1. トップページ
  2. 一番星

八王子さん

よく書きます。ジャンルや傾向はバラバラです。

性別 男性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

一番星

17/01/16 コンテスト(テーマ):第127回 時空モノガタリ文学賞 【 新宿 】 コメント:0件 八王子 閲覧数:449

この作品を評価する

 誰かが言った。この街はロックだと。
 夜は賑わいを見せる歓楽街、新宿歌舞伎町とはいえ、始発も走らないような時間に街を歩き回る者は少ない。
 夜中から明け方にかけて捨てられたゴミを漁るカラスと、ぶくぶくと太ったネズミ、そしてそいつらに負けないようにゴミを漁るホームレスたちで小さな世界は構築されている。
 世界でも有数の豊かで暮らしやすく、安全を約束された国、日本であっても敷かれたレールから一度逸れた人間が元のレールには簡単に戻れない。
 普通の生活に戻ることを望まないわけではないが、戻る手段がないのだ。
 夜は煌びやかな人間ばかりが集い、男も女も関係なく酒に酔っては、破廉恥な行いに興じる輩が現れ、品性の欠片すら見失ってしまうほどに眩い世界になるのに、太陽が顔を出そうとする時間には、それらはいなくなる。
 まるでシンデレラのように消えて行き、その場に残されるのはガラスの靴ではなくゴミばかりだ。
 働く者はビッグになりたいと夢を見て――あるいは夢のために稼いでいる人間で溢れ、それを目当てに集まる人間たちは、酒や女、あるいは男たちの誘惑に誘われて金を落としていく。
 互いに持ちつ持たれつの関係が成り立ち、一時の夢を見せてくれる。
 だが、それも夜の間だけ。
 朝になれば襲ってくるのは現実だ。
 朝の顔と夜の顔がくっきりと分かれているのが新宿というひとつの小さな世界。
 そして今日もそこには夢見る若者がいる。
「あー、くそっ! ビッグになりてぇー!」
 人気のない歌舞伎町に響く若い男の声も、静かな朝の時間ではどこまでも届く。
 明け方まで飲食店のアルバイトをしていた青年の背中にあるのは大きなギターケース。
 それを背負っている様はまるで西洋の剣士だ。
 そんな剣士のような装いの青年は、ふらつきながら新宿を離れていく。
「夢を見る街は現実を見せる街でもあるんだ」
 夢を見ているのは寝ているだけのものか。
 現実を見ているのは起きているだけのものか。
 そんな人間を星の数ほど見てきたホームレスの男は、まだ彼らがレールの上にいる別世界の人間であるという認識をする。

 人目につかない場所で日中の時間を過ごしたホームレスが、またこの街に戻れば、意外な光景を見ることになる。
 今朝叫んでいた青年がギターを肩にかけて音楽を奏で、喉を震わせながら歌っていた。
 歌などわからない。
 音楽などもっとわからない。
 それでも音はリアルに伝わる。
 耳に、脳に、骨に、心に、魂に――。
 今日を生きることに必死で、明日のことなどは明日にならねば考えられない日々を過ごしながら人生の足を止めて初めてわかる自分のこと。
「なにを生き急いでいるんだか」
 回遊魚のように動き回らなければ死んでしまうのが人間である。
 だけれど、一度止まってみれば見えた景色、新しい世界、あるいは可能性や未来、はたまた選択肢や蜘蛛の糸。
 そんなものが見えるかもしれない。
 たくさんの人間がいて、たくさんの人生が交差して、たくさんの夢や願いが叶い、破れる街。
 しかし、心に余裕を持って立ち止まってみれば見えてくる世界は、狭い空の向こうに無限の空があることを思い出させてくれる。
「ありがとうございましたっ!」
 青年が歌い終わっても、足を止めたのは片手の指で足りるほど。
 メジャーデビューまでの道までは遠いかもしれないが、それでも青年は叫ぶ。
 夢や目標を現実にしたいから、朝の願望を夜は歌声に変えて。
 煌びやかに輝くネオンに比べれば、簡単に霞むホタルほどの輝きしかないかもしれないが、人間の放つ最高の輝きがそこにあった。
「ロックだな」
 果たして自分は、ホタルほどの輝きでさえも放てているだろうか。
 ネオンの明かりが強すぎて星一つ見えない新宿の夜の空を見上げて自分に問う。

(了)


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン