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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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5分間延長保険

16/12/10 コンテスト(テーマ):第124回 時空モノガタリ文学賞 【 五分間 】 コメント:6件 秋 ひのこ 閲覧数:1064

時空モノガタリからの選評

「5分間」をうまく生かした内容ですね。M部長の律儀かつユーモラスなキャラクターの魅力が、作品の主要な魅力になっていると思います。死者を描く際、どうしても紋切り型になってしまう傾向があると思うのですが、自分の死に落ち込むことなく、むしろ「珍事」をネタにさえしてしまうM部長のタフなキャラクターは、死者のイメージを覆すものだと感じ、その点でも印象的な作品でした。また家族を第一にしているのにも関らず、律儀に仕事の段取りまで行い、人助けをすることに貴重な5分間を消費してしまう天然なところは、なんとも人間臭いですね。これまでの秋さんの作品とは少し毛色が違った内容でしたが、あちこちに細かい笑いが散りばめられ、全体的に細部までとても丁寧に作りこまれていて、今回も印象的な作品でした。

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『「5分間延長保険」のおかげで、主人ときちんとお別れすることができました』
『僕のお父さんは交通事故で死んでしまいました。でも「5分間延長保険」があったから、お父さんは戻ってきました』
『「5分間延長保険」で、妻が命がけで生んでくれた子供を最期に見せてやることができました……』
――5分間延長保険は、お亡くなりになった後、5分間だけどこにでも、どなたにでも会いに行ける保険です。とりわけ突然死や病死の際に、ご遺族と最期のお別れを保障します……

 最後に、『死亡保険オプションNo.1! 5分間延長保険 お申し込みはこちらをクリック』の文字が出て、プロモーションビデオは終了した。
 45歳、ふたりの子供の父であるM部長は体験談に感動し、即決した。これぞ、愛する家族のために俺が必要としていたものだ。


 3年後、予期せぬことが起こる。
 「危ない!」という声が聞こえ、歩道を歩いていたM部長が頭上を仰ぐと、上から椅子が落ちてくるではないか。椅子、と認識するより早く体が動く。ジョギングで鍛えた両足は、俊敏に地を蹴った。
 激しい音を立て、椅子が地面で砕け散る。が、そこに部長の姿はない。
 部長は華麗に飛び退いた……先がマンホールで、不運にも蓋が開いており、穴に落ちて死んだ。

 部長ははっとした。
 なんたること。落下物であわや死ぬところを見事回避したにもかかわらず、まさかマンホールに落ちて死ぬとは!
 話し好きの部長は、自分がこの珍事の主人公になった話を誰かに喋りたくてたまらない。そうとも、これを話さずに三途の川は渡れない。
 ふと見ると、左手首にデジタル腕時計がはめられている。時計が喋った。
『5分間延長保険のご利用ありがとうございます。ただ今より保険を発動します』
 そして05:00からカウントダウンが始まった。M部長の顔が引き締まる。急がねば。


【04:50】
 根っからの営業マンである部長が真っ先に訪れたのは、死ぬ直前に向かっていた取引先の社長だ。
「どうもどうも社長。Mでございます。聞いてくださいよ、実は……」
 目を丸くする社長に事の一部始終を話し、今後の商談の段取りまで説明した後、部長は大急ぎで本社に戻る。

【03:08】
「椅子だぜ? 椅子が落ちてきたんだ。で、考えるより先に体が動くんだな、これが。こうやってさっと飛び退いたわけよ。そしたら足が地面の中に引きずり込まれるように……」
 会社に戻り、部長は部下たちを前に夢中で珍事の顛末を語った。
「な? な? 信じられるか? すごいだろ。ツイートしてくれていいぞ。写真撮るか?」
 携帯カメラを構えた女子社員に、お調子者の部長は得意気に親指を立ててニカリと笑った。
「ぶちょー、何も写りませんー」
「やだ部長、ほんとに死んじゃったんだ……」
 女子社員が泣き出したところで、部長は次の人物に会いに行く。

