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奥一けいさん

奥一けいと申します。書くことが好きです。楽しむことを忘れず、心豊かに言葉を綴っていきたいです。

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将来の夢 ふと立ち止り、振り返った時、いつも真っ先に皆の笑顔が浮かぶ人生を送りたい。
座右の銘 「心に太陽」 「継続は力なり」

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君、憶う

16/12/24 コンテスト(テーマ):第96回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 奥一けい 閲覧数:500

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 僕は君の為だったらなんだってする。
 君が笑ってくれるというのなら、地球にだって喧嘩を売ってやる。
 だから、お願いだから────。


 あの時の僕の心は、そんな気持ちで溢れていた。



 底抜けに明るくて、笑顔が可愛くって、けれど怒るととてつもなく怖い。そんな幼馴染みの君が、笑わなくなってから数か月が過ぎようとしていたその日、僕達は不毛な口論をした。

 きっかけは、「どうでもいい」君が自分自身に向け、心底つまらなさそうに吐き出した一言。聞き流してしまえれば良かったのだけれど、小さく棘のあるその言葉は、放って置くと君を一層蝕んでしまいそうな毒を孕んでいるように思えて、僕は堪らず言い返してしまった。

「……そんな風に言うなよ」
「どうして?」
 君は、日頃の鬱憤を晴らすかのように食って掛かってきた。何もわからない癖に。そんな感情を内容した怒りに満ちた瞳が、僕を鋭く射抜いていた。

「陸は、今の私が気に入らないんでしょ? 前みたいにお箸が転んだだけで笑えるような私に戻って欲しいって、そう思ってるんでしょ?」
 言い争う中、ある意味でこちらの胸の内を見透かすように、君は嘲笑を浮かべそう言った。

「……そんなに私に戻って欲しい? 笑って欲しい? だったら……、陸が笑わせてよ。大勢の前で何か面白いことでもやってみせてよ! そうしたら、笑ってあげるから」

 それは一聞すれば、売り言葉以外の何物でもなかった。きっと君は、あの一言を本気で言ったわけじゃなかっただろう。そもそも、内気な僕にそんな大それたことが出来るなんて思ってなどいなかったろう。
 けれどそこに、君の悲痛な叫びが隠されていることは、僕には痛い程に伝わっていた。

 気づけば僕は、真っ直ぐと前を見つめたまま、「いいよ」ただ頷いていた。

「え――」
 君はたちまち大きく目を見開き、何かを言いかけた。動揺しているのは明らかだった。
 けれど、そんな君から視線を逸らし、僕は勢いよく部屋から飛び出した。
 誰かの注意を促す声など無視して、全力疾走だ。
 そうでもしなければ、胸が張り裂けてしまいそうだった。
 
 どうすればいいのかわからない。
 どうしたいのかもわからない。
 それでも、どうして欲しいのかだけは、はっきりとわかっていた。
 ずっとずっと押し留めていた感情が、堰を切ったように溢れてくる。
 君がそうであったようにきっと、僕もまた限界だったのかもしれない。


 それから間もなくして辿り着いた先、肩を激しく上下させながらも勢いよく顔を上げた僕は、「はるかー!」ぐるぐると胸の中で轟く感情を吐き出すように君の名前を叫んだ。自分でも驚いてしまう位に大きな声だった。

 すぐさま、四階の奥にある病室の窓から顔を覗かせた君が、こちらを見下ろす。困惑に満ちたその姿に向かって、僕は更に声を張り上げた。

「僕はッ! 今から地球に喧嘩を売るッ!」
 それは、勢いに任せた馬鹿みたいな言葉。
「勝てないってわかってても喧嘩を売る! そう決めた! だからそんな僕のことを、お前はその死んだ魚みたいな目をかっぽじってよーく見とけ!」
 普段なら絶対に口にしないような厨二病的発言。

