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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで3年目に入りました。これからも勉強を重ね、たくさんの作品を書いていけるよう頑張りたいと思います。 写真を撮り、絵も描きます。こちらでupするなかで、特に記載のない画像は冬垣の作品です。 ・ツイッター https://twitter.com/fuyugaki_hinata ・時空モノガタリでもお読みいただける、拙作「渋谷スイングバイ」の動画があります。 内容は同じですが、音声読み上げ朗読、エンディング付きです。 「softalk朗読渋谷スイングバイ」  https://www.youtube.com/watch?v=6nsb8bo8Egs (=は半角に直してください)

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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ナルシスの花盛りに

17/01/15 コンテスト(テーマ):第125回時空モノガタリ文学賞【優しさ】 コメント:6件 冬垣ひなた 閲覧数:579

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 雨上がりの西の空が、いちご水のような赤に染まり始めました。
 この季節の自然はみな、枯れそうな寒さに震えていましたが、緑の葉を風に揺らした早咲きのナルシス(水仙)だけは、今を盛りに咲き乱れていました。
 春の先触れにはまだ早い、かぐわしい香りが辺り一面にたちこめ、花畑は蛇行する川沿いを続きます。夕陽を浴びた白い花弁は一斉に薄い赤を透かし、今日の終わりを彩ります。


 川べりを見下ろすように、冷たく濡れた石橋が架かっていて、その上を農夫や商人が家路を急ぎ、渡っていきました。
 そしてただ一人、だぶついた外套を羽織った少年が、暮れなずむ街に流れゆく川を眺め、佇んでいます。手摺に手を置く少年の表情は弱々しく、悔しそうに唇を嚙みしめ、水面に石を投げていました。
「ヴェル」、少年を探し歩いて来たのは、片田舎には珍しく聡明さを貞淑で包んだような、穏やかな女性でした。
「母様……」
「夕食の時間です。お父様がお呼びですよ」
「嫌だ、僕は何も間違っていないんだ!」、ヴェルは子供らしい甲高さが残る声で、母のリラに抗議しました。
 
 家は代々町の代表者を務めていて、彼の父親であるジャンは町長でしたが、気難しく無粋な人と評判も良くありませんでした。
 跡継ぎであるヴェルは気性が優しく、ジャンに逆らいませんでしたが、しかし生活が苦しいと陳情に来た町の人々を、すげなく追い返した父を見て、黙っていられなくなったのです。
 
 ついにヴェルは決心しました。
 勉強のための高価な辞典や辞書を売り、そのお金を人々に分け与えたのです。
 ヴェルの行いは人々に喜ばれ感謝されました。「坊ちゃまはお優しい方だ」、皆口々にそう言って帰ってゆきました。
 その事がジャンの耳に届き、大喧嘩になったのです。

 ヴェルは母に反論しました。
「父様は、町の事なんてちっとも考えてやしないんだ!人々は皆暮らしに困っているのに、どうして」
「ヴェル」、たしなめる口調でリラは言いました。


「あれをごらんなさい」

 まだ夕暮れだというのに、橋の上を男たちが千鳥足で歩いてきます。赤ら顔で歌いながら上機嫌で酔っぱらっていました。
「ああ!」、何という事でしょう。それはヴェルが助けたはずの、町の人々でした。

「どうして……」
「生活に困っている、嘘は言ってはいません。ですが貴方はお金を出すと約束してしまった。いずれ、この町を治める貴方が」
 息子の甘さに、リラは小さな溜息をこぼしました。
「出来るのですか、これからもそんな事が?」
「それは……」、ヴェルは口ごもりました。
「この町は豊かではないのです。そう知っていれば、皆やりくりする方法も考え、蓄えも作るでしょう。家族を守るための責任を果たそうとします」
 ヴェルは返す言葉もありません。

