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鬼風神GOさん

冬が好きです。コーラも好きです。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 やってやれないことはない。やらずにできるわけがない。

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かりそめの輪郭

16/12/25 コンテスト(テーマ):第124回 時空モノガタリ文学賞 【 五分間 】 コメント:0件 鬼風神GO 閲覧数:551

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「すみません、歌えません」
 本当に自分がその言葉を発したのか信じることができなかった。
「真未ちゃん、どうした?」
 コントロールルームの南雲さんが心配そうな顔を向ける。優しい人だ。でも今はそれが苦しかった。
 直前の打ち合わせでは問題はなかった。

 わたしは歌手を目指すかたわら勉強としてプロの歌手が曲の雰囲気をつかむために聞く仮歌をつける仕事をしている。なかには仮歌の歌声が目に止まり、そこからデビューする人もいる。
「はい、これ」
 渡された楽譜と歌詞がコピーされた紙には「作詞・作曲:平瀬舞」と記されていた。
「え、これって」
「そう。真未ちゃんの憧れの人」
 シンガーソングライターで路上ライブからスカウトされ、新曲が発表されるたびにラジオやテレビでヘビーローテションされている。
 男女の恋愛模様を中心に書かれたバラードが多く、彼女の歌は本当に胸が痛くなるほど共感できて、登場人物の息遣いが近くで聞こえてきそうなほどリアルだ。
「あ、すみません。でもこれ歌う人って」
「『平瀬舞 初の楽曲提供』ってことで、歌うのはグラビアアイドルのMIKOTOって子なんだ。歌唱力はあるらしいよ」
「そうなんだ」
 南雲さんが歌詞のコピーを見ながら説明を始める。
「サビの部分はキーがかなり高くなるから気をつけてほしいのと、あと−−」 
 わたしの意識は歌詞に吸い込まれていた。

 見上げれば首が痛くなるほどの高い塔
 この場所で誓った夢は今どこにあるの

 珍しく郷愁を誘う歌詞だった。MIKOTOという人を意識してのことかもしれない。でも一目見てそれはわたしの歌詞だと思った。思ってしまった。
 なんでこの子が−−。
 すみません。わたしはか細く震えた声をなんとか振り絞り録音スタジオを飛び出した。

 家にどうやって帰ったか覚えていない。携帯には何度も南雲さんから着信があったが出れなかった。
 数日後、南雲さんから今後のことについて話がある、という言葉と待ち合わせ場所が記されたメールが届いた。
 そこは改札を出るとすぐにパン屋や中華料理店が並ぶ、ほっとするような街並みだった。
「お疲れー」
 元気な声と共に肩をポンと叩かれる。
「お疲れさまです」
 職場放棄をした者に南雲さんは残酷なくらいに温かった。
「よし、じゃあ行こうか」
 南雲さんはくしゃっとした笑顔を向け歩きだした。着いた場所は紫色の看板で『スナック くるみ』とあった。
ドアを開けると鈴が鳴り、いらっしゃいと声がかかる。ふと実家に帰ったときの感覚が訪れた。
 店内は狭く、左側は長いソファが置かれていて、右側はカウンターになっている。すでに赤ら顔をしたおじさんが気持ちよく演歌を歌っていた。
「あらあ、彼女? なぐちゃんも隅に置けないねえ」
「違うよ」
 あまりの急展開に戸惑うわたしに南雲さんは、ここは肉じゃががおいしいんだよ、としか言わなかった。
 肉じゃがを食べ、少しお酒も飲んで、あらためて今日のことについてどう切り出そうかと考えていると、くるみママがわたしの隣に座って言った。
「ねえ、何か歌ってよ。歌い手さんなんでしょ?」
「いやプロの歌手を目指してて」
「それならもうプロみたいなもんよ。はいこれ」
 マイクを渡され、思わず手に取っていた。とっさにわたしは平瀬舞のデビューシングルの曲名を告げていた。そういえばこの曲のあの日みた歌詞に少し似ている。上京したのはいいが、ずっと目指していた夢への想いは今は薄れている。でもここでやっていかないといけない。この場所で懸命に生きるんだ−−。
 ここはスナックだ。久しぶりにのびのびと歌うことができた。気持ちがよかった。ずっと胸の底にあった重く黒い感情が少しなくなった気がする。
 盛大な拍手に照れていると肩にそっと手を置かれた。ママだ。こちらもつられて微笑んでしまような、心地よい笑顔だった。
「あなた本当に歌が上手ねえ。この歌知らなかったけど私大好きになっちゃった。ありがとう。歌ってくれて」
 その瞬間わたしはあの事件があってからの全てのことが胸の中で霧散しいくのを感じていた。
 歌をうたって、それを喜んでくれる人がいる。それだけで、いい。
「本当にこの前はすみませんでした」
 店を出たあと南雲さんに平身低頭謝った。
「実はまだあの歌の仮歌録ってないんだ。仮歌ってさ、あくまで仮だけど、プロの歌手に対して道筋を教える重要な役割を担ってるんだ。そしてその道は真未ちゃんの行きたい場所にもつながっていると思うよ。だから、これからも歌っていこうな。でも、今後こういうことはないように」
「……はい。ありがとうございます」
 腰が折れそうなほど下げた頭を上げるとわたしは、南雲さんと駅に向かう。
 後ろを振り返ると、そこからはまだ楽しそうな声が漏れでていた。


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