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結簾トランさん

お話を書くのが好きな、結簾トランと申します。紅茶とケーキと古めのものも好きです。よろしくお願いいたします。小説家になろうにも同名でおります。http://mypage.syosetu.com/915289/

性別 女性
将来の夢 たのしいお話を生み出す人になりたいです。
座右の銘 「結局俺たちに選べるのは、やるかやらないだけなんだ」FFXのジタンの台詞です。

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鉄瓶のお湯が沸いてから

16/12/11 コンテスト(テーマ):第124回 時空モノガタリ文学賞 【 五分間 】 コメント:0件 結簾トラン 閲覧数:599

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 五分間だけ、待ってね。まだボコボコと鳴り続けている鉄瓶の取っ手を、ミトンをはめた手で持ち上げるの。本当に熱いのよ。鉄の調理器具を使うとね、水を沸かしている間にFeがほんの少し溶け出して、不足しがちな鉄分を摂取することが出来るんですって。ポットの湯で先に温めておいた白いティーポット。青い小花が可愛いでしょう。ずっと倉庫で眠っていたの、うち、古い家だから。年末の大掃除の時に見つけてね、まだ充分使えるなと思って洗って綺麗にしたの。ひいおばあちゃんが使ってたものとかかな、新しい物が好きな、ハイカラなひとだったみたいだから。お嫁に来たときに冷蔵庫や洗濯機を揃えて貰って、本当に喜んでいたそうよ。それに子どもの頃は、当時のお嬢さんにはあるまじき野望を持っていたらしいわ、何かわかる?トラックの運転手さんですって!まぁ、結局それは叶わなかったんだけどね。
 ポットのお湯を流したら、鉄瓶の湯をたっぷりと注いで。ひとつまみお砂糖を入れておくのを忘れないで。香りが立つのよ。渋みも抑えてくれるの。そうしたら、ブリキの缶から茶葉をサラサラ、二杯とすこし。今から三分よ、砂時計の砂が落ち終わるまで。
 残ったお湯をカップに注ぎましょう。ミルクティがいい?そうじゃなくていい?良かった、やっぱりダージリンはそのままがいちばんだから。でも疲れているときは言ってね。甘めにした濃いお茶にミルクを入れるから。熱々をすこし啜ると、とってもホッとするの、今度はそうするね。最高の安らぎの時って、幾つかの手間を惜しまないだけで随分近づけられるのよ。
 なんだか顔が明るくなってきたね。時には仕事を忘れるのも生きるために大事な仕事よ。この国では多分、特にね。何処へ行っても同じことで悩むの、どうしてかしら。周りにいるひとは都度変わるのに、変われない自分が入るだけでいつも問題は同じ色。この砂時計の砂も、何回ひっくり返したって、素知らぬ顔で同じ色だわ。仕事って何だろうってずっと考えてるのよ。昔の職場の上司にね、「仕事の中に生き甲斐を見つけろ」って言われたの。結論から言うと、見つからなかったわ。だから今そこを離れて此処に居るのだけど。きっと生き甲斐を見つけるひとも居るわ、でも見つからないひとも居る。そういうひとにとっては仕事はただの手段で、興味は別にあるのよ。まだ気づいていなくても、心が違和感を感じたなら、他の何かが傍に隠れてるんだと思うの。
 だけど、だからって好きなものだけでは生きていけないのが現状よね。じゃあ、こういうのはどうかな。ちょっとだけ毎日に手間を掛けてみるの。ティーポットにお砂糖を忍ばせるのを忘れないように、そのよれたネクタイに代わる新しいのを、今度の日曜日に思い切って買ってみるとか。お金が掛かる?それなら、皺をぱりっと伸ばしてみるだけでもいいと思うわ。それでね、ネクタイを締めたら、自分の為に選びに選んだタイピンを付けてみるのよ。周りが気付かないような、ささやかな手間程楽しくなるわ。これは実体験よ。秘密のオマジナイを掛けて家を出るような、ちょっとした魔女気分が味わえて、その日が平凡なルーティンを少し外れたのをひそやかに感じられるの。あら、ちょっと助言が子どもっぽ過ぎたかしら。仕方ないわ、いまだにチョコレートも縫いぐるみも大好きなんだもの。
 ああっ、大変!茶漉しを温めておくのを忘れた!砂時計は……もう少し、まだセーフよ。茶漉しはカップに置いて残ってるお湯をなみなみ注いでしまおう。折角カップとティーポットが熱々なのに、その間を取り持つものが冷え冷えじゃ、どうにも台無しだものね。気が付いてよかったわ、お喋りしてると時間なんてあっという間に……、あら、最後の砂が落ちた。カップのお湯たち、お役目ごくろうさま。もう少しだけ、待っていてね。ミトンを忘れないで、このポット古いせいか、取っ手まで物凄く熱くなるのよ。失敗から学ぶってなんにでも当て嵌まるわね。
 こうして白い陶器の底が明るい茶色になっていくのって、何度見てもわくわくするわ。あまり濃くない方が好みね、個人的には。今日は二つだけれど、カップが多いほどわくわくするわね。茶漉しを移動させながら、花から花へ飛び回るミツバチの気分で。
 よぅし、出来た。すぐにそちらへ行くわ。はい、湯気が消えないうちにどうぞ。甘い方がお好みなら、砂糖壺から好きなだけ。お茶請けには蜂蜜クッキーがあるわ。遠慮しないで、お茶もお菓子も、お話もよ。
 さぁ、これで準備は万端。ねぇ、これから始まる時間の為に、あなたの五分間をくれてありがとう。


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