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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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【エッセイ】 つめたい背中

17/01/16 コンテスト(テーマ):第125回時空モノガタリ文学賞【優しさ】 コメント:3件 野々小花 閲覧数:503

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 年の瀬になると、決まってある光景を思い出す。
 私は小学校の低学年だった。冬休み、近くに住む祖父母の家に泊まりに来ていた。離れで暮らす、二つ年下の従妹と遊ぶためだ。
 古い大きな家には、畳の部屋がいくつもあった。中庭や、白い壁の蔵や、昔は馬がいたという小屋もあった。子どもにとっては、良い遊び場である。中庭にある黒板に絵を描いたり、蔵の中をのぞいたりして、その日も夜遅くまで、私は従妹と遊んでいた。

 翌朝、まだ暗い時間に目が覚めた。手洗いへ行こうと、従妹と一緒に寝ていた洋間を出ると、向かいの部屋に薄明かりが見えた。暗く、大きな畳の部屋の真ん中に、祖母がいた。小さな机の前に正座をして、手元の明かりだけで何かを書いている。私のほうからは、後ろ姿しか見えなかった。
 その背中から、何か、ぴりぴりと張りつめた空気を感じて、私は声をかけることができなかった。自分の知る祖母ではない。そんな気がした。
 祖母は、よく笑うひとだった。遊びに来た私を玄関で出迎えてくれるとき。甘いおやつをくれるとき。学校からの帰り道、畑仕事の手を止めて「おかえり」と声をかけてくれるとき。その顔には、いつも優しい笑みがあった。けれど、さっき見たあの背中から、その面影を感じ取ることはできなかった。
 洋間に戻り、少し眠った。明るくなったころに起きだして、従妹と一緒に台所へ向かうと、流しに祖母が立っていた。手を動かしながら私たちに、明るく「おはよう」と言って目を細める。私の知っている祖母だ。優しい、柔らかな空気に安心する。
「おばあちゃん、まだ暗い時間に、何してたの」
 明け方のことが気になって尋ねると、祖母は一瞬、驚いた顔をした。でもすぐに、優しい表情になった。
「年賀状を書いていたのよ」
 全部で七百枚は書かないといけないのだという。なんて凄いんだろうと思った。同じクラスの友達に出す、二十枚がせいぜいの私とは大違いだ。祖母には、七百枚も送る相手がいる。友達が多くて羨ましいと、そのときの私は、無邪気に考えていた。

 今なら、七百枚の年賀状が、全て友達にあてたものでないとわかる。祖父の知り合いや、親戚や、古くからの家同士の付き合いもあっただろう。顔の知らない相手にも、祖母は年賀状を書いていたのかもしれない。
 とても忙しいひとだった。家のことや、畑仕事もあった。たぶん、明け方しか時間がなかったのだ。
 七百枚、手書きで、一枚一枚したためる。あのとき、暗闇の中に浮かび上がった背中は、何を思っていたのだろう。私が遊び場だと思って見ていた、あの古くて大きな家。祖母の目には、どんな風に映っていたのだろう。
 それを確かめることは、できない。施設で暮らす祖母には、私が誰なのか、もう、それすらわからないのだ。



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このストーリーに関するコメント

17/01/31 野々小花

海月漂さま
読んでくださってありがとうございます。「大人になってわかること」には、良いことも悪いことも、嬉しいことも悲しいこと
もありますね。エッセイを書いていると、自分や他人の現在や過去に向き合うことができて、色んな発見があります。身近な人物を書くのは難しいですが、挑戦してみてよかったと思いました。

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