「簡単に手の届く優しさは、町に病をもたらすこともあるのですよ」

 光る川面に映るのは、未熟な自惚れ屋の少年の姿でした。

 ヴェルはうなだれました。
 物心つく頃から見てきたのは、書類の前で眉間に皺を寄せている父の顔で、ヴェルは時折彼が好きではありませんでした。
 どうして、父様は人に優しくなれないんだろう?
 僕なら、もっとうまくやれるのに。
 好かれたいと思う一心で、町の人の言い分ばかり聞いていたヴェルは、今分かりました。
 この石橋一つ、作るのにどれほどの困難があるのか。
 資金がない。
 地盤が悪い。
 技術者もいない。
 町の暮らしを一生支える覚悟で、ジャンは見返りを求めずやり遂げました。新しい石橋を作る知識を得るべく、ヴェルには都会で勉強してほしいという彼の願いは、紛れもなく町の人々のためでありましたのに。
 ヴェルはその責任を、簡単に手放してしまったのでした。


「……本を売ってしまって、父様は許して下さるだろうか?」

「大丈夫」、リラは息子の肩に、手を置きます。

「なぜならお父様も、同じ事をなさったからです。貴方と同じ年頃に」

「父様が?」

 目先の優しさに惑わされ現実を見誤った、若き日のジャンの姿が落日に重なります。理解されず孤独な父がそばに感じられました。

「お父様の優しさは遠回りで人には見えにくい。けれどこう仰います、『それ位がちょうど良い』と」


 町の煙突からは煙が上がり始めました。赤々としたナルシスの夕映えが、灯火のように風に揺れ、緩やかに曲がる川岸に波打っています。
 ヴェルは手の中に残っていた最後の石ころを、川に放りこみました。

 水音とともに、自惚れを映した水面に、大きく幾重もの輪を作ります。

 二人の長い影が石橋を渡っていきました。
 水鏡には誰の姿もありません。
 堅牢な石橋だけが遠い春を待ちながら、ナルシスの花咲く町並みに静々と溶け込んでゆくのでした。


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このストーリーに関するコメント

17/01/16 クナリ

途中までは読んでいて息苦しさを感じるくらいに、自戒する主人公が気の毒でしたが、父親との共感を得るシーンからは霧が晴れるように清々しい読み味になりました。
行動だけではなく情景も無理なく著された冒頭からのシーンも、とても上手かったです。

17/01/23 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・ナルシスはフランス語で水仙の事です。花言葉は「うぬぼれ」「自己愛」など。
・左の画像はストックフォトから、右の画像はPixabayからお借りしたものを加工しました。


クナリさん、コメントありがとうございます。

色々小説のお約束を突き崩した話ですが、主人公の年齢は結構迷いました。十代前半と後半とでも読者の印象がかなり変わるし、特に少年少女を描く際は留意して書くべしという勉強になりました。
最近は構成の流れがスムーズになるよう情景も工夫して書くようになりました。これからも頑張りたいと思います。

17/01/30 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。

童話のような語り口に引き込まれ、説得力があるお話だなあと思いました。
最後のシーンはナルシスの神話とも重なり、美しい余韻が残りました。

17/02/05 冬垣ひなた

そらの珊瑚さん、コメントありがとうございます。

幻想的な中に現実感を投入するのは今回の挑戦でありました。そのうえで雰囲気を崩さぬよう、父親のことは直接出さないようにしました。そのような手法はそらのさんをはじめ多くの時空作家さんに学んだことでしたので、そう言って頂けて良かったと思います。

17/02/07 光石七

拝読しました。
本当の優しさは安易なものではなく、ある種の厳しさを伴うものなのかもしれません。
戒めと共に父親もかつて同じことをしたと明かされるのがいいですね。
ナルシスの神話とは違い、自惚れた自分と決別した主人公。きっと町長になることでしょう。
素敵なお話をありがとうございます!

17/02/07 冬垣ひなた

光石七さん、コメントありがとうございます。

人と仲良くするための優しさは評価されやすいですね。けれど、縁の下の力持ちのように長く優しくあり続けるというのは難しい事だと思います。
父親はそれでも難しい道を選びました。少年もこれから本当の優しさを選べる大人に成長することと願います。

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