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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

性別 男性
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これは紛れもない僕の物語

16/12/20 コンテスト(テーマ):第125回時空モノガタリ文学賞【優しさ】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:1107

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 ある晴れた日の朝、神様からのお告げが頭のなかで響いた。

 “お前才能ないから、小説家目指すのやめろ”
 “どこかの企業の正社員を目指せ”
 “お前が心から愛せる女性と出会い、結婚しろ”
 “我が子の成長を喜び、不自由ない生活を送れ”
 “それがお前にとっての幸せだ”

 中学の頃から小説を書き始め、今の僕は二十代半ば。数々の文学賞に作品を投稿したが、箸にも棒にもかからない日々が続いた。いよいよ僕の勝負するフィールドが、ここではないことに気づき始めていた頃だった。

 ーーそろそろ潮時かな。
 僕は新しいノートパソコンを買うための貯金を、ビジネススーツを買うために吐き出した。

 ずっとしがみついていた夢から顔を背けることの苦しさ。僕はそれをなんとか飲み下し、自分の心に火を落とす。焼き爛れてぐずぐずになった想いは、かさぶたとなって新しい皮膚になる。

 苦労の末、ようやく僕はある企業の内定を手にした。長いこと小説で日の目を見ることがなかった僕は、自身の存在理由について首を傾げることが多くなっていた。僕の作るものは誰にも評価されないし、コンビニのバイトだっていくらでも代わりがいる。
 それじゃあ僕は、どこでどの場面で自分の価値を認識すればいいのだろう。

「気合い入ってるね。これからよろしく頼むよ」
「はい! ご指導よろしくお願いします」
 尊敬する上司と出会えたこと。互いを高め合っていける同僚と出会えたこと。学ぶことの多い会社に就職できたことは、間違いなく僕にとってのプラスだ。

「……本当に、私でいいの?」
「君じゃなきゃ駄目なんだ」
 それから三年後、僕は同じ職場の経理の女性と付き合い、結婚する。
 彼女の人の話をきちんと聞くところ、金遣いが荒くないところ(経理だから?)、笑顔が綺麗なところが僕はとても好みで、僕は彼女のことならずっと愛していけると、そう確信したのだ。

「お父さん、早く公園行こー!」
「おいおい、そんな引っ張るなよ」
 その内、僕たち夫婦の間に子どもが産まれた。男の子だ。
 僕は煙草をやめ、お酒もほどほどにするよう努めた。
 僕は息子の成長をなによりも楽しみにし、出来る限り長生きしようと思った。

「親父、お袋。ここまで育ててくれてありがとう」
「礼を言うのはこっちの方だよ」
 息子も社会人になり、お嫁さんをもらう。立派になったな。
 僕もすっかり孫に夢中なお爺ちゃんとなり、平穏なる毎日を歩んでいく。

 そして、いよいよ定年退職の日を迎えると、途端に胸の中心に風通しの良い穴が開いたような感覚に陥る。

「お父さんもなにか趣味を持ったらいいんじゃない?」
 妻は数年前から熱中している刺繍に勤しみながら、僕へ微笑んだ。
「趣味か。そうだな……」
 僕にとっての生きがいは、息子や孫の成長を除けば、仕事だったんだろうな。それ以外に残るものなんてーー。

 “小説を書くといい”
「ふざけるな! 今さら何を言ってる!!」
「ちょっとお父さん! 急にどうしたんですか」
「……あぁ、悪い」
「びっくりしたぁ」
 僕はバツが悪くなり、リビングから出て、廊下に立ち尽くす。

 僕は深いため息を吐く。場所を変えても、僕の頭のなかで鳴り響く声は止まない。
 “人生経験を積んだ今なら、良い小説が書ける”

 ーー僕は嘘つきだ。
 神様からのお告げなんて言っていたけど、あれは僕が僕の将来を思い、人並みの幸せを掴めるように作った人生設計図だ。
 あのままフリーターを続けていれば、いずれ社会から見放されてしまうだろうし、かと言って方向転換するきっかけも見当たらなかった。
 僕は意図的に作り上げた偶像のせいにでもしないと、夢を諦める気になんて到底なれなかった。真人間を目指すことも叶わなかったのだ。
 
 ……だけど、ふとした瞬間に心の火傷跡が疼いた。

 “小説が書きたい”
 もし僕がある日、熱に浮かされてキーボードを叩き、物語を紡いでしまえば、何故かそれだけで築き上げてきたものすべてが崩れてしまうような気がした。それだけあの人生の決断の日に舞台から降りたのは、勇気のいるものだったのだ。

 書くことをやめ、家族を幸せにすることが自分の幸せのすべてだと信じる。それが僕の為になる。
 決して間違いではないが、すべてではないことも人生の途中で悟っていた。

 “もう我慢するのはいい。好きなだけ書くといいさ”
 四十年ぶりのこの声は、僕の声ではない。まるで花束のようなその一言に、僕はその場で思わず膝をついてしまう。

 本当に神様がいるというのなら、こんなに慈悲深く、都合が良くていいものなのだろうか。

 ……いや、きっとそれで良いのだろう。

 これは紛れもなく僕の人生であり、僕の紡ぐ物語は本来、僕に最も優しくあるべきなのだ。


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