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入江弥彦さん

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休み希望は通らない

16/12/10 コンテスト(テーマ):第123回 時空モノガタリ文学賞 【 クリスマス 】 コメント:0件 入江弥彦 閲覧数:548

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 シフトの提出を求めているくせに、休み希望が通らないなんてあんまりではないか。
「休み、だめなんですか?」
 意味がないとわかってはいたが、バイトリーダーに文句を垂れた。彼は作業していた手を止めて眉をひそめる。
「お前、クリスマスイブに休めると思ってたのか?」
 このバイトを始めて三年。年末は短期バイトを雇うくらい忙しいというのは理解していたが、どうしても休まなければいけない理由があった。
「でも、今年は彼女と過ごしたくて……」
「はあ? お前夜勤だろ? 昼間過ごせよ」
 邪魔だと言わんばかりに手で俺を払って、彼は作業に戻る。
 クリスマスイブといったって、昼はイルミネーションもついていなければ夜景も見えない。ただお茶をして、バイトだからバイバイなんて笑い話もいいところだ。
 ききすぎた暖房のせいで身体に熱が溜まる。煙草を吸ってくると同僚に告げ、コートも着ずに外に出た。
 八ヶ月の間に指が覚えた番号を押して耳に押し付ける。ワンタッチで繋がる履歴の機能はなんだか軽い気がして使う気になれなかった。
「ああ、もしもし、俺だけど」
 突然なあに? と甘い声が耳朶を打つ。
「あのさ、クリスマスイブなんだけど、休み希望通らなくてさ」
「えっ、そうなの?」
「昼間なら会えるんだけど」
 そんなの嫌だよな、と伝えたつもりだったのだが、声がどんどん小さくなるのが自分でも分かった。
「夜勤なの? 朝まで?」
「いや、クリスマスの昼まで」
 彼女はうーんと考え込むように唸ってから、一際明るい声をだした。
「じゃあ、お昼はたくさんお話ししようね!」
「いいのか?」
「バイト、大変なんでしょ? 寂しいけど仕方ないよ!」
「ご、ごめん。ありがとう」
 先ほどまでの絶望と怒りが収まっていくような感じがして、ほっと息を吐いた。
「連休だし、実家に帰ろうかな」
 彼女の実家は電車で三十分もかからないところにあると聞いている。気が早いとわかっていても、いつか挨拶に行くことになるかもしれない実家の話を聞いて、心臓が大きく鳴った。
「楽しんでな。本当に、一緒にいてやれなくてごめん」
「もうっ、そんなに謝らなくていいよ! あ、ごめん、講義だから切るね」
 彼女の優しさにはいつも助けられてばかりだ。最近はお互いに忙しくてあまり会えていなかったが、たまにこうして声をきけるだけで幸せだと思える。短時間でかじかんだ手に息を吹きかけて中に戻ると、何本吸ってんだとバイトリーダーにどやされた。
 クリスマスイブまでの日々は一瞬だった。分単位で残業代が出なければ、きっとやめていただろう。忙しい日々が過ぎ去るのが早いのと同じで、楽しい時間もすぐに終わってしまう。
 人の多い駅の改札で、彼女の頭をそっと撫でる。不思議そうに首を傾げる彼女がやたら愛しくて、額に唇を押し付けた。
「会えてよかった」
「私も! 次は年越しかな?」
「ああ。そうだな」
 名残惜しいが時間は時間だ。人の波に流されるように改札をくぐった。
 ロッカーで制服に着替えて、鏡の前で帽子をかぶる。目にかからないように丁寧に前髪を分けた。
「お前、どこだっけ?」
 隣の鏡の前に同僚が立って髭を整えながら俺に問いかけた。
「C地区だよ」
「あー、あそこか。お互い頑張ろうぜ」
 カンカンカンと業務開始の合図が鳴る。忙しい日々も今年は今日で終わりだ。バイトが落ち着いたら、彼女との時間をもっと増やそう。来月は確か誕生日だったっけ。その前に、年越しって言ってたな。
 様々なことを考えながら点呼に答えて、だいぶ暗くなった街に繰り出した。
 誰にも気付かれないようにそうっと仕事をこなしていると、まるで自分が闇に溶けてしまったように感じる。
 一通りの仕事を終えて、はたと気が付いた。この辺りは彼女の家が近い。
 業務用の袋ではなく個人のカバンから、今日のために選んだプレゼントを手に持って彼女のアパートに向かった。
 明日、帰ってきた彼女はどんな顔をするのだろう。そんなことを考えながらベランダに降り立った。
 支給されている鍵を使って部屋に入ろうとしたとき、ふと異変に気が付いた。
 なにかが、聞こえる。
 間違いない、彼女の声だ。
 やめておけばいいとわかっているのに、体は意に反して窓に近づく。カーテンの隙間からそっと中を覗いた。眼前の光景にくらりと眩暈を覚えた拍子に植木鉢にぶつかる。
慌てて屋根の上に移動した拍子に、帽子をベランダに落としてしまった。
 がらっと窓の開く音が聞こえる。
「誰かいたのか?」
 知らない男の声が彼女に問いかけた。
「んー、サンタさんかな?」
「なんだよそれ」
「何でもいいよ、続きしよ?」
 制服って紛失したら弁償だっけ、とのんきなことを考えていると頬が濡れてきた。
 休み希望が通らないなんて、あんまりだ。


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