1. トップページ
  2. 灯篭崖の夜

ポテトチップスさん

20代の頃、小説家を目指していました。 ですが実力がないと自覚し、小説家の夢を諦めました。ですが最近になって、やっぱり小説家の夢を追い求めたい自分がいることに気づきました。久方ぶりに、時空モノガタリ文学賞に参加させて頂きます。 ブログで小説を書いてます。http://www.potetoykk.com

性別 男性
将来の夢 太宰治賞もしくは北日本文学賞で最終選考に残ることです。
座右の銘

投稿済みの作品

0

灯篭崖の夜

12/11/02 コンテスト(テーマ):第十八回 時空モノガタリ文学賞【 コーヒー 】 コメント:0件 ポテトチップス 閲覧数:1732

この作品を評価する

今朝の朝刊を開くと、また今日も自殺の記事が載っていた。
詳しく読み進めると、またあの崖から70歳の男性が投身自殺をしたらしかった。
桑田邦彦はマグカップに入ったコーヒーを啜りながら、きっと昨夜に来店したあの初老の男性だろうと思い、やり切れなさに口の中が苦く感じた。
もう何人目だろうかと思った。
あの店をオープンしたのが5年前の夏の事だから、もう10人以上は超えているだろう。
その中でも、昨日来店した初老の男性は特に桑田の記憶に強く残って、その小柄な身体と皺の多い疲れた表情が忘れられなかった。

灯篭崖と呼ばれる綺麗な海が見渡せる崖から、西に500メートル程離れた場所に、桑田邦彦が経営する小さな喫茶店が建っている。
5年前の夏に店を始めた。周りには何もないのどかな場所なのだが、灯篭崖から見渡す海がとても綺麗で、一年を通して観光客が多かった。
桑田が経営する喫茶店の目の前が、バスの最終停留所になっていて、1日5回、店の前に乗客が降り立つ。
停留場に降り立つ乗客の多くがカメラを携えているが、それは日中に停留所に降り立つ乗客の姿だった。
店の前に最終便のバスが停留する時刻は午後7時だったが、滅多にこの最終便で停留所に降り立つ乗客はいなかった。
しかし、半年に1度くらいの間隔でこの最終便で停留所に降り立つ乗客がいて、それらの乗客は桑田の経営する店に立ち寄って、コーヒーを一杯注文する事が多かった。
桑田がさり気なくそれらの客に、この時間にこの場所にやって来た理由を尋ねると、決まってどの客も、「夜の灯篭崖から海が見たくて」と話した。
しかしその翌日の新聞を読むと、決まって灯篭崖から投身自殺した記事が載っていた。

真っ暗な店の外に、灯りが見えた。
皿を洗って閉店の準備をしていた桑田は、店内に掛かっている壁時計に目を向けた。
午後7時を少し過ぎていた。
停留場でバスが停留した後、バスはUターンをして去っていった。
バスが停留場で停留したという事は、降り立った乗客がいるのかと目を窓の外の暗闇に向けた。
すると誰かが店に向かって来ていて、店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
1人の初老の男性が店に入って来た。
身軽な出で立ちから、桑田はその初老の男性を訝った。
初老の男性は4人掛けのテーブルに座った。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「ホットコーヒーを頂けますか」
「ホットコーヒーですね、かしこまりました。11月に入ってから急に寒くなりましたね」
「ええ、本当ですね」
桑田がコーヒーを淹れている間、初老の男性はただ窓ガラスの向こうの外の暗闇に目を向けていた。
コーヒーを淹れながら、この初老の男性はこれから死のうとしているのだと、肌に棘が刺さるように痛く感じられた。
「おまたせしました。ホットコーヒーです」
「ありがとうございます」
初老の老人はマグカップに軽く息を吹きかけてコーヒーを啜った。
「美味しいコーヒーですね」
「うちのコーヒーを飲んだ方は、また何度もコーヒーを飲みに来られるのです」
「そうでしょうね。本当に美味しいコーヒーだ」
「今日はこの時間に何しに此処へ?」
「ええ、灯篭崖から夜の海が見たくて来たんです」そう初老の老人が言ったが、その時に目を逸らしたのが居た堪れなく
「綺麗な海が見渡せる崖なんですが、年に数人投身自殺をされる方がいるのですよ」
「そうですか、それはそれは……」
「灯篭崖から綺麗な夜の海を見終わったら、下の町まで車でお送りしますよ」
老人は大きく首を横に振り、「いえ、結構です」
「しかし、この時間だとバスもありませんし」
「朝まで海を見たいと思っていますので」
「そうですか……」
「ご親切にありがとうございます」
その後、初老の男性は1人静かに一杯のコーヒーを味わって飲んだ後、席から立ち上がり
「お会計をお願いします」と言った。
「550円頂戴します」
「いや、本当に美味しいコーヒーをご馳走様でした」
「そう言って頂けると嬉しいです。先ほども言いましたが、うちのコーヒーを飲まれたお客様は何度もコーヒーを飲みに此処に来られるのです。また必ず飲みに来て下さいね」
「ええ、必ず来ます」と言った皺の多い疲れた表情の初老の男性が、顔に笑みを浮かべて笑った。
店を出たその初老の男性は、灯篭崖に向けて歩いて行った。
桑田にはその男性を止める事が出来なかった。
「生きていれば良い事も必ずありますから」と声をかけたところで、死ぬことを選んだ人間の考えは変わらないと思ったからだ。
店を5年前の夏にオープンして以来、それと思わしき人に「生きてください」と言ってきたが、必ず翌日の新聞には灯篭崖から投身自殺をした記事が載っていた。
初老の男性がいなくなり、桑田は寂しい気持ちで店のシャッターを下ろした。

   終わり (作り話です)


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン