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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
座右の銘 黙り虫、壁を破る

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もうひとりの賢者

16/12/19 コンテスト(テーマ):第123回 時空モノガタリ文学賞 【 クリスマス 】 コメント:0件 高橋螢参郎 閲覧数:473

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「おばあさん。よかったら私たちと一緒に……」
「悪いけど、遠慮しとくよ。流石にこの歳で長旅は無理さね」
 そう言って首を振り、老婆は昨夜気まぐれに泊めてやった三人の旅人の後姿を雪の降る中見送った。
 どうやら三人とも高名な学者らしかったが、彼女には何の関係もなかった。ただ夫に先立たれて以来、家政婦時代に磨いた料理の腕を久々に振るう事が出来て悪い気はしなかったという、それだけだ。お呼びがかかったのもその家事の腕を見込まれての事だった。
 六十を過ぎた老骨に鞭を打って、ついて来いというのか。勉強ばかりし過ぎるとかえって物の道理のわからない馬鹿になるねと、老婆は内心呆れ返っていた。これから神の子に会いに行くのだと三人は食卓を囲みながら揃って熱っぽく語っていたが、果たしてそんなものが本当にいるのだろうか。
 よしんばいたとしても、あたしにはまるで関係のない話だよと、ため息が白く凍り付いた。
 この街で生まれ、この街で育ち、この街で親の決めた相手と結婚し、あとはお迎えを待つだけの余生。神様とやらがもしいたとしても、自分みたいな馬の骨を数多の人間の中から見つけてくれるとは、老婆にはとても思えなかった。戒律はもちろん守っているが、それも地獄に落ちる事を恐れているのではなく、ずっとそうしてきたのを今更変えるのが癪だからだ。
 今更。
 ふん、と鼻を鳴らして、老婆は再び門戸を固く閉ざした。

 雪はその日より三日三晩降り続け、人々を家へと閉じ込めた。
 ぱちぱちと薪を焦がす火にあたりながら、老婆はずっと三人の旅人の事を考え続けていた。この大雪の中だ。神の子にはちゃんと会えただろうか。少々世間を知らないものの、気のいい連中だった。どうか何事もなく目的地へと辿り着いてくれていればいいが。
 そして無事を祈ると同時に、食事の時三人がしてくれた話を老婆はひとつひとつ反芻していた。
 かつてこの世に存在したという、雲にも届く塔の話。
 奇妙なまでに計算されつくした、石造りの三角建造物の話。
 海の彼方の孤島に佇む巨大な顔面石の話。
 年甲斐もないので決しておくびにも見せずにいたが、老婆の心の芯は炭火のように熱く密かに燃えていた。老いさらばえた身にはいささか毒とさえ思えるほどに、三人の見てきたもの、聞いたものはどれもこれもが刺激的だった。本当にあるのか、自分の目で確かめに行きたかった。
 あと二十年、いや、あと十年若ければきっと誘いに乗って、一緒にこの街を飛び出していたかもしれない。何故彼らは、その時に来てくれなかったのか。そうしたならきっと、今とは違った人生になっていた事だろう。
 こんな退屈な人生とは、全く別の。
「ああ、やだやだ」
 老婆はそんな事を考えてしまう自分自身を、無理やり笑ってみせた。たとえ出て行っていたところで、女の細腕では野犬に食われるか、盗賊に身ぐるみをはがされて売り飛ばされるのが関の山だ。馬鹿らしい。
 しかし出て行かない理由を探す一方でどうしても、裏に隠されたもう一つの疑問が浮かんでしまうのだ。
 どうして、ずっとここにいたんだろう。
 あたしは縛り付けられでもしていたのだろうか?
 しばらく考えてみて答えが見つからなかったのを確認すると、老婆は家中の荷物をあらかた整理してしまい、それから雪の止むのを待って三人の目指した西へ追うようにして旅立った。

「ねぇねぇおばあちゃん、次のお話は?」
 老婆はベッドの傍で昔話をせがむ村の子供たちを前に、しょうがないねぇと顔をほころばせた。
 故郷を旅立って後、実に34年にもわたって老婆は神の子を捜し、世界をさまよい続けた。その旅程は困難を極めたが、引き換えに実に様々なものを目にする事ができた。
 飛び込んでも沈まない湖、放置されたままの巨像の残骸、そして三人の語った巨大なピラミッドをも、しかと眼に焼き付けた。他にもガリラヤ湖の上を歩く男の噂など、世界は老婆がそれまで知る由もなかった不思議と驚きで満ち溢れていた。
 老婆はつけを取り戻すが如く、命尽きるその瞬間まであらゆる地を駆け抜けた。老いて益々盛んな彼女に多くの人々が勇気付けられ、その後に付き従い、いつしかひとつの村ができていた。
「ベファーナおばあちゃんって本当にすごい。知らない事あるのかな」
「あるさ。結局神の子とやらには最後まで会えなかったからね」
「神の子?」
「ああ。元はと言えば、一応はその子を捜しに出てきたようなもんさ。……さあ、もういいだろう。流石のあたしもちょっと疲れたよ」
「……おばあちゃん? 寝ちゃったの?」

 かくして、村からは老婆の意志を継ぐ女たちが、これまた老婆になるまで神の子を捜し求めに旅へ出たという。
 そしてベファーナの名は現在に至るまで、彼女の終焉の地であるイタリアにて東方の三賢者に並び語り継がれている。


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