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糸井翼さん

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優しい出来事

17/01/08 コンテスト(テーマ):第125回時空モノガタリ文学賞【優しさ】 コメント:0件 糸井翼 閲覧数:312

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電車の中で起こった、優しい事件について書こうと思います。事件、と言うか、私にとっては事件でした。だって、電車の中って、みんな寝ているか、スマホをいじるか。他人との繋がりなんてあまり感じないでしょう。そんな電車の中で、思わぬ優しさに出会ったのでした。

私は始発駅から電車に乗っていることもあって、いつも同じ電車、同じ場所に乗って通勤しているのですが、そうしていると、仲良くなるわけではないですが、顔見知りの客が何人かできるわけです。
私と同じ電車に、いつも同じおじさんと中学生くらいの女の子が乗っていました。スーツを着たおじさんはいつも目を閉じて、寝ているようでした。朝早い時間なので無理もないでしょう。でも、降りる駅に着く直前に必ず起きるんです。すごいな、と思っていました。私なら絶対乗り過ごしてしまいます。
中学生の子の方はおとなしそうな子で、私の知る限りいつもひとりでした。最近はほとんどの人がそうですけど、彼女はスマホを無表情で見つめていました。

あるとき、めずらしくその子が友達と一緒に電車に乗っていました。友達はスポーツが得意そうな、活発そうな女の子で、おとなしそうな彼女とは対照的だったので正直驚いて見ていました。それに、友達が少ないんじゃないか、と勝手に心配していたので、ほっとしました。
その子たちの会話が聞こえてきました。
「なあなあ、まだソフト持ってないの」
「うん、お父さんがお金ないって言うんだよね。だから買えなくて」
どうも話を聞く限り、彼女らの周囲で話題となっている、ほしいゲームソフトがあるようですが、家庭の事情があるのか、彼女は手に入れることができないということでした。
ちらりと近くのおじさんを見ました。相変わらず、眠っていました。そして、いつもどおり、自分の降りる駅が近くなると起きて、大きなあくびをしながら降りていきました。

それから数日経って、こんなことがありました。おじさんが降りる駅の寸前でも起きなかったのです。いつもほぼ同じタイミングで起きているので、心配になってきました。駅に着いても起きません。私が起こそうか、どうしよう、ともやもやしていたとき、例の女の子が、今日はひとりでしたが、スマホから目を離し、ちょんと肩を叩きました。すると、おじさんは起きて、ぎりぎりで降りることができました。女の子は、すぐにスマホをいじりだしました。

次の日から、珍しくおじさんが電車に乗っていない日が数日続きました。

久しぶりにおじさんが乗ってきました。この日は小さな紙袋を持って、そして私服でした。おじさんの私服は始めて見ました。おじさんはずっと起きていました。ずっと起きているのも、私の知る限り、始めてのことでした。いつもおじさんの降りる駅が近づくと、女の子に突然声をかけました。
「君」
「え」
女の子はひどく驚いた様子でおじさんを見ました。私は何を言うんだろうと思って耳を澄まします。
「この前は起こしてくれてありがとう。あれは本当に大切な日だったんだ。助かったよ。お礼にこれをあげよう」
紙袋から、女の子のほしがっていたゲームソフトを取り出しました。それは若い女の子向けのゲームだったので、おじさんが探している様子を想像して、私は思わず笑いそうになりました。
「え、そんな」
「転勤になってね、もうこの電車には乗らないんだ。今日でお別れだ。元気で」
そう言っておじさんは電車を降りていきました。


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