっとの思いで、借りる予定の格安マンションにたどり着いた頃には、ゼェゼェと肩で息をしていた。
「……304号室」
 管理室で受け取った鍵と、目の前の部屋番号とを見比べる。確かにここだ。値段相応の古ぼけた扉。駅で経験した殺人的な混雑が脳裏に浮かんだ。本当に、ここで暮らしていくのか。――暮らしていけるのだろうか。
「……うん? なんだ、これ」
 ふと、部屋番号の0の形が、他とは違っている事に気がついた。出っ張っていて、まるでダイヤルのようだ。よく見ると、小さなメモリと数字がついている。
「何のダイヤルだろう」
 試しに1に合わせてみる。何も起こらない。首をひねって、扉を開けた。
「うわっ」
 狭いワンルームにずらり、机と椅子が並んでいた。制服姿の少年少女が席に着き、一心不乱に何やら書いている。なんとなく、どこかで見た顔、どこかで見た光景のような。
「何しているんだサトシ。五分の遅刻だぞ」
 教師らしい男が手招きする。その顔を見てハッとした。中学の時の担任じゃないか。
「先生」
「数学の再試。お前も引っかかっていただろう」
 確かに中学の頃、数学がてんで理解できずに何度か再試を受けた。でもだからって何故、今、その光景をこんな所で見る羽目になるのだ。
「まさか」
 先程回したダイヤルが頭をよぎる。担任の制止も聞かず、部屋を飛び出した。
「これを1に合わせたから、なのか?」
 かちり。再びダイヤルを回し、今度は2に合わせてみる。恐る恐る扉を開けると、先生も机も椅子もなくなっていた。ただの、からっぽのワンルームだ。
 さっきのは幻覚だったのか。首をひねりつつ台所に目をやると、シンクに置かれた四本の小さな匙が目に入った。
「おおっ、なっつかしい」
 小学生の頃、図画工作の時間に作った匙だ。仲のいい悪友達と四人、いつもつるんでいたっけ。随分と前のはずなのに、どれが誰の作品なのか分かるのだから笑えてくる。
「これは……昔の出来事を見せてくれる装置なのか?」
 だとしたら、数字を変えると別のものが見えるのかもしれない。わくわくしながら外に出る。ダイヤルを3に合わせ、部屋の中へと舞い戻った。
「ゔっ」
 入った途端、あまりの心地悪さに顔が歪んだ。胸が苦しい。言いようのない不安と切なさで内臓が縮み上がる。ボロボロと涙があふれ出した。
 大声で叫びたい。悲鳴をあげたい。こんな所にひとりぼっちは嫌だ! 帰りたい! 帰らせてくれ!
「だめだ、耐えられない!」
 部屋の外へと逃げ出す。これもきっと、ダイヤルを回したせいに違いない。数字を変えなくては。急いでダイヤルを4に合わせ、扉を開けた。
 その瞬間、
「よう、サトシ」
 懐かしい声が耳をくすぐった。部屋の奥を覗く。眼鏡をかけた少年が笑っていた。
「……ミヨシ」
 思わず目を疑った。ミヨシ。小学校からつるんでいた悪友の一人。親友だった。中学の時、親の都合でアメリカに行ってしまい、それからは会っていない。
「久しぶりだな。なんだよ、泣いているのか」
 同い年のはずのミヨシは、別れたあの日と変わらない姿で、歯を見せて笑った。
「違ぇし」
「寂しいのか。ったく、困ったやつだな」
「違ぇって言っているだろ」
「じゃあサトシ。ダイヤルを5に合わせてこいよ。いいもん見せてやる」
 正直、離れたくはなかった。けど彼の言う『いいもん』が気になって、言われるまま部屋を出た。
「あっ」
 そして再び扉を開けて、絶句した。
「ワッショイ、ワッショイ」
 きらびやかな神輿が躍っていた。地元の祭りで行われていた子ども神輿だ。自分も毎年参加していたが、子どもの数が減ったため、三年前に廃止になってしまった。
「サトシ!」
 ねじり鉢巻に法被姿のミヨシが手を振っている。
 そうだ、と思った。帰りたいのは決して、今しがた出てきた地元ではない。自分が求めているのはあの頃の故郷、子どもだった頃の世界なのだ。
 帰れたらいいのに。だが、それはもう叶わない。
「俺もこの世界も、いつも一緒だ。お前が思い出せば、いつだって。だろ!」
 ミヨシが手をメガホンにして叫ぶ。
「だから、寂しいなんて思うんじゃねえよ。平気だろ。な!」
「おう!」
 鼻の奥がツンとして、慌てて大声で応えた。目頭が熱くなる。視界がくにゃりとぼやけ、ミヨシの姿はその奥へ消えていった。

 こうして、新生活が始まった。順調な事ばかりとはいかないが、それなりにいい事も悪い事もあって、それなりに充実した毎日を過ごしている。
 例のダイヤルは、今では10の所に合わせている。過去を振り返り終わったこの部屋は、見通し(3104)よく、未来を見つめられるはずだ。


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このストーリーに関するコメント

17/01/24 霜月秋介

奈尚さま、拝読しました。


「帰りたいのは決して、今しがた出てきた地元ではない。自分が求めているのはあの頃の故郷、子どもだった頃の世界なのだ。」

ここ、すごく共感しました。場所はそのまま残されていても、あの頃の自分、仲間はあの時間に戻れません。
私もその部屋に住んでみたいですね(笑)

17/01/24 あずみの白馬

拝読させていただきました。
仕掛けが斬新で面白かったです。

子供だった頃の世界……
二度と味わえないだけに、とても大切なものですね。

17/01/29 奈尚

≫ 霜月秋介 様
感想どうもありがとうございます。
挙げていただいた一文は、この話で一番言いたかった部分です。共感していただけて本当に嬉しいです。

新天地で新しい生活を始める不安。その不安の底にあるのは、単に元いた場所に帰りたいという気持ちだけでなく、なんの不自由もなかった過去に戻りたいという気持ちなのではないか。
けれど、おいそれと戻ることができないからこそ、今という時間を頑張れることができるのかもしれません。
私も、こんな部屋があったら一度入ってみたいです。

素敵なコメントを、本当にありがとうございました!

≫ あずみの白馬 様
コメントありがとうございます!
なんとかお題の「304号室」をうまく使えないかと考えて、思いついたのが今回の語呂遊びでした。
面白かったと言っていただけて、ホッとしています。

子どもの頃の記憶は、いい事も悪い事も含めて、かけがえのないものですよね。
幸せだった世界を心の中に持っていて、懐かしく思い出すことができる。
寂しさや悲しみも、元はそこから始まったものと考えれば、受け入れて乗り越えていくことができるのかも、という気がします。

嬉しい感想を、本当にありがとうございました。

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