四島トイさん

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16/12/19 コンテスト(テーマ):第123回 時空モノガタリ文学賞 【 クリスマス 】 コメント:4件 四島トイ 閲覧数:450

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 キリがないよなあ、という手島さんの声。紙束を机の上で整えるトントンという音が続く。
「合コン。また駄目だったんですか」
「また、とか言わないで」
 即座に反論された。パソコン画面の勤務表から目を離すことなく、はいはい、と私は応じる。年末年始にかけてシフトが埋まっているバイトは私だけだ。
 事務室の薄い壁越しに、軽快な店内音楽が耳に届く。冷たいなあ竹倉さんは、と寺島さんが呻いている。
「俺、高卒でこのスーパーに勤めて五年目だけどさ、皆勤賞なんだよ」
「皆勤賞ですかー」
「つまりさ、毎日合コン行ってるわけじゃないのよ。週二くらいだよ」
「週二ですねー」
「むしろ毎日は、竹倉さんの方でしょ。花の女子大生。冬休み。スーパーで毎日バイト」
「花の冬バイトですかー」
「……会話、雑になったねえ」
「すみません。あんまりその話題、転がしたくなかったんで」
「はっきりしてんなあ」
 どこか感心するような口調。だが、バイトと正社員の差こそあれ、年の差はそれほどない。事務室でエプロンを着崩した彼からは、職業人たろうとする威厳は全く感じられない。
 店内放送で精肉部の担当者が早口で呼び出されている。手島さんが「大変だわ」と他人事のように呟く。
「皆、肉食べたがるんだよなあ。仕入れ難しいし。ま、ウチは頑張ったほうだよねえ」
「惣菜部売り切れてましたよ」
「今日は元々、事前予約で中心であんまり店頭に出してないのよ。とにかく肉だよ肉。鶏肉。ローストビーフ。生ハム。あと、肉じゃないけど生クリーム」
 ここ最近の華やかな店内装飾が目に浮かぶ。あと数時間で日付が変わる。あの大量の飾り付けを撤去するのかと思うとうんざりした。
「鮮魚部は楽ですね」
「いやいや、これからこれから。蟹とか数の子とか鯛とか。やることいっぱいだよ」
 バックヤードに積まれた紅白色の大量のあれやこれやが頭を過ぎる。洗脳実験のように日々頭上を流れる音楽も、鈴の響きから、和琴の音色に塗り替えられていくのだろう。
 人工的な季節感の移り変わり。参加し、楽しむことを疑わない思考回路が日々形成される。それは大学の講義で聞いた、無菌動物の作出過程を髣髴とさせ、どこか薄気味悪く、ぞっとする。
「……何か、馬鹿馬鹿しいですね」
 画面から顔を上げ、頬杖をつくと自然とため息が漏れた。寺島さんがきょとんとする。
「何が。合コンのこと」
「合コンはどうでもいいです」
「いやあ、こう、グッとくる一言で印象付けるっていう難しさが、かえってやりがいに……」
「その話題、転がしたくないんで」
「……じゃあ、何が馬鹿馬鹿しいのさあ」
 自分の話にしか興味がない寺島さんが妥協するかのように話題を振ってくる。
「なんか風物詩も形式的だなあ、ていうか。もっと、記念日とか、特別とか、て何か違う気がして」
「そりゃ、小売なんてどこもそんなもんでしょ」
「割り切ってますね」
 まあねえ、と寺島さんが手にしていた紙束を掲げてみせる。「これ。『お客さまの声』なんだけどさ」と。
 店舗入口に設置された意見用紙だった。来店客が気になったことを投書すれば、店長が回答を掲示するという仕組みで、大抵は店員への苦情か商品の拡充要望が書かれていた。
「たとえば今日は美味いもの食べて、寝れば、プレゼントが届く日、と竹倉マニュアルにはあるわけじゃん」
「竹倉マニュアルって……」
「で、そのために『良い子にしてるからプレゼントください』みたいな本日限定の交換条件を手紙に書く、かもしれない」
「書かないかもしれない」
「まあね。でも今日を過ごすために、必ずスーパーには行くんだな」
「必ず、ですか」
「そ。ところが、スーパーに来ると無いんだよ。変身ベルトとか人形の家とかモミの木とか」
「そりゃそうでしょうね」
「そして、この意見用紙がこうして束になるわけだ」
「……そんな要望が書いてあるんですか」
「キリがないと思うでしょ」
 でもさ、と寺島さんが紙束を机に置く。
「こんなのはいつもと変わらないんだよ。テレビで取り上げられた商品を置けとか、風物詩とか関係ないわけ」
「日常、てことですか」
「いや、毎日が特別なんだよ」
 平坦な声に、顔を上げる。
「ただ、今日なんて三百六十五日ある特別な日のうちの一日でしかないのもホントだからね。だからさ、ウチは要望は年に一回だけみたいなケチなこと言わないんだよ。条件も限定もなし。お客さんの要望受け付けちゃうんだよ。すごくね」
 自慢げでもなくただ淡々と告げる言葉に、どこか静かな自信が感じられ、はっとする。
 目の前の男性の仕事への姿勢が垣間見えた気がした。
「夢のある仕事、ですね」
 だろ、と寺島さんは口角を引き上げる。
 今の合コンで使えないかな、と続ける言葉に、その話題は転がしたくないです、と笑って応じた。


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このストーリーに関するコメント

16/12/23 クナリ

店舗によっては、一年の売り上げの四割近くを叩き出すスーパーの年末……お客と繁忙時の忙しさの合間の気だるい時間の会話が、とても存在感があるのはさすが四島さんです。
お客様の声も最近よくありますが、今作の主人公はロットの扱いの難しさに愚痴ったりもしなさそうな、朗らかなタフさがありますね(^^;)。
鮮魚は、まさにここからが地獄の一丁目ですね……。

16/12/25 四島トイ

>クナリさん
 ……いつも本当にありがとうございます。読んでいただいた上にコメントまでいただけてとても嬉しいです。会話や登場人物に注目したお言葉は本当に身に余るというか……光栄です。
 以前いただいたコメントでも、クナリさんの卸売・小売へのこだわりというか、見識の深さをちらりと感じることもあり、お見せするのに恥ずかしくない作品が書けるよう今後もいっそう頑張ります。
 今回はありがとうございました。

17/01/08 光石七

拝読しました。
スーパーの裏側、本当に大変だろうと思います。
でも、ユーモラスなやりとりが重さを感じさせず、すっと読めますし、寺島さんの仕事に対する姿勢に好感を持てました。
毎日が特別、なるほどです。
素敵なお話をありがとうございます!

17/01/12 四島トイ

>光石七さん
 読んでくださってありがとうございます。
 己の力量不足をひしひしと感じている次第で、特に地味な展開でお恥ずかしい限りです。
 光石七さんが努めて広く読んでくださっているおかげで、こうして拙作にもコメントをいただけたことは、棚からぼた餅といいますか……私は非常にタイミング良く投稿したものだと時機の妙に思い入っております。
 少しでも読み苦しくない作品を残せるよう頑張ります! 今回は本当にありがとうございました。

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