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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

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遅刻相対論

16/12/28 コンテスト(テーマ):第124回 時空モノガタリ文学賞 【 五分間 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:457

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 ニュートン物理学の枠組みにおいて、時間は絶対的だった。それが相対性理論によって打ち崩されたわけだが、普段われわれが生活している限りにおいて、それを意識することはまずない。みんな同じような時間流のなかでなんの齟齬もなく生きているのだから。
 にもかかわらず、卑近な例でアインシュタインの偉大な発見を直に感じ取ることは可能だ。われわれはなにも光速に近い宇宙船に乗って何光年も旅したあと、地球へ戻ってきて歳の離れた弟妹より若くなっていてびっくり! などという現実離れした体験をするまでもない。
 ではどうするか? 簡単だ。会社に遅刻すればよいのである。

     *     *     *

 断言するが目覚ましはかけてあった。ぼんやりと一度起きたような記憶もないではない。したがっていま、わたしが間に合う間に合わないの瀬戸際でもがいているのはまったく理解に苦しむのだが、なんにせよいま、一分に途方もない価値が付与されているのだけは確かだ。そしてこのときである、くだんの相対性をまざまざと感じられるのは。
 休日にだらけているときの五分がほとんど一瞬のうちにすぎるのはつとに知られている。あまりにも早いものだから、知覚することさえ困難なほどだ。ひるがえって遅刻間際(いままさにそうなのだが)、明らかになんらかの時間伸長効果が起きているのはほとんど明白である。これを疑うなら次の事例を考えてみるとよい。
 休日にベッドからキッチンへ這い出して水を飲むのにおよそ五分かかる――あるいはそれ以上かかることも往々にしてある――が、平日の朝はそのあいだに食パンを焼き、背広に着替え、顔を洗い、焼きあがったパンにマーガリンとジャムを塗り、それにかじりつくところまでいける。
 ここまで大幅な差があると、単純にやる気の問題だけが原因だとはとうてい思われない。現実に休日と遅刻間際で時間の流れに相違があると考えねばなるまい。以上の考察から、次の結論を導き出せる。
 遅刻間際の平日の朝に限り、時間伸長効果が観察される ……@
どれくらい伸びているかは先述の事例による対比が有効だ。休日に五分かかることは先に述べた通りであるが、平日はどうだろうか。一般的な近似値として、おおむね五秒もあれば十分だろう。ということは、
 遅刻間際の平日の朝は、休日に比べて六十倍時間の流れが遅い ……A
が得られる。これを五分間に換算すれば、5×60=300なので
 平日の朝の五分は休日の五時間に相当する ……B
となる。
 この驚くべき相対論的効果はいったいなにが引き起こしているのであろうか。遅刻したくないという気の焦りだけで時間が伸びるなんてことがありうるのか? まずありえまい。それは内部からではなく外部からの干渉に起因するように思われる。つまり一秒の遅刻も許さない会社の存在だ。要旨は次の通りである。
 時間が独立した変数ではなく、空間と一体になっている――つまり時空であることはつとに知られている。いっぽう時空は大質量の物体があると、そこから発せられる重力によってねじ曲がる。ブラックホール周辺の時間が極端に間延びするのはそのためである。
 これを敷衍させていくと、会社はブラックホールだと結論できる。いや落ち着け。そうではなく、会社は哀れなビジネスパーソンたちに「遅刻するな」というプレッシャーを放射しているのだ。それはあまりにも強力なため、ブラックホール並みの重力波に相当するエネルギーを(どういうわけか)持つにいたった。
 この事実は一見、サラリーマンたちの心胆を寒からしめ、彼らの寿命を縮めているように見える。ところが以下の計算で示す通り、直観に反して事実はまったく逆である。
 定年退職まで遅刻に戦々恐々し続ける、休日が127日の恵まれた働き手を想像してみよう。彼は365−127=238日の毎朝五分、働いていない連中より六十倍、主観的に長生きしているはずだ。比較のために不等式にすれば、
 238×5<238×5×60 ……C
が得られる。これはサラリーマンたちが365日に加えておよそ50日、追加で生きているようなものだ。以上@からCを総合すると、
 サラリーマンの一年は415日である ……D
となろう。さらに男性の平均労働年数が40年なので、40×50=2,000日が余命として追加される。これで五分間がもたらす恩恵がすべて出揃った。
 サラリーマンの平均余命は遅刻との戦いにより、5.5年伸びる ……E
実にすばらしい。プレッシャー万歳!

     *     *     *

 ところで上述のそれとはべつに、果てしなく続く五分がある。
 もうおわかりだろう。遅刻して上司にねちねちといびられる五分である……。


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