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吉岡 幸一さん

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引っ越し先は駅から徒歩五分

16/12/24 コンテスト(テーマ):第124回 時空モノガタリ文学賞 【 五分間 】 コメント:4件 吉岡 幸一 閲覧数:877

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 不動産屋からもらった地図を見ながら男は歩いていた。駅から徒歩五分で新しいマンションには行けるという。荷物はすでに届いていると管理人から連絡があった。
会社から転勤の辞令を受け取って、二週間で赴任しなければならなかった。仕事をしながらの二週間足らずではとても家を探したりする余裕はなかったが、幸い引っ越しのすべてを会社が世話してくれたので男は体一つで引っ越せばよかった。
この日初めて男は会社が用意したマンションに向かっていた。独身なので気楽といえば気楽だった。煩わしい手続きは会社がしてくれる。鞄を斜めに背負いながら男はゆっくりと駅前の道を進んでいた。
「地図の上では駅から徒歩五分の距離なんですが、もしかしたらもう少しかかるかもしれませんので」
 不動産屋は地図を渡すとき申し訳なさそうに言っていた。地図で見るとだいたい四百メートルくらいだ。途中に信号や踏切があるから、不動産屋は五分では難しいと言ったのだろう。田舎の不動産屋は正直だな、と男は思った。五分が十分になったところでたいして気にはしなかった。いまは一時五十五分だから二時に着くというわけか。
 駅前の最初の横断歩道を渡ったところにたい焼き屋があった。横目で覗いただけで通り過ぎようとすると、男は威勢のよい声に呼び止められた。
「お兄さん、素通りかい。それはないよ、一個買っていっておくれよ」
 声の主は黒いエプロンをつけた金髪の女だった。
「それじゃ、一ついただきます」
 特になにも考えず店先で財布をひらくと、金髪の女はたい焼きを包むことも忘れ、好奇心一杯に男のことを聞いてきた。どこから来たのか。どんな仕事をしているのか。結婚は…女の問いに終わりはなかった。
 男はひとつひとつ丁寧に答えた。たい焼きを一つ買うだけで十分もかかっていた。
 買ったたい焼きを頬張りながら歩いていると、自転車に乗った警官に呼び止められた。警官はとても愛想がよかった。地図を持っていたので道がわからないと思ったようだ。何か困ったことがあったら、駅前の交番にいるのでいつでも声をかけるようにと言って去って行った。
 赤信号で止まっていると、子犬を連れた老女が話しかけてきた。
「私が元気でいられるのは、毎日この子を散歩に連れていっているからなんですよ」
 老女は一方的に話しかけてきた。子犬が可愛くてたまらないのだろうが、興味のない犬の話を聞かされるのはたまったものではない。信号が三度赤になるまで男は老女の話に付き合わされてしまった。
 信号を渡るとすぐに踏切があった。田舎なので開かずの踏切というほど汽車は通らなかったが、男は運悪く踏みきりで汽車の通過を待たなければならなかった。
 晴れなのに傘を差した男の子が立っていて男をじっと見上げていた。
「ぼくここで死んだんだよ。汽車にはねられてしまったの」
 冗談なのだろうが、蒼白く冷めた表情で見つめられると男は背筋に悪寒がはしった。思わず男の子の足をみたが、ちゃんと足は生えていた。
 汽車が通り過ぎ遮断機が上がると、男は早足で踏切を渡った。男の子はついてこない。踏切の前でじっとたったまま男を見ていた。
 もうすぐマンションに着く。あの三階建ての建物がそれだろう。
「お前何者だ。俺を捕まえに来たのか」
 突然、男は背後から尻を蹴られた。飛び上がって振り返ると、首に竜の刺青をした男が立っていた。目が血走っている。
「なにをするんですか。人違いですよ」
「騙されるか、お前、誰に頼まれたんだ」
 とても話が通じそうな相手ではない。男は全力で走って逃げた。なにか背後で叫んでいたが振り返る余裕などなかった。
 マンションに駆け込み、階段を使って一気に二階までのぼった。刺青の男は追いかけては来ないようだ。ドアの前で激しく息をつきながら、鍵を探そうと鞄の中を探っていると、エレベーターのドアが開いて派手に着飾った婦人がおりてきた。
「思っていた通りの時間にきましたね。不動産屋さんからあなたが二時過ぎに着くって聞いたから、おそらく三時頃着くだろうなって思っていたんですよ」
 婦人は予想が当たって嬉しそうだった。
「二時過ぎと聞いて、三時に着くと思ったんですか」
 驚く男を見ながら婦人はふふっと笑った。
「だって五分で着くわけないじゃないですか。地図の上を歩いてるわけじゃないんだし」
 男は納得したようなしないような複雑な気持ちだった。たまたま今日がそんな日だったのだろう。普段は五分もあれば駅に行けそうな距離だし。
「あ、それでね。私が管理人なんだけど、不動産屋さんがゴミ出しのルールを説明するのを忘れたっていうから来たの。ここのゴミ出しはね…」
 玄関ドアの前で永遠とゴミ出しの説明が続く。いつになったら部屋に入れるのだろうか。駅から徒歩五分のはずなのに。男は鍵を握った手をポケットにしまった。


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このストーリーに関するコメント

17/01/22 吉岡 幸一

朔雲みう様
コメントをいただき誠にありがとうございます。
感謝いたします。励みになります。

17/01/29 光石七

拝読しました。
不動産屋の謳い文句の「徒歩五分」、大抵五分では着かないですよね(苦笑)
次々と時間を引き延ばされ、やっとマンションに到着したと思いきや、玄関を前にまさかの(笑)
楽しませていただきました。

17/01/29 吉岡 幸一

光石七さま
コメントをいただきありがとうございます。
感謝いたします。
一般的に不動産屋さんの理論では、徒歩1分は、80メートルのようです。
ちなみに車で1分は400メートルのようです。

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