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タックさん

すべての人に、少しでも近づけるように。

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五分遅れたら、遅れても。

16/12/28 コンテスト(テーマ):第124回 時空モノガタリ文学賞 【 五分間 】 コメント:0件 タック 閲覧数:547

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たかが、五分の遅刻だった。その五分が、まさかあんなことになろうとは。
その時の俺は、想像だにしていなかった――。

……。

「……遅い、遅刻」
待ち合わせに遅れた俺に、ユカが言った。小さな背からするどい視線を投げ、普段通りのジト目がジットリ加減を増していた。
ユカは、そういうヤツだった。遅刻だけは許さないヤツだった。他のことは、割と無頓着なくせに。
そう感じつつ、折角のデートがふいになっては困るため、俺は謝った。「すまんすまん、寝坊、しちまってさ」

だが、その日にかぎって虫の居所でも悪かったのか、ユカは謝罪を受け入れず、ジト目を継続したまま動こうとしなかった。その後何度も謝るも、ユカの態度は崩れず、ついにはそっぽを向き、無視をはじめる始末だった。デートは映画を予定しており、完ぺきに俺が悪いのだが、時間にはあまり余裕がなかった。それで焦った俺はつい、口を滑らせてしまい、それが結果として、俺の首を絞める決定的な一言となった。
「なあ、悪かったって。でもさ、たかが、五分の遅刻だろ? 五分なんてせいぜい、カップラーメン作って終わるだけの時間じゃんか」
「……カップラーメン? カップラーメンが、五分?」
その一言を聞いたユカはピクリと眉を動かし、しばらく沈思した後、突然すたすたと歩きはじめた。それを俺は、論理的な弁解に納得したんだろうなあ、と軽く思い、胸をなで下ろしていたのだが、その楽観が間違いだった。ユカの意趣返しは、デートからの帰宅後に待ち受けていたのだった。

……。

「……ユカさん、これ、なんの仕打ちでしょうか」
その光景に、俺は呻かざるをえなかった。ユカに誘われ、家に立ち寄った直後のことだった。俺の目の前には好きなカップラーメンが用意され、すでにお湯が入れられていた。その好物はなにも食べずに帰った腹には願ってもない甘露であり、普通であれば、大喜びの状況であるはずだった。――しかし。
「……さあ、ちょうど五分。食べて、食べて」
ユカがカップラーメンのふたを開け、俺に差し出す。
途端に食欲を誘う匂いが立ち、鼻を心地よく刺激した。素晴らしく、いい匂いだった。
それでも俺の食指は動かず、ユカに向ける救いの目も首を振って拒絶され、代わりに箸を持たされた。その箸をおそるおそる入れた際、箸先に麺の感触が伝わり、かんべん、と俺は心中で悲鳴を上げた。そうして唇を噛みしめて停止する俺に、ユカがジト目で小さく呟いた。
「……さっき、五分なんて、カップラーメンが出来て終わりって言った。たしかに『五分で』って言った。だから五分で、好きなカップラーメン作って、食べてもらう。伸び伸び麺でもむしゃむしゃ、美味しく食べてもらう」
俺の悲痛は、眼前のカップラーメンの様態にあった。
目の前の国民的カップラーメン。その推奨時間は三分。しかしお湯を入れてからすでに、五分が経過しようとしていた。つまり、二分ほど過ぎてしまっていた。
そう。ユカは遅刻を許しておらず、こうして報復に出ているのだった。
俺が伸びた麺をあまねく嫌悪しているのを知り、そのうえで、こうした悪辣な手段に手を染めているのだった。
ユカの頑なさを見知っている俺の箸は震え、麺は一向に口まで届こうとしない。
それを、まだかなー、と首を左右に振りつつ、わざとらしく口に出してユカは眺めている。制裁を受けるまで、きっとユカは俺を許さない。それを、俺は十二分に理解していた。覚悟を決め、カップラーメンに箸を差し入れる。麺を掬い、口に入れ、そうして絶句した。スープを予想以上に吸い、伸び伸びになった麺は、国民的カップラーメンを完全に冒涜する代物だった。それでもユカに視線を送りながら、俺は麺を口に運び、罰を受け続けたのだった。

視線を送るたび、ユカは両手をかかげ、どうぞどうぞ、と身振りで示す。
俺は背筋を震わせながら軟化した麺を喉の奥に押しこみ、静かに心の汗を流し続けた。
だが限界は訪れるもので、ある瞬間に俺は箸を止め、だめです、と頭を垂れた。
ユカはため息を漏らし、そうしてポツリと呟いた。
「……どう? 反省、してる?」
蚊の鳴くような声で、俺は返した。
「……は、はい。反省、しています」
「……もう、遅刻、しない?」
俺は、心の底から誓いを返した。
「……は、はい、もう、遅刻しません。五分は、偉大でした」
「……なら、いい」
そう言って微かに笑い、ユカはカップラーメンを取りあげ、残りの麺を啜りはじめる。疲弊した体を支えながら、俺はそれを見つめていた。――そういえば、こいつ、伸びた麺が好きなんだっけ。
黙々と麺を口に運び続けるユカに、機嫌を窺いつつ、俺は言った。
「……そんな伸びた麺が好きなんて、やっぱお前、変わってんな」
それにユカは、少しもごもごして答えた。
「……うん、好き。五分過ぎても。五分、遅れてきても」


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