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糸井翼さん

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戦場でもクリスマスを

16/12/07 コンテスト(テーマ):第123回 時空モノガタリ文学賞 【 クリスマス 】 コメント:0件 糸井翼 閲覧数:572

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今、俺は生きているのか、死んでいるのか。
蒸し暑い森の中をただひたすら歩いていた。隊からはぐれて一週間。このまま死ぬのかもしれない。いや、日本に帰るまでは死ぬわけにはいかないのだ。日本は今頃寒いんだろうか。この暑い森の中では信じられないことだが。
中国との戦争は混迷を極めていた。日本と中国がつまらない意地を張っているうちにこんなことになってしまった。国同士、政治家同士のいがみ合いで苦しむのは俺たち国民と決まっている。そんなことは先の大戦でわかっていたことなのに。ばかだよなあ。
ぼんやりとそんな考え事をしていたが、それどころではなくなった。前方に人の気配がする。銃に手を伸ばす。もう空腹で集中力はほとんどない。・・・殺すか、殺されるか。
「おい、待ってくれ。撃つな」
日本語。日本人か。よかった。前から歩いてきた二人の男には見覚えがある。確か、大陸に来たときの船の中で一緒だった。名前は小木原と中だったかな。
「あんたら、生きていたのか」
「あ、篠塚さんじゃないですか」
ほっとしたが、彼らも隊からはぐれてさまよっていたようだ。危険な状態は変わらない。なんとか隊に戻りたいが、難しいだろう。
しかし、一人でさまよっていたときとは違って、心は少し軽くなった気がする。人生でここまで仲間のありがたさに気づかされるのは初めてかもしれない。
「水の流れる音だ、あ、川ですよ、川。魚でも捕って、食べましょう」
こんなときでも彼らは元気だ。

夜になった。こんなところで魚を焼いていたら、敵に見つかって殺されるかもしれない。周りに敵はいないか、暗い中でも全神経を集中する。
「魚焼けてきましたよ。うまそうじゃないですかあ。」
「早く焼いて。火を消さないと。敵に見つかってしまう。」
「たぶん大丈夫ですよ。」
小木原と中はのんきだ。
「実はね、こんなものがあるんですよ。」
中がポケットから豆の入っている缶詰を出した。どこから持って来たのだろう。軍のお偉いさんにばれたら大変なことになっていたのではないか。
「これどうしたんだよ。」
「こんなこともあろうかと持ってきていたんです。」
「まだ残しておいたほうがいいんじゃないか。」
「いや、今です。今日食べましょう。今日のためにとっておいたと言っても過言じゃないですから。」
どこまでのんきなんだろう。ここは戦場で、隊からはぐれているんだ。少しでも生きながらえるために、食料は一番大切なはずだ。二人は笑っている。こいつらはのんきすぎる。もしかしたら、もう全てをあきらめているのか。そんなやつらと一緒にいたくないぞ。
俺の疑いに気づいているのか、いないのか、小木原が笑いながら言った。
「篠塚さん、今日何の日かわかりますか。」
「もうしばらく戦場でさまよっているんだ。何月何日か、わからないよ。」
「やっぱりね。」
「何かあるのか。」
「今日は十二月二十五日、クリスマスですよ。確かに、ここは戦場、ぎりぎりですよ、僕も。でも、その前に僕ら人間じゃないですか。こんな状況でも、クリスマスくらい、祝いませんか。今日、こんな日に篠塚さんと生きて会えたのも、運命のような気がしているんですよ。」
「クリスマス・・・」
こんな戦場で、人間らしい感情は必要なかった。彼らの笑顔のせいで、あえて封印してきた感情が溢れ、涙が出てくる。泣くなんていつ以来だろうか。
「魚と豆しかないですけどね、でもごちそうじゃないですか。」
なんとも寂しい食事だ、でもそれは最高のごちそう。火の明かりは希望に見えた。

「食べましょう。では、メリークリスマス。」
「ああ・・・メリークリスマス。」


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