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四島トイさん

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シュガーインコーヒー

12/11/02 コンテスト(テーマ):第十八回 時空モノガタリ文学賞【 コーヒー 】 コメント:3件 四島トイ 閲覧数:2070

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 エチオピアのアビシニア高原、と不貞腐れたように後輩女子が呟いた。
「何の話だ」
「修学旅行の話です」
 放課後の美術室。向かいに座る同じ美術部の後輩。高校一年生の東堂が画布の表面を長い指で撫でる。
「ちょっと待て。俺たち三年が修学旅行で京都に行くのありきたりだとって話だよな」
「そうです」
「で、どこならいいと」
「エチオピアの」
「わかった。もう一回待ってくれ」
 机に肘をついて手を振った。美術室には自分と東堂しかいない。三階に位置する教室の窓の外は夕日に染まり、校庭を駆け回るサッカー部員の熱い掛け合いが遠く聞こえた。
「先輩。私、学祭用の作品を仕上げたいんです」
 不満げな口調で東堂が訴える。
「学祭は二か月後だ」
「知ってます」
「部員と一緒にテーマとか表現に悩んで、締切間際に徹夜して、完成に至る。そういう体験したくないか」
「別に」
 ぷいっとそっぽを向く。自然とため息がもれる。
「どうせまた美術室に誰もいないうちに仕上げようとか思ってんだろ」
「……悪いですか」
 悪いってことはないけどな、と言葉を濁しながら、これまでの東堂をそっと思い返した。
 彼女は四月の入部以降、他の部員との距離を置いていた。自分から話しかけることは一切ないし、受け答えは最低限の単語で済ます。あまりの無機質さを見かねた部長が、何とかしろ、と俺に話を振ったのは梅雨が明けた頃のことだ。
 他人に興味持つってのはどうだ、と前置きなしに東堂に提案したのはその翌日。
「別にないわけじゃ」
 彼女は眉根を寄せ、「ただ、話すことがないですから」と小さな声で付け加えた。
「まあ、興味のあるやつからでいいから会話の糸口でも考えてみろって」
「糸口」
「そいつの好きそうなこととか。何でもいい。きっかけだ」
「きっかけ」
 あの時、東堂はそれなりに真剣な顔で思案しているようだった。
 しかし夏休み後も東堂は東堂のまま。俺のお節介もだらだらと続くだけ。減らず口が増えたことは成果と見るべきかどうか。
「それに」
 画布から顔を上げて東堂が口を開いたところで、現在に引き戻される。
「先輩だってずっと部活出てるじゃないですか。皆出てないのに」
 確かに展覧会や学際が近付かなければ参加率が低い部活だ。おそらく部長も俺がずっと美術室にいるから、無責任に役を任じたのだろう。俺は放課後の美術室で呆けているだけだというのに。
 最近の東堂は俺が近づけば目に見えてピリピリする。和らげばと思って、来月の修学旅行の話題をふってみれば、行き先に不満を垂れる。どこならいいんだ、と訊いてみればエチオピアのなんとか高原と言い出す。お手上げだ。
「俺は作品やってないだろ。見てわかる通り」
「……先輩のことなんていちいち見てません」
「そうかいそうかい」
 立ち上がって、隣接する準備室のドアを引いた。正面に据えられたカセットコンロに薬缶を置いて火にかける。戸棚を開けてインスタントコーヒーを取り出す。皆勤に王手のかかった俺を「美術部員の鑑」と評してくれた老顧問から賜った大切なご褒美である。
 沸騰を待つ間、準備室を見渡す。作業台の上に置きっ放しの石膏像。カチカチに固まってしまった絵筆が数本転がっていた。
「準備室。片付けないとな、熱っ」
 コーヒーを注いだカップを手に美術室に戻ると、東堂は画布を片付けていた。
「またコーヒーですか」
 呆れたように東堂が言う。
「へそ曲がりの後輩を相手にすると無性に飲みたくなるよな」
「……勝手にコンロ使ってること、他の先生に言います」
 勘弁してくれ、と顔の前で手を合わせる。
 カップを傾けて一口。苦い。まだ、この苦さを味わえる舌は備わっていないようだ。ひと口の後に顔をしかめるのなどもう癖になってしまっている。
 ふと気づくと、東堂が探るようにこちらを見ていた。目が合うと慌てたように立ち上がる。
「先輩がいるから集中できないので帰ります」
「ずいぶんだな。いつもそうだろうに」
「いつも同じわけじゃありませんから」
 そう言って、鞄を肩にかけるとさっさと美術室を出て行ってしまった。
 ふと、東堂の座っていた椅子の上に、図書室のものらしき分厚い植物事典があるのが目に入った。忘れ物かと手に取ると、すき間から何かが落ちた。
「……砂糖」
 スティック状の砂糖が一本どころか三本も出てきた。挟まっていたページを開く。
 コーヒー。コーヒーノキはアカネ科の常緑樹。原産地は
「エチオピアのアビシニア高原、ね」
 一応興味もってもらえてんのかねえ、とひとりごちながらコーヒーに砂糖を入れる。
 ひと口。やはり苦い。
 でもほんのり感じる甘さに自然と笑いたくなった。


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このストーリーに関するコメント

12/11/04 クナリ

読後感が好きです。

12/11/06 草愛やし美

四島トイさん、拝読しました。
スティックシュガーが3本、いいですね。思わず笑顔になりました。思春期の苦さをコーヒーとダブって感じているのは私だけ?
エチオピアのアビシニア高原に私も少し興味持ちました。修学旅行にここを選んだら、お土産はコーヒー豆かな?(笑)

12/11/07 四島トイ

▼クナリ様
 コメントありがとうございます。嬉しいです。

▼草藍様
 コメントありがとうございます。何だか照れくさい気持ちです。

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