1. トップページ
  2. 304号室の彼女

歩子さん

よろしくお願いいたします。

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

4

304号室の彼女

17/01/22 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:2件 歩子 閲覧数:500

この作品を評価する

 304号室が僕と彼女のすべてだった。


 友人の見舞いのために訪れた病院で、彼のいる305号室を探していた。301、302……と、壁に取り付けられたプレートで確認しながら、友人の病室を目指す。

『304 桜木咲』

 そのプレートが見えた瞬間、足を止める。桜木咲、という名前に見覚えがあったからだ。まるで芸名のような、春を連想させる美しい名前の並びは、よく覚えている。

 覚えているのに、なぜか思い出せない。

 友人のいる305号室はすぐ隣なのに、気分が乗らない。今すぐこの名前が誰か、正体を確かめたかった。我慢ができず、部屋をノックした。

「どうぞ」

 聞こえたのは、春の風のように温かくどこか優しい、包容力のある声だった。好奇心の為に異性の病室に入る、そんな僕の図々しささえも許される気がした。

 病室は個室で、ベッドがひとつだけ。広くも狭くもない、ちょうど良い空間だ。

「……誰?」

 ただ残念ながら、ベッドの上に座ってこちらを警戒するように見る女性の顔に、見覚えはなかった。いかにも身体のどこかが悪いといった青白い顔色で、頰はこけてやせ細っている。長い黒髪は日本人形のようだが、顔立ちは西洋人形のようにくっきりと整っていた。

「すみません、間違えました……」

見知らぬ人の病室に入ってしまった非常識さに恥じて、慌てて病室を出ようとすると、「待って!」と切羽詰った声で引き止められた。

「話し相手がいなくて退屈してたの。……お話してくれる?」


 その日から、僕と彼女――桜木咲との奇妙な関係が始まった。

 彼女のいる304号室に毎日のように通っては、他愛のない話をする。天気のこと、友人のこと、お互いのこと。

 はじめは無表情で聞いていた彼女も、次第に笑うようになっていき、たまに冗談を言うと怒るようにもなった。初対面のときの、恐ろしいほど病的な容貌をした彼女の面影は、もうどこにも残っていなかった。

「本当に面白い。このまま時間が止まっちゃえばいいのに」
「なんで?」
「だってあなたといると、楽しくてあっという間で、すぐに面会終了の時間になるでしょう。それがとてもさみしいの」
「明日も来るよ」
「ありがとう。でもね、あなたがいない時間は、永遠のように永いの。明日が二度と来ないんじゃないかってくらい」

 彼女は、今まで僕が出会った女性の中でもとくに寂しがり屋で、悲観的で、感情をストレートに言う性格だった。孤独な入院生活が、彼女をそうさせているのかもしれない。

「退院の予定は?」
「ないわ」
「そっか……」

 そんな彼女の儚さは、ますます側にいてやらなければならないという、僕の庇護欲をくすぐった。彼女はただの骨折だと言うが、それにしては入院が長く体調も良くなさそうだった。

「明日はもっと早く来るから」
「ありがとう。またね」
「うん」

 彼女の病室から出たとき「おい!」と後ろから声をかけられた。振り返ると、305号室に入院中の友人が点滴スタンドを持って現れた。

「お前の声が毎日隣から聞こえるから、幻聴かなと思ってたら、来てたのかよ。俺に見舞いじゃないの?」
「あー、いや、隣に用があって」
「顔くらい出せよ、水臭いなー……って、隣? 隣って、お前の目の前にある304号室のことかよ?」

 友人が僕の隣に来て、桜木さんの病室の前に立つ。そして、恐ろしい一言を放った。

「ここ空室だよ」
「……は?」

 一瞬、時が止まってしまったかのような静寂を覚えた。自分の唾を飲み込む音だけが不甲斐なく響いた。

「他の入院患者から聞いた話なんだけど。4とか9の数字がつく病室って、本来病院にないんだよ。不吉な数字じゃん。だけどこの病院が間違えて、304号室をつくってしまったんだって。まあもったいないしってことで格安で提供したら、簡単な骨折でその病室に入院した患者さんが、原因不明で死んじゃって。それ以来304号室はずっと空席なんだって。結構ニュースでやってたけど、覚えてるか? ……で? お前、この病室で今までなにしてたの?」

 その話を聞いた後、何度確認しても『桜木咲』のネームプレートは見つからなかったし、病室の中も空っぽだった。

 その日から彼女の姿を見ることができなくなってしまった。

 彼女は今もまだ、304号室でひとり、「明日」が来ることを待っているのだろうか。



***



 僕は今、身体中から血を流している。少し打ち所が悪かったが、ちゃんと言葉を話せるし、頭は思ったよりもすっきりしていた。

 救急隊員の問いかけには一切答えず、ただ機械のように同じ言葉を繰り返した。



「入院するのなら、304号室にお願いします」



 薄れゆく意識の中、彼女の笑顔が見えた気がした。



コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

17/01/24 あずみの白馬

拝読させていただきました。
そのままフェードアウトするのかと思いきや、最後は少し怖かったです。

主人公はその後304号室の住人になったのでしょうか……

17/01/28 歩子

あずみの白馬さま
コメントありがとうございます。
少し怖かった、と言っていただけて嬉しいです。安心しました。
その後はご想像におまかせいたします……!

ログイン