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待井小雨さん

待井久仁子というペンネームで「小説&まんが投稿屋」というサイトで、童話やホラーやよくわからない物語を投稿しています。 ご興味を持っていただけたら、よろしくお願い致します。

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から傘むすめ

17/01/15 コンテスト(テーマ):第125回時空モノガタリ文学賞【優しさ】 コメント:4件 待井小雨 閲覧数:806

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 ……今日は風が強いので、あの人が咳をしていないかばかり気になる。

 大八車に縛り付けられ、見世物小屋に売られる道中にある。
周囲からの目隠しとしてかけられているぼろ布があおられ捲れて、風の強い事を私に教えた。私は自分を作ってくれたあの人の事を想う。
「ずいぶんと大人しいが、見世物小屋じゃあちゃんとしゃべれよ」
 布の向こうからのぞんざいな男の言葉に、私は何も答えない。ただ風の吹くことばかりが気にかかる。あの人はすぐに咳をするのに。
「あの男、しぶといったらなかったぜ」
 待て、連れて行くな――。男の足にしがみ付いて蹴られ、血を流していたあの人。
 傘作りを生業とするあの人の家に、この男が押し入ってきた。
 ――こいつが噂のから傘お化けか、俺が売り飛ばして金にしてやる。
たけ、とあの人は私の名を叫んだ。土間に倒れながら手を伸ばして。その子は連れて行くな。たけ、たけ――!

 初めはただの傘で、自我などありはしなかった。ある日あの人が傘を売りに行く道中に雨が降った。だのに濡れたままで歩くので、荷から一本の傘が勝手に動き出してその頭上の雨を遮った。
 ひとりでに浮いた傘にあの人は目を丸くする。
 ――これは驚いたな。
 その時、自我を得た。あの人は存外早く私に馴染み、帰りの頃には片言の会話の相手をしてくれた。
 アメデ、ヌレル。――そうだな。カサダカラ。――うん?
 ああ――お前は傘だから、私を雨から守ってくれるのか。
 嬉しそうに私を見上げて。
 ――そうか、お前は優しい傘だなぁ。
 傘の姿のまま、あの人と日々を過ごした。
 ――童の姿なら、本当に自分の子どものようだろうな。
 そう言われた次の日には、童女の姿を得ていた。元が傘だから一本足のままだったが。
 あの人は私を抱え上げ、「本当に俺の子どもになった」と喜んだ。お前は「たけ」だぞ、と名まで与えて。
 外を歩く時は私をおぶってくれた。雨が降れば私は傘に戻って雨を遮った。傘作りを眺見ながら話したり、玩具を作ってくれるのを眺めたりと、それだけの毎日がひどく心地よかった。
 独り者のはずの男の元に急に娘が現れたのだから、周囲の人は奇異に思っていたのだろう。童女が傘の姿になる話など、すぐに広まった。
 ……から傘お化けが憑いてるんだよ。
 悪い人間が聞けば金儲けの為に狙われるというもの、押し入ってきた男によって静かな日々は終わりを迎えた。

 道中の小屋で男は私を検分した。
「見た目はただの餓鬼じゃねぇか。傘のお化けなんだろう? しゃべらねえんなら元の姿になれってんだ!」
 頬を叩かれ、私は元の傘の姿に戻った。
「こりゃあ……本当に化け物か! 薄気味悪ぃな、はは、だが本物だ! お前、今の化けるやつ見世物小屋のやつにもちゃんと見せろや」
 ……あの人の傷は痛まないだろうか。叩かれたとて傘の私は痛くなどない。隙間の多い家で、風が吹くとあの人はすぐに体を冷やして咳をした。土間は一層冷えるだろう。血を流したなら寒いだろう。
 どうして私を取り戻そうなどとしてくれたのか。傘の化け物の事など気にせず見世物小屋に売り飛ばしていれば怪我をする事もなかっただろうに。
『俺の子だ』
 ――痛い。
『本当に、俺の子どもになった』
 ……痛い。
 痛いのはどこだ。傘なのに――痛くなどないはずなのに。あの人がくれた日々が暖かく嬉しかったから、だから今こうしているだけでどうしようもなく何かが痛い。

 たけ、たけぇ――と夜の遠くで声がした。
 ばん! と戸が蹴破られ、「な、なんだぁ」と寝入っていた男が声を上げる。すぐさま何かで強かに殴る音が聞こえ、男は気を失った。
 ――追ってなどこなければいいと思っていたのに。
「たけ、怖かっただろう」
 足を引きずり、近づいてくる。
「遅くなってすまなかったな。傘の姿か。ああ、折れているところがあるな。帰ったら継いでやろう」
 頭から流れて固まった血もそのままに微笑む。
 私は呆然と、その顔を見上げていた。
 ――あの日。童女となった私を抱えて喜んでいたこの人は、私に向けてこうも言ったのだ。
 俺はお前のととだぞ――と。
「……とと様ぁ」
 人の姿をとって縋り付いた。
 どうして……どうしてとと様は来たの。怪我をするかもしれないのに。ひどく殴られて死んでしまったりなどしたら、私は私にくれたその優しさを、一生憎んで呪うしかできなくなるのに。
 言いたい事は言葉にならず、泣くことしかできない。しがみ付いた体はひどく冷えていて、咳もしていた。
「どうして……」
「――お前が先に雨から守ってくれたんだ。次には子どもにまでなってくれた。俺の優しい大事な子ども、離れたくなどなかったんだ」
 大きな手が私の頭を撫でる。冷えているはずの掌から暖かなものが伝わって、私の中に満ちていった。


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このストーリーに関するコメント

17/02/03 霜月秋介

待井小雨さま、拝読しました。

傘はいつも我々を雨から守ってくれている。
この話を読んで、そのことを改めて認識しました。
それなのに我々は置き忘れたり、チャンバラに使ったり。優しく扱わなかったことを後悔しております(笑)

17/02/05 待井小雨

霜月秋介様

コメントありがとうございます。
モノに魂が宿るなら、心を通わせて親子のような情が湧くこともあるかもしれない、と物語を書いてみました。
傘も悲しむかもしれないので、どうかチャンバラには使ってあげないでくださいね(笑)

17/03/10 のあみっと二等兵

拝読させていただきました。
やはり私は、まだ数本しか小雨様の作品に目を通せていませんが、文体が柔らかく、優しいですね。
ただの傘が、人を思いやり、その優しさを受け止めた人がまた優しさを返すという繰り返しが、二人の絆を深くしていき、相手が望む通りに姿を変えたりする様が健気で、心が温まりました。
またお邪魔させていただきます。
素晴らしい作品、ありがとうございました。

17/03/12 待井小雨

のあみっと二等兵様

コメントありがとうございます。
自分の文体がどういったものなのか自分自身では分からないのですが、柔らかく優しい……のでしょうか、嬉しいです!
与えられた優しさと、知らずに返す優しさというもの、またお互いに思いやり育む優しさを物語として表現したいと思い、この話を書きました。

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