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いありきうらかさん

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みなさまへ。

17/01/09 コンテスト(テーマ):第125回時空モノガタリ文学賞【優しさ】 コメント:0件 いありきうらか 閲覧数:388

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話さないことが優しさ、だと思っていたのですが、どうやらそれは違ったようで、
しかしそれ以外にどうするべきだったか、と問われると私は答えを持っていませんでした。

私にはユーモアがありませんでした。だから誰かから話しかけられてもうまく言葉を返すことができませんでした。
お喋りは嫌いではなく、むしろ好きな方でした。
ですがある日、私が話している最中、友達は、目を合わせずにスマートフォンを触って、
流行りのパズルか何かに没頭するのを見て、私の話に価値などないのだと悟りました。
その頃から、能動的に口を開くのをやめ、相槌を打つ作業に集中していましたが、
不思議なもので、私は話そうとしない人間として煙たがられるようになりました。
口を開くよりも閉じている方が皆さんは喜ぶと思って話すのをやめたのですが。

一度こうなってしまうとなかなか変われません。
大学、そして、今の職場でも状況はさほど変わりませんでした。
自分が口を開くのは報告や連絡があるときのみでした。
昼休みは朝、出勤前にコンビニで買ったサンドイッチを腹に詰め込み、その作業が終われば、机の上に突っ伏していました。
仕事が終われば、大体残業か、真っ直ぐ家に帰り、興味のないバラエティ番組を流し見するのが常でした。
そういえば、今になって考えてみると、飲み会や新年会などの社内行事も、途中で誘われなくなりました。
まあ、どうでもいいことです。

社内行事に呼ばれなくなったくらいのタイミングで、皆さんから頼み事をされることが増えたような気がします。
定時で、笑顔で、帰る皆さん。作業が終わらず、一人オフィスに残る私。
残業代が出なくても、仕事自体は別に嫌いではありませんでした。
それよりも、終わったか?と聞かれたときに、終わっていない、と答えた時の、皆さんの渋い顔を見るのは嫌でした。
私があまりの作業量に、耐え切れず、皆さんに自分でやるように頼んだ時、皆さんは非難めいた視線を私に向けていました。
それも嫌でした。
だから私はなるべく、頼まれた仕事も確実に終わらせるように努力をしました。
いつしか、私は自分の仕事よりも、他人から頼まれた仕事をしている時間が増えました。
私が残っていることに気づかなかったのか、電気を消して帰る同僚もいました。

さすがに私が文句を言うと、急に力の抜けた目で、口をまげて、じゃあ、もういいよ、と言い、皆さんは書類を私から奪い取りました。
私が皆さんの頼み事を聞いていたとき、私もそのような白い目をしていたのでしょうか。
恐らく私は、自分の死んだ目を見せないように、そして、何の文句もなしに、皆さんの期待にいつでも応えていたつもりでした。
それも意味のないことだということは、ようやく最近わかりました。

上司は私のことを部下に、「優しい人」と紹介していました。
頼み事を聞くことで言ってもらえているのであれば、頼みを断るわけにはいきませんでした。
今考えてみると、「優しい」と苦し紛れに言わざるを得ないほど、濃度の低い人間だったのかもしれませんが。
一方で、どうやら皆さんは、私のことを陰で「職人さま」と呼んでいたそうですね。
それが誉め言葉なのか、皮肉なのか、もう興味もありません。

それにしても、私は本当に優しい人間だったのでしょうか。
頼まれたことを解決して、何か、見返りのようなものを求めたことは1度もありません。
だけど少しでも、感謝や、申し訳なさの信号を受け取りたい、と思ったことはあります。
この考えは傲慢でしょうか。
それがあるだけで、私の心は多少なりとも満たされたというのに。
私の今までの行動は、優しさではなく、ただの自己満足だったのでしょうか。

ちょうど今、私の勤務先のビルが燃えているという臨時ニュースが流れました。
灯油をまいて、時間が経ったら火がつくように仕掛けを作ることは、一人きりのオフィスであれば簡単なことでした。
先ほどから電話が鳴りやみません。犯人捜しは既に終わった、ということなのでしょうか。
しかし、私の電話番号など、誰が知っていたのでしょうか。
そういえば、新入社員の頃に、花見の場所取りの関係で同僚の松崎くんに教えたことがあったかもしれません。
携帯電話の着信履歴が文字で埋められたのは初めてのことでした。

ついに、インターフォンが鳴りました。
まだ私の気持ちは書ききれていません。
しかし、私の価値のない言葉たちを、これ以上皆さんに見せても仕方がないのかもしれません。

最後に、「面倒くさい」、「会社なんて来たくない」と言っていた皆さんの願いを叶えることができたのでしょうか。
最後の最後に、皆さんの役に立つことはできたのでしょうか。
私は、皆さんにとって、優しい人間になれたのでしょうか。
この答えがわからないことが、私のただ一つの心残りです。


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