【2:10】
 学生来の親友、Fと会わずに死ぬわけにはいかない。が、Fが働く本屋に辿り着いたところで、表から女性の悲鳴がした。「きゃー、泥棒!」
 部長は正義感が強い。咄嗟に店を飛び出し、ひったくりの男に掴みかか……ろうとしたが、何故か男には触れても透けてしまい、慌てて代わりに掴んだバッグで男を引きずり倒した。
 目を白黒させる女性に、バッグを返す。
「お怪我はありませんか。バッグは無事です」
 そこへ、何事かとFが出てきた。
「M! 何やってるんだ」
 部長は大慌てで、天から椅子、飛び退いて落ち、そして死に、5分間延長中で、さらにひったくり犯成敗までのいきさつを語る。
 Fは唖然として話を聞いた後、がつんと言った。
「馬鹿野郎。その貴重な最期の時間をこんなところで無駄にするな。とっとと家族のもとへ行け」
 ようやく、部長は家族のことを思い出す。
 そうだ、俺は一体何をやっているんだ。部長はFとの別れもそこそこに、家へと駆けた。

【00:05】
「おーい、J子、H太、聞いてくれ。お母さんも。お父さんな、今日い」
『ご利用、ありがとうございました』
 家族の目の前で、部長はしゅるると消えた。


 後日、葬儀の場で、部長の妻と子供たちは各方面から部長が死んだ後会いにきた話を聞いた。
「本物ですね、延長保険。あのテレビでCMしてるやつでしょう」
「ご主人はあんな不慮の事故に遭われた後も、ご丁寧に挨拶にこられましたよ」
「その節はご主人にカバンを取り返していただき……。ええ、その場にいたFさんからMさんのことを教えていただきました」
 「まあ、お父さんらしいっちゃあ、らしいよね」と、長男が苦笑し、長女は「あれじゃ保険かけた意味ないじゃん」と口をとがらせる。
 妻はそんな子供たちをなだめ、我が夫の遺影に向かって言った。
「あなた、お盆にはまっすぐ家に帰ってきてくださいよ」


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このストーリーに関するコメント

16/12/11 ひーろ

拝読させていただきました。
М部長の人柄と周りの人たちとのやり取りが心に沁みます。
妻の最後の一言が印象的でした。

16/12/11 秋 ひのこ

ひーろ様

感想をいただき、ありがとうございます。
普段、わりと暗くて重いキャラクターを作ってしまうことが多いのですが、今回は努めて「不完全な憎めないおじさん」を目指してみました。
男性を描くのはとても難しいです(^^;)
コメント、とても嬉しかったです。ありがとうございました!

16/12/30 あずみの白馬

拝読させていただきました。
仕事先の人とのお別れを優先させてしまう部長、色々と考えさせられるものがありました。
素敵な掌編をありがとうございました。

17/01/15 秋 ひのこ

あずみの白馬さま

感想をいただき、ありがとうございます。
お返事が半月も遅れてしまい、大変失礼しました! 
部長はちょっとせっかちで、仕事を愛し、情に厚いため、ついつい仕事関係を優先させてしまったというお話です。
こういうひと、いそうだなという人物像を目指しました。
コメントありがとうございました。とても嬉しかったです。

17/01/29 光石七

拝読しました。
憎めない部長のキャラクターについ笑ってしまいました。
ラストの妻の一言がいいですね。
素敵なお話をありがとうございます。

17/01/30 秋 ひのこ

光石七様

感想をいただき、ありがとうございます。
そうなんです。「ヒーローではないけど悪でもない、憎めないおじさん」を目指しました。
汲み取っていただき恐縮です。
珍しく(?)コメディっぽい明るい話にしたので、最後はオチをつけるべく、妻に「もう寄り道するなよ」とちくりと言わせてみました。
コメントありがとうございました。とても嬉しかったです。

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