 そんなことは勿論自覚していたけれど、それでも僕は。その時の僕は、そう叫ばずにはいられなかった。

「今、僕がどれだけ恥ずかしいのか位、お前ならわかるだろ! その羞恥心と葛藤しながらも、僕がこんなことをするのは……、こんなことをするのはな──ッ!」


 君のためなら僕はなんだってするから。
 だから、お願いだから────。

 「僕は! お前に誰よりも、生きてて欲しいからだ────ッ!」

 ────生きて。


 そうして僕は、病院の中庭のど真ん中、足元に広がる地面に向かって勢いよく、それはもう勢いよく、瓦を割るが如く頭突きをかました。

 その瞬間、ぶわっと自分の目から涙が溢れるのを感じた。

 それは、痛かったからじゃない。

 いや、そりゃあ意識が一瞬飛び掛ける位の痛みはあったし、あんな台詞を豪語した割に、当然のことながら僕のちっぽけな頭では地球はびくともしなくて、漫画なら盛大な音が鳴るはずの地面はパスンだかゴンだかわからない小さく鈍い音を上げただけで、只々突き刺さる視線が恥ずかしかったりもしたけれど。

 一体、僕は何をやってるんだろう、こんなことで遥香が笑うわけないじゃないかって、冷静になった脳内にはそんな疑問すら浮かんでいたわけだけれど。

 でも、その時零れた涙は、そういう感情とは全く無関係の、言葉にするには余りにもぐちゃぐちゃな僕のやるせない気持ちの表れだった。


 ────十七年。いつも傍に居た。そう、いつだって傍に居たのだ。

 だから、笑わなくなった君が本当は笑いたいことだって、どうでもいいなんて言いながら、そんな風になどこれっぽっちも思っていないことだってわかっていた。
 けれど、君の背負わされた行く末は余りにも重く残酷で、頑張ろう、だなんて無責任な言葉を簡単に口にすることなんて出来なくて、それでも僕は君に生きて欲しくて。何よりも僕が、君の傍で生きたくて。

 そんな、祈りと願望が入り混じった僕のどうしようもない想いの表れだった。あの時、そんな僕を君は、どんな表情で眺めていたのだろう。


 ────その後、僕は駆けつけた警備員に抱えられ連れて行かれた先で、こっぴどくお灸を饐えられた。未成年だったことも災いし、連絡されてしまった両親にもあとで嫌になるほど叱られた。
 更に言えば、それからというもの病院に行く度、看護師さん達の好奇の視線を一身に浴び続けたことも、内気な僕には耐えがたい記憶として残っている。

 それでも、不思議とそこに後悔がないのは、いや寧ろあんなことをした自分を褒めてやりたいとすら思うのは、あの日病室に戻った僕に「馬鹿なの?」開口一番キツい言葉を飛ばした君が、けれどそんな一言とは裏腹に笑ってくれていたからだ。

 遥香は、笑いながら、同時に泣いていた。
 泣きながらも、「ありがとう」と。「私、頑張るよ」と。小さく呟いた彼女の一言に、僕もまた肩を震わせ泣いた。

 あの時久し振りに見た君の綺麗な笑顔は、十五年が経った今でも僕の脳裏に鮮やかに焼き付いている。


 遥香は自分が口にした言葉通り、本当によく頑張った。
 成功率の低い延命手術を受け、入退院を繰り返しながらも、余命より十年も、十年も長く生き──。そして一年前の今日、静かに息を引き取った。

 寂しくない、などという言葉は嘘でも吐けないけれど、それでも涙を流すのは彼女の命日だけだと決めている。
 “明るく、笑顔の絶えない家族になろう。”
 二人で交わしたかけがえのない約束。それを僕は、どんなことがあっても貫いてみせるよ。

「パパ、泣かないで」
 心配そうにこちらを見上げる、この小さな宝物を守る為に。


「ごめんごめん、もう大丈夫だよ」
 僕は頬を伝う涙を拭うと、幼い娘をそっと抱き寄せた。
それから「大好きだよ」と、二人分の想いを込めて、ありったけの笑顔を彼女に向けた。


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