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四島トイさん

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つうとかあ

17/01/02 コンテスト(テーマ):第124回 時空モノガタリ文学賞 【 五分間 】 コメント:4件 四島トイ 閲覧数:498

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 それはストーカーじゃないのか、と助手席で眉根を寄せてみせる。
 そう思いますか、と運転席の小黒智則が声を潜めた。ハンドルを落ち着きなくトントンと指で打つ。
「どうしましょう川原先輩。自信なくなってきました」
「むしろ自信があったことに驚きだ」
「彼女とは、その……あれですよ。ツーカーの仲だと思うんですけど」
「スマホ世代の発言とは思えない」
「うちの実家じゃ、こう言うんです」
「田舎の醍醐味だな」
「あ、田舎扱いNGっすよ」
「ニトログリセリンか」
 先輩の冗談って後輩は扱いに困るんすよね、と小黒が口を尖らせる。うるさいな、と応じた声は、方向指示器の点滅するカッチカッチという音に紛れた。
 小黒は大学の後輩で、純朴を絵に描いたような男だった。ところが五月連休前後から研究室をサボり始め、学内で「ガソリンを買わないか」と聞いて回っているという噂が立った。
 明らかに不審な行動は、専任教授職の評定が近づいていた担当教員の肝を凍らせた。
 様子を見に行けという担当教員の発言はごく自然なものであったが、とばっちりでもあった。
「液体化学科の危機なんだぞ」
「なら先生が行ってくださいよ」
「新入生の世話しないとならないんだよ。折角、前途有望な新入生が入ったんだ。ずっと溶剤の事考えてる『引火性液体の申し子』みたいでな」
「……その肩書きは最高にダサいですね」
「頼むよ。小黒の奇行を食い止めてくれよ。仲良いだろ」
「就活あるんですよ」
「そうか。一年間猶予をやってもいいんだぞ。大学でじっくり遠心分離機回すとかな」
 脅迫に近かった。
 この理不尽さへの怒りをぶつけようと、アパートから出てきた小黒を捕まえると、こちらが問い質す前に中古の軽自動車に押し込まれた。「告白しに行くんで付き合って下さい」と。
 小黒曰く、県道沿いのガソリンスタンドの従業員に一目惚れして通い詰めている、とのことだった。
「……どうツーカーなんだ」
「まず僕の訪問を彼女が笑顔で労ってくれるじゃないですか」
「来店客にはいらっしゃいませくらい言う」
「で、彼女は車の整備の心配もしてくれるんです」
「『バッテリー点検はよろしいですか』を店員の親切心だと思う奴がいるとは思わなかった」
「週一で会ってますし」
「給油時間なんてあっという間だろ」
「たっぷり五分間くらいは」
「副詞の使い方が間違ってるぞ、理系」
「県道行ったり来たりして残量警告灯が点くまで減らして」
「環境に優しくない」
「抜き取って売れないかとか考えてまで」
「マッチ売りの少女も驚きだ」
 惚れたんですよとにかく、と小黒が正面を見据えたまま言葉を切る。再び、ため息をつく。
「やるべきことは他にあるだろう」
「これ以上に大切なことってなんすか」
「世界平和の達成、親孝行、大学で後輩を育てる」
「それは後で」
 ガソリンスタンドの看板が近づいてきた。いよいよですよ、と緊張が滲む口調にハンドルを握る手に力がこもる。そんな思いを余所に、車はスルスルとスタンド内に吸い込まれていく。エンジン音が止む。
 赤色の制服姿の店員が駆け寄ってくる。
 小黒が身を固くするのが伝わってくる。
 いらっしゃいませ、という言葉に小黒が頭を上げる。
「あの」
「あ、川原先輩じゃないですか」
 不意の言葉に振り返ると、短髪の女子がキャップのバイザーを指で摘んでこちらを覗き込んでいる。研究室の新入生だった。
「……おう。バイト、か」
「はい。ガソリンスタンドの求人探してたらたまたま」
「キツそうだな」
「いえ。講義の実践になります」
「真面目だな」
「とりあえず乙四、目指してますから」
 さすが申し子だな、と呟くと彼女は何のことですか、と首を傾げた。いや、何でもないと首を横に振ると、彼女は小黒に視線を移した。お知り合いなんですか、と。
「よくいらっしゃいますよね」
 小黒の表情が固まる。言葉を探すように唇が数度開閉する。えっとな、と口を挟む。
「一応、ウチの研究室なんだよ。こいつも」
「そうなんですか。あれ、でもお会いしたことが」
「あれだ、その、実践研究なんだ。車両運用における揮発油の最適化の検討、てところだ」
 そうなんですか、と感心するように新入生女子は笑顔を向ける。
「今度、ぜひお話聞かせてください」
 小黒が、はあ、と息を漏らすように応じる。
 給油口お願いします、と快活な声を残して彼女は車両後方に駆けていった。小黒の混乱が脳内から漏れ出たような空気が車内に充満する。
 咳払いをして意識をこちらに向けさせる。
「何も言わないでいいから、とりあえず研究室には顔出せよ」
 呆然とした小黒が、つう、と空気が抜けるような声を出す。かあ、と苦笑しながらその頭を小突いてみせた。


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このストーリーに関するコメント

17/01/17 日向 葵

四島トイ様

拝読させていただきました。
快活な冗談の会話劇で凄く読み味の良い作品ですね。
研究者における一本道な思考が上手くキャラクターを形作っているなあと感じました。

17/01/18 四島トイ

>向日 葵さん
 読んでくださってありがとうございます。コメントまでいただけてどのように感謝をお伝えすればいいのか戸惑っております。
 本当にストーリー展開が下手でお恥ずかしい限りです。そして、いつも登場人物頼りになっている一方で、そんな彼ら彼女らを過不足無く動きまわせているのかといえば、それも不十分に感じている今日この頃です。もっと「何か」できるのではないかと思うのですが、その「何か」がわかりません……。
 それでも、こうして感想をいただけたことは本当に幸せなことです。ありがとうございました!

17/01/29 光石七

拝読しました。
二人のキャラクターと掛け合いが楽しく、ほのぼのしました。
冷静に考えると危ない恋にも思えるのですが(苦笑)、なんだか応援したくなりますね。
楽しませていただきました。

17/01/31 四島トイ

>光石七さん
 いつも本当にありがとうございます。コメントいただけてとても嬉しいです!
 登場人物をお褒めいただけて光栄です。拙い作品ばかりでお恥ずかしいばかりですが、少しでも読み応えのあるものとなるよう頑張ります。今回はありがとうございました。

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