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宇田川椎さん

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駅徒歩三分、南向き

17/01/12 コンテスト(テーマ):第126回 時空モノガタリ文学賞 【 304号室 】 コメント:0件 宇田川椎 閲覧数:362

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実家である郊外の一軒家以外に、俺はマンションの一室を借りて住まいにしている。
自分以外の家族に気兼ねせず生活できるからと言う理由もあるが、一番の理由は職場に近いからである。電車で五分、最悪、歩いても二十分かからない。
俺はコマーシャルの絵コンテを描く仕事をしている。クライアントから修正の依頼が入れば、たとえ夜中でも動かなければならない。そのため職場近くに借りたこの部屋は、ある種セカンドハウスだ。
その日『あんたんちに先に行ってる』という内容のメールが山本さんから届いた。
仕事が終わりそれを見るなり、俺は急いで電車に乗り込んだ。
彼女の言う『あんたんち』は郊外の実家ではなく、小さなマンションの一室のことを指す。
山本さんはこの小さな304号室をやけに気に入っていた。

駅から徒歩三分のところを早歩きで行き、俺は自室のドアの前に立った。去年の誕生日に山本さんがくれた、革のキーホルダーがついた鍵をポケットから取り出す。
わくわくと踊る心臓を無視して、俺は鍵穴に差し込んだ。軽い音を立てて鍵がまわり、ドアノブを握る。
「ただいま」
と、無意識のうちに声が出る。きっと彼女が待っているだろうと思い込んでいたからだ。
ところが、肝心の彼女は留守にしているようだった。
先に行ってるって言っていたのに、と携帯を見ると『酒がきれてた!ちょっと買ってくる』と連絡が入っている。そういえば、俺も何も買ってこなかったな、と手ぶらで直行してきたことをほんの少し悔やんだ。
俺は靴を脱ぎ、部屋に上がる。廊下を進むと、そこはすぐにリビングだ。
淡いグレーのソファは、山本さんが持ち込んだものだ。このソファが来るまえにリビングにあったのは、簡素なテーブルとチェアのセットだけで、こんなふうにくつろげるような家具は一切なかった。恋人の手によって座り心地のいいソファが運び込まれると、必要最低限の家具しかなかった殺風景な部屋には、少しずつ物が増えていった。そのほとんどが山本さんの持ち込んだ家具や生活用品だけれど。
冷蔵庫を覗くと、食材がみっちりと詰まっていた。なにか作るつもりだろうか。何にせよわざわざ酒を買いに行ったということは、一晩しっかり楽しむつもりらしい。
俺は思わず上がる口角を隠しもせず、ソファに倒れ込んだ。山本さんに見られていたら、行儀が悪いとたしなめられているだろう。
目を閉じると、疲労がじわじわと全身におりてくる。
それでも、今日はあって無いような定時に上がれたのだから、スケジュールとしては楽な方だ。
実はここ三ヶ月、仕事にかかりきりで実家に帰ることはおろか、ろくに眠れてもいない。そういう事情があって山本さんにもずっと会っていなかった。
彼女はこの三ヶ月どうしていただろうか。特に社交性に富んだ彼女のことだ。俺にとっての彼女は強烈なものでも、彼女にとっての俺は色褪せたものかもしれない。

ふと、眠りそうになって目を開けた。山本さんはこの部屋の合鍵を持っているのだから、別に起きて待っている必要はないのだが。せめて飯でも炊いて待っているか、と体を起こして俺はそれに気が付いた。
テーブルの上に開きっぱなしの雑誌が放り出されている。
俺はあまり読んだことのないゴシップ誌だ。きっと彼女が置いて行ったものだろう。なんとなく興味を引かれて、俺はそれを手に取った。巻頭特集は某女性アイドルのスキャンダルだったが、別のページに折り目がついていたので俺はそこを開いた。
恋の相性占い。
「女子高生か」
俺は喉の奥で笑った。イエスかノーの解答を選んで点数を加算して結果を出す類の占いらしく、あちこちペンで丸がついている。山本さんが背中を丸めて、ちまちまと計算していった様子を目に浮かべる。何をやっているのやら。
初めこそ面白がっていたが、紙面にじっくり目を落してみて、俺は徐々に顔中が熱くなっていくのが分かった。
本当にくだらない質問の数々だ。
『朝食は一緒にとる?』
ノー。一緒に住んでいるわけじゃないから当然だ。
『メールは一日十通以上?』
ノー。基本的に俺が面倒くさがりだから。
『電話は一日一回以上?』
ノー。学生じゃないんだし。
『恋人を愛している?』
イエス……やたらぐりぐりと丸をつけられている。
『一日に何度も恋人の事を考える?』
イエス。
そんな質問の果て、結果の欄にも印は付けられていた。相性占い、下から二番目のDランク。
『恋人は運命の相手ではなさそうです。もっといい相手が近くにいるかも!?』
そんな無責任なコメントに荒々しくバツ印を上書きした、横のスペース。明らかに山本さんの字で、小さく「運命!」と走り書きがしてあった。

「あー……」
俺は雑誌を閉じて、真っ赤になっているであろう自分の顔を押さえた。
早くここに帰ってこい。
あなたの運命が久しぶりの再会を待っているんだから。


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