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いありきうらかさん

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304号室の若者と603号室の老人

17/01/23 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:0件 いありきうらか 閲覧数:421

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「やあ、また来たよ」
「来なくていい」
「さて、この部屋を渡す気になったか?」

304号室は、見晴らしのいい部屋だった。
顔を右に向けると、中庭の大きな木が見える。桜らしい。今の季節だとただの枯れ木にしか見えない。
爺さんが304号室を訪ねてきたのは入院して、すぐだった。
「私は603号室の者だ」
「…何の用?」
「304号室に移らせてほしい」
「なんで?」
「君は別に305号室だろうと603号室だろうとどこでもいいのだろう?」
「いや、そうかもしれないけど、なんで移らなきゃいけねえんだよ」
「私は304号室がいいんだ」
「なんでだよ」
「私の妻と私の誕生日が3月4日だからだ」
「そんなことかよ」
「そんなこととはなんだ、もし私と妻の誕生日が6月3日であればこんなことは言わない」
「だからってわざわざ動けと?」
「さあ、理由ははっきりとしてるだろう、この部屋を譲ってくれ」
「はっきりしてねえよ」
よくわからない理由で爺さんは毎日、部屋を譲れと迫ってくる。
こんな調子で2か月近く、爺さんは304号室にやってきていた。

「さあ、譲りたまえ」
「嫌だよ、俺が死ぬまで待てよ」
「どれだけ時間がかかるんだ」
「あんたも俺も余命が知らされてるだろ」
「余命は?」
「なんでそんなことあんたに言わなきゃいけないんだよ」
「私は半年だ、君は?」
「…3か月」
「3か月か、私の方が2倍長く生きられるというわけだな」
「あんたが生きる半年より、俺が生きる3か月の方が充実してるよ」
「時間はすべての者に平等だ」
「量より質なんだろ?」
「ふん、私が2週間前に言ったことだな」
「反論できないだろ?」
「君も賢くなったものだ」

「しかし、ではあと3か月待てば私のものか」
「縁起でもないこと言うな」
「これからは君の寿命を縮める努力をするとしよう」
「ふん、そうはいかねえよ」
若者は不敵に笑った。
「どういうことかね」
「俺、手術するんだよ」
「ほう」
「その手術が成功すれば、病気が治るんだ」
「手術はいつだ?」
「3日後」
「そうか、では、成功しようと失敗しようと間もなくこの部屋は私のものになるということか」
「…ちょっとは俺のこと心配したらどうなんだ」
「私は君が生きていようが死んでいようがどうでもいい、ただ、この部屋に移りたいだけだ」
「あんた最低だな」
「そもそもなんだね、成功だの失敗だの」
「その手術、成功率が30%なんだよ」
「…ほう、医学の進歩をもってしてもその程度か」
「30%だぜ?何も思わねえのかよ」
「低いと言いたいのか?…そうでもないだろう」
「何言ってんだあんた」
「誕生日のパラドックスを知っているかね?」
「なんだそれ」
「君は、クラスに何人集まれば、そのクラスに誕生日が同じ人が1組以上現れると思う?」
「どういうことだよ」
「クラスに30人いるとき、確率は70%となる」
「自分で答えるのかよ」
「これを聞いて何を感じるかね」
「適当なこと言うな、30人ぽっちで70%もないだろ」
「数学的に確実なことだ、嘘などついていない」
「それがなんなんだよ」
「クラスの人数が17人のとき、確率は30%だ、30%も70%もさほど変わらないとは思わないかね?」
「…なんだよ、励ましてるのかよ」
「所詮確率など人間の感覚に過ぎないのだよ、人間の力というのは素晴らしいものだ、確率が0%にも100%にもなる」
「0%と100%なんて全然違うだろ」
「もちろん」
「あんた、ずっとわからねえ」
「私と私の妻の誕生日、そして妻の命日である3月4日、その数字と同じ304号室に移りたい、何が悪いのかね」
「それがわからねえんだって」
「そろそろ時間だ、また会おう、有意義な時間だった」
「二度と来るな、クソジジイ」
2か月間やり続けている最後のやり取りを済ませると、ジジイは部屋に戻っていった。
しつこいジジイだ。…でも、少し気分が軽くなった。
ふう、と小さくため息をついた。
窓の外を見ると、桜が満開だった。
枯れ木じゃなかったんだ、と呟き、目を閉じた。


私は304号室に、かつて妻が寝ていた場所に移ることができた。
彼と最後に話してから2週間、体調を崩してしまい304号室を訪ねることができなかった。
しかし、彼と話した時には驚いた。まさか妻と同じ病に伏せていたとは。
しかも同じ手術。妻は失敗した。
そして彼も、同じ場所で病と戦い、同じ手術を受けた。
…手術が2回とも失敗する確率はほぼ半分、つまり23人。
17人も、23人も、30人もさほど変わらないように感じる。
人間の感覚とは不思議なものだ。
彼がどうなったかどうか、私は知らない。そして、誰かに聞くつもりもない。

有意義な時間だった、と老人は呟いた。
中庭の桜の花びらが、風に煽られ、散っていった。


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