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ドーンヒルさん

趣味は、読書,旅行,写真です。 主に、純文学系の作品を書きます。 よろしくお願いします。

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将来の夢
座右の銘 苦しむこともまた才能の一つである               フョードル・ドストエフスキーより

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モノクロに射す灯

16/12/15 コンテスト(テーマ):第123回 時空モノガタリ文学賞 【 クリスマス 】 コメント:0件 ドーンヒル 閲覧数:533

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 地上よりも、六百メートルほど天に近いビルでの作業を終えたのは、六時を少し過ぎた頃で、作り出された光が、星々の輝く大空を、黄色く染めていた。展望デッキには、クリスマスイブということもあって、多くの人が、スマートフォンを片手に談笑をしながら、思いを寄せていた。
 地上に降り立つと、大勢の人が、展望デッキへ向かうエレベーターを待っていた。一足早く、それも、一般人が入ることのない特等席で、一人、北風に吹かれていたことを思い起こし、ひげを撫でる仕草をして、足早に去った。
 終了の報告をして、帰り支度を終えたのは、七時半頃のことだった。町中が、クリスマス一色で、見渡す限り、華やかなイルミネーションと、それらにひしめき合う子供たちや、カップルで溢れていた。
 
 ああ、今日も寒かった。飯でも食って帰るか
 これだけ華やかなんだ、灰色に染まることはないだろう
 
 築三十年の古びたアパートが脳裏をよぎった。古びた室内、たばこの煙で汚れた壁、ギャンブル依存で駄目になった父、そして、次々と買い足されては、空になっていくビール瓶、中には、粉々に砕け散ったものもあった。
 
 
 一瞬だけでいいんです、母親に抱かれていた頃のような安らぎを与えてください
 
 どれほど、自分が善良であると思っても、不幸の渦にのまれていると思っても、神様が見ています、という宗教家の言葉を信じても、救われた心地を憶えたことは無かった。そんな、馬鹿げた考えは、とっくに捨てたはずであった。
 
 ああ、やっぱり綺麗だな、あのイルミネーションは
 
 知らず知らずのうちに、涙が溢れ始め、視界がぼやけた。それが、単に、北風のせいだけではないということに、薄々気付き始めた。
 帰宅したのは、午前零時を少し過ぎた頃であった。六畳の和室に敷かれた布団には、既に顔を真っ赤に染め、いつになく上機嫌な父の姿があった。
 「おお、帰って来たか。今日は遅かったな」
 父は、重たい体をゆっくりと起こし、満面の笑顔で言った。
 「いや、今日は結構儲かったんだ、それでな」
 自然と、涙が溢れてきた。もうこれ以上、聞きたくないと思った。勢いよく、布団をかぶり、目を閉じた。
 
 どうして、そんなに楽しそうなんだ
 泣くのは、僕だけなのか
 
 父の笑顔は、酔っぱらった時のそれとは大きく異なっていた。未だかつて見たことのない、輝きに満ちた瞳をしていた。
 「もう、遅いもんな。ありがとよ」
 涙は、暫くの間、止まることなく流れ続けた。嗚咽を必死に堪え、落ち着いた頃には、父の大きないびきが響いていた。
 目を閉じてから、眠りにつくまで数分とかからなかった。意識が薄れていく中で、ただ、いつもと同じ布団にくるまって得られる暖かさが、非情に気持ちよく感じられた。
 翌日の朝、いつになく心地いい目覚めを迎え、父の方を見ると、丁寧に折りたたまれた布団と、新品の作業靴に、手袋、そして、細々と記載された紙が一枚置かれているのみだった。
 紙に書かれていた内容は、以下のものだった。

 ろくでもない父親の元に生まれてきたことを、そろそろ後悔する頃だな。お前が苦労して稼いだ金に手を付けるなんて、何を考えていたのだろう。
 許してくれ、なんて言うつもりはない。ただ、私に、お前の親として、最後のチャンスを与えてくれるのだとしたら、少しばかし儲けた金で、お前に贈り物をしたいと思う。嫌だというのなら、捨てるなり、切り裂くなりして構わない。
 ただ、もう一度お前の喜ぶ顔が見られたのだとしたら、思い残すことはもうないんだ。
 最後に一つだけ、せめてもの償いとして、お前の生活の足しになるように、仕事を始めることにしたんだ。今日が、初めての出勤になる。もし、この汚れた老いぼれに、暖かい布団を下さるというのなら、どうか、部屋の照明を灯していてほしい。
 
    明日の朝、神様が、一筋の光を注いでくださいますように

 
 読み終わるや、否や、父親からのギフトを鞄に詰めて、始業時間よりも二時間ほど早く出勤した。作業用エレベーターで、一気に駆け上り、地上六百メートルの特等席に到着した。雲の切れ間から顔をのぞかせた太陽が、静寂に包まれた街を、紅く照らし始めた。
 「本当に、どうしようもないな!」
 吹き付ける北風に負けないくらいの、力強い声で叫び、身体を大きく伸ばした。
 帰りは、作業用の階段を一段ずつ下っていくことにした。子供のような笑顔が自然に浮かんできた。
 
 ああ、またすべった
 まったく、走りにくいったら、ありゃしない 

 階段に響く、威勢のいい音色が、細やかな響きとなって、クリスマスの朝にこだましていた。
 
 


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