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メラさん

 主に純文学系を書いていますが、特にジャンルにこだわっているわけではありません。気ままに、マイペースに小説を書いてます。

性別 男性
将来の夢 世界平和
座右の銘 知足。悠々自適。日々新た

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エレベーター・ガール

12/10/25 コンテスト(テーマ):第十七回 時空モノガタリ文学賞【 エレベーター 】 コメント:4件 メラ 閲覧数:2475

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 地下二階の駐車場から十一階の屋上まで、エレベーターは、僕の指先一つでどこにでも運んでくれる。人もまばらな火曜日の、午前十時四十五分。僕の好きな時間帯だ。でも両開きのドアが開くと、そこのは早くもエレベーター・ガールが乗っていた。
 僕は子供の頃からエレベーターが好きだった。エレベーターが上昇する時のあの感覚。重力を感じ、大きな力でちっぽけな自分が、無機質に運ばれて行くあの安心感。そしてまた下降する時の、一瞬ふわりと体が浮くような無重力。そのどっちも、僕は好きだった。
 このデパートでは、エレベーター・ガールは土日と、平日なら午後三時くらいから見かける。つまり、お客で混み合う時間帯。
 でも僕はエレベーター・ガールのいるエレベーターに乗ったことはない。僕はただ、各階の床に落ちたゴミや、こびり付いたガムを剥がしたりするだけの清掃アルバイト。基本的に移動は従業員用のエレベーター、もしくは階段を使わないとならない。
 それにしてもどうして、こんな時間にエレベーター・ガールが乗っているかと不思議に思いながら、僕は腰にぶら下げたゴミ袋の口を閉じ、エレベーターに乗り込んだ。他にお客はいなかった。
「オツカレサマです」
 僕は一応このデパートで働く仲間として、そう彼女に伝えた。しかし彼女は仰仰しくお辞儀をしたので、僕は慌てて頭を下げた。
「あの、屋上まで…、なんですけど」
 僕は自分がそんな事を頼む筋合いにあるのかどうか迷いながら言った。本当は自分で目的階のボタンを押したかっけど、何となく、便宜上彼女に頼むのが、一つの筋のように思えたからだ。
「かしこまりました」
 初めて彼女の声を聞いた。どうして清掃スタッフにそんな対応をするのか不思議だったが、エレベーター・ガール特有の声とトーンで話しかけられると、気分は悪くはない。
 屋上まで、ノン・ストップなら十八秒で着く。このバイトを始めて二ヶ月。何度も確認した正確な秒数だ。
 彼女はドアに向かって真っ直ぐ立ち、手をお腹の下のあたりで組み、背筋はしゃんと伸びている。僕はそれを見て、自分の猫背気味の背中を少し正す。そして、エレベーターは上昇する。僕等は無機質な鉄の箱で、力強く運ばれて行く。
 1,2,3,4…。エレベーターの回数を示すランプが、移動すると共に光る。しかし頭の中でカウントされる秒数は、それとは別のリズムで進んでいく。
 ・・・、15秒、16秒、17秒、18秒、19秒、20秒…。
 おかしい、二十秒を過ぎた。そんなバカな。いくらなんでも遅すぎる。
 僕は三十秒で数えるのを止めた。階数表示のランプは、とっくに屋上の『R』の場所に到達している。故障だろうか?
 しかし、エレベーター・ガールは背筋を伸ばし、きれいなうなじを僕に見せつけたまま微動だにしない。うなじの上の、黒い髪の生え際には、産毛一つなかった。
 エレベーターが上昇する感覚や、かすかな振動は続いている。だけど、いつまでも屋上に到達する様子はない。なのにエレベーター・ガールはそれに対して何の動揺も見せず、むしろその背中には威厳すらある。
 僕は何か声をかけるべきなのだろうけど、全く言葉が出ない。その産毛一つないうなじを見ているだけで、僕は体のあちこちが緊張して硬くなっていた。だからただでさえ女の人相手には口ベタなのに、このシチュエーションでは、僕の語彙は機能しない。
 僕は額に浮いた汗を、作業服の袖で拭った。だけど、体中が汗ばんでいた。脇の下を、冷たい汗が流れて、その感触に鳥肌が立つ。
 誰も乗りこんで来ない。どの階にも停止しない。ランプはずっと屋上のRの場所で点滅している。
 エレベーター・ガールの背中に、ジッパーがあることに気付いた。本当にどうでもいい事なのに、僕はそれに気が付いた。小さなジッパーだ。彼女はこれを一人で下ろせるのだろうか?
 僕は何か声をかけなければと思っている。何か尋ねなければと焦っている。でも声がでない。言葉が見当たらない。出るのはだらしない息だけだ。僕は言語能力を失くしている。そして体はどんどん硬くなる。
 伸びたうなじ。黒い髪、凛とした背中と、小さなジッパー。顔は分からない。始めに見たはずなのに、全く覚えていない。それは僕がいつも、うつむき加減で歩くせいかもしれない。
 僕はエレベーターが好きだった。指一つで、色んな場所に僕を運んでくれる鉄の箱。上昇する時の、あの感覚。下降する時の、あの無重力。
 
 


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このストーリーに関するコメント

12/10/26 泡沫恋歌

メラさん、拝読しました。

もしかして、この主人公はエレベーターガールと一緒に『R』のランプ

付いたままで止まったエレベーターの中に閉じ込められたんでしょうか?
まさか、永遠に・・・?
何だか、背筋の凍るような話ですね。

12/10/27 鮎風 遊

どうなるかと、ハラハラしました。

が、締め方が気に入りました。
面白い。

12/12/05 寒竹泉美

面白かったです!まさに無重力な読後感でした。

12/12/08 郷田三郎

こんばんは。旧姓G3の郷田です。読ませて頂きました。
まさに行き先の無い不安感の残る作品ですね。
(おそらく)内気な彼の心の揺れがエレベーターにも影響を及ぼしているのか、単に妄想の中で彼だけの時間が止まってしまったのか。
果ては彼女が本当に人間だったのか、まで考えてしまう。
エレベーターで女の人と二人きりになると、異様に緊張してしまう私だったらどうなってしまうのでしょうか。

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