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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
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パンドラ

12/10/29 コンテスト(テーマ):第十六回 時空モノガタリ文学賞【 テレビ 】 コメント:0件 高橋螢参郎 閲覧数:2255

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今、僕の家にテレビはない。
最後に観たニュースがいまだに僕の脳裏へと強く焼き付いている。それは武装勢力に殺害された米兵の遺体が、アフガンの民間人によって市中を引きずり回されている映像だった。厳重に張り巡らされたモザイクの周りでは、大人も子供もみんな白い歯を見せて笑っていた。
一緒に観ていた母がすぐさまリモコンを手に取って電源を落とし、翌日には粗大ゴミへと出してくれたのだが、それでも僕はしばらく学校へ行けなくなってしまった。
自分の部屋の片隅で膝を抱えている間、僕は遠い地で彼らが楽しそうに笑っていた理由を見つけ出し、何とか折り合いを付けようとしていた。
その日は偶然街のお祭りだったのかも知れない。いや、テレビカメラを見た事のない人たちばかりがその場に集っていたのか――
――などと考え得る限りのあらゆる可能性を模索してみたものの、何故同じ人間の死体を玩んで喜べるのか。結局、三日三晩悩み抜いても僕には解らなかった。
そして終いには、あれはテレビという箱の中、全くの異次元の出来事であるとして決着するに至ったのだ。
もはやそうとしか考えられなかった。事実、僕の周囲では全てが理に沿って動いていた。少し神経質な母親と少し変な隣の家の夫婦が気にかかったが、言い換えればたったそれだけで、あんな悪意や暴力の匂いなどはこれまで生きていて微塵も感じられなかった。
大体、すぐそこの道端に死体が転がっているなんて事自体今までにあっただろうか。僕が唯一見た死体と言えば肺がんで死んだ祖父のものだったが、花と親戚一同の涙に囲まれながら丁重に見送られ、最後には綺麗な灰となっていった。だから、死体などそもそも残る筈がない。
もちろん中学高校と上がっていくにつれて、人の悪意というものに触れる機会は幾度もあった。時として僕自身も矛先を向けられた。
だがそのどれもこれもが、所詮は空包のようなものだった。誰かに弾を命中させて確実に殺す事が目的なのではなく、要は音がパンと派手に鳴ってピカッと光ればそれで満足してしまう程度なのだ。少なくとも死体を目の前にして手を叩いて笑える人間にはこれまで一人も会わなかったと思う。
その事が僕を心底安心させたのは言うまでもない。悪意の塊は、あの日以来テレビの中に閉じ込めたままなのだと改めて確信できたからだ。
何故かクラスメイトはテレビの話ばかりしていたが、異世界の、自分とは全く縁のない出来事にわざわざ足を突っ込むような真似をするのかがどうしても理解できなかった。
つまらない口論も嫌いだったから大抵はへぇ、そうなんだとただ聞くだけに留めるのだが、ごく親しい人間に持論を語った事もあった。しかし決まって彼らは「あれはただの受像機だよ」と皆一様に口を揃えて言う。
……あんなに悪意に満ちた世界が僕の立っているここと地続きになっているだなんて、あり得ない。現に僕の知る十数年間、この街では誰も殺したり殺されたりしていないじゃないか。朝だって隣のおじさんとおばさんは相変わらず少し変だったけどおはようございます、って声をかけたらニコニコ笑ってくれるし、知らない人に道を聞かれてもちゃんと答えてやる。聞いても迷惑どころかむしろ嬉しそうな顔をされる事だってあるし、僕も少し嬉しい。何故平和を素直に享受できないのだろうか。テレビは平気で嘘を吐く事だってみんなとっくに知っているくせに。だから嘘。全部作りもの。あの映像で引きずり回されていたのが死体だっていつ錯覚した? きっとお祭りのお菓子が詰まった大きな大きな袋さ。モザイクの向こう側なんて見える筈がない。ああ、お得意の巧妙なトリックだ。印象操作、誘導、CG。いつもの手口じゃないか。はいはい。よくできた筋書きのドラマだ。けど、あんなに残酷なものをいちいち作るのって悪趣味って言うか、ちょっと褒められた事じゃない。だって本当にそんな事を願ったら、出て来ちゃうかも知れないじゃないか……

ある日、隣の家から銃声が聞こえた。家の中で暴れ出したおじさんを止めようとおばさんが110番で呼んだ警察官を、おじさんが隠し持っていた拳銃で撃ったらしい。警察官が血だまりの中で蹲っているのが、二階の窓から見えた。すぐに他の警察官が何台ものパトカーで乗り付けて集まった。おじさんは興奮してまた発砲した。後に聞いた話ではおじさんは元暴力団員で、おばさんとはとっくに離婚していて夫婦ではなく、復縁を迫り立てこもったのだという。
とにかく僕らは警察官の誘導を受けて家を脱出し、テレビカメラを持った人たちに何か聞かれたがやはり笑えなかった。
それから少し離れた伯父さんの家で、僕は実に十数年ぶりにテレビを観る事になった。A県N市。○○町。僕の家の屋根。見慣れた景色の全てが、額縁みたいな四角い枠の内側に映し出されていた。
どうやら僕は最初から、テレビの中にいたらしい。


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