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アシタバさん

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遠い世界のクリスマス

16/12/18 コンテスト(テーマ):第123回 時空モノガタリ文学賞 【 クリスマス 】 コメント:0件 アシタバ 閲覧数:458

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 研究施設『サンタの家』からの逃走劇は、どうやらここまでのようだった。
「逃げきれると思っていたのか!」
 どこまでも続く広大な雪原に『兄弟』の怒声が響く。
 逃げるのに使った(ジェット式空飛ぶ雪ソリ)は、私の後を追ってきた『兄弟』に撃ち落とされ、無残にも数十メートル先で黒い煙をあげていた。墜落寸前で放り出されたのは良かったが、足の骨が折れて、今は逃げるどころか立ち上がることも出来ないでいる。万事休すだった。
「高価なソリを破壊させるなよ。勿体ない」
 『兄弟』の乗る雪ソリが、上空から音もなく着地した。彼の雪ソリに装備された機関砲から火薬の臭いが漂った。
 彼は横たわる私に近づき、爪先を胴体の下に入れ、転がし、仰向けにした。
「サンタ服が赤くて良かったな。血が目立たない」
「私達はサンタなんかじゃない。サンタは死んだんだ」
 話すたびに胸が痛む。恐らく肋骨も折れているだろう。
「だから俺達がいる。サンタクローンズがな」
『兄弟』は白い髭に包まれた口元に笑みを浮かべた。
 そんな彼に私は訴える。
「クリスマスは終わったんだよ」
 人類は科学技術を発展させる歴史のなかで、いつのまにか他者を愛する術を忘れていった。それゆえ争いが蔓延した世界で、ある日、架空の人物だったサンタクロースは実体化した。突拍子もない話だが、人類が否定してきた魔法というものが実はこの世に存在していて、魔法が人類の歴史を変えるために、彼を生み出したのかもしれない、と今では言われている。
 サンタはクリスマスの夜に世界中の人々にプレゼントとして『愛』を与えた。魔法でつくった愛、クリスマス一日だけの魔法である。朝、目が覚めると、そこに争いはなく、愛に満ちた理想の世界、クリスマスが待っていたのだ。古の風習であるクリスマスをこの時代の人類は初めて体験し、これが世界の目指すべき姿だと確信した。サンタがいれば人類は変われると歓喜した。
 魔法が終わり、サンタクロースが命を落とすまでは――。
「確かに『父』なしでクリスマスは出来ない」
「だから、サンタの遺伝子から造られた私達がクリスマスを復活させるのか? 愚かな人間の為に、クソッタレのクリスマスを」
 『兄弟』に横腹を蹴られ、新しい痛みに呻いた。
「クリスマスを侮辱するんじゃねえ。人間達に再びラブアンドピースを与える偉大な事業だ」
 『兄弟』は叫んだ。
「クリスマスは復活する! 絶対にだ!」
「人間に造られ、生きるなんて、私は御免だ。どっちにしろ、私もお前も魔法は使えない」
 声が出せなくなってきた。強い冷気と出血とで体温が失われていく。
「人間も俺も諦めねぇ。世界中に愛を届ける魔法をいずれ手に入れてみせるさ」
 彼へ湧きたつ感情は哀れみだ。『兄弟』よ。お前は良いように利用されているにすぎない。いつか、人間達に必要がないと判断された時、処分の日が来るだろう。『兄弟』達の中で特に出来が悪かった私のように――、サンタなど関係なく、自由に生きてみたかった。
 人間はクリスマスとサンタから愛の偉大さを知ったが、今ではそれを手に入れる為に残忍な行為も平気でするという矛盾した存在だ。愛は確かに素晴らしい。だが、人間達はまるで快楽物質のように捉えている。サンタの愛にしつこく依存しているのだ。間違いである。サンタは関係ない。皆でクリスマスツリーを飾り、食卓を囲み、共にクリスマスソングを歌う。大人が子供にサンタとしてプレゼントを贈る。たったそれだけでいい。それだけでいつか、素晴らしいクリスマスを、世界を、愛を、人間の手で育むことが出来たはずだ。サンタが目指した世界はきっとそれだったのだろう。あの魔法は、愛を知るきっかけに過ぎない。しかし、人間はサンタクローンズという紛い物を造り出し、きっかけのはずの愛を大量生産して薬のように貪ろうとしている。愛を知った気になるだけの虚しいクリスマスだ。サンタはしくじった。彼の予想以上に人間というのは救いようがなかったのだ。
 人間よ、愚かなり。
「もう楽に、してくれ」
 声が掠れた。
「わかった」
 『兄弟』は言って、赤い服のポケットをゴソゴソ探り、黒い拳銃を取り出した。暗い銃口が私を見つめている。
 自分の耳で、銃声を聞いた。胸に穴が開いたようだ。私を中心に血の湖が徐々に出来あがっていく。サンタの身体は頑丈らしく、すぐ意識が消えることはなかったが、そう長くはないだろう。
 すると、『兄弟』が不可解な行動をとり始めた。私の傍らに両膝をついて、私の手を握ったのだ。彼を見ると、自分の行動と無意識に頬を伝う涙の意味を理解出来ないらしく、戸惑っていた。
 私は悟った。『兄弟』は知らなかったのだ。
 私は握られた手をそのままに、『兄弟』の胸に強く押し当てて、最後の一言を振り絞った。
「愛は、いつだってここにある」


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