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結簾トランさん

お話を書くのが好きな、結簾トランと申します。紅茶とケーキと古めのものも好きです。よろしくお願いいたします。小説家になろうにも同名でおります。http://mypage.syosetu.com/915289/

性別 女性
将来の夢 たのしいお話を生み出す人になりたいです。
座右の銘 「結局俺たちに選べるのは、やるかやらないだけなんだ」FFXのジタンの台詞です。

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花とビーグル

16/12/09 コンテスト(テーマ):第123回 時空モノガタリ文学賞 【 クリスマス 】 コメント:0件 結簾トラン 閲覧数:635

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 クリスマスの朝、学校へ行く支度をしていると母親が、そういえばね、と何気ない調子で話し出した。
「寺町通の角のわんちゃん、今朝亡くなったみたいよ」
 そうなんだ、そんな年だったっけと僕は続けた。確か高校へ行く道すがらに何度かその家で犬を見かけていた。大きな犬ではなかった。詳しくないけれど、多分ビーグルってやつ。吠えもしない、大人しい犬だった。
「ううん、お隣の奥さんに聞いたんだけど、車に轢かれちゃったみたい。あのお家道路に近いでしょ」
 僕の関心の無さは気に留めず、母親は聞いてきたばかりのニュースを僕にどかどかと伝えていった。火葬する為に業者が迎えに来るから、箱に入れて家の前に出してあっただとか、箱は花や手紙で一杯だとか。触ったこともなかったけれど、ふうん、そいつ愛されていたんだなと僕はただそう思った。眉を下げて可哀想に母親は言った。
 もう家を出る時間だ。僕はコートを羽織り、鞄を自転車の籠へ突っ込んだ。いってらっしゃいの母親の声に、手を挙げて応えた。正直家を出られて助かったと思った、朝から犬が死んだ話など聞かされて憂鬱にならない人間はそういない。
 朝は、冷たくて青い空気で満たされていた。高校2年になる僕にとってクリスマスもイブも、もう然程重要な行事じゃない。彼女でも居れば別だろうけど。ペダルを漕ぐ脚に合わせて白い息が口から、鼻から抜けて広がっては見えなくなった。あの死んだビーグルは、今朝のこの空気を吸うことはないんだな。まだこの青さに触れているのに、その皮膚はもう無いも同然で空気はビーグルの中をもう廻らない。こんな風に考えると、なんだかふしぎな気分だった。居るのに、居ない。哲学的だな僕、自分で思ってみた。To be, or not to be, that is question.授業で見せられたDVDを思い出す。このフレーズを覚えておいて損はないぞ。英語教師は繰り返した。まだ得も特にしていない。
 だいたい生きるべきかと問われてもビーグルは一方的に轢かれたのだから問答どころでは、どうもこうも無いだろう。隣のおばさんによれば外傷は少ないらしいが、痛かったのか生きたかったのか、彼がそう感じた時間の長さすらもう誰にも分からない。
――今日はクリスマスだったのにな。
 浮かんできたその言葉に、自転車を漕ぎながら僕は自分で驚いた。クリスマスだからなんだ。ビーグルはケーキなんか興味ないだろうに。あ、どうかな。あれも食い物だし、最近は犬用のお菓子とかあるし。それでもあいつにとって普段のおやつと大差なかったんじゃないかと思う。犬はキリストなんか知らない。
 住宅街を黙って僕は抜けていった。速くもなく、遅くもなく。寺町通はまだ先だ。高校まで自転車で30分かかる。天候の悪い日は結構面倒臭い。しかしこうしてみると、意外に通学路沿いの家って犬を飼ってる処が多い。躾がいいのか吠えるやつが殆どいないから、今まで全然見ていなかったらしい。だが、意識して視線を送ると、犬たち皆と目が合った。これまでも彼らは僕を見ていたんだろうか。僕は見ていなかったけれど、犬側にも興味はないのだろうけど、へんてこな物体に乗って毎朝夕自分の前を通り過ぎる僕の姿を。ある柴犬の前を通り過ぎたとき、僕はにっと笑いかけてみた。柴犬は目を逸らして伏せてしまった。友達じゃないから当たり前の反応だ、でも若干胸に刺さった。
 そろそろ寺町通だ。角の家だから、ビーグルの前を通り過ぎるのはもう少し後。変わらぬ調子で僕は自転車を漕ぐ。前籠には鞄が入っていて、教科書と母親が作ってくれた弁当となけなしの小遣いの入った財布を入れている。相変わらず吐き出す息が白い。昨日も白かった。僕の変わらない毎日、あの犬だけが居ない道。もしかして、僕は考えた。自惚れにも近い思い付きだった。ビーグルも他の犬たちと同じように、自分を見ない僕を毎日眺めてきたのだろうか。他の人間と区別は付いていなくても、目の端で、朝夕見かけながら暮らしていたのだろうか。何処にでもいる高校生も、彼の日常を構成するちいさなちいさなピースの一つだったんだろうか、と。無意識に彼を包んでいた光景の中の。そして今朝、僕を見ていた彼は眠った。
 だとしたら。ペダルを漕ぐ脚が少し遅くなる。そうだとしたら、僕の光景からも今日、ピースが一つ欠けた。急に道路を一心に見詰める、黒い瞳が頭を過った。舌を出してにこにこと笑いながら。ああ、そんな犬だった。大人しくて小さい。これからお前の家を通るのに、お前はもう居ないんだな。
 僕はブレーキを掛けた。足で地面を蹴って方向を変える。もう開いてるかな、スーパーの花屋。遅刻したら、今感じたままを言おう。一本だけ、白いバラでも。僕でも買えるやつを、一本だけな。冷たい鼻をつんと痛ませたこの気持ちの分だけ、あのビーグルに贈ろうと。


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