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吉岡 幸一さん

性別 男性
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新宿疑似恋愛

17/01/22 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:466

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 愛子がキャバクラ嬢ということくらいわかっている。
 新宿は歌舞伎町、さくら通りの奥にある老舗のキャバクラ店のナンバー2だ。際立った美人ではないが愛嬌があって人懐っこくて人気がある。
 忠雄は警戒し過ぎるくらい警戒したが、不覚にも気付いたときには恋に溺れそうになっていた。
「わたしの彼氏になってくれませんか」
 今夜、愛子は店が終わった後、すし屋で大トロをつまみながら、忠雄の膝に手をおいて告白のようなことを言った。
 本気にするほど忠雄は若くない。いくつもの恋愛経験がある。店の中で恋愛ごっこ、店の外でも恋愛ごっこ、大人の疑似恋愛、割り切ったお付き合い、本気の恋愛をするには痛みを知り過ぎている。
「恋人になってくれたら、そりゃ嬉しいけどさ」
 先々月、独り身となった忠雄には愛子の申し出を断る理由などない。
 嫌いというわけでもないし、愛子といると楽しいし、まあ可愛い。
 恋愛ごっこのプロと本格的な疑似恋愛をしてみるのもいいかもしれない。
「やった、じゃ今日から私たち恋人同士だね」 すし屋のおやじもびっくりするような大きな声で愛子は喜んだ。
「俺なんかでいいのかい。もっと素敵な男なんていくらでもいるだろう」
「忠雄さんがいいの。絶対、絶対、他の人じゃ嫌なの」
「どうしてさ」
「だって優しいんだもん」
 甘えるような声だが、真剣な眼差しをまっすぐに向けてくる。とても男を騙すような女には思えない。しかし男を惑わせるプロであるには違いない。
 愛子の店に行くようになって一か月、同伴出勤や店外デートをするようになって二週間、深い関係になったのは昨日のことだ。わずか一ヶ月前に知り合ったばかりの関係だ。しかも客とキャバクラ嬢の関係、本気になるにはハードルが高すぎる。
 新宿には忠雄のよく行くキャバクラ店はまだ他にもある。店外デートする嬢だっている。愛子が一番のお気に入りであるのは間違いがないが、真剣に未来を考えるような相手として考えたことはない。これからもそれはないだろう。たぶん、たぶん……。
 愛子が店内で見知らぬ客の男から花束や高価なバック等をもらうのを何度目撃したことだろう。他の客の手を握ったり、楽しそうに話したり、キスをするフリをしてみたり、そんな様子は店に行くたびに見ている。もちろんそれが仕事だということもわかっている。
 二万五千円分のすしを食べて店の外にでると雨が降っていた。ネオンの明かりは雨に滲み、アスファルトは黒ずみ、風は生ぬるい。小雨だから傘をさしていない人も大勢歩いていた。
 傘を持っていない二人は濡れながら近くの駐車場まで歩いていく。
「私、お店を辞めるね」と、愛子は忠雄の手を握って言う。
「どうして辞めるの、ほかに条件のいい店でもあったの。それとも……」
 それとも、と言いかけて忠雄は口をふさぐ。それとも愛人として囲ってほしいの、そんな言葉をいうわけにはいかなった。
「違うよ。お昼の普通の仕事を探そうと思うの。だって忠雄さんの彼女になったんだから、ほかの男の人の相手なんかしたくないんだもん。忠雄さんだって彼女が他の男の人と仲良くするの嫌でしょう」
 愛子はまっすぐに迷いもなく答えた。無邪気な瞳が見つめてくる。
 本気で言っているのか、一途さを演出しているのかわからない。恋愛ごっこが本当の恋愛に進むのか、遊びが本気になったのか、忠雄は混乱している。愛子はあくまでキャバ嬢、外の人、夜の女のはず。
「なにも店を辞めなくてもいいよ。今のままでさ、愛ちゃんに向いている仕事じゃないか。お店で輝いている愛ちゃんが俺は好きだよ」 忠雄は危険を察知する男の本能で考える前にしゃべる。
「うん、わかった。辞めないね。忠雄さんがそれを望むんなら、がんばるね」
 愛子は握っていた手を力なく離し、うつむいて急に泣きはじめる。
 声を押し殺し、肩をふるわせ、立ち止まって涙を雨に混ぜる。
 嘘の涙なのか、本当の涙なのか忠雄には判断がつかない。
 人通りの多い道の真ん中でこのままにしておくわけにはいかない。
「また今度すしを食べに行こう、な、なあ」
「うん」と、頷きながらも愛子は泣きやむことはない。
 通り過ぎていく人達が半分からかうように覗きこんでいく。
「彼女を悲しませるなんて最低の男ね」
 酒に酔った女二人がわざと忠雄の肩にぶつかって通りすぎる。
 愛子の背中を擦りながら、忠雄は救いを求めるように雨の降る空をみあげる。
 いつの間にか愛おしさが抑えきれず奥の方から湧いてくる。本気になってみようかな。こう思う忠雄の指に濡れた愛子の髪が絡みついてくる。
 新宿に降る夜の雨はゆっくりと七色に溶けていく